[48] 引きこもりの少女
私は、水色の便箋にしたためられた手紙を手に、エリス夫人に泣きついていた。
引きこもっているジュディスに会いたいと三度手紙を送り、二度と手紙も送らないでくださいとけんもほろろなお断わりの手紙が来た。
侯爵家の令嬢の彼女に失礼のないようにアプローチするにはどうすればいいのか、そういった方面には私は無力だった。
こういう時に頼れるのはやっぱりエリス夫人しかいない。
「ねえ、どうしたらいいと思う?」
「お手紙を送ってお断りされたのでしょう、少し時間を置いてみては?」
「ゆっくり攻めたい所だけど時間はあまりないのよ。かといって、実力行使で押し入ってもまずいでしょうし」
「論外ですっ!どうしてそう乱暴な発想になるんでしょうね。どうしてそこまでお会いしたいのですか?」
「うーん、まだ私の推測でしかないからそれを口にしていいか分からないんだけど……彼女のプライベートの真相を確かめたくて」
「私はあなたの何です?」
「女官です」
「そう、ユカ様の全てを把握し、相談に乗りお役にたつのが私の仕事。どうぞ信用してお話ください」
「ごめんなさい。かなり確信はあるけど、それを確かめるまでは言えないのよ。ただ、彼女を守りたいの」
「……分かりました。少しでも早い方がよろしいでしょ?明日にでもお会い出来るよう話しをつけておきましょう」
ええ!そんなあっさりと!?
驚く私に彼女は問いつめていた時の厳しい顔を少し緩めた。
「言っているでしょう、お役に立つのが私の仕事。あなたのように押す以外にも色々手はあるのです。そういうこともこれから学んでいただかないと。それにしてもユカ様は面倒見の良いというか、あまりユリウス様を甘やかしてはいけません」
なぜユリウス絡みだとバレてるんだろう。
多分、彼女のこともおおよそは察しているに違いないわ。
「そうね、そう思ってるんだけど、馬鹿な子ほど可愛いっていうか。ついね」
「愛の鞭も大事ですのよ。遠慮なくしっかり振るってさしあげるとよろしいわ」
「あはは、努力します」
翌朝、朝食後の私の部屋を訪れたエリス夫人は青い顔をしていた。
出勤の挨拶もそこそこに、今すぐにジュディスの訪問して欲しいと言ってきた。
カイルに朝の仕事は休むと伝言を頼み、私はジュディスの部屋のドアを叩く。
するとドアが開き、エリス夫人が警護の者と言葉を交わすと、私一人が中に通された。
背の低い女官が、無言のまま私を彼女の寝室の前まで案内する。
そして深々と頭を下げた。
私は頷くと、ドアに手をかけそっと開く。
「イーナ!こないで」
厚いカーテンが締めきられ、中は暗かった。
私は、そのカーテンを少しだけ開けて光を入れる。
ベッドの上に、シーツにつつまれた塊があった。
私はベッドの端に腰掛け、そっとそれに手を触れ優しく撫でた。
すると塊はびくっと動いた。
「いやっ」
「ジュディスさん、ごめんなさい。私はイーナさんじゃないわ」
また塊が動いた。
「お手紙のお返事をありがとう。でもどうしても会いたくて強引に来てしまいました。最初にお詫びするわ」
塊は言葉を返さない。
私は構わずに続けた。
「そういえば私たち初対面よね。私はユカ。ダイアナ達が言うには、異世界からきた破廉恥な年増だそうよ。王子を籠絡してあなた達王妃候補に会わせないようにしてるって。あなたもユリウス様に渡って欲しい?そう望むなら…」
私は言葉を飲み込んだ。
目の前で塊が震えた。
こらえているのだろうが、小さく嗚咽が漏れる。
そしてそれは次第に大きくなる。
「ごめんね」
謝りながら私はシーツをはぎ取った。
中から白いネグリジェ姿の少女が現れ、シーツを求めて暴れる。
私は彼女の手足が身体に当るのも構わず、彼女を腕の中で抱きしめた。
燃えるように赤く長い巻き毛が生き物のようにうねり、躊躇ない彼女の拳が私の肩をしたたかに打つ。
白く華奢な足は私の腰の横で空を蹴った。
「離して!離してったら!離してよっ!!」
彼女の手が顎を直撃し、一瞬星が飛んだけど、手は緩めなかった。
「どうして!私に構わないでっていってるのにどうして嫌なことするの、嫌なのに、嫌、触らないで、汚らわしい…」
10分くらい散々暴れてわめき体力が尽きたのか、私の腕の中にぐったりと横たわった。
濡れた顔に張り付いた髪をそっとなでつけ、シーツで涙をぬぐってやるが、彼女の力なく見開いた翡翠のような瞳からこぼれる涙が枯れることがない。
私は、改めて彼女の姿を見て顔をゆがめた。
彼女の両頬は赤黒い手の跡が残り、白く細い腕や手首にも、首にまで同じような指の跡が残っている。
上から見下ろすと見えるネグリジェの胸元に見える形のよい白い双丘には、血の滲む歯跡まで残っていた。




