[35] 現場の中で
炊き出しというと、町内会のお祭りの設営の時に豚汁の炊き出しを思い出すけど、この貧救院が行っているそれとは違う。
もちろん、こちらの世界と同じ意味での食べ物に困っている人達に向けての炊き出しが元の世界でも行われていることは知ってる。
そういうボランティアにかかわったことは今までなかったのに、異世界で体験することになるなんてね。
もともと私は炊き出しを受ける側を経験したかったのだけど、ウィルーにその案はあっさり却下されてしまった。
若い女の貧民はとにかく危険なんだそう。
貧民と分かる姿で立っているだけで、人さらいや暴行の標的になってしまうんだとか。
王のお膝元、国で一番国情を反映するこの城下町なのにそこまで治安悪かったのかと驚いた。
南部は警備隊の他に貴族の私兵や軍の官舎などもあるため最も治安が良く、次いで東部、西部は警備隊の他に地元の有志による自警団もあって比較的安全。
だけど北部は自警団はなく、そのぶん警備隊を他の区より多く動員しているけど、それでも貧民街など目が届かない場所が多いのだという。
警護隊長であるウィルーは、あきれるほど多様な犯罪の手口を教えてくれた。
二人で街を歩くのも、担当区で顔が知れてるウィルーが一緒だから、ちょっかいをかけられずに済んでるのだそう。
私たちは、実際にゴミがあふれ悪臭が漂い、明るいうちから路上にたむろし酒を飲んだり博打に興じる男達を横目に貧民街を抜け、北部1区の支部の一つを訪れた。
北部1区第2支部のドロップ支部長はウィルーの知り合いなんだそうで、腹がせり出して赤ら顔の気のいい男。
彼に炊き出し配給の手伝い参加したいといったらとても喜ばれた。
職員以外の炊き出しスタッフの人手が足りないが、まだボランティアという概念がなく、人を雇う金もないのでスタッフの家族が手伝いに駆出されるほどの窮状なんだそう。
そしてやはり、若い女性にはあまり良い場所ではないのでと何度も覚悟をするよう念を押された。
場所は1区の北部、貧民街の入り口にある小さな公園。
私たちは材料を運び、そこで炊き出しを始めた。
大きな鍋に、あらかじめ事務所で切って準備をしていた野菜を放り込む。
そしてなんの肉か分からない細かい肉片を入れ、塩だけで味付けする。
それをぐつぐつ煮込んでいく。
後は小麦粉と卵を混ぜて作るパンケーキを横の鉄板で焼く予定だったのだが、当日になって卵が届かないことが発覚し、現場のスタッフ達は蒼白になった。
上から経費の支給が滞って店への支払いが遅れているため、とうとう卵屋が納品できないと言いだしたらしい。
刻刻と配給時間は迫り、気の早い貧民達が公園に集まってきた。
支部長さんは、スタッフに近隣のパン屋で余ってるパンはないかと問い合わせさせたが、昼時で対応してくれる店はない。
小麦粉でナンのようなものを作るという案もでたが、時間が足りない。
みんなが頭を抱えてるところへ、私はおそるおそる声をかけた。
「あの、私の地元で貧しい時代に食べていた料理があるんですが。スープに手を加えるだけなのですぐ出来ますよ」
「スープに手を加えるだけでいいのかい?」
「すいとんといいます。パンケーキ用の調味料でもう少し味を濃くして、そこに小麦粉を水で練ったものをちぎり入れていきましょう。もちもちとした食感で美味しいですよ。ちょっとやってみますね」
私は、カップにスプーン1杯の小麦粉に数滴の水を入れてこねると、鍋の中にちぎり入れた。少しすると沈んだその欠片が浮きあがった所で少量の汁と共に器に一口分よそう。
「ほう、確かにつるっとなめらかで噛むとチーズのような弾力のある食感だ。麺にも似てる。これなら腹にたまりそうだ」
ドロップ支部長の許可が出たので私はすぐにボールがわりに使う予定だった大きめな両手鍋に小麦粉を入れてもらい、水で練った。
それをスタッフに3人がかりでちぎり入れてもらう。
そして半分ほど残った粉を今度は更に水で緩く練ると、パンケーキ用に用意してあった鉄板に一気に流し込んだ。火力が強めなせいかすぐに火が通り全体に透明感がでてくる。
私は手前の辺に用意してあった蜜をのばすと、それを芯にロールケーキの容量で生地を巻いていった。
そして巻き終わるとナイフで1口サイズに切り分ける。
配給が始まり、人々は目当てのパンケーキがなく見慣れない白い食べ物を差し出されがっかりした。
