[28] 変態客と呼ばないで
迷路園から出てきた男は、しばらくきょろきょろと辺りを見回していた。
私達を探しているとしか思えない。
子ども達に合図を送りじっと息を潜める。
神様、このまま行くか戻るかしてくれますように。
私はこの世界の私を召還した神ではなく、日本人らしく神頼みの神様に祈る。
だが無慈悲にも男は叫んだ。
「おい、そこにいるんだろ?でてこい」
やっぱりばれてる!
このまま出て行くか、見つかるのを待つか、私は悩んだ。
武器はナイフだけ。
格闘経験もない、まして料理や工作以外での刃物は使い慣れない私にこんなもので何が出来るかな。
でもここまで巻き込んだ子ども達に、これ以上迷惑はかけられない。
私は二人に絶対に黙って隠れているように言いバッグを預けると、ナイフのさやを抜いてドレスの背中に縫い付けたリボンと生地の縫い目に無理矢理刃を差し入れナイフを隠し持った。
正面を向いていればばれないはず。
彼が迷路園の中に数歩入って様子を伺っている隙に茂みの後ろから横の太い樹木の陰に移動した。
「私のことを、お探し?」
再び迷路園の出口で周囲をにらみつける男に声をかけた私は、演出よろしく木の陰から姿を表した。
「ここにいやがったか。おい、ガキはどこにやった。一緒にいるのは分かってるんだぜ」
「あなたが追ってきたから先に行かせたわ。あの子達はもう私のもののはずでしょ?なぜまだ用があるの」
「あの子達?俺が用があるのはあの赤い髪のガキだけさ」
「赤い髪?」
「あいつはもともと俺の弟分だ。2年前に街で浮浪児狩りではぐれてそれっきりだったのを、さっき公園の入り口で変な男に連れられてたのを見かけてな。あれは間違いねえ、マリクだ!馬車の側で待ってたら、お前の連れがマリクを連れてた男達にガキ達の代金だと金貨を渡してたじゃねえか。さてはお前、マリクを買ったな!この変態女め」
ギャー!こんなところでそんなことを大声で叫ばないでよ。
人に聞かれたら恥ずかしいでしょう。
と、子ども達が潜んでいる茂みが揺れマリクが立ちあがった。
「リード?リード兄ちゃん?」
「マリク!そう、俺だよリードだよ!」
男は首をかしげるマリクに駆け寄り抱き上げた。
「静かにして」
私は再会に喜びはしゃぐ男の後頭部をぺちりと叩いた。
「なにすんだよ、ばばあ」
よくみれば、背が高くマントのフードをかぶっているからよく分からなかったけど、まだ若い、10代後半の少年だった。
だからって、この私にばばあですって?
私は再び後頭部をぺちりと叩いた。
「ぼうや、声を落として。来る途中他に誰かいた?私たち誰かに追われてなかった?」
「ああ、なんか鉄砲の音がしてバラ園の近くにいた観光客が入り口のほうに集まってたけど。迷路園では誰も見なかったぞ」
「そっか、よかった」
私はほっとしてその場にへたりこんだ。
「ユウ、だいじょうぶ?」
マリクが心配そうにリードの肩越しに見下ろしている。
「なんなんだよ、あいつらの変態客なんだろ?」
「正しくは客のふりをしてただけなんだけど。今頃彼らは警備兵に捕まってるところよ。ちょっと予定外のことがあってバラ園を離れてたらあなたが追ってくるのが見えて。てっきり追っ手かと思ったの」
「あんた何者だ?」
「私はユウ、孤児院の不正を調べてるの。マリク達はそこから売られるところだったの」
「まじかよ?まさかあの施設長のばばあがそんなことを?」
「施設長を知ってるの?」
「ああ、俺も昔いたことあるけど1年で逃げたんだ。あのばばあ、とにかく挨拶しろ、掃除しろ、喧嘩するな、仲良くしろ、飯は残すな、口うるさかったけどな。悪いことはそれが大人でも絶対許さない人だったぜ。偉そうな金持ちのおっさんが子どもを足蹴にしたってだけでたたき出されたこともあったぞ」
でしょうとも、私も追い出されましたから。
私は、職員によるものだったことを説明してやると妙に納得していた。
あそこの職員は、施設長の目が届かない所ではかなり傲慢な態度で子どもに接し、問題を起こした子を殴る蹴るは当たり前、やり過ぎた時は、脱走と称して連れ出し、貧民街に捨てたりもするらしい。
なるほど、それが高じて人買いと手を組むようになったのね。
リードは暴力的な職員に目をつけられて逃げ出し、浮浪児として街をうろついている時にマリクと出会ったそうだ。
「オヤジさんが行き倒れてこいつが一人でいたのを俺が拾ったんだ。それ以来俺の弟さ」
「それじゃあつもる話しもあるでしょうけど、私たちは行かないといけない場所があるの。よかったら一緒に来てくれる?」
「それって警備隊がいるのか?俺、奴らはちょっと…」
浮浪児だし都合の悪いこともあるんだろうな。
それでもこのままマリクを渡すわけにもいかないので、心配はいらないから一緒に来るよう説得した。
私は茂みのところへ行き、不安そうにしているロミーを立たせ眠りこんでいるニックを抱きあげる。
今日は歩きやすい靴で来て本当によかった。
まさかこんなに動き回ることになるなんてね。
使わずに済んだナイフも鞘にしまいバッグの中に入れると、5人になった一行はぞろぞろと迷路園を背にして進んだ。
「ユウ!無事でよかった」
「よかった、ウィルーこそ無事で」
私はウィルーに抱きつかれた。
気恥ずかしくて、近すぎる彼から顔を背け、横にある「鳥を逃がす乙女」のレリーフを見上げる。
ここは公園の平民エリアの中央にある広場。
その中央には、人気のある物語のモチーフからとった、片手に鳥かごを持ちもう一方の手の先に小鳥を乗せた少女が、そのまま空へ飛ぶよう促す姿を彫った巨大な石壁がある。
この少女の持つ「鳥かご」を、非常時の集合場所の合図に決めておいたのよね。
「それで首尾はどうなったの?」
「計画通りに二人は警備兵が捕らえて尋問中だよ」
「そう、よかった。でもさすがに今回は反省したわ。子ども達を巻き込んじゃったしね」
「確かに囮にするのは感心できないな。子どもだけでなく自分をっていうのもだよ。気が気じゃなかったんだからね。ほんとに、そんなかわいそうな格好になっちゃって」
言われて自分を見れば、ドレスは葉や土にまみれ、背中のリボンもナイフを隠す時に出来たほころびが丸見え。
結い上げた髪もほつれ、抱いているニックの口元から涎がこぼれ私の肩を濡らしている。
「じゃあひとまず戻りましょうか。私、おなか空いちゃった。この子達にも美味しいものをごちそうするって約束したし。ね」
私の『美味しいもの』という言葉に、マリクにロミーはキラキラとした目で歓声をあげた。
ウィルーは一緒にいたリードに最初警戒の目を向けていたけど、マリクの家族みたいなものだと説明すると同行を許可してくれた。
そして私たちはホテルに戻り汚れた身体を洗ってさっぱりさせた。
リードの入浴が終るのを待つのに時間がかかっちゃったけどね。
こうして私たちは街の食堂で、遅めのにぎやかな昼食をとった。




