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女王様とお呼びっ!  作者: 庭野はな
後宮と獅子編
54/88

[54] 襲撃者

事件は、夕方に起こった。

私は早めに仕事を切り上げ、王妃の離宮へ向け庭を抜けていた。

最近は三日に一度、王妃預かりとなった少女達の様子を見に行くようにしている。


ターニャ様の元には、未だにダイアナとリリー、ジュディスが残り、バネッサとアンネローズは家に帰った。

そういえば引きこもっていたアンネローズは結果的には王の手がついていなかった。

機転をきかせ彼女の変わりに容姿の似た侍女が身代わりとなって王に連れていかれ、本人の身は無事だったものの戻された侍女の姿を見てショックを受け、怯えて外に出れなくなっていたらしい。

彼女はユリウスと離宮を訪れた時に顔を合わせただけだったけど、ふわっと緩くうねるプラチナブロンドを肩で切りそろえた、誰もが抱きしめ守らずにはおられないような儚げな少女だった。


一日も早く他の少女達にも帰宅してもらいたいとユリウスが奮闘しているのだけど、リリーとジュディスの親は説得を受け入れず、しかもターニャ様の側にいることをこれ幸いにと思っている節もある。

そしてダイアナは、なんとリリーの為にここに残っていた。

リリーは、王の手に一度かかっている。

ただ、彼女はショックですぐに気を失い記憶もほとんどなく、王もその一度で彼女に興味を失ってしまった。

彼女は家に戻りたがり親もそのことを知っているけど、後宮にいる限りチャンスが潰えた訳ではないと王妃候補に未練たらたらで、彼女の帰宅意思を認めようとしない。

そんな彼女がなんとか後宮で気丈に振る舞っているのは、いつも側で彼女に寄り添うダイアナのお陰だった。

幼馴染みのダイアナは傷ついたリリーを慰め、何度か面識のあるユリウスが、お優しい王妃様の息子なら守ってくださると勇気づけてきたのだった。

ダイアナの親は後宮のことは何も知らず、王子の話を聞いてすぐにでも娘を帰らそうとしたが、彼女はリリーがここにいる限りは自分も残ると頑に譲らない。

ユリウスはダイアナの願いを願いを許したが、王妃にも妾姫にするつもりはないと釘を差すことは忘れなかった。

歳の近い麗しい二人が真剣に話し合う姿は、時にダイアナは声を荒げていたが、傍目から見てとてもお似合いで輝くようなオーラがあった。

気後れしている私に、カイルは用を作りさりげなく別室へと連れ出した。

別に嫉妬とかじゃなく、美声年と美少女は絵になるなと感心していただけなんだけどね。

確かに、ダイアナとユリウスの育ちの良さからにじみ出る気品や、人種の違いという壁で疎外感は感じる。

こればっかりは日本人だしね。

それにもともと外専でも年下好きでもなく、まして美形なんて目の保養くらいにしか思っていない。

根っからの一般人なのに、どうしてこうなったな状況の中で不思議に順応している自分に今更ながらに驚いている。

適応力のなせる技というより、出会った人達が持つ、細かいことを気にさせないほどの強い魅力のお陰なんだろうな。


この大陸の人種は大部分が白人種、西欧系に近くホウワと呼ばれ、残りはクシュリという東の大陸から渡ってきたギリシャ系のような少し濃い肌色で黒髪で濃い顔立ちの肌を持つ人々がいる。

彼らはもともと少数だったが、幾世代をかけてほとんど混血化し広がった。

それでも国の中枢である王族や貴族は建国当時からの血筋が守られているので純血のホウワ達が多いが、侍女や城内を出入りする人々は混血も少なくなく、ホウワとクシュリ間に差別も区別もない。

そのお陰で私の髪や瞳の容姿は、さほど珍しがられることはない。

混血で異大陸の血が強く出たんだと主張すれば通るくらいに。

後宮にもかなりクシュリの血が濃い妾姫がいるし他国から王妃を迎えることも少なくない為、王家の血が混じることに特に抵抗は持たれない。

私も早くそのくらい心広く割り切れるようにならなくちゃね。


バッハの背中を見ながら物思いにふけって離宮への小道を歩いていると、つい足元の石床の隙間に躓いた。

よろけて前方の広い背中にすがりついた時、私の頭の後ろを何かがかすめた。


タンっと軽快な音を立てて、横の幹に小さな矢が刺さる。


いい音だな。

ぼうっとその矢を見ていると続いて第2射が来た。

私ののど元にバッハの太い腕のラリアットが入り、一瞬息がつまってむせる私をバッハは抱きかかえ、一目散に離宮を目指して走った。

その後ろでエリス夫人が必死の形相でドレスの裾をたくしあげて走る。

後衛のジャックは何か叫びながら剣を抜き、矢が飛んできた方へと飛び込んで行った。



「死んだ?」


「ええ、ユカ様を襲った侍女姿の女は、ジャックが捕らえようとしたところで毒を煽ったそうです」


「どうしてそこまで…」


「捕まれば拷問にかけられ、死罪です。ユカ様はまだ王家の方ではないが婚約は済んでいるのでそれに準じる者として扱われます。それならと死を選んだのか、誰かに命令されたのかは分かりませんが」


