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女王様とお呼びっ!  作者: 庭野はな
王妃の公務
26/88

[26] 取引は薔薇園で

トマスと共に飲み明かした翌朝、私たちは用があるからと先に宿を出た。

向かうのは、都民の憩いの場のハインツ王立公園。

三代前の王、ハインツ陛下が終戦を記念し造成した。

城下町を囲む街壁の東側に沿うように外側に広がる城の3倍ほどの広さの公園で、針葉樹から広葉樹からなる森、果樹園、美しい花園などがある。

平民と貴族の利用できるエリアは運河で東西に分けられているが、どちらも充分な広さと内容を持つ。

私たちが目指すのは平民エリア。

午後になると休日を楽しむ平民達の憩いの場になるそうだが、早朝はほとんど人気がないらしい。


「すごいわね、ぜんぜん見渡せない広さじゃない」


「ああ。もし市街で大火や流行病が起きたらここが避難所や隔離に使うことにもなってる」


「へえ、災害時の避難場所としても機能するのね。場所もここなら皆知ってるし徒歩でも一番離れてても2時間てとこかしら」


事前に頭に叩き込んだ地図と、実際に自分が歩いた感覚と比べ、私は感嘆の声をあげた。


「さすが、そういう反応をするところは次期王妃様だな」


「元いた世界だと珍しくないんだけどね。私の国は細長い島国でね、地震に大雨、川の氾濫、大雪、火山、日照り、他にも色々な天災が多いところだったから、そういう災害への意識は高いほうだったのよ」


「なんだかすごく大変そうだな。この国だと地震もほとんどないし、せいぜい大雨で南の地方で時々いくつかの川が溢れたって話をきくくらいだな」


「ほんと、どんな所でも工夫して住み付く人間てすごいと思うわ。そういえば、公園での手はずは整ってるの?」


「ああ。子ども達と引き換えに金を与え、交換が終了し奴らが門から出たところを警備隊が捕縛することになってる」


「そう、私よりも子ども達に危険がないようにだけはお願いね」


「ユウも子ども達も僕が守るから安心しな」


ウィルーのいつもと変わらない笑みに、不安と緊張が次第に膨らんでいた私の心が少し宥められた。


昨日訪れた孤児院で職員に持ちかけられた取引の場所が、この公園だった。

実際に取引し金を受け取らせて現行犯に持ち込み、芋づる式に関係者を逮捕する。

私たちが子どもを指定し服まで用意したのは、彼らが商品ということを意識させ、丁重に扱い引き渡させるための保険だった。

盗聴器やGPS発信機とかあればいいのに。

地道に足で捜査するしかない、この世界の警察に相当する警備隊の皆さんに同情した。


「ほら、もう東門だ。あれを抜けるとすぐに公園の入り口だからな」


「本当に近いのね」


通りの前方に小さく見えていた石の壁がいつのまにか間近に迫り、アーチ型に切り抜かれたその奥に広々とした平原が見えた。

街壁は東西南北の4箇所にあり、普段出入りの規制はないが常に警備の兵が立つ。

必要な時はここで検問を行って出入りを規制したり、高さは3メートルほどでそびえるような城壁に比べるとさほど高さはないが、有事の際には分厚い木の扉が閉められ城と民を守る外郭となる。

もちろん今は平時なので、夜番と交代したばかりの眠たげな警備兵に見送られながら、私たちの馬車は悠々と門をくぐり街壁の外に出た。

門を出るとすぐに左手に木立が現れ、それを阻むように道沿いに背の高い鉄の柵が続く。

そして5分ほど進んだ所に石造りの門があり、馬車はその中へと入っていった。

これが貴族側だと、警備の者がいて身元の確認を行うらしい。

予想通り、夜が明けて数時間しか経っていないこの時間は人の姿がほとんどない。

市街の大通りと遜色ない広い道が続いた先に、ロータリーのような場所があった。

そこに馬車は止まらず、その奥に続く今までの半分の道幅の通路を進む。

行き着いた先は、駐馬車場って言うのかな、馬車で来た人たちをロータリーで降ろした後、馬車と御者の皆さんはここで待機するそう。

ただそのような馬車持ちの金持ちは数が少なく貴族と同じで朝が遅い為、この時間にここを利用する馬車はほとんどないらしい。

まさか、こんな所が犯罪に使われるなんてね。

そこには既に一台の黒い箱馬車が止まっていた。


私達の馬車が止まると、向うの御者台から男が降りて近づいてきた。

濃い茶色の髪に同じ色のフードつきマントを着た細身の男は、狐顔で細い目を糸のように細めて笑顔を浮かべている。

私は馬車に乗ったまま、ウィルーだけが降りて応じた。


「これはこれは、マダムには朝早くにお運び頂きまして」


「挨拶はいい。早く取引していただこう」


「はっはっは、そう焦らずともここにはしばらく誰も来ませんよ。どうです、せっかくここまでいらしたんだ。美しい庭園を楽しまれては?」


「マダムはお忙しい身だ」


男はウィルーを無視し、ドア越しに私に話しかけてくる。


「マダム、マダムヴィヨン、いえシレーヌ男爵夫人とお呼びしてもよろしいかな?朝露に濡れた薔薇は貴女の美しさにはかないませんがぜひご覧いただきたく。いかがでしょうか」


