[31] 支部を探せ!
「なるほど、ここで手当の申請や援助の依頼をするのね」
「ああ、炊き出しの情報や日雇いの求人情報は場所によって違うから、ここと各支部それぞれが掲示してる」
「日雇いじゃなくて仕事の斡旋はないの?」
「斡旋?仕事ってのは知り合いからの紹介がほとんどだな」
「じゃあ知り合いの少ない、いない人はどうなるの?」
「人手が足りなさそうな商店なんかに飛び込みで頼むか、後は金を払って斡旋業者に頼むかだな。斡旋業者の手数料はそう高くないが、無事に採用されたら最初の月の給料が半分を持って行かれる」
うわ、なにその職探しのハードルの高さ。
紹介賃に成功報酬まで出さないと就職できないなんて、世知辛いというか。
ハローワークか求人情報誌みたいなのがあればいいのかな。
私は思いついたことを手元のメモ帳に記していく。
「ところでさっきから気になったんだけど、それなんだ?インク壷がないペンみたいだけど」
「これは鉛筆よ」
「えんぴつ?」
「この木の棒の中に固い炭の芯が入っているの。先を削ってペンみたいにとがらせると、黒い部分が削れて紙にかけるってわけ」
「すごいな、はじめてみた。これはユウが考えて作ったのか?」
「異世界で古くからある筆記用具よ。ペンを持ち歩ければいいけれどインク壷を使うのが面倒だからこれにしたの」
この世界の筆記用具は、ペン先をインクに浸してから書くものしかない。
さすがに平民までペンは普及しているけど、紙もインクもまだ高く、白板に細く割った炭を使って書くことが多い。
ウィルーの家でも使っていた。
筆記用具の持ち運びは、専用の皮ケースにペン軸とペン先、そしてインクの小瓶を収納する。
使えなくはないけど、こっそり書きたい場面で毎回皮ケースから取り出すのは面倒なのよね。
それで試作中の鉛筆を持ってきていた。
カイルに頼んで黒鉛を手に入れてもらい、粉末にして粘土に混ぜた後、細長い芯状の木型で整形し厨房の釜の奥で焼かせてもらった。
木の棒は、護衛のバッハが板からいくつか四角い棒を切り出し縦に割ってくれたもの。
私が自分でするからと言っても、私に鉈は危ないから持たせられないと一切手をださせてくれなかった。
大柄でクマみたいなのに驚くほど手先が器用で、結局その後も私の手元が危なっかしいと見かねて仕上げの磨きまでやってくれたんだけどね。
割った木の棒の両中央に溝を彫って芯を挟み接着剤でくっつけ上から重しを置いてまた数日放置。
仕上げに周囲をやすりで削って、こうして鉛筆もどきが誕生した。
一番難しかったのが、芯の大きさに合わせて木に溝を彫る所かな。
あと、黒鉛と粘度の配合もよくわからなくて、粘度をつなぎのつもりで少なくするとやたら濃くてもろい書き味になっちゃった。
完成した鉛筆は20本。護衛と侍女達とユリウスとカイルにプレゼントし、後は自分用にと大事にしまった。
ただ、貴族や王族からすると、炭を使う筆記用具は下賎なものっていう印象もあるようで、二人の反応はいまいちだった。
でも、国民の識字率アップを目指すなら、こういう安価で手軽で使いやすい筆記用具って大事よね。
鉛筆は出来たから後は消しゴムが欲しい。
昔はパンを使ってたっていうけど、天然ゴムってこの国にあるのかな。
早く万年筆の開発もして欲しいわね。
閑話休題。
外から一通り様子を伺ったので、次は聞き取り調査をすることにした。
鉛筆とメモ帳を鞄にしまい、おどおどとした様子で中に入ると、受付で暇そうにしている年配の係員に声をかけた。
「あの、実はうちの奥様のお使いで来たんですが」
「ああ、なんだい?」
「奥様が夢の中で神様のおつげを聞いたそうなんです。貧しき民に施しを与えて善行を積みなさいって。それで何かお役に立てることがないかお話を伺ってきなさいと」
「それはありがたい。神の導きに感謝を。我々も常に援助者を求めておりますよ」
「それで、具体的にどんなことがいいですか?おやさしい方で寄付は昔から方々になさっているのですが、神様がお金でなくご自分の手で出来ることをとおっしゃったそうなんです」
