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女王様とお呼びっ!  作者: 庭野はな
王妃の公務
25/88

[25] 画家と神具

「あの、トマスさんでしたよね。お酒好きですか?」


「ああ、好きだけど」


私はニヤリと笑い、ウィルーに酒と食べ物の調達を頼んだ。

下のレストランは美味しくないからルームサービスは嫌だというと、しぶしぶ出かけていった。

私が彼と二人で話したいという意図も汲んでくれたと思う。


私は居住まいをただすと、未だ部屋の隅に座りこんでいるオヤジことトマスさんの前に正座した。


「このたびは、こんなことに巻き込んでごめんなさい。私はユウといいます。えっと実は芸術院の汚職を追っていました。連れはウィルーといって私の護衛兼案内です」


「汚職って、この誘拐まがいなやつか?」


「今回は誘拐ですけど、いつもは登録を却下するぞーとか仕事の斡旋しないぞーとか脅して売り飛ばすっていうか、愛人斡旋をやってるそうなんですよ」


「ああ、俺にもそんなこと言ってたぞ。じゃあ却下でもなんでもするがいいと言ってやったら困ってたがな。はっはっは」


これはハゲ頭も困ったろうに、というか全面否定され脅しも効いてない状態で連れてくるってどうなのよ。


「いやあ、ほんと、あなたに怪我がなくってよかったですわ。ほっほっほ」


「でもどうして俺だったんだ?俺と寝たかったわけじゃないよな。もし断って奴もあきらめてたら罠の意味なかったぞ」


「そうなんですよね。それでもトマスさんに会いたくていちかばちかでしかけてみました」


「なに、やっぱり抱かれたかったのか?」


ベッドをちらりと見たな。

このエロオヤジめ。


「美術館であなたの絵を見て、話をしたいって思ったんですよ」


私はトマスさんをソファーへ誘い、彼はそれに素直に従った。


「そうか、絵か。俺の絵、どう思った?」


「緑の草原に赤い布、女の黄色い服、濃紺の空に燃える太陽。心が熱く踊る絵でした。そして、私みたいだって」


「ほう」


「あの女がではなく絵が、ですけどね。あの美術館に並ぶ作品であれだけが、異物だったんです。どうしてあの絵を描いたのか、どうやっていきついたのか聞いてみたいのです」


トマスさんはあごの無精髭を右手でざりざりと触りながら考え込んだ。

その様子を見て、私は思いついたことを口にした。


「神殿が関係していませんか?」


トマスさんは、何かに弾かれたように私を見た。


「どうしてそれを…」


「あなたは神具の影響を受けたのではないかと」


「…俺は、もともと神官で神殿の壁画の修復や金持ちのお布施のお礼で渡す神や祈りの絵を描くのが専門の神殿画家、神画官だったんだ。ある時、神具の絵を模写するように命じられた。それは石のように滑らかな、しかも極薄の紙で出来た本で、見た事もない文字が綴られ、ところどころに緻密な色のついた絵が描かれていた。そのひとつに私は衝撃を受けたんだ」


パンフやフリーペーパーみたいなものかな。

そういえば、私が見せてもらった神具の目録以外に、1つ1つを緻密に記録した台帳や設計図みたいな写しや緻密にスケッチされた紙などが入った箱があったっけ。

その中にトマスさんが描いた写しもあったのかも。


「じゃあ、トマスさんはその神具の中にあった絵の影響を受けたんですね」


「ああ。あれから俺もあんな絵を描きたくていてもたってもいられなくて、すっぱり神官をやめて画家の道に入ったんだ」


トマスさんが元神官だったなんて全然想像できないんですけど……。

私は予想通りでほっとする中、ほんの少しがっかりしていることに気付いた。

かすかな期待。

この世界で見つけた違和感であり懐かしいもの。

もし、元の世界から来た人間だったら。

なんだ、私期待してたのか。

元の世界に未練が大きいことを自覚した私は不覚にも涙があふれてしまった。


「おい、じょうちゃん、ユウって言ったっけな。どうして泣いてるんだ」


私は言葉を出そうとすると嗚咽が出そうで、黙ったまま首を横に降った。

トマスさんはそんな私をみておろおろとしていた。


そこにドアが開いて、ウィルーが戻ってきた。

いち早く異変に気付いたウィルーは私にかけよりトマスさんを睨みつけ剣をつきつけた。


「お前、ユウに何をした」


「ちょっと、ウィルー、ひっく、ちょっとまって、違うから、ひっく、私が勝手に、ひっく、泣いてるだけだから」


私はあわてて目をこすり涙を拭っていたが、メイクがくずれたのを感じてそのまま風呂場に走り、顔を洗った。

メイクをすっかり落として部屋に戻ると、トマスさんはウィルーに一部始終を聞き出されていた。


「ごめんなさい。ウィルーも心配かけてごめん。今のは私が一人で期待して一人で失望してしまっただけなんだ」


「どうして俺の話に失望するんだ」


「トマスさん、神官だったのなら知ってますよね?王子の託宣」


「ああ、今年2回も召喚の儀をやったって……まさか」


「さっき私が自分のことを異物だって言いましたよね。私はこの世界の異物なんですよ。私はその召喚によってやってきた生身の神具みたいなものですから」


「ユウ!それは」


「トマスさんは大丈夫よ」


厳しい顔をするウィルーに、私は笑顔を見せた。


「じゃあユウは、いや、ユウ様は異世界から来た姫か」


「本当はユカって言うんですが、お忍びなのでユウでