[29] 幸せを守る為に
「さてと、これからのことなんだけど…」
食事を終え部屋に戻ってきた私達は、ホテルの部屋でくつろいだ。
ウィルーはソファー、リードは床、マリクはリードの膝の上、ロミーとニックはベッドの上ではしゃぎまわり、私はその横に腰掛けている。
そういえば入浴後のリードは、灰色だった頭は綺麗なチョコレート色になり、目つきは悪いけれどなかなかの美少年だった。
そんなリードがマリクから片時も離れず、まるで熱愛中の恋人同士のようにべったべたにくっついてる姿は、中学からの親友の良美が見たらお腹が一杯だのなんだの言いながら悶絶しそう。
「俺、このままマリクを連れて帰りたい。もう絶対手放さないからな」
「そうね、気持は分かるけどそれは今は無理よ」
「どうして!あいつも俺といたがってるし、それが俺達にとって幸せなことなんだ」
「もちろん、出来るだけそうしてあげたいけど、一緒になってこれからどうするの?養っていける?」
「当たり前だ。俺達、今までだってそうやって暮らしてきたんだ。こいつだってもうすぐ一人前に稼げるさ」
「そこなのよ。何をして稼ぐの?」
「それは乞食して恵んでもらったり、…色んな小さい仕事を手伝ったりだよ」
言えないお仕事を色々、ってことね。
私はニックをひざに乗せ、ふわふわのブロンドの巻き毛を撫でて絡んだところをほぐしてやる。
「マリクの幸せはリードの側にいることってのは分かるしそうさせてあげたいわ。だけど今のままじゃだめよ。マリクが事故や事件に巻き込まれてしまったら?それはマリクだけじゃないわ、リードがそうなったら?マリクと一緒になるってことはそれだけの責任をリード、あなたが持つってことよ」
「俺、難しいことよくわかんないんだけど、つまりかたぎの生活をしろってこと?」
「そうよ。マリクを身内として引き取るには、あの施設長を説得出来ないといけないの。今のリードにそれが出来る?」
「うえっ、まじかよ。あのばばあを説得ってどうすりゃいんだよ」
「引き取るにはちゃんとマリクを安心して生活させられますってことを証明すればいいのよ。未成年だから保証人も必要だけど」
「そんなまっとうな仕事で浮浪児の俺を雇ってくれるとこなんてないぜ。まして保証人になってくれる大人なんて俺のまわりにはいねえよ。高い金払ったら保釈の時の保証人になってくれるツテはあるけど」
「僕がなってやるよ」
「ウィルーが?」
「ああ、ボロい所でよければ住む所と仕事を紹介してやるぜ。ただし、半端にはさせない。マリクを引き取るのはちゃんと働きだして仕事に慣れたと僕が認めてからだ」
「それまでマリクには会えないのか?」
「そんな暇があったら、一日でも早く迎えにいけるように死にものぐるいで働け」
「リード、むかえにきてくれるの?ボクまってる!!」
マリクがリードの腕の中で彼を嬉しそうに見上げた。
キラキラと輝くまなざしに、リードは溶けるような笑顔を見せる。
「ああ、お前を食わせるのに困らないくらい稼げるようになったら、絶対迎えにいくからな。男の約束だ」
「うん!おとこのやくそく!」
「よし、じゃあ施設長にもそのことを伝えておかないとな。迎えにくる家族がいるから養子縁組みの対象には入れないでって」
リードとマリクが涙のお別れをした後、ウィルーはリードに後日自分を尋ねてくるように連絡先を渡して帰らせた。
そして私たちは子どもを孤児院に連れていくために馬車に乗った。
その時には私はすっかりこの金髪の兄弟に心惹かれてしまっていた。
すっかり私に「ユー ユー」と懐いてくれている。
「この子達、これからどうなるのかしら」
「二人ともまだ養子の貰い手がある年頃だし、この髪は金持ちや貴族に好まれるからな。ただ、兄弟揃ってというのは難しいだろうが」
「そっか。二人一緒に苦労しながら自立していくのと、裕福な家に引き取られてそれぞれ育つのとどっちがいいんだろうね」
「どんな環境であれ、幸せは与えてもらうもんじゃないからな。自分で見つけていくことだ。こいつなら大丈夫さ」
