[53] 二人きりの夜
柔らかいものが唇に触れて、私は目を覚ました。
枕に頭を乗せ、自分のネグリジェを着、肩まで白いシーツがかけてある。
そして、すぐ側に部屋着姿のユリウスがいた。
「やだ、つい寝ちゃってたわ」
私、王子様のキスで起こされてしまった。
子どもの頃に憧れたこともある、童話ではよくあるシチュエーション。
だけどまさか今更体験するなんてね。
変な所で感慨に浸ってると、窓はカーテンが引かれ、ベッドサイドに置かれた小さなランプに灯がともっていることに気付いた。
「もう夜になってたの」
「起こしてすまない。このまま寝かしておこうかと思ったけど、今のうちに何か食べたほうがいいかと思って」
「そういえば、お腹が空いたかも」
朝ご飯しか食べていないことを思い出すと、急に空腹を感じた。
頬も冷やし続けてくれていたようで、すっかり腫れも治まっていた。
私は身体を動かそうとして、小さく悲鳴をあげた。
「どうした?痛む?」
「うー、筋肉痛、みたい…」
普段使わない筋肉を使いまくったようで、傷や痣の痛みはほとんど気にならなくなったけれど、ふくらはぎや腿、二の腕が痛い。
手を貸して起こしてもらい、背中に枕を重ねてもらった。
「ユカ、食べさせてあげるよ」
「病人じゃないんだしそのくらいは出来るから」
「駄目だよ、今夜は俺にやらせて」
「…病人食は嫌よ。あとお酒をつけてよね」
それから王子自らの手で食事を口に入れてもらい、たっぷり美食と美酒を味わった。
カイルが一応加減はしてくれていたお陰で口の中が切れてなくて助かった。
ユリウスは綺麗な手つきで切り分けた肉片を私の口に差し入れながら、寝ていた間の出来ごとを話した。
カイルが私のことを心配し、帰宅前に報告がてら訪れたのだそう。
そこへ連絡をもらったエリス夫人がかけつけて鉢合わせし、腫れたカイルの頬や私がここで寝ていることの理由を聞き出し、私が寝ている部屋の隣で二人を並ばせてこっぴどくお説教をしたらしい。
ちなみに、寝間着を着替えさせたのもエリス夫人で、自分でやるというユリウスをふりきって寝室に押し込み、私の身体を見てしまった。
そして逆上した彼女に再びたっぷりとお叱りを受けたんだそう。
私も、明日彼女と顔を合わすのがとっても恐ろしいよ……。
三人で話し合った結果、王妃候補の少女達はエリス夫人が夕方のうちに王妃の離宮へ連れていき、そこで一時的に身柄を預かってもらうことに決まった。
そして改めて家族を呼び出し、ユリウス自身がよく言い含めて送り返すことになった。
「明日の朝、母上の所に挨拶に行く。一緒に行ってくれないか」
「もちろん、お供するわ」
食後は一緒にグラスを傾けながらたわいない会話を交わし、時間が遅いこともあってユリウスもベッドに横になった。
私は午後にたっぷり寝てしまい、すっかり目が冴えてしまっている。
もっとお酒を飲んでおけばよかったな。
ユリウスが身体に障るからとあまり飲ませてくれなかった。
「手をつないでもいいか?」
「はいどうぞ」
私はシーツの下で手を滑らせ差し出したけど、ユリウスもさりげなく伸ばした手はお互いに届かなかった。
城のベッドはどれも大きいと毎回感心していたけど、王子のベッドは一人で寝る為のものだろうに、無駄に広い。
私が縦になっても余るくらいの幅があった。
「こっちに寄ってくれば?」
「だって、身体が痛いんだろ?」
「昼間、しっかり抱きついてたじゃないの」
おずおずとユリウスが身体をこちらに寄せ、私と同じ枕に頭を乗せる。
私は少し動くようになった身体でユリウスの肩に頭を乗せ、身を寄せた。
鼻先を押しあてた胸元からは、風呂あがりに何かつけたのか、ハッカのような爽やかでかすかに甘い匂いがする。
そのまま黙って寄り添っていると、私の頭に、ユリウスが口づけたのが分かった。
やさしく何度も繰り返し、そっとおしあてられ、それは次第に下に降りてきた。
私はじっとキスの雨を受け入れる。
静かな寝室に、唇がたてる音が響く。
私の唇の前まできて、ユリウスの動きぴたっととまった。
私たちは、カーテン越しの月明かりの中で見つめ合った。
そっと目を閉じると、ユリウスの唇が重ねられ、深くキスを交わしあった。
舌を絡ませ合ううちに、次第にお互いの中の熱が高まる。
ユリウスは自分の寝間着を脱ぎ、私のも脱がせた。
そして私の上に覆い被さって強く抱きしめ、私も身体に走る痛みに構わずその身体の下でそれに応える。
飽きるほど唇をむさぼると、息をはずませ脱力する私の肩に、首に、ユリウスは唇を押しあてはじめた。
最初は無秩序に、やがてそれは、カイルがつけた跡をたどっていた。
動物が傷を癒すのと同じように肌に残る痛々しい跡に口づけ舐めていく。
やがて、ユリウスは跡のない場所があると、そこを強く吸い始めた。
カイルがつけた跡と競うように、痛みを引き出すためにつけられた赤黒い跡とは違う、甘い桜色の印をつけていく。
私は、あの時は出さなかった甘い声をあげた。
するとユリウスは喜ぶように、執拗に私の身体を責めたてる。
足の指まで口づけられ舌をはわされ、次第に乱れていく私に、ユリウスの愛撫も大胆になる。
これ以上ユリウスの唇の洗礼を受けていないところはないというところまできて、再びぴったりと身体を寄せ合い、暗闇の中で見つめ合っていた。
「私はどちらでもいいのよ」
口元を吊り上げ意地悪く笑う。
すっかり燃え上がった私の身体は早く鎮められたがっていた。
それはユリウスも同じだが、同時に躊躇しているのが分かった。
それであえて私が先に問いかけた。
「このまま続けたい、でも、ユカとは結婚するまでは待つつもりで……」
それを聞いて、私は彼のおでこに一つキスをする。
「じゃあここまでね」
「ええっ」
「こういうことは、でもがつくならやめておくのがいいの。最初は大事にしておきなさい、私は逃げないから」
「そ、そうなんだ……」
私の胸に顔を埋めたユリウスは残念そうに顔をこすりつける。
「我慢できない?」
胸に頭がぎゅっと押し付けられた。
キスをねだり彼が再び頭を並べ唇を重ねると、私は手を下に伸ばした。
突端、ユリウスの身体が跳ねる。
私はそれに構わず、吐息をもらし悶え続けるユリウスの唇を長い間たっぷり味わった。
翌朝、私たちは揃って寝坊してしまい、いつも通りに起こしにきた王子付きの侍女に二人の寝姿を目撃された。
寝ぼけたまま体を起こし素肌を晒す私を見た彼女は、赤面し部屋を飛び出していってしまった。




