[32] 月石
結論から言おう。
結局東部の貧救院支部も西部と同じだった。
5カ所のうち2カ所は通常営業、3カ所は閉鎖。
家主に物件を探してるふりをしてそれとなく尋ねたら、さんざん値切られた安い家賃は欠かさず入って来るので追い出すことも出来ないらしい。
さすが西部の商人街だけあって、別の部屋を粘り強くプッシュされそちらを断るほうが大変だった。
商人を相手にする時は心してかからないとね。
そんなわけで、今日は支部をまわるルートをきっちり考えたお陰で迷うこともなかったこともあり、あっさりとミッション終了。
お昼まで間があったので、明日に予定した学校をのぞくことにした。
庶民の学校は、各区に2校づつあり、中流階級向けは授業料が必要で一戸建ての大きな建物を、労働者階級向けは無料で古いアパートを利用していた。
運動場があったりする私が通った学校とは大きく違う。
子ども達は朝学校に行き、年齢じゃなく学力レベルに応じたクラスで学び、昼前に家に帰るのは両校一緒。
後は中流階級の子は自由な時間を満喫し、労働者階級の子は稼業を手伝ったりアルバイトをして小銭を稼ぐ。
他の国から来たので学習内容を知りたいと頼むと、先生が快く教科書を見せて説明してくれた。
読み書きと足算引算、そして簡単な国の歴史と国の地理を学び、学習意欲があり成績優秀な子は特別クラスに入り「王国史略」という大人向けの歴史書を読んだり、下のクラスの子を教える立場にまわるという。
ただ、労働者階級の子の親は、生活や仕事に必要なものだけで充分だと思っていて、特別クラスに入るなら、もう学校は充分だからと仕事をさせるんだとか。
子どもだけじゃなく親とも向き合わないといけない、教師はどこも大変よね。
私は親切に細々と教えてくれた教師に感謝し、学校を後にした。
どうよ!
これだけ充実した時を過ごしても、まだお昼になったばかり。
これを狙って朝が苦手だというウィルーを早朝に叩き起こし、特製朝食を作ってご機嫌をとって早々と出かけた甲斐があったというもの。
ここは美味しいものと買い物の西部地区!
さっそく、国中の食が集まってるという噂のテイクアウト専門の屋台を巡り、目についた美味しそうなものを片っ端から買って行く。
それぞれが買うのではなく、私が買ったものを半分こづつ。
だって、ちょっとでも沢山食べたいじゃない。
はたからみるとラブラブカップルに見られたらしくて、お店の人にひやかされっぱなしだった。
それにもめげず、屋台の横で頬張りながらお店の人に話しかけて材料や調理方法をリサーチ。
丸投げて教えてくれっていうんじゃなくて「このソースでこくを出してるのはチーズ?」とか「このケーキの中のナッツは私が知ってるクルミって木の実に似てるけど違うの?」といったふうに、ピンポイントで聞くと案外簡単に教えてくれる。
しかも正解するとすごく喜んでくれて料理談義に花が咲いたりして、おまけで色々もらったり。
私はすっかりこの国のB級グルメに詳しくなってしまった。
「これってなんの石だろ、綺麗ね」
「月石。西の砂漠でとれる石だよ」
装飾品を扱う小間物屋でアクセサリーを見ていると、石のペンダントが目についた。
白く半透明のムーンストーンに似た名前だけど、これは艶やかな黒い石だった。
どうして月石?と首をかしげていると、石に光があたると反射して白い輝きが生まれる。
その光を闇夜に浮かぶ月になぞらえて名付けられたらしい。
「ユウの瞳と同じ色だからよく似合うよ」
「そう?じゃあウィルーの瞳だと選ぶとしたら琥珀ね。うんと色の濃いの。あ、これはエリルの瞳の色だわ。この色石はどういう名前?」
「森の恵み。いつまでも深い緑は生命の森のようだから。他にも、森の女王の涙だっていう逸話もあるよ」
「あの童話の?へえ面白いのね」
ひやかしのつもりで見ていたのに、気がついたらウィルーが私にあの月石に銀砂のようなチェーンをつけたネックレスを買ってプレゼントしてくれた。
男性から装飾品のプレゼントに少しためらったけど、内心自分で買おうかなと迷ってたことだし遠慮なく頂いた。
ただし、身につけるのは城下にいる間だけと断って。
城でつけると色々と面倒そうだからね。
ウィルーの大きな手が首の奥にまわり留め金をとめてくれた。
金銀宝石のついた豪華なものより、やっぱりこういうアクセサリーのほうがしっくりくるな。
胸元で動く度に小さく揺れる石を愛おしげに指で触ると、ウィルーが意外そうな顔で私を見ていた。
「つけたら、意外に似合わなかった?」
「いいや、よく似合ってるよ。ただ、こんな小さなありきたりな石を喜んでくれると思わなかったからさ」
「すごく気に入ったわよ.私、黒石って昔から好きだったし、これはすごく綺麗だし、なによりウィルーのプレゼントだからね」
もちろんただもらう理由もないので、私もお返しに、ウィルーの瞳と同じ濃い琥珀石のペンダントを購入して渡した。
男性的な無骨なデザインの台座にはめられ、太い長めのチェーンがついている。
そして、エリルにも協力してもらったお礼にと、さっきの森の恵みの石がついたブローチを選んだ。
最近街の娘達の間ではブローチが流行しているらしい。
私が選んだのは繊細な葉っぱの銀細工に雫のように涙型にカットされた緑の石がころんと乗って可愛らしいブローチ。
きっと彼女に似合うはず。
その後も服屋や布屋、道具屋、交易商の店をのぞいてスパイスを見せてもらったりと、日が落ちるまでショッピングを楽しんだ。
ウィルーは両手いっぱいに荷物を抱え、すっかり疲れた顔をしている。
遠慮なしの街歩きと買い物についはめを外しすぎたみたい。
夕食は家で適当にとることにし、予定していた食堂には寄らずにまっすぐ帰宅した。
「この数日の中で、今日の買い物が一番きつかったかも」
「ごめんね、ついテンションあがっちゃって」
「女の買い物怖いな。もう二度と女とは買い物いかないぞ」
「まあまあ。買いまくったお陰でしっかりストレス発散させていただきました」
私たちは、ウィルーのベッドにいた。
といってもなにかイタしたわけではなく、今日は疲れたから行儀悪くすごそうと「砂漠風ディナー」をとっていた。
これは、元の世界で私が好きだった小説に出てきたお気に入りのディナースタイル。
本当は床でするんだけど、狭いこの家では広いフラットなスペースはウィルーの部屋の、ダブルサイズのベッドの上。
壁にクッションを並べてだらしなくもたれ、マットの上にはテーブルクロスを敷いてその上に屋台で買った食べ物を並べる。
手には、交易商の所でスパイスと共に買った異国の甘くきつい酒。
果実と薬草と蜜をいい蒸留酒に漬けてある。
この国でもこのレベルのお酒が作れるようになって欲しいわ。
そんなたわいもない酒や食べ物、今日まわった店や地方の話題を、くつろいだ姿で喋り飲み食べしていた。
その時、すっかり気が緩み、珍しく頬が薄く紅に染まったほどにほろ酔いになってた私は、つい余計なことを口にしてしまった。
「ウィルーは女が嫌いなの?」




