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女王様とお呼びっ!  作者: 庭野はな
王妃の公務
39/88

[39] まるで白犬のような

「ユカ!おかえり!!」


「ただいま。えーと、いい子にしてた?」


「うん!だからご褒美のキ……」


「おい、執務室だぞ。いい加減にしろ」


城下で過ごし、更に療養明けでかなり久しぶりとなった執務室への出勤。

部屋に入った途端、ユリウスが駆け寄り抱きついてきたのは予想通りではあるけど、照れくさい。

とりあえず頭をなでてやるがいっこうに落ち着かず、困っていた所をカイルがべりっとひっぺがしてくれた。

城に戻ってきてから、毎日部屋に押し掛けて顔を出してたじゃない。

しぶしぶ席に戻されるユリウスを見送り、自分も仕事にかかろうと机の前にきて私は固まった。


「カイル、私の机の上に踏破不能な山がそびえてるんだけど。留守の間に何があったの?」


「無事登頂してくれ。それはユカ様の割当の書類。例の美術館絡みの不正の後始末の件と孤児院と人身売買の件。俺達はユカ様がいない間さばききれかったものを抱えてるから、それは一人でがんばってくれ。もちろんそれが終ったらこっちを手伝ってもらうぞ」


「うっ、長く休んで迷惑をかけてしまったことだし私が手を出した件だものな。ところで、ナナだけでなくどうしてシュリまでここにいるの?」


「ああ、彼女はさすが我が国で5本の指に入るマカラン商会のお嬢さんだ。ナナのように計算は強くないが計算書の見方も分かってるし分析力もある。書類の書き方も知っているしミスも少ない。なかなか使えるぞ」


少女二人はカイルの言葉を耳にし、手を取り合って小声で喜び合っている。


「でもそろそろ私の侍女より、ちゃんと人を雇ったほうがよくない?」


「だから今は人を探す時間がないんだ。どのみち将来はユカが取り仕切るんだから、ユカが使い易い人材を揃えるべきだ。彼女らが使えるながらラッキーじゃないか」


「それは確かにそうだけど。アイーダさんは向うに一人で仕事は大丈夫かしら」


「ああ、それなら問題ない。暇な奴らがいるからな」


「暇な奴ら?」


「ああ。ユカ様がここにいる間に暇な3人組がいるだろ?」


「まさか護衛のあの3人?」


「給料分はきっちり働いてもらわんとな。でかいのは気持良く手伝ってくれて助かると言っていた」


確かに、手先が器用、そして几帳面で温厚なバッハなら心良く手伝いを引き受けるだろうな。

それに引き換えきっとイーライは面倒だと仏頂面をして、ジャックは騎士がそんなこと出来るものかと拒みそう。

想像してバッハはともかく二人が不憫になった。

早く彼らを本来の騎士の仕事に戻してあげなくては。

そのためにもと、私はいつ終るのか分からない量におののきながら、仕事にとりかかった。


今日は、急ぎの美術院と養護院関連を片付けよう。

私が仕組んで発覚した両院の不正に関係した職員、外部の関係者は芋づる式に警護官に検挙されていた。

既に両院は関係した職員全てに懲戒免職と厳しい処罰を与え、特に養護院での免職された職員は改めて告訴した旨が報告されていた。

また、両院の監督責任も問われることを覚悟し、自らトップ3が3月分の減俸を申し出ていた。

私はユリウスの手元にある決済印の予備の判を借りて、書類にぺたんぺたんと押していく。

もともと一介のOLだったのに、人の人生を左右する大きな決断が書かれたこの紙に決定の印を押すのは気が重い。

でも、今すぐに制度を改善出来ない今はこれしか対処法がないから。

不正は罪だけど、それを可能にする環境も罪だと思う。

早く、処罰だけじゃない制度改革をしなくちゃね。

私は何度もため息を飲み込みながら、少しづつ順調に山を減らしていった。


いや、順調とはいえない。

なぜなら,顔をあげると、ユリウスがじっとこちらを見ているから。

昔、学校帰りに前を通る近所の飯島さん家の白犬が、遊んでくれと犬小屋の陰からこうやってのぞいて催促していたっけ。

青色のうるうるした瞳を見ていると、どうしてもその犬のつぶらな瞳とかぶってしまう。

目線が会う度に「仕事なさい」と言うのが面倒になって放置していたら、構ってくれと泣きついてきた。

あの白犬は無視が続くと、今度は犬小屋の前でひっくりかえって腹を見せてきゅんきゅうと甘えて泣いてたっけ。


……大丈夫なんだろうか、この王子様。



今日はさっぱり仕事が手につかないユリウスにカイルが5度目の雷を落としていた時、ドアがノックされ、白い侍従服を着た青年が現れた。

それを見たカイルは、立ち上がったナナをとどめて自から対応した。

そして彼から伝言を受けると深く頭を下げて見送る。

白い侍従服は王の侍従のみが着ることが出来る。

つまりカイルよりも階級が上にあたるから、彼は相応の礼をとらなければならない。

いつも王子であるユリウスにぞんざいな口を聞いてる彼だけに、ギャップに戸惑ってしまった。


「ユリウス、やっぱりきたぞ」


「そうか。準備は?」


「それを持って行け。複写はないと言って、ちゃんと回収してこいよ」


「ああ、わかった」


「何事なの?」


二人に緊張感が高まるのを見て、私は気になって尋ねた。


「父上が俺に私的な用件があるんだそうだ」


王から呼び出し?

いつも閣議では顔を会わすことはあっても、それ以外では父と子は距離を置いていた。

スケジュール表を見ても何もはいっていないということは、それが公式ではない用件で呼ばれたということ。

私は嫌な予感がした。


「大丈夫なの?」


「ああ、予想はしてたからね。ちょっといってくるわ」


私がよほど心配そうな顔をしていたのだろう、ユリウスは私の側で立ち止まり、そっと頬にキスをした。


「僕のことを思ってくれて嬉しいよ。帰ってきて落ち込んでいたらキスで慰めてね」


「ユリウス様、いってらっしゃいませ」


「ユカ、そんな他人行儀な」


「ユリウス様、王がお待ちですからお早く向かわれたほうがほろしいかと」


「カイルまで!ううっ、もういいよ、いってきます……」


ユリウスは、めいいっぱい哀愁を背負いながら部屋を出て、王のもとへ向かった。

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