[3] 女は度胸
おじいちゃんの読みは甘かったようだ。
せっかく逗留するための部屋を用意してくれたのに、城に戻った王子が『私は、神の意に従い、神の授けし運命の花嫁を将来の王妃に致します。神と、国と、王と、我が命に誓って』と王と家臣達の前で宣言をしたらしく、私はその日のうちに強制的に神殿からお城へと移送されることになった。
あれだけ私に対して嫌悪感を露にした態度をとっていたのに、どういう風の吹き回しなんだろう。
もしかして私への壮大な嫌がらせ?
身体を清めてくださいと言われ、風呂というより泉の湧き出
そしてナナが用意した白いドレスを身につける。
入浴や着替えを何かと手伝おうとするけど、慣れてないからと断った。
ドレスのリボンを結ぶところだけは、ナナが懸命に背伸びをしながらしてくれた。
白い絹のドレスはホルターネックタイプなのだけど、この世界に来た時身につけていたブラはストラップレスではない。
この世界のブラはないのかとナナに尋ねると首をかしげられた。
薄々は気づいていたけれど、ノーブラ文化なのね。
コルセットはあっても、胸当てのついたビスチェはないらしい。
スリップ状のものくらいで、運動や動き回る場合は布を当てるのだそう。
この世界の女性は、激しい運動はしないんだろうな。
私は巨乳じゃないけど小さくはない。
手で掴んでしっかり余る。
既にお肌も曲がり角を1つ過ぎてる上に、身体のラインだって油断ならないのに。
垂れたらどうしてくれよう。
先の見えない不安を、つまらないことを考えてごまかす。
用意されたドレスは胸の部分が布を重ねて厚めにしてあるとはいえ、微妙に透けるのだ。
古い洋画で女優さん達がノーブラでためらいもなく透けたり形が露になっていたのを体感することになるとは。
実際に中世のヨーロッパでは、胸が透けたり丸出しのドレスの流行もあったらしいし、まだましだと思おう。
ええい、女は度胸。
私は胸を張って深呼吸をひとつすると、私のバッグを持つナナを従えて神殿の入り口へ出来るだけ上品に歩みを進めた。
「ユカ様、我々はいつも神にあなたの無事と幸せを祈っております。神殿はいつでもあなたの家となりましょう。不安なことも多いでしょうが、どうぞお心を強くもってください。神よ、ユカ様に絶対なるご加護を」
「色々ありがとうございます。
そしてまた近いうちに合いましょうとおじいちゃんと挨拶を交わし、王室の紋章がついた派手な馬車に乗り込んだ。
「あれがお城?」
「はい、お城ですよ」
はたから聞くと間抜けな会話を交わす私とナナ。
馬車に乗り神殿を出て初めてみる街は、石造りの建物が並び、素朴な色で染め上げられた布の日よけが張られ、同じように素朴な色味の服装の人達が溢れていた。
黒も真っ黒ではなく、褪せたやや赤みや青みが入った褪せたような黒さだ。
馬車もテーマパークで乗った経験はあったがそれとは違い、固く激しい揺れで座面にいっぱいクッションを敷き詰めて、お尻が痛くならないようにしてある。
お陰で馬車酔いをしないよう、必死で窓から外を眺めてナナを質問攻めにしていた。
それは主に、人通りの減った住宅街を貫く大通り、ナナイ曰く「お屋敷通り」の先に見える巨大な建物について。
白亜のお城ではなく灰色の石造りの、砦といったほうが近い力強さを感じる城がそこにあった。
それらの光景を見て、私の頭にはもう「ドッキリ」への期待は一抹も消え失せていた。
私たちの入った門は馬車が余裕ですれ違うことが出来る広さがあったが、こちらは正面ではなく西門なのだそう。
そしてその先の厚い青銅製の扉が開かれた入り口の前に、馬車が停止した。
出迎えの剣を持った男達と数人のそろいの服の女達が居並び、先頭に立っていた男がドアを開くと、馬車の中の私に向かっておじぎをした。
「ようこそいらっしゃいました。神が授けし聖なる乙女、というより我が王子の勝利の女神といった美しいお方。私は王子の侍従でカイルと申します。姫のお世話を取り仕切らせて頂きます。以後お見知り置きを」
呪文のような口上を述べられ、私は曖昧な笑顔を返す。
王子様が美形なら、この人は美丈夫かな。
茶色い癖っ毛を後ろになでつけ、鼻筋が通って凛々しい顔立ちをしている。
服装も紺色の上着にズボンにブーツと軍隊の制服のようで、それがまた彼の雰囲気によく似合ってる。
私の手をとる手も大きく無骨だ。
でも、お肌の張り艶からすると、案外王子と歳が近いかもしれない。
てことは、やっぱり年下か……。
私がよろしくお願いしますとぺこりとおじぎをすると意外な顔をしていたが、すぐに気を取り直し城内に導いた。
そっと後ろ見るとナナが小走りでついてきている。
「私のことはユカと呼んでください。後ろの神官長さんが用意してくれた子は、このまま側にいてもらってもいいのですか?」
「神官長の養い子ですね。彼女のことは連絡がきております。他にも2人ほど信頼の置ける侍女を用意しますので」
「信頼できる?」
「ええ。当方にも色々事情がありましてね。しばらくはユカ様の身辺警護を強化させていただきます」
「はあ」
政治と権力の中枢で、王妃というのは駆け引きの駒になることくらい察しがつく。
大きい企業の次期社長の結婚相手に、重役の娘や取引先の娘が候補にあがり、水面下でお互い足をひっぱりあってるところで、会長がどこの馬の骨とも分からない娘を連れてきた。
それで均衡が崩れ、とりあえずそのぽっと出の娘をなんとか潰そう、みたいなことが国レベルで起こっているのだろうね。
まったく、そんな所に巻き込むなんてほんとはた迷惑な神様だわ。
「なんだか色々お世話になります」
私が考えてることが分かるのか、すまなさそうな顔で微笑んだカイルは私を城内へと誘った。
「花嫁候補は本来はすぐにでも後宮に入って頂くのですが、まだこちらの世界にいらしたばかりですし、とりあえず客人として扱うよう王子より命じられております。さ、こちらへ」
私に与えられたのは、王族の近しい客人の為の部屋だった。
部屋といってもまさに憧れのホテルのスイートルーム。
主寝室に居間、デスクと椅子が備えられた書斎のような部屋、庭が一望できるテラスに浴室、侍女達用の控え室兼寝室まで備えられていた。
ゴシック様式に似た豪華な調度品も精緻で美しく、素人目に職人によって技術の粋を尽くして作られたものだと分かる。
部屋に着くと、中では王子が固い表情で椅子に座り待っていた。
「本当ならユカ様には休んで頂く所ですが、今はあまり時間がないのですよ。とにかくまずお二人でお話してください。ユリウス、分かってるな」
「あ、ああ。大丈夫だ」
カイルは私にうやうやしく礼をすると、ナナに仕事の説明があるからと控えの部屋へと連れていってしまった。
無理矢理王子と二人きりにさせられ、私は部屋の中で立ち尽くしたまま王子と向かい合い、二人の間に気まずい沈黙が流れた。
改稿しました(7/15)