[27] 迷路は右手で
「さあお前達、こちらが君達をひきとってくださるマダムだ」
丈の長い青い上着を着た子ども達が、緊張した面持ちで私を見上げた。
一番年かさの少年は私が孤児院で最初に会った子。
大きさの印象だと日本の小学5年生くらい、でも白人種だから実際はもっと幼いかも。
暗赤色の髪は短く刈り上げられ、長く濃いまつげの下の灰石色の瞳が揺れた。
不安そうな表情に私は安心させるように微笑をみせた。
彼よりいくぶん幼い3年生くらいの兄とまだ幼児くらいのあどけない弟の二人は、綺麗な金髪を少し長めに伸ばし、青い顔で震えながら、手を固く握り合っている。
私はその手にそれぞれ縄がかけてあるのをみて眉を寄せた。
それを見て灰色のマントの男は、これだから女はというような嘲りを浮かべた。
「子どもはちょろちょろ動くものですからね」
まるで犬か奴隷じゃない。
そう口にしそうになったけど、これは実際に人身売買なんだから。
今はとにかくこの子達を無事に確保することが先決。
私は、扇で口元を隠すと男達を見やった。
「確かに、私がお願いした3人ですわね。思った通りこの上着が似合う子達だわ」
「もちろん、マダムのご依頼は果たさせて頂きますとも。それでお代のほうは?」
「こんな所で、なんて無粋な」
「マダム、こうして子どもは揃えたんです。もらうものは頂きますよ」
「もちろんですわ。代金も用意してあります。でも何故わざわざここでですの?交換した後、子ども達の手を引いて私に馬車まで戻れとおっしゃるの」
「我々もこんな商売ですからな。お付き合いのある方ならもっと良い場所で取引させていただくのですが、なにぶんマダムは始めてのお客様だ。失礼だが用心に用心は重ねさせていただかないと」
つまり、子連れというハンデを持たせ、お金を手にしたら自分達だけ一足先に馬車に戻り、そのまま逃げるつもりなのね。
計画では、彼らが公園を出る時に馬車に隠し置いた猟銃で空砲を鳴らし、警護隊に合図を送る手はずになっているのにここに取り残されたらそれが出来ない。
とにかく馬車のところまで戻らなきゃ。
「つまり私を信用出来ないから、子ども達を連れて戻るという面倒をかけるんですのね。不快だわ」
「どうぞお気を悪くなさらないでください。」
「ここでお金を渡して、あなた方が私達に危害を加えない保障は?」
「何をおっしゃいます、我々は金さえ頂ければ何も。むしろ今後は良いお付き合いをさせて頂ければと思っております」
「でも、いくら私が田舎者だからってすべて貴方達の指図のままっていうのは気に食わないわ」
「困りましたな。これはもうあなたの被害妄想ですよ。我々に他意はありませんよ」
「ではこれならどう?私と子どもはここに留まります。あなた方二人は、私の侍従と馬車のところまで戻りなさい。そこで彼が金を私てあなた方が出発し安全を確認したら私達を連れ戻る」
「なるほど、あなた方の目的は身の安全。私どもは安全な帰路。それなら問題はありません」
ようやく妥協点がみつかり男は満足げに頷き、連れの灰色のマントの男も無表情ながら頷いている。
「よろしいでしょう。じゃあ私は子ども達としばらくここで花達を愛でていますわ。念のため馬車の無事を確かめたらお金をお渡しして。もちろん何かあればあなたの裁量に任せるわ」
「これはこれは、手厳しいですな」
「ほほほ、この者はとても頼りになる従者なの。この通り凛々しくて良い体で、剣の腕も素晴らしく頭も良いの。ね?」
「ありがとうございます、マダム」
「少しの間でも離れるのは寂しいでしょうけど、後でしっかり可愛がってあげてよ」
私はわざとウィルーにしだれかかり、胸に手を置いた。
そして頬にキスをして見せながら、小さく二言三言ささやく。
「まったく、マダムにそのように言われてみたいものです、うらやましい限りで」
「それではマダム、行って参ります」
「よろしく。では子ども達をいただきましょう」
「ほらお前ら、これからちゃんとマダムの言うことを聞くんだぞ」
灰色のマントの男は、手にしたロープの先を薔薇園の一角にあるアーチに、すぐにはほどけないよう固く結びつけた。
そして男二人は私に向かっておじぎをし、ウィルーを伴ってこの場を去っていった。
三人の姿が見えなくなったところで私は子ども達の側にひざをついた。
「君達大丈夫?ひどいことされなかった?怪我はない?」
三人ともおっかなびっくり黙ったまま私を見ている。
そりゃあ、人攫いに連れて行かれた先の自分達の買い手なんだものね。
「私はユウっていうの。あの人攫いのおじさん達をやっつけに来たの。巻き込んでしまってごめんね。君達にこれ以上怖い思いをさせないし、痛いこともしないから安心して」
「あれは悪いやつなの?新しいおうちに行くって言ってたよ」
「そうよ。えっと、名前を教えてくれるかな?」
「ボクはマリク。そっちの大きいほうがロミーとニックだよ」