「そうですか。物資や食べ物の配給をする人手が足りないのですが、ただ貴族やお金持ちの奥様方にお手伝い頂くとなると、やはりご寄付頂くくらいしかないですね」
「私もそう思います。奥様が貧民の人達と触れ合うのはちょっと考えられなくて。では寄付だとどんなものが嬉しいですか?」
「うーん、食べ物や着るもの、平民に必要な生活用品ですね」
それでもやっぱりお金が一番ありがたいんですけどねと、職員が苦笑いしながらこぼす。
確かに失業者へのろくな対策がされてない今、増える貧困層に出費も倍増。なのに与えられた予算は上層部の様々な不正で吸い取られ、現場にまわってくるわずかな金額ではかなり苦しい懐事情なんだろう。
「わかりました。奥様にはご自分が寄付金を出されるのではなく寄付金を集めてみることをご注進してみますわ。それなら神様も納得してくださるかしら」
「ほほう、それはなかなか面白いアイデアですな。皆さんでご一緒にとなると貴族の方は見栄を張って多めに出す方もいそうだな」
「うふふ、じゃあさっそく奥様にご報告しなければ。お忙しい所ありがとうございます」
私は係員に笑顔で見送られ、建物を後にした。
「成果はあったか?」
「うん、いろいろと。予想外の収穫もあったわ」
方便から産まれた金策と支援を得る妙策。
私は通りの端でウィルーの陰に隠れ、せっせと鉛筆を走らせた。
その後は、貧救院の支部探しに費やした。
区画整理されているお陰で道は歩きやすいのだけど、元の世界みたいに目立つ看板や特徴のある建物があるわけじゃない。
同じような建物の連続に、今自分がいったいどこにいるのか分からなくなることがしばしばだった。
ウィルーがついていなかったら絶対迷子になる、というか遭難する!
そんな整然と灰白色の建物が続く中、5つの支部を見つけることが出来た。
なに、このオリエンテーリング。
公共の施設なのに、どうしてこんな奥まったぼろぼろな建物の中にあるのよ。
分かりにくいことこのうえない。
炊き出しをするような場所も周囲にない。
しかも、2カ所はちゃんと稼働してるけど、新たに新設された3カ所はドアには鍵がかかり中に人気はなかった。
外壁に掲げられた掲示板も使われている様子はない。
「おいおい、これはまたあからさまだなあ」
「せめて本日休館とか看板出しとけばいいのに」
ご近所に尋ねると、掲示板や看板を設置した時以来、人の出入りを見た事ないと言ってた。
もともとこんな所に作ってもそう利用者がいるわけじゃないし、出来たことを告知したわけでもない。
なので、必要になる前に用意をしておいたのだろうと善意の解釈をしてくださった様子。
私が報告書を見た限りじゃ、実際に運営している支所並みかそれ以上に経費使ってましたよ。
いったい誰が何に使ったんでしょうね。
「おい、ユウ、背中から黒いオーラが出てないか?」
「あら、何か見えて?うふふふふふ」
「その笑い怖いって。色々思い当たることがあるみたいだけど、今回はあくまで調査だけだからな」
「ええもちろん。ゴミから特殊関係人から天井裏まで、隅から隅まで調べ上げてやるわ」
「とくしゅかんけいにん?」
「気にしないで、ものの例えだから」
私は熱い闘志をたぎらせ閉鎖されている支部の周囲で情報をきっちり収集し満足すると、ウィルーとエリルがお世話になっている開業医のもとにお邪魔し、色々と医療に関する話を聞かせてもらった。
実り或る一日になったけど、やっぱり一番の実りは、夕食で入った酒場で出てきた「モーラのワイン煮」と出会えたことだった。
牛肉にそっくりなモーラのばら肉の固まりを、一度フライパンで周囲をこんがりと焼き付け、香草と一緒に水の代わりにワインを入れてストーブでひたすら煮込んだとろける一品。
香ばしく焼いたナンのようなパンにモーラのチーズを挟み、カロリーと幸せ最高潮な夕食で一日を締めくくることが出来た。