「……降りましょう」


「マダム!」


これは取引に必要なことみたいね。

私はウィルーを目で制し、ドアを開けるよう命じた。

男が手を貸そうとするが私がそれを許さずウィルーの手をとると、彼は一瞬顔をゆがませ、私達の先にたって、木立の間の小道へと進んだ。

後について少し進むと急に目の前が開けた。

様々な品種が咲き乱れる薔薇園が広がる。

私は、冷ややかな目を男に向けた。


「お気に召しませんか?あなたは薔薇がお好きだと聞きましたが」


「さすが平民用の庭よね。平凡な薔薇しかないわ。私の薔薇園と比べるまでもないわ。私の庭師がこしらえたアヴィルンの薔薇の美しさといったら。本当にすばらしいもの」


「それは申し訳ありません、我々はこちら側しか入れないもので失礼いたしました」


シレーヌ男爵夫人というのは、マダム姿の私の偽名。

芸術院の時は匿名で済んだが、孤児院の外部からの出入りは確かな身元が必要となる。

私はカイルに、東方の小さな男爵家の夫人という肩書きを用意してもらっていた。

孤児院ではウィルーにはマダムと呼ばせて名前は一切出させない。

男爵夫人が身分を隠して逗留している設定で、ホテルでは東地方から来た金持ち「マダムヴィヨン」を名乗るなど、二重に名前を偽っていた。

気分はマタ・ハリ。

危ない橋を渡るのだし、そこそこの組織が相手ならそこまでばれるのは想定内。

ひとつの嘘を見破ると、二つ目は真実に見えてしまうものと、何かのスパイ小説で読んだことがあったから、これで私がシレーヌ男爵夫人と信じてくれたらいいのだけど。


地方の下級貴族はめったに王都に出てくることもなく、男爵夫人は一度も領地を離れたことはないそうだ。

黒髪の夫人は実際には30代くらい。

夫は病弱な為社交には出てこない為、夫人はいつもエスコートをする男が違うことで浮名を流している。

だから見目の良い幼い小姓を侍らしても、新しい趣向を見つけた程度にしか思われないような人物だそう。

1日や2日で調べられることなんてたかがしれてるし、そこまでしなくてもと思ったのだけど念のためにと、カイルから夫人についてある程度の予習もさせられた。

まさかそれに感謝することになるとは。

彼女が薔薇好きで最近新しい品種を開発させたことは、その地方でしばらく話題になったらしく、その情報は入手できたのだろう。

あまり根掘り葉掘り聞かれても困るので、無理やり話題を変えることにする。


「このスーラ種はあまり好きじゃなかったのだけど、最近は好むようになったのよ。少年の頬をこんな風に染め上げるのも良くなくって?」


「私にはそちらのほうはあまり…」


「あら、そうなの?ほら、こちらをごらんなさい。カレニア種のこんな色の可愛いらしい唇が、あまりいじめ過ぎると唇をかみ締めすぎちゃって、ドーラの色になってしまうの。それはいけないわ」


城の中にも薔薇園があって、そこで多少は詳しいシュリに薔薇の品種の手ほどきを受けておいてよかった。

侍女のシュリは幼い頃から自分で庭の手入れをするほど植物が好きだったらしい。

彼女は私の自室の掃除や衣服の用意など身の回りのことを担当してくれているのだけど、部屋には必ず毎朝彼女が許されている庭から摘んできて飾ってくれている。

大人しくて口数は少なく、元気なナナの後ろでひっそりと控えている少女というイメージが強いけれど、薔薇について教えてくれる時は熱が入っていてとても饒舌だった。

ああいうのを園芸オタクって言うんだろうな。

ともかく彼女の特訓の成果を発揮し、私は得意げに扇で指し示しながら説明する。

どうよ!

立派な変態ぶりでしょ!

得意げにちらりと二人を見ると、男だけでなくウィルーまでドン引きしてた。

演技なのに……。


「はっはっはっ、マダムもお好きですな」


男は、口の端をひきつらせながらも愛想を欠かさない。


「それで、いつまで私をじらすおつもり?それとも時間稼ぎか何かかしら?」


「いえ、他意はございませんよ。早めについたもので少し子ども達の気を紛らわそうと散歩させていました。ほら、来たようです」


嘘つきめ。

周囲に私達の仲間がいないかをチェックしていたくせに。

彼の示す方を見れば、灰色のマント姿の男に連れられた揃いの青い服に身を包んだ3人の子ども達が、明らかに馬車の方角からやってきている。

私はそこには触れず、笑顔を浮かべて彼らがやってくるのを待った。

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