「そっか、あらためてよろしくね、マリク、ロミー、ニック。彼らは孤児院から勝手に子どもを浚って売る悪い人達だったのよ。今、私の仲間や警護隊の人たちが捕まえてくれるわ。だから協力してくれる?」
子ども達はなんとなくわかったのか頷いてくれた。
さっきの「あなたの裁量で」というのは計画通りにしてくれという意味。
そして最後に伝えたのは「鳥かごで会いましょう」という、二人の間で取り決めていた暗号だった。
とりあえず、奴らが指定してきたここにいつまでも留まる義理はない。
「いい?今からこのロープを外して逃げるわ。無事逃げ切ったら美味しいものを食べさせてあげるから、楽しみにしていてちょうだい」
私は、ウィルーから護身用にと持たされていたナイフをスカートの下から取り出した。
それを見て子ども達に緊張が走る。
「その手のロープを切るからじっとしててね」
私はまずマリクの頭をなでて安心させてから、慎重にロープに刃を入れた。
幸い、昨日のトマスの時より細いし加減して縛ってあったのですぐに切ることが出来た。
私は手にしたバッグの中に用意しておいた角砂糖を、マリクの口に入れてやる。
さすが高級ホテル、この世界ではかなり貴重な砂糖が部屋のティーセットに備えてあったので、失敬してハンカチに包んできた。
飴か何かあればよかったんだけどそこまで用意する暇はなかったから。
マリクは頬に手をあて、とろけそうな顔をしていてたまらなく可愛い表情を見せている。
「美味しいでしょ。さあ、ロミーもニックもロープを切るまでいい子にしてたらお砂糖をあげるから。もうちょっとまってね」
私は続いて二人のロープを無事切ることが出来た。
もちろん彼らの口の中には砂糖が入れられ、天使の微笑みを見せている。
「それじゃあマリクとロミーはニックの手をつないであげて、ロミーは私と。マリク、端っこをよろしくね」
四人で仲良く薔薇の回廊を進んだ。
馬車を降りてきた方向とは正反対の方向に向かって少しいった頃、遠くからパンっという乾いた音が聞こえた。
例の合図だろう。
ほっとしながらも、まだここで気は抜けない。
子どもの足に合わせながらも足早に薔薇園を抜けると、綺麗に刈られた生垣の迷路園が現れた。
「迷路ですって。ここに入ってみましょ」
私は中に入ってすぐ足をとめた
「どうしたの?」
「しーっ、悪いおじさんがいないか見るから、ちょっと静かにしていてね」
生垣の影からのぞくと、薔薇園の向こうから黒色のマントの男が足早にこっちに向かってくる。
あれってあいつらの仲間?
正体が分からないなら、逃げるしかない。
私はロミーの小さな手をにぎりしめると笑顔で言った。
「いい、これは迷路だから絶対手を放さないこと。あと、怪しいおじさんがこっちに来てるから静かに歩くの。言うことが守れたら迷路を出た所でご褒美にもう1つづつお砂糖をあげるわ」
子ども達はご褒美という言葉に目を輝かせて頷いた。
「じゃあマリク、手をつないでいないほうの右手で生垣を触って」
「こう?」
「触るふりでいいから、その手側の壁づたいに進んでね。出来るかな?」
「わかった」
「もし、途中で私とはぐれても、そのまま右手でつたっていけば外に出れるから覚えておいてね。じゃあいくわよ。喋っちゃだめだからね」
私は声をひそめて言うと、マリクに進むよう促した。
四人はマリクを先頭に迷路の中をずんずんと進む。
私は後ろの男が気が気でなかった。
途中で鉢合わせした時には私がこの子達を守らなくては。
手にしていたバッグはストールで腰にしばりつけ、その間にナイフを挟んで隠し持ち、いつでも抜けるよう空いた手を添えていた。
こんなことなら護身術でも習っておくんだったな。
不安でいっぱいになりながらも、それを顔に出すと子どもに伝わってしまう。
時々不安そうに私を見上げる三人を私は笑顔で励ましながら先へと進んだ。
決めた壁に沿って、行き止まりでもそのまま壁伝いに方向転換をして進んでいく。
最短ではなくてもこういう迷路ではこれが一番確実な方法だと、小さい頃兄が教えてくれたっけ。
幸い子ども達もパニックにならず冒険気分のよう。
迷路園は思った以上に規模が大きく、子どもの足なのもあり20分ほどかかりながら無事脱出することが出来た。
私達は先へ通じる通路は進まず、両脇に広がる緑地の中に入り大きな茂みの影に隠れた。
足元がやわらかく靴やドレスが汚れるが気にしない。
子ども達に通路から見えないよう茂みの陰に座らせると、約束した砂糖を順に口に入れてやった。
「お疲れ様。ここでしばらく休憩して、私達を追いかけてる悪い人がいないか見張るわ。だから静かに休んでいてね」
それから5分後、疲れたのかニックがロミーの膝に頭を乗せてうとうとしはじめた頃、黒マントの男が迷路園から出てきた。
これってやっぱり私達を追ってきた!?