「拷問に死罪、ね」


バッハから取り急ぎの報告を受けた私は、現代日本の感覚では抵抗を感じる事がするりと行われることに、改めて世界の違いを実感する。

離宮に駆け込んだ私たちが助けを求めると、すぐにターニャ様の命令で警備が強化された。

そしてジャックへの援護に数人が、そしてユリウスへの連絡に使いが走った。

暗殺や襲撃なんてことが自分にふりかかるなんて実感が湧かず、緊張が走り上に下にと大騒ぎな離宮の中で、渦中の私は静かにお茶を飲んでいた。

それでも襲撃者を捕らえたが死んだという知らせを受け、自分がそこまでして狙われることに怖れと怒りを感じた。

速やかに死んだ侍女の背後関係の調査が行われる間、私もこの離宮に滞在することになった。

館にいる王妃と残っている王妃候補達も警備がしやすいよう、私と一緒の部屋に集められる。

幸いここ数日、王女と王子方は侍女達に連れられ、南の湖畔にある別荘に遊びに行って留守にしていた。


「意外に平気でいらっしゃるのね、さすが神経がず太くてらっしゃる」


「これでも結構ショックなのよ?いったい何をかんがえてこんなことをするのかしら。人命はもちろん、そのために費やされる労力や時間がもったいないじゃない。そこまでして私を襲うメリットって何かしらね」


首をかしげる私に、ダイアナは唖然とする。


「何をおっしゃっているの?それだけ王妃の地位が重要ということですわ。あなたの考えは王妃という位に対する侮辱、不敬ですわよ」


あきれたように、太い縦ロールをぶんぶんとふりまわすダイアナ。


「じゃあ、あの襲撃は、私以外に王妃になりたい人が仕組んだってことよね。私がいなくなって王妃になる可能性がある人の差し金ってこと?」


途端にその場の空気が凍った。

しまった、その筆頭3人がここに揃ってるんだった。

でも、三人共がここを出る際には王妃候補を辞退することに同意している。


「いや、あなた達じゃないことは分かってるわよ。うん。ただ、あなた達以外でまだ納得できていない人達がいるのかなって」


「まさか、お父様っ」


リリーが拳を口に当て、悲鳴のような声をあげた。

ダイアナがあわてて彼女を抱きしめる。


「大丈夫よ、あの方達はここまで強引で自分達の身が危うくなるようなことをする馬鹿な方々じゃないわ」


「そうかしら、でも、お父様達が…」


「リリーさん、何か知ってるの?」


私たちの様子を見守っていたターニャ様が、リリーの横に座りそっと彼女の手をとった。

彼女の慈愛に満ちたまなざしに、リリーはぽつぽつと話し始めた。


「以前、お母様のお誕生日の日に屋敷へ戻った時に、お祝いにいらしたお客様とお父様が書斎で話されていたのを耳にしたの。ユカ様が王子様の執務室に毎日通われてるほど仲睦まじいと城内で噂だと。今のうちに何か手を打たないとって話してたわ」


「リリーさんのご実家は、マル二エール公爵家でらしたわね。あの方達はそんな恐れ多い事は出来ない方々だと思うわ」


ターニャ様はリリーの背中をやさしく撫でて勇気づける。

でも、それって微妙にフォローになっていませんよ、ターニャ様。


「王妃様がおっしゃる通りですわ。小細工専門な方々ですもの」


「あら、小細工って?」


「うちのお父様とどちらの娘が王妃になっても恨みっこなしということで同盟を結んでいましたわ。ユリウス様の侍女を取り込もうとしたり、女官長に付け届けをしたり、仕立て屋に手をまわしてどうとか言ってたこともありましたわね」


ああ、あの夜会の時の!

そっと後ろの後ろに立つエリス夫人の顔を伺おうとして振り向きかけた私は、すぐに頭を元に戻した。

見てはいけないものがいる。

正面に座るジュディスが青い顔をして目を伏せていた。


ダイアナがこれだからうちのお父様はと内務大臣を務めるロスマリノ侯爵をこき下ろす。

むろん、それには盟友であるマルにエール公爵のことも含まれていて、リリーが羞恥に顔を染めてうつむいてしまっている。

ターニャ様が、お父様のことをそんなに言うものではありませんよとやんわり諭してくれ、その場は真犯人は誰かという話題になり、各々が推理を口にしたけれど、結局これという人は浮かび上がらなかった。




「ユカ、無事で本当によかった。襲われたってきいて心臓がとまりそうだった。でも色々すべきことがあって、すぐに来れなくてごめん」


「バッハとジャックのお陰で、この通り怪我も何もないわ。それより皆の前だから離してちょうだい」


「心配でいてもたってもいられなかったんだ。もうずっと俺の部屋に閉じ込めておきたいよ。そうすれば少しは安心できるのに」


な、何を言いだすんだ、この子は。

金色の髪を振り乱し、いきなり部屋に飛び込んできて私に抱きつくユリウスに、部屋に集った女性達は呆然と見ている。

しかも、私が離れてくれと頼んでも、だだをこねるように首を振って離さない。

私は抱きしめて背中をぽんぽんと叩き、耳元で私は大丈夫よとささやき頬に軽くキスをする。

それでも離れようとしないユリウスに、彼の背後に立つカイルに目で訴え、引き離してもらった。

だんだん場所を選ばなくなってきたユリウスの愛情表現に、王子の権威とかプライドは大丈夫かと心配になる。


「ほほほほ、二人とも本当に仲が睦まじいのね。母親の私も妬けてしまいますわ、ねえ皆さん」


ほがらかなターニャ様につられ皆が笑ったが、あきらかにあきれたような苦笑いで、私は恥ずかしくて穴があったら入りたかった。

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