[51] 荒療治
私に気圧され、カイルは私の言葉に従った。
「ほら、暴れるから押さえつけて」
私は手足を思い切り動かし、カイルに反抗する。
「しっかり抑えなさい。跡がつくくらい、もっと強く」
「おいユカ、そんな茶番は止めろ、カイルも止めてくれ」
私はユリウスの声を無視し、上に覆い被さるカイルに本気で抵抗する。
彼も意図を察したのか、私を力任せにねじ伏せた。
実際には肉体的苦痛を与えるのは肉体だけでなく精神的に征服するための手段の一つでしかないんだけど、デモンストレーションだから仕方が無い。
カイルの柔らかな髪を掴み頭ごと引き寄せると、私はユリウスに聞こえないようにカイルにささやいた。
戸惑った彼は、同じように困惑しているユリウスを見たが、やがて決心したように小さく頷く。
再び乾いた音が鳴る。
私はカイルを睨みつけ獣のように暴れた。
カイルが下肢の間に身体を入れて押さえつけているので、足をばたつかせ暴れるほどドレスはずりあがり、私の足は太ももまでむき出しになって空を蹴ってダメージを与えられない。
なんとか届く踵で彼の尻や背中を懸命に蹴った。
カイルは私の肩を抑えつけると、私が髪の毛をひっぱったり肩を叩いたりするのも構わず、空いた右手でドレスの胸元を覆う、のど元まで共布のくるみボタンでとめてある合わせ目を強引に引き裂いた。
弾けたボタンはかなり遠くまで飛び散る。
「おい、もういい、やめろ」
「あなたは何人もの女の子達がこうされていたのを黙認してきたのよ。だからそこで自分がしてきたことを黙って見ていなさい」
立ち上がったユリウスに私は怒鳴った。
カイルは私を抑える手をゆるめず、胸元に顔を埋めた。
ユリウスの目の前で、必死にあまり効果のない抵抗を続ける私の胸に跡をつけていく。
甘い痛みに、私はカイルに叱咤を飛ばす。
獅子の牙は甘いものではない。
そして今度は加減ない痛みに思わず悲鳴をあげた。
それでも、続けるようにカイルを促す。
カイルが力を緩めれば、私は容赦なく反撃し、彼は同じだけ私の報復を身体に刻んだ。
既にカイルも私も頬は真っ赤に腫れあがり唇は切れている。
私のむき出しになった胸は、きつく吸われた跡と血がにじむ歯跡が万遍なく散った。
ジュディスの身体に残った跡はこんなもんじゃななかった。
もっと大きな力の差がある彼女の拳は、王の肌を赤く染めることも出来なかったろう。
隅々まで余すことなくつけられた跡から、王がどんなに余裕で彼女の身体を蹂躙したかが伺えた。
「さあよく見なさい。私よりも幼くて華奢な身体の彼女達はもっとひどい姿になって、今もこういう目に遭い続けているのよ。それでも、父上に尻尾を振っている汚らわしい女だと思う?」
「やめろ、ユカもカイルもやめてくれ、もうこれ以上はみたくない」
「それでも見なさい。父親のやることを傍観しながら恨みつらみを口にするだけなら、じっとそこで見ていなさい。構わないわ、最後までやってしまって」
「ユカ様、私はこれ以上は…」
「ここで止めたらユリウスの根性はいつまでも14歳のままよ。いいから続けて」
カイルは果敢に抵抗する私をうつぶせにして上半身の上に乗って組み伏し、ばたつかせる膝の後ろを抑えつけると、私の太ももにかぶりついた。
叫び過ぎて息を切らしながら、私はユリウスに語りかけた。
「あなたの父親はね、あきれるほど徹底した嗜虐趣味者よ。自分に媚びたり、あきらめて抵抗を止める者には興味がないの。だから妾姫にはすぐ飽きてしまう。彼女らは王のための存在だからね。だから初々しい、恐怖を感じて逃れようとする、受け入れない者をこうやって暴力で押さえつけることが快楽なの。イリーニャさんも、王が執着したってことはこうされていたってことよ。あなたを想う気持を蹂躙することを散々楽しんだ。それでもあなたは彼女を恨み続けるの?」
男は、恋人が奪われると相手よりもむしろ女自身を恨むことが多い。
ユリウスにとって、父も憎む対象だったけど、父に奪われたイリーニャ自身を恨んでいた。
それが後宮入りした王妃候補達と重なり、彼女達の身に起こった悲劇を直視せず、冷たく突き放し取り合わなかったんだろう。
私はひときわ大きく悲鳴をあげた。
攻め方はほとんど私が指示を出したけど、カイルは腹を決めたのか、遠慮も躊躇もなくなり、私が言った以上のことも容赦なくやってみせる、お陰で私は何度も声にならない悲鳴をあげた。
さすが万能侍従、やれば出来る子。
でも、そっちの道に目覚めないでちょうだいね、お願いだから。
「わかった、分かったからもう、やめてくれ」
「何が分かったの?」
「俺が、もっと早く彼女達を守るべきだった」
「彼女達をどうするの?」
「すぐに、彼女達を後宮から出す。既にユカは俺の婚約者だ。そして生涯妾姫を持つ気はない」
「でも、彼女らの立場もあるわ。王妃になるために育てられ、親も期待していた。手ぶらでは帰ることを許されないから、傷ついても後宮を出られない子もいるわ」
「なら彼女らを俺じきじきに労って一度家に戻す。そして俺が即位したら改めて城に迎えよう。希望するなら王妃付きの女官として優遇することを約束する」
「そのへんで手を打ちましょうか。カイル、もういいわよ。ご苦労様」
髪を乱し、頬を腫らして傷だらけになった私たちは、もそもそと床の上に座り込む。
「ユカ様、申し訳ありません。その、このようなことをしてしまって」
私はむき出しになったままの傷だらけの胸元を隠そうともせず、カイルに微笑んだ。
そしてカイルに這いより、彼の手を握りしめ、腫れた頬に感謝と謝罪を込めてゆっくりキスをした。
「ごめんなさい、無理をさせて悪かったわ。あなたは優秀な侍従よ。私がもらってしまいたいくらい。でもだからユリウスに必要なのね。協力してくれてありがとう、感謝してるわ」
これで、一段落。
ほっとすると全身の力が抜けて、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「ユカ様」
「ユカっ」
「ごめん、もう体力の限界がきたみたい」
※カイルとユカの抗争シーンでの表現の一部を削除しました(2.27)




