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女王様とお呼びっ!  作者: 庭野はな
王妃の公務
33/88

[33] 闇い傷

ちょっと生々しいシーンになっています。

苦手な方はそっと飛ばしてください。

「どうしてそう思う?」


揺れる炎も凍り付くような空気に、私はしまったと臍を噛んだ。


「えっと、前に私が言ってたじゃない?あなたはユリウスやカイルに信用されてるって。それってどういう意味なのかと思って、その」


私は遠慮がちに上目遣いになって問うた。


「私には、あなたがユリウスみたいに失恋して女嫌いになったように見えないの。それでその、異世界では普通ってほどじゃないけどよくあることだからてっきりそうかと思ってたんだけど、でも今日一緒にいて自分の思い込みに違和感を感じて、自分の判断に自信がなくなってしまって」


「何がいいたいのかよくわからないな」


最初私はてっきりそうだと思ってた。

この5日、出会ったばかりとは思えないほど自然な意思疎通で結ばれた友情、柔らかい雰囲気は側にいてとても心地が良いものだった。

女は嫌い?と尋ねたけど、女性の扱いが丁寧で心配りもある。

ただ、異性として意識している様子がなかった。

それならそれでいいと思ってたのに、ネックレスをプレゼントされてその意図を計りかねてしまったのよね。

友情の証?信頼の証?それとも…

この世界のそれの位置づけがどうあるのかという興味があったのも否定できないけど。

私は勇気をもらうように首もとで揺れる黒い石をそっと握ると、口を開いた。


「ウィルーは、男が好きなのかなって」


あ、ダイヤモンドダストが降ってくるようだわ。

私はこの氷の氷原と化した部屋で生き延びるために、無意識に濃い酒をあおった。


「くくくくっ、はははっ、あはははははは」


ウィルーは籠った声で笑い始めたと思ったら、お腹をかけて涙をうかべて笑い転げた。

その弾みでパンが床に転がり落ちそうになるのをあわててつかみとった。


「やっぱりユウは変だ。面白すぎる。どうしてそんな発想になるんだよ」


「この世界では男同士はタブーなのかなとか思って聞きづらくて…」


「残念ながら僕はそうじゃないよ」


「そう、邪推しちゃってごめんね。もうこれ以上は聞かないから」


「いいんだ。そこまで気にしてくれてたのは悪い気がしないから。それにユウになら話すのもいいかもしれない。カイルとユリウスと僕の3人しか知らないことだ。ああ、あとはやった本人とね」


ウィルーは、机代わりに敷いてあるテーブルクロスを踏むのも構わず膝立ちになった。

生成りのシャツのボタンを総て外し、ズボンの腰に結んであるベルトがわりの布をほどくとズボンが膝まで落ちた。

更に現れた下着を足の付け根近くまで押し下げる。

そしてテーブルの上に置いていたランプをとると、腰のあたりに持ってきた。

私は呆然とそれを見つめた。

腰の上からへその下を通り股間に向けて、薄暗がりの中ではまるで身体にぽっかりと亀裂が入ったかのような赤黒い傷跡が無惨に広がっていた。


「やけど?」


「ああ、12の時にね。母さんが亡くなった数日後に、カイルから連絡を受けて僕達のところに来た伯爵を僕は殺そうとしたんだ」


「どうして…」


「僕を生んでも使用人として顧みられないまま、伯爵家の邪魔にならないようにと小さくなって暮らした母さんが、良いことなしで死んだ母さんが哀れだった。そのくせ突然現れて、僕を引き取ることを決定事項のように言うんだ。エリルは孤児院に入れればいいって」


ウィルーは下着を元にもどし、再びクッションにもたれるように座り込んだ。


「僕は吠えた。お前と息子を殺してやるってね。伯爵家の血を絶やしてやるって。そうしたら父さんは、奴はどう言ったと思う?『絶やすのは汚れたお前の血だけだ』と嗤ったんだ。そして側の暖炉の中にあった火かき棒をとると僕に押し付けたんだ」


私は声が出ず、淡々と話すウィルーの話すことを聞くばかりだった。


「肉を焼かれる臭いをかぎながら熱い棒を押し付けられもがく僕を助けてくれたのは、カイルだった。父親を突き飛ばし、僕が落としたナイフを奴の鼻先につきつけて脅したんだ。僕とエリルを引きはなさず放っておいてやれと、これ以上僕に手出しをしないと誓えってな。さもないと自分の代でどんな手を使っても伯爵家を潰すとね」


「あのカイルが?」


「そう、いつも冷静で静かで優等生、父親の言うなりだった弟が、烈火のごとく怒って反抗したんだよ。その後ユリウスもかけつけて、二人が館から連れ出してくれた。すぐに手当を受けたけど一週間高熱にうなされてね、命は助かったけど男の機能を失ってた。そういうことさ。ん、どうしてユウが泣くのさ」


「こんなことだったなんて知らなくて、言わせてしまってごめんなさい」


「これは僕が話したかったんだ。それにこの傷を見ても目をそらさないでくれただろ?充分嬉しかったよ。女に求められることは少なくないけど、たいがいの女は傷を見ると叫ぶなり気絶するなりするからね。それに不能と知ると呪われるんじゃないかってくらいののしるんだ。だから僕はこれ以上女を傷つけないために、女を愛さないことに決めたんだ」


私は悲しくてたまらなかった。

いつもの優しい微笑みを浮かべているけれど、これは沢山傷ついてきたからこその笑顔だったんだ。

こんな笑顔になれるまでどれだけ時間がかかっただろう。

それにこれ以上彼が傷つかないという保証もない。

これは同情?

そうかもしれないけど私は自分の心を、衝動を止めることが出来なかった。

テーブルクロスに左手をつき、部屋着の木綿のスカートが汚れるのもためらわず、串焼きのたれが残る包んであった葉の上に右ひざを乗せる。

左膝をすすめるとスカートの裾は揚げ菓子の甘い蜜の上に被さった。

それにも構わず私は彼の側に這い寄ると右手をのばし、下着の上に見えているケロイドにそっと触れた。


「もう、痛くはない?」


「ああ。触れられてくすぐったいし、他の肌と感覚は変わらないさ」


見るだけでひどい状態だったのがわかるが触るともっとだった。

表面の手触りはつるっと滑らかだけど、焼けた肉を切除したりもしたのだろう。ぼこぼことなったり、一部がえぐれたようになった部分もある。


「おい何を…」


私は手でその傷の部分をそっと撫でているだけではたまらず、その亀裂に顔を寄せると口づけた。

今日一日歩き回った汗とこの3日ですっかり馴染んだ甘い香り、ウィルーとエリルの好物だと常備してあるランカンという果実の甘酸っぱい香りがする。

ウィルーは悲しみから怒りをぶつけただけなのに、父親から幼い身体にこんなことをされるなんて。

唇を這わす私をやんわり押しとどめようとする大きな手をかわし、私は彼を押し倒した。


「ユウ、どうする気?」


私は悲しくて涙で濡れてしまった頬を手の甲で拭うと、身を屈めて彼の額にそっとキスをし、驚き見開いた琥珀色の瞳を見つめた。


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