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女王様とお呼びっ!  作者: 庭野はな
後宮と獅子編
50/88

[50] 挑発

「ユカじゃないか、どうして」


私は執務室のドアを開けたまま中に入ると、ユリウスに挨拶もせず、彼と話をしていた事務官に丁重に退室をお願いし、自ら見送って外に立つ警備兵に中で騒ぎがあってもカイルが呼びにくるまでは開けないように命じた。

そてて机越しにユリウスの前に立つと、じっと彼を見つめた。


「その、何の用だ」


青い目をふいと私からカイルのほうに反らされる。

私は構わず静かに口を開いた。


「待っていたのよ」


「すまん、多忙でどうしても無理だった。執務室なら通りがかったついでに寄ろうとしたんだけど、ユカが忙しいから会えないと護衛に言われて…」


そう、何度かユリウスは私に会いに来た。

王妃の執務室に。

でも私は、護衛達に王子が来た時は会えないと伝えるようお願いしていたけど、いつ来たかは報告をもらっている。


「私は後宮の居室で、二人きりで大事な話がしたいとお願いしたはずですけどね」


「だから、そっちまで行く暇は……」


「今の後宮にはどうしても来たくなかったから。そして私の用件が分かっていたから。そうよね?」


私は彼の言葉を遮った。ユリウスは、机の上で拳を握りしめて黙っている。

私は行儀が悪いというより不敬なことを承知の上で、机の端に腰をかけて彼を見下ろす。


「理由は知ってるわ。後宮には王が手をつけた女達で溢れてる。その数は日に日に増えていく。そんな汚らしい場所にいたくない、空気を吸いたくない。私も本当は後宮に置かず手元に置きたい。王の手がつくのを恐れているから」


ユリウスは黙っていた。

それは否定ではなく肯定だった。


「前にユリウスからそれを聞いた時に、自分から他の男を選んだ女を嫌うのは仕方が無いと思ったわ。裏切られたんですものね。でも後宮に行って分かったわ。ユリウス、あなたはいつまでも父を越えられない負け犬ね」


「俺を、愚弄するのか。王に尻尾を振り、汚れた女を汚らわしいと言って何が悪い」


ユリウスの声が怒気を孕んだ。

いつもの子犬のように甘えてくる彼ではなく、野犬。

私は怯まなかった。

これじゃあ足りない。

獅子に比べると力差は歴然だ。

イヌ科ならせめて、賢く知恵で獅子ののど笛に噛み付く狼くらいにはなってもらわないと。

私はせせら笑った。


「カイル、あなたはこういう時に親友に対してどう意見するの?」


「見知らぬ女ではなく、親友の肩を持つな」


「じゃあ侍従としては?」


「彼女達が王の権威に逆らえるわけじゃない、彼女らに憤るのは筋違いだと言葉を尽くして説得する。だけどその後は主次第だ」


「正しい男の友情よね。ご立派だわ。でも侍従としてはへぼね。カイル以上の侍従はいないって思ってた私の目は節穴だったのかしら」


「カイルをそれ以上悪く言うな、ユカでも許さないぞ」


「あら、私には怒ることが出来るのね。でも父親には恐くて逆らえない?」


ユリウスが勢い良く立ち上がったのが視界に入ったのと同時に、私の頬がべちっと鈍い音を立てた。

ダイアナに殴られた時に比べれば強くはないが、はるかに広範囲がじんじんと熱を持つ。

2度もぶたれた!元の世界では誰にもぶたれたことないのに!

人生で二度目のビンタを受けながら私の頭は妙に冷静で、なんとなくそんな科白を口にしたくなったけど今はやめておいた。

ユリウスは泣きそうな顔で私を見ながら、振り上げていた手をそっと降ろし椅子に座り直す。


「ユリウス、あなたの彼女達に対する心情は置いておきましょう。だけど王妃候補は王ではなくあなたの為に後宮にあがっている少女達よ。彼女達の身に起こった事実は目をそらしては駄目よ。救ってあげれるのはあなたよ」


「なら、父の手のついた女を抱けと?俺の妾妃にしろというのか?どうしてユカは俺ばかり攻めるんだ」


「どうして?そう、知りたいのね。じゃあ今からそれをきっちり説明してあげるわ」


私は机から降りて二歩下がり、くるりと一回転すると膝を折ってみせた。

そして昔話をするかのように、滔々と語りはじめる。


「後宮では夜の間、若い女達は外に出てはいけないと囁かれています。もし、うっかり出歩いている時に王の目にとまれば、そのまま王の寝室に連れ去られるのです。そして皆が用心し部屋に閉じこもるようになると、乙女狩りといって、王命をもって部屋に押し入り気に入った娘を連れ去るようになりました。そして1年前、後宮に可憐な乙女達がやってきました。次王の王妃候補の少女達です。王は格好の獲物がきたと悦び、一人、また一人と無理矢理連れ去りました。連れ去られた少女は男を知らず、まだ後宮に現れたことのない王子のことを思いながら恐怖の中必死に抵抗しました」


私はそこまで語ると、カイルの側に歩み寄り手をとった。


「さあ、馬鹿王子には言葉だけでは理解できないようなので、忠実でかしこい侍従さんに手伝ってもらうことにしましょう」


私はそのまま、ユリウスの机の横の空いたスペースへと移動した。

窓の光は届かず、薄暗いそこに立つと私はユリウスとカイルに真剣な顔で告げた。


「ユリウスは黙ってそこで見ていなさい。カイル、あなたの力ではユリウスを諌めることができなかった。なら今私に協力なさい」


私は強引にカイルを床に押し倒すと、体勢を変えて反対に組敷かれる体勢にする。

そして、おもむろにカイルの顔面をひっぱたいた。

何が起こったかわからず呆然とする彼に、私は自分の頬を差し出した。


「殴りなさい」


「出来ません」


「いいからやって」

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