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女王様とお呼びっ!  作者: 庭野はな
王妃の公務
38/88

[38] 不満と和解

私に不満?

そういえば、襲われた時も主がなんとかって言ってたけれど、逃げることに必死だったので記憶にほとんど残ってなかった。


「ユカ様が神に召喚された神の姫なのに、神殿へのお越しがなく神を敬う様子がないと。おじいさまは異世界から来られた方だから時間を差し上げるべきだと宮を抑えていらっしゃるんです。でも、高位のものにしか話せないことが多くて下の者を納得させられないようなのです。私も神殿に戻ると、ユカ様がいついらっしゃるのか、お祈りはどうしていらっしゃるのか根掘り葉掘り聞かれるんですう。中でもチャドさんは熱心な信徒だけど暗くて一人でぶつぶつ言ってるような怖い人だったのですよう」


「さっき取り調べの報告が来てたが、既に狂人となってわけのわからんことを口にして話にならんそうだ。神の怒りを沈めるために血で購うとかぶっそうなことを言ってたらしい」


私は背筋が凍った。

心の整理がつかず先送りにしていた宗教問題が、神官長に迷惑をかけてウィルーに怪我をさせることになるなんて。

チャドさんは極端だったかもしれないけど、貴族の他に神殿にまで敵を作るのはまずい。

襲われてもうまく逃げれると根拠のない自信を持っていたけど、実際には恐怖で身がすくんで何も出来ず、こんなにも自分が無力だと思い知らされた。

私は彼の定まらない瞳を思い出し身震いした。


「ユカ様、私のせいで怖い目に合わせてしまって申し訳ありませんっ」


「いいのよ。原因は私にあるんだから。もっと早く対処していれば誰も傷つかずに済んだのに。私が悪かったのよ」


私はナナを抱きしめ、柔らかにふわふわと肩のまわりに揺れる髪に顔を埋めた。


結局、私は1晩病院に泊まり翌日予定通り城に戻った。

ウィルーとは、結局その後顔を会わすことが出来なかった。

ただ、夜中にふと人の気配で目が覚め薄く目を開くと、ウィルーが私のベッドの横に跪き、私の手に唇を押しあてて泣いていた。

私はあわてて寝たふりをしながらどうしたものかと逡巡しているうちに、彼は私に涙で濡れた唇で口づけをし、部屋を出ていってしまった。

結局、彼に謝罪も、お礼も言えなかった。


あの時声をかければよかったと落ち込みながらも、行きと同じように秘密の通路から図書室に出、待ち構えていたエリルと服を交換する。

彼女はナナから事情を聞いていたらしく、私の痛々しい姿を見ると私の足下に膝をつき兄の失態を詫びた。

一週間部屋を借り、ウィルーを通して彼女の事が好きになっていた。

本当は彼女と色々話しをしてみたかった。

だけど今は時間の猶予はなく、私は彼女を抱き、涙ながらにウィルーに怪我をさせてしまったことの謝罪と彼女への感謝、そして彼への短い伝言を伝えることしか出来なかった。

幸い、彼女が身代わりで多忙を極めた次期王妃をうまく演じてくれた為、私は翌日から目立つ擦り傷が消えるまで過労を理由に部屋で療養する事が出来た。


「ユカ様、おじい様が、神官長様がいらしたのですが、お通ししてもよろしいのですか?」


「ええ、お願い」


私は居室の書斎デスクで、怪我をした身でも締め切りを伸ばしてもらえなかった課題のレポートに取り組んでいた。

私の怪我を城に帰還後に聞かされたユリウスは、暴行した神官と守りきれなかったウィルーに激怒した。

そして私をベッドの中に押し込めつきっきりで看病すると言い張ったが、あっさりカイルに叩き出された。

そのことは感謝しているけど、痛み止めの薬のせいですぐに眠たくなる状況で、締め切り厳守は厳しい。

それよりも神官長のおじいちゃんとの面会は今の私にとって最優先事項だった。


「姫様、なんと、なんとおいたわしい姿にっ!なんとお詫びをすればよいのか、私の力不足で姫様の御身を危くしてしまい申し訳なく…」


「いえ、神官長、私も悪かったのです。もっと早くお話する場を設けるべきでした」


「あの、お仕事なさってたようですが、お体のほうはよろしいので?どうぞお休みにられていても構いませぬよ」


「いえ、肩以外はほとんど癒えていますからご心配なく」


私は机の前で土下座しているおじいちゃんを立たせ、応接セットへと導いた。

腰を下ろすと、アイーダさんがすかさずお茶をいれてくれた。

紅茶に干したランカンを入れて一緒に蒸らしてあり、甘酸っぱい芳香が鼻先をくすぐる。

エリルが好きなお茶を私も気に入ったとアイーダさんに伝え、城に戻ってきてから毎日といっていいほど飲んでいる。

甘い思い出ではなく、あの苦い思い出を忘れないために。


「ナナから聞きました。神官の皆さんが私に不満を持っていると。前にもお話した通り、私はあなた方の神の信徒ではありませんし、私の育った国の宗教観はあなた方とは相容れにくいものだと思います。でも、神により召喚されたという事実がある以上、逃げちゃいけないと反省しました。だから、信じるとはお約束できませんが、知って理解したいと思います」


