[5] 私は処女ではありません
異世界に来て2週間が経った。
お城での生活に少しは慣れて、というか正直うんざりしている。
出歩く時は侍女に騎士がぞろぞろついてまわり、料理も毒味が済んだ冷めたものを食べないといけない。
幸いなのは、やることが沢山ありすぎて、郷愁にひたる暇もないってことかな。
毎日午前中は、王子の教師を務めたこともあるというワンバッハ博士に、この国の歴史や社会の仕組みを学んでいる。
テストのための勉強ではなく、大学のゼミのように興味を持たせて掘り下げるやり方のお陰で、楽しく学べている。
午後は、カイルの叔母にあたるメラニー伯爵夫人の淑女講座。
元の世界では小さい会社だけど秘書という職についていたお陰で、マナー教室に通った経験も役に立ち、マナーや社交に関してはすぐに合格点を貰った。
そして今は貴族間でのマナーの、色々なバリエーションを教えてもらっている。
問題は、お茶の時間の後にあてられている伯爵夫人の友人で、当世一のダンス名人と呼ばれるコンラット男爵夫人のダンス講座だ。
子供会の盆踊りと学校でのフォークダンスと創作ダンスの経験しかないから、基礎の基礎から特訓を受けることになってしまった。
今はひたすら基本ステップを練習させらていて、毎日100回をワンセットでそれを10回が宿題。
レッスンで男爵夫人に練習の成果を披露すると細々駄目出しされ、直すべき箇所を物差しのような平たい棒で打ち据えられるスパルタっぷり。
ちなみに、姿勢が悪い時にドレスの背中に入れるための棒らしい。
今日も手の位置が下がるだの、腰さばきが悪いだの、何度もお仕置きをいただいた。
そこへドアが開き、雪崩れ込むようにユリウスとカイルがやってきた。
男爵夫人は、踊りのステップを踏むように後ろに下がると優雅におじぎをする。
「王子にはご機嫌うるわしゅう」
「久しいな、コンラットの。レッスン中にすまない、ユカに王からの呼び出しがあった。今日はここまでにしてくれ」
「かしこまりました。それではユカ様また後日に。皆様失礼致します」
男爵夫人は、舞台袖に退場のように、流れるように姿を消した。
私は弾んでいた息を整え、椅子に座るとダンスシューズの紐を緩めた。
「どうしたの?二人とも」
「ユカ、実は王妃審問が開催されることになったのだ」
「王妃審問?」
「ああ、先々代まで王妃候補を選ぶ際に開かれていた選定聴聞会のことだ。本人の経歴はもちろん、家族や系譜、病気の有無、そしてその、処女診断もある。もちろん、神が選んだ花嫁なのだから必要ないと俺は主張したんだが……」
「ユリウスは頑張ったのですよ。ですが、ユカ様を認めるためだと大臣達が主張し、王までが丸め込まれてしまって」
「貴族の後ろ盾のないお前は、どんな扱いをされるか…俺もその場にはいるが助けてやることが出来ない」
叱られた犬のようにしょんぼりとする王子を、カイルが懸命に励ましている姿は微笑ましい。
だけど困ったな。
私のことはどんなに説明しても、何も証拠があるわけではない。
いくらでも難癖をつけようと思ったらつけれるのだ。
「なるほど、悪い言い方をすれば異端審問ってことね。それっていつ?」
「この後だ。先に俺が説明するまで待ってもらっている」
「カイル、対策はあるの?」
「こればかりは、ユカ様に頑張って頂くしか…」
「王妃になるための条件ってあるのかな?」
「国の法では、王子が伴侶と選んだ者としか明記されておりません。王妃審問は不正が横行したため廃止されたはずでした」
「裏で手をまわせば手心を加え放題ってところかな」
「ええ、さすがユカ様、お察しの通りです。我々もうかつでした。後宮に入らなければトラブルも減らせると思ったのですが、申し訳ありません」
「まあ、努力はしてみるわ」
結局策らしい策もないまま、私は急いで神殿で用意されていたドレスに着替えると王の許へ連れていかれた。
謁見の間には多くの人がいた。
審問というより見せ物のようだ。
私に付き従う護衛や侍女達は入り口で止め置かれた為、一人中央へと進む。
正面の一段あがったところに据えられた金塗りに赤い布張りの椅子には、大柄な男が座っていた。
私は伯爵夫人に習った通りに膝をつき最上の礼をとる。
「異世界から来たという娘よ、表をあげよ」
私が身体を起こし顔をあげると、王の隣に控え、心配そうにこちらを見ているユリウスの顔が見えた。
ネコ科の猛獣を思わせるような精悍な顔つきの王とは、全然似ていないのね。
ユリウスはお母さん似なのかな。
つい余計なことに気を撮られていると、王が私に語りかけた。
「そなたは神が使わした、運命の花嫁というが誠か」
「あなた方の神によって、この世界に連れてこられたことは確かです」
「ふっ、なかなか気の強い娘のようだ。甘いユリウスとは似合いの夫婦にりそうだ。だがこたびは、太子ユリウスの花嫁候補として審問を行う」
ユリウスの父親というと温和な紳士タイプだろうと思ってたら、全く読みが外れてしまった。
この人は野獣系だ、獲物をいたぶるのを好むタイプ。
こういう人が好むのは大人しい女性や少女。
弱い所をみせればひと飲みにされてしまう。
強がりも看破されてしまう。
今も、息子の花嫁候補なのを承知で舌なめずりをして私を見ている気がする。
王のぎらつく視線を受け、私の手に汗が滲んだ。
こういう人が苦手なのは、自分と同じ属性を持つ大人の女だ。
私は取引先の大手企業の営業部長を思い出した。
仕事はやり手だが性格は最悪。
特に女は必ず自分のものになると思いモノにして来た。
その男の接待に同伴した時に受けた屈辱を思い出すと、私は虫酸が走った。
あの時と同じ失敗はもう二度としない。
私は自分に叱咤した。
ここはプレゼンの場。
そう言い聞かせ、出来るだけ低めの声でゆっくり、名前から、住んでいた場所のこと、家族のこと、時折異世界の説明を織り交ぜ淡々と話していく。
耳慣れない異界の話が出る度に、王だけでなくその場のもの皆が関心を呼ぶのか、時々ほうっと関心したり唸る声がきこえる。
健康については、ちょうど一ヶ月前に健康診断を受けた所だったので、素人知識の範囲で詳しく説明すると、こちらの医学技術を遥かに越えた内容に立ち会った医師達は医学的興味は持っても異をとなえることはなかった。
そして最後に、王は右手をあげ人を呼んだ。
黒いマント姿の老婆が3人やってくる。
これは映画で見た事のあるシーンだ。
その場を布やマントで目隠しを作り、中の一人が処女か確認するんですよね、分かります。
「では最後に、乙女の証を」
「必要ありません」
「どういうことだ、悪いがこれは主張を信じるわけにはいかぬぞ」
「いつ誰が処女だと言いました?私は処女ではありません」
王はぽかんと口を開け、ユリウスは蒼白となり、集った人々は大きくどよめいた。