だが、口に入れると中からしたたり出る蜜に機嫌を直す。
そしてスープの味がいつもより濃くボリュームがあることに喜んだ
それにしても、配膳を手伝っていると確かにこれは若い女性向きじゃないなと痛感した。
それぞれが手に持参したぶりきや木のカップや椀を持って列を作り、それにスタッフがスープを入れていく。
さすがに側でウィルーが目を光らせているので手は出してこないが、外卑た視線や笑いの中で私は笑顔でスープを配りつづけた。
「おい、ねえちゃんおれにもあいつみたいにたっぷり入れてくれよ、あいつのほうが顔がいいからって差別すんなよ」
「同じだけいれてますよ。きっちりおたま2杯。温かいうちにどうぞ」
「タマだってよ。どうだい俺のをしゃぶってみねーか?俺のもあったけーよ、ひゃっはっ」
「おあいにくさま。というかそこが温かいってやばいですよ!食事するより、すぐに冷やしてお医者さんに見てもらってくださいね。ほら次の人!」
「おー、珍しいな。ばばーじゃない女って。なかなかのべっぴん。一度お相手してもらいてーな」
「残念ながら今日だけの臨時の手伝いなんですよ。ほら、熱いですからそっと持って気をつけてくださいね」
「じゃあ飯食ったらそのへんの陰でどうだ?」
「私は手が離せないので横にいる彼がお相手してくれますよ」
「げっ、確かこのにーさん警備隊の人だろ」
「久しぶりだな、ハンス。足の調子はどうだ?」
「なんだ、このねーちゃん、にーさんのコレか」
「何を言ってるんだ。妹の友人だ」
小指をたてられ何故か焦るウィルー。
向うもそんな返事を求めてないだろうに。
「はいはいおじさんあんまり彼をいじめないでね。さ、どんどん進んでくださいよ。次の人」
学校の食堂のおばさんみたいと思いながら、行列をさばいていく。
絡んでくるのは男達ばかりで、女性や子どもは大事に椀を抱えうつむき無言でスープを受け取ると足早で去って行った。
毎回子どもから年寄りまで500人以上がこの配給所に来るんだとか。
途中で他のスタッフと交替しながら3時間ほどで全て配り終えた。
空になった鍋の横で一休みしている私に、スタッフに片付けの指示をあたえていたドロップ支部長が私たちに声をかけてきた。
「ご苦労様です」
「支部長さんお世話になりました。慣れなくて皆さんの足手まといになってしまってすみません」
「いやあ、充分役にたっていただきましたよ。あの『すいとん』は手間がかからなくていいですな。これから献立の中に入れてみます。それに女性なのに口の悪い連中を立派にさばいておられた。ウィルー、お嬢さんに尻にしかれないようにな」
「ドロップさん、僕達はそんなんじゃないって」
「支部長さんまでからかわないであげてください。でも本当にいい経験をさせて頂きましたわ」
「お嬢さんみたいに善意を持つ人が少しでも増えてくればいいのですが。もしまた機会があればぜひ力を貸し手てください。もちろんうちの支部じゃなくどこででも結構です。あなたのような方がいらっしゃると我々も勇気づけられます」
「そういえば閉まってる支所をみかけたのですが貧民の数にこの配給サービスというのは充分足りているんですか?」
「いやいや、幸いうちの区はなんとか2支部でまわっていますが、二区のほうがこちらの倍は貧民がいるのに動いてる支部は2カ所ですからね。こちらからも時々応援を出してるんですよ。新しく出来た支部はいったい何時になったら動き出すのか、上の者達の考えてることが知れんですわ」
「そこでスタッフの求人もされていないんですか?」
「話は聞かないね。建物を確保したってくらいですね」
やはり、追加で改札された支部はどこも動いていないし、現場には何も情報がないらしい。
そのかわり、すっかり打ち解けた支部長さんに1回の配給の内容とだいたいの経費と配給数などかなり具体的な数字を教えてもらった。
帰ったら、決算書類を一から見直さないとね。
配給を手伝う合間に、貧民の女や子ども、男達にも直接話しを聞く事ができ、仕事の斡旋や女性の労働の実態など、城では知り得ない様々なことを聞けた。
これだけでも今日一日充分実りがあったというもの。
配給隊は解散となり、動き回りっぱなしですっかり疲れた私も帰り支度をしたところ、ウィルーは最後に見せたいものがあるといって腕をとった。
見せたいもの?
いつになく真剣な顔のウィルーに、私は素直に肩を並べた。