「いやいや、私も託宣や召喚の儀の従来通りの取り扱い規定で神官達に曖昧なことを言ってごまかしてきたのもいけませんでした。あなたは神具ではなく生身のお方だというのに。あなたは最初から神の加護を得た方だっただけに、皆既に信徒だと思い込んでいたようです。次期王妃という大きな運命を受け入れてくださったのに真に申し訳ない」


「多分、今の私の心情を神官の皆さんに理解してもらおうというのは難しいでしょうね。侮辱してしまうことしか言えないと思うのです」


「無理もないことですが、我々にとって信仰が全てですからな。お気遣い感謝致します」


「それで、神官長には本来はもっと早くお願いしなければならなかったのですが、宗教学の教師をどなたかご紹介頂けませんか?」


「教師なら、ほれ、ナナがおりますでしょう」


「ナナが教師を?」


「ええ。あの子は将来高位神官にするために育てていますから、既に一通りの学業は修めておりますよ。ただまだ若く未熟ゆえ、真理問答は私が行いましょう」


「真理問答とはなんですか」


「言葉のごとく、神の真理に常に問いかけ、答えを見つけることです。その答を導くのが師の役目ですが、ナナはまだ自分の答を出すことすらままならぬので」


「わかりました。ではお二人にお願いします。それから、私に対して不満を持つ神官の方には良いようにお話頂けますか?不安にさせて申し訳なかったお詫びして。ただ、今は待っていただきたい。あなた方の神を識る時間が欲しいと伝えて欲しいのです」


「もちろんです。彼らも仲間がユカ様に狼藉をはたらいたことを知り動揺しております。それでよろしければ姫様が異世界でお一人現れたお身の上を、障りのない範囲でお話させて頂いてもよろしいですか?」


「ええ、お任せします。私はあなたがたにとって生きた神具であることは理解しています。神の加護は持ちながらも、その前にただひとりの女であることもご理解頂きたいのです」


「承知いたしました。姫様、いえユカ様をこの老人の余命をかけてでもお守りします」


「神官長、あまり気負わず無理はなさらないでくださいね。血圧あがって倒れたら大変ですから。私にとってあなたは大切な人です」


「これはもったいないお言葉。ご安心ください。まだまだ、ナナが一人前の高位神官になるまでは神の御元へは参りませんぞ。かっかっか」



その晩、おじいちゃんは神官達に招集をかけ臨時の集会を開いたらしい。

そしてその場で、今まで秘匿されていた召還の内容を明かした。

私が異世界でどういう暮らしをしていたか、神によって突如家族と引き離され異世界に召喚されたこと。

神意に戸惑いながら、神官長の説得により、国民のために運命を受け入れたこと。

そして民をしらねば王妃はできないと、自らの手で貧民に施しを行っていたところを、血迷った神官に襲われたことを、身振り手振り、涙まで交えながら熱弁をふるったらしい。

さすが神官長、どんなカリスマっぷりを発揮したのか彼の弁舌は神官達の心を震わせ、近隣のものが不審に思うほどの地鳴りのような号泣を誘ったと、私に教えるのに必要な資料をとりに戻って現場を目撃したナナが、思い出し泣きをしながら教えてくれた。

微妙に内容が神官長に都合の良いように変えられてるけど、まあいっか。

とにかく、神官達は自分達の考え違いを恥じ入り、例え私が信徒にならなくても神殿全体が私の味方に、支えになることを誓ったらしい。


おじいちゃんグッジョブ!

というか、王といいおじいちゃんといい、人の上に立つ人の凄さを見せつけられた気がする。

彼らを敵にまわすと怖いわ。

ユリウスも大勢の前に出ると同じようになるのかしら。

私が王妃になって、はたして彼らのように人心を掴むことが出来るのかどうか。

自信を失いかけ凹む私の所にカイルが部屋に顔を出し、「明日が締め切りですよ」とわざわざ追い打ちをかけ、私は自分の前にある紙の束に頭を激突させた。

顔や腕の傷もすっかり綺麗に直り、肩も無理しなければ普段通りに動くようになったので、これを提出すれば仕事も復帰となる。

毎日部屋をのぞきにくるユリウスが、寝る時間を削って机に向かい追い込まれる私の横で、あと何日で締め切りかを指を折り嬉しげに数えることもなくなる。


「療養って、ちっとも休めなかったじゃない」


私はひとりごちながら机の鍵のかかる引き出しを開けると、黒いビロードの袋を取り出した。

中身を手の平にあけると、鎖がシャランと澄んだ音をたてる。

ペンダントトップの黒い石は、夕暮れの薄暗い部屋の中でぼんやりと、おぼろ月を浮かべる。

彼もそろそろ実務に復帰するのかな。

きっと今頃妹と二人、元の平和な生活を謳歌しているだろう。

私はしばらくその様子に想いを馳せそっと石に口づけると、また元のようにペンダントを袋に戻し、鍵付きの引き出しに戻した。


そして私は再びペンをとり、ラストスパートに挑みはじめた。

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