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女王様とお呼びっ!  作者: 庭野はな
後宮と獅子編
46/88

[46] ターニャ様の王妃教育

私は王妃の離宮の客間にいた。

数日前に訪れたばかりだが、今日はターニャ様による王妃教育の初日。

代々の王妃に継承されている、王妃が次期王妃にほどこす王妃指南。

口伝かと思ったら、万が一王妃が急逝した場合にも困らないよう、文書化されていた。

変わらないものは古いものをそのまま、時代の変遷で変わったり補足足されたものは書き直されたり追加されたりと8冊の冊子が机の上に積み上げられている。

ターニャ様は、最初から順に進めるつもりだったらしい。

おっとりとした口調で、私が読み上げるから、疑問があれば質問して頂いていいかしらと微笑まれた。

この鈴を転がすような心地よい声で読まれたら絶対寝てしまう!

それに子どもじゃないんだから読み聞かす必要ないと思う。


失礼にならないよう、先に目を通させて頂いてはだめですかと尋ねると、あっさりと手の中の薄い冊子を手渡してくれた。

表紙には『王妃の心得』とあり、中を開くと良き妻、良き母、良き王妃とはどういうものかという理想論が綿々と書き連ねてある。

こういうの苦手なのよね。

私はそっと本を閉じると、身を乗り出して私の反応を伺うターニャ様に尋ねた。


「あの、他のも一度全て見ても構いませんか?」


「ええ、どうぞ。あなたってとっても熱心な生徒さんね。先にどんなことをするか分かれば安心ですものね」


ターニャ様に温かく見守られながら、私は二冊めに手を伸ばす。

次は、『良き妻のための教本』だった。

中を開くと……夜の生活の指南本で、図入りで初夜の迎え方から、男児の産まれやすい体位まで詳しく書いてある。

私は再びそっとそれを閉じた。


「ターニャ様、これは私には不要なようです」


「あらそう?でも結構役に立つのよ」


どう役に立つのかは聞きませんよ。

頬をバラ色に染めるターニャ様は、容姿だけでなく反応もいちいちユリウスに似て可愛らしい。

つい、いじわるをしてしまいたくなるわ。


「私、これに書いてあるよりもっと色々知っていますわ。私のいた世界では他にも……」


私はターニャ様に身を寄せると、後ろの侍女達に聞こえないよう耳元でささやいた。


「ええっ!」


彼女は耳まで真っ赤にし、目を潤ませて口元を抑えた。

私は素知らぬ顔で、次の冊子をとる。

『王妃育児指南』を開くと、王位継承者育成の為の心得で、具体的な育児については触れていなかった。

実際の育児は乳母の役目ってことね。

ただ、2歳までにおじぎと敬語を覚えさせろだの、3歳までに読み書きを習得させ外国語の教育を初めろだの、かなりハードな内容になっている。

この世界の子は発達速度が違うの?

それとも王族はここまで要求されるってこと?


「ターニャ様、王子方をお育てになる時に、この通りになりました?かなりその、高度な内容ですが」


「いえまさか。それは王妃の見栄が詰まった一冊なのよ。私もユリウスの時には真剣に悩んだものよ。悩みすぎて倒れた時、ご存命だった王太后様が真に受けてはいけませんよって教えてくださったの」


「えっ、倒れるまで悩まれたのですか?」


「私も最初におかしいと気付けばよかったのにね。ほほほ、乳母のオードリーが何度も心配することはないと言ってくれてたのに。でも一目読んで分かるなんてユカさんはすごいわ」


「いえ、私のいた世界では子どもの育つ様子や育て方が研究されていてその結果を誰もが知ることが出来るんですよ。私も子を持ったことはないし専門で勉強したことはないけど興味があって本などを読んでいて」


「あらあら、とっても博識なのね。どうしましょう、優秀な生徒さんで私は嬉しいけど、何も教えてあげれるものはないわ」


ターニャ様の顔が陰ってしまい、私はあわてた。


「でも、これは年齢や順番はともかく、私の知らない王族として必要なたしなみが挙げられていますから。そちらは私が知らないことばかりなので教えて頂かなくては」


「そう、それはよかったわ」


次に私が手にしたのは厚めな『王妃が知るべき王妃の歴史1』とあった。それぞれ形や厚さが違うが同じタイトルで4冊あった。


「その本は夜読んだら恐い場面もあるから昼間に読むのをおすすめするわ。でも、読み始めると止まらなくなるのよね。私、続きが気になって徹夜したこともあったわ」


ターニャ様が得意げに説明してくれる。

軽くめくってみると、代々の王妃が自分達の時代にあった出来事を書き、急逝し書き残すことができなかった時には次代の王妃が「伝え聞いた話だが」という前書きで空いたページを埋めている。

歴代の王妃はなかなか文才があり、つい引き込まれる読み物だった。


「5巻目は私も今書いてるところだけど、書き終わるのはもう少し先ね。終ったらお渡しするから楽しみにしていて」


「ありがとうございます。読み始めると、本当に止まらなさそうですね。時間をみつけてじっくり読ませていただきますわ」


そして最後の1冊は、『王妃の公務についての指南書』だった。

かなりの厚みがあり、伝統ある公式行事の礼儀作法を中心に、図解付きで詳細に解説してある。


「これは、すごく参考になります。私はこの国の作法やどんな行事があるかも知らないから」


「実際には詳しい宮廷礼法官がいて助けてくれるから困ることはないけど、でもどんな事をしないといけないか事前に心の準備ができて助かるわ。あと、最初の目次で線を引いてあるものは廃止された行事よ。新しく追加されたら書き残してあげてね」


「なるほど、わかりました。それで、王妃教育の内容はだいたい分かりましたが、この8冊で全てですか?」


「ええ、そうだったはず…」


「ターニャ様、お話の途中失礼いたします。恐らく『王妃の交渉指南』がないのでは」


王妃の女官、ウィルミナさんが膝をつきターニャ様に助言する。


「あら、そうだったわ。確か以前必要になって書斎に持っていって…」


「ターニャ様、機会はいくらでもありますから、また出てきた時で結構ですわ。それでこれからですが、私が自分で読んで、分からないことを教えて頂くという方法でもよろしいですか?その方が教えて頂く方に時間がとれますもの」


「そうね、確かに。私の時は王太后様が朗読されている時に何度眠ってしまってお叱りを受けたことか」


本当に寝たんですか!

てへっと可愛らしく舌を見せるターニャ様が眩しい。


「それに、それで時間が余れば、ターニャ様と色々お喋りしたいですわ」


「そうね、私もそのほうがいいわ。ではこの本は全部お持ちになって」


「持ち出しても宜しいのですか?」


「ええ。ただ他の方に見せたり無くされては困るのだけど…」


「では、必要なものだけ一冊づつお借りできますか?」


「結構ですよ。私も残りの一冊を探さなくっちゃね、ウィルミナ」


「はい、ターニャ様」


ターニャ様とウィルミナさんのやりとりは見ていて心地よい。

友だちや肉親とも違う、目と目で通じ合う信頼感で成り立つ主従関係。

彼女達を見ていると、ユリウスとカイルの間は、主従の前に男の友情があるのが分かる。

私も、エリス夫人やアイーダさん、ナナやシュリ達とこんな風な関係を築けるのかな。

ターニャ様の許に通うことで、私に欠けたそういう部分を学ぶいい機会なんだろうな。

私は帰ったら、ターニャ様のような天使の笑顔でエリス夫人に笑いかけてみること、と心に書き留めた。

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