[34] 愛の伝導師
私は頬、そして鼻の頭、唇、顎と、ひとしきり彼の顔に軽いキスの雨を降らせた後、彼の瞳をのぞきこんだ。
「あなたの身体は罪でも罰でもないわ。例え健全な身体を持っていても歳をとったりストレスでそうなってしまうのはよくあることよ。生殖が目的だったら致命的だけど、愛を交わすことには障害じゃないわ、むしろだからこそ愛は手放しちゃだめよ」
話をしながら私は彼の胸にもたれた。
はだけた彼の胸元は普段日に遮られているせいで、腕や首より色が白くてなめらかで触れると心地よい。
「私の生まれた国の隣には大国があってね。その皇帝は後宮を持っていたの。それはとても規模が大きくて、管理するのは去勢された男達だったの。やがて彼らは皇帝の信頼を受けて側近になり後宮だけでなく表舞台でも大きく力を振るうようになったの。
彼らは、宦官はウィルーと違い切除され完全に男ではないものになった。ひげすら生えないし身体つきはより女性に近くなった。でもね、彼らは女官達と結婚をするようになるのよ」
「男でないものが結婚を?子も成せないし女を悦ばせることも出来ないのに?」
「子は成せなくても愛は成せるからよ。愛のない人生ほど空しく生きる張りが持てないものはないといって、妻帯することが当たり前になっていったそうよ。それに男はよく勘違いするのだけど、女性にとっての快感は挿入が総べてはないわ。むしろそれはほんの一部。それがなくても充分に満足できるのよ」
「それは…知らなかった…」
「後は、男も下半身以外で快感を得られることに気付けたら、お互い満足し合うことが出来るわ」
「そんなことできるのか?女みたいに」
「それを今から教えてあげるわ。一度だけだからしっかり覚えておくのよ」
私はウィルーの身体に唇を手を這わせた。
慣れないせいで最初はやたらとくすぐったがっていたが、何度も同じ刺激を繰り返し与えていくと、やがて甘い反応を示すようになった。
指の腹でやさしく肌をなでるだけで、しなやかな身体が波打つ。
私はその反応を掘り起こしていった。
時間をかけ心と躯を解きほぐす。
すっかり相手を受け入れられるようになれば、髪の毛を少しひっぱるだけでも、吐息がかすめるだけでも快感になるもの。
相手と抱き合うという、肌が触れ合う行為だけで高まることが出来る。
私はウィルーにそれを知って欲しかった。
ベッドの上のものはテーブルクロスごと無造作に下に降ろし広くなったベットの上で、汚れたドレスを纏った私の下でウィルーの白く逞しい裸体が小さく、大きく、やわらかく、はげしく踊った。
始終シーツを噛み締め必死に声を押し殺して耐えている。
でも声にならない喘ぎで声がかすれ咳き込むようになると、私は傍らにある水や酒を口に含んで移し飲ませてやった。
どのくらいの時間繰り返しそうしていたのか。
さすがにウィルーが体力が果てぐったりしてしまったので解放してやり、私は瓶の底に残っていた酒をそのまま直に飲み干して乾きを癒すと彼の横に倒れ込んだ。
すると、かすかに残る力を振り絞ってか、力のない手で私を抱き寄せると唇を重ね、優しく長いキスを求めてきた。
私は彼の頭をなでながらそれに応えてやる。
「まいった。なんでこんなことが出来るんだよ」
「企業秘密です」
「娼婦を買った時もこんなことしてもらったことないぞ」
「これはね、技とかじゃなく心を開くから得られる快楽なのよ。何も特別なことはしてないわ。女の快楽は男の快楽でもあるの。今ウィルーが感じたのと同じことを相手にすればちゃんと満足してくれるわ」
「なんだか目の前が洗われたようなっていうか生まれ変わった気がするよ。ユウが本当に神様の使いに見えてきた。実は愛の神の御使い、伝導師なんじゃないの?」
「愛の伝導師って、ありがたそうでうさんくさいわね」
ウィルーの笑顔はいつも通りだったけど、晴れ晴れとしたものを感じれた。
ひとしきり冗談を言い合っているうちに、ウィルーはさすがに疲れたのか眠りに落ちていった。
彼の身体にシーツをかけてやると灯りを消し、私は足下の食べ跡の包みを持って部屋を出る。
あの醤油っぽいタレ、今からつけ置きでちゃんととれるかな。ああ、こっちの油汚れが早くも染みにっ!
色々あって疲れた身体に鞭を打ち、洗濯機や洗い上がりが白くふんわりな洗濯洗剤を恋しく思いながら、せっせと汚れ物と格闘するのだった。
翌朝、私の目を覚ましたのは小鳥の声でも、まぶしい空でもない、きっちんから聞こえるへたくそな鼻歌だった。
「何をしてるの?」
「ユウ、おはよう!さあ、座って座って」
私がドアを開けるとそこにはエプロンをつけたウィルーが料理をしていた。
ねぼけた頭で状況がよくわからずきょとんとする私に、椅子を引いて座るよう促す。
「丁度今、声をかけようと思ってた所だったんだよ。はい、お茶」
「ありが、とう」
いれてくれたお茶は、これでもかというくらい蜜が入っていて甘かった。
そして私の前にはたっぷり蜜のかかったパンケーキ、チーズとフルーツを切ってまぜて蜜をかけたフルーツサラダのようなものが置かれた。
ウィルー椅子に座るとにこにこと私を見ている。
「ウィルーは食べないの?」
「僕はさっき済ませたから。それに甘いものはそんなに食べないからさ」
私も甘いものは好きだけどね、バランスってものがあると思うのよ。
花が開くような微笑み全開のウィルーに気圧されて、ゆっくりフォークを動かし口に入れていく。
甘い、全部蜜の味しかしないってくらいたっぷり甘い。
「いつも朝食はユウが用意してくれるけど、今日くらいは僕の朝食を食べて欲しくて。毎年エリルの誕生日の朝に作ってやるんだ。小さい時からすごく喜んでくれるんだ。きっとユウも喜んでくれると思ってさ」
そう言うとウィルーは頬どころか耳まで赤く染めはにかんだ。
確かに、昨日の今日だもんな、こういう反応も仕方が無いけど。
思いがけないウィルーの態度に戸惑ってしまった。
でも彼には私に依存するんじゃなくて、外に向かって一歩を踏み出してほしいのよね。
私はパンケーキを一口分フォークに突き刺し、蜜をたっぷり纏わせるとウィルーの口に押し込んだ。
「ゔ、甘い」
「いい歳をした男のはにかむ姿は可愛くないから。あとここまで甘いのは食べきれないから手伝って」
口の中が蜜の香りと甘さに占拠され眉をしかめるウィルーを見て溜飲を下げると、果敢に甘い甘い朝食に挑んだ。
城下で過ごすのも、残すは今日一日。