「私が出来るのは幸せになるよう祈ることだけね」
「ユウに出来ることはもっといっぱいあるだろ。ロミーのような子達が少しでも幸せを掴むチャンスが増えるようにしてやればいい」
「うふふ、そうね」
そう、私にはこれからいっぱいやれることがあるよね。
私がこの世界に居続ける間は、この子達が幸せに出会えるよう、掴んだ幸せを守れるよう出来るだけのことをしてあげたい。
柔らかく小さな身体を抱きしめて金色の鳥の巣に顔を埋めると、甘くやさしい匂いがした。
孤児院に着いた時、中は警護官が入り乱れて大騒ぎだった。
数人の職員が捕縛され、書類は箱に詰められている。
その中私たちは施設長室を訪ねた。
施設長は、マリクやロミーに駆け寄ると彼らを抱きしめ涙ぐんだ。
「話は聞きました。子ども達が無事で何よりです」
「摘発のためとはいえ、この子達を危ない目に遭わせてしまい申し訳ありません」
「いえ、私も職員が子どもを売っていたことに気付けなかったなんて申し訳なくて。子ども達に合わす顔がありません」
「彼らが売買した子ども達は調査してこれから追跡するそうです。その子達の為にもこの院をどうぞ今まで以上に愛情深く見守っていってください」
「でも私はこの不始末の責任をとらねばなりません。上からも先ほど私が全て責任をとり辞職するよう連絡が……」
「なるほど。確かにあなたの監督責任は大きいですがそれは上も同じこと。頭をすげ替えるだけじゃ解決しないことなのに。施設長は先のことより今この騒動の中で子ども達を安心させることだけを考えてください」
「あなたはいったいどなたなのですか?」
「私はただの旅…いたた」
「施設長殿、私たちは事情があって警護隊の手伝いをしていたものです。なのでどうぞ気になさらないようあなたのお仕事をお続けください。また詳細の報告は警護隊からなされるでしょうから」
「はい、わかりました」
私たちはロミーとニック、そしてマリクと別れを惜しみ、施設長室を後にした。
「そういえばウィルーって何者?カイルのお兄さんってことで納得してそれ以上気にしてなかったんだけど。ずっと私と一緒にいて仕事している様子はないし。でも街の人と仲良さそうだから自宅警備員てわけでもなさそうだし」
「ユウのいた世界では、自宅を警備する仕事があるのか?」
「あはははっ、それは仕事をせず親の世話になってる人の例えよ。リードの保証人になるってことはそれなりの仕事をしてるか地位があるってことよね?」
「そんなに、今まで僕のことに興味なかったんだ…」
ウィルーは落ち込んだ顔を見せる。
何者かを気にしなかったのはその部分に関心がなかっただけなんだってば。
私は懸命に彼の背中を叩きはげました。
「ごめんごめん、ね、改めてウィルーのことがもっと知りたくなったのよ」
「なるほど、僕のことをもっと知りたいのか。じゃあ手取り足取り教えてあげるよ」
「いや、そこまでじゃなくっていいんだけどさ……」
「でも、カイル達からそれも聞いてなかったなんて。別に隠すことでもないんだけどね。僕の仕事はーー」
「たいちょー!タルタス隊長ここにいたっ!探したんですよ」
目の前に警備隊の揃いの制服を来た男が駆け寄ってきた。
「よう、今週は全部副隊長に任せてあるだろ?」
「その副隊長から『休みをとってるくせによその仕事に首つっこんで何やってるんだ首ねっこひっつかまえて連れてこい』とのご命令で…」
「ねえ、ウィルーって警護隊の人だったの?」
「そうだよ、北区12番隊の隊長を務めている」
なるほど、それで今回は警護隊との連携がうまくいってたのね。
カイルがウィルーに任せていたらいいと言ってたことに、私はようやく合点がいった。
ウィルーには驚かされてばかり。
まだ何か隠していることがありそうなのよね。
私は「副隊長にお仕置きされてしまいます」と懇願する部下をなだめすかすウィルーの横顔を見つめながら、制服姿のウィルーは是非見ておかなきゃと心に誓った。
※ウィルーの名字を変更しました。(3/6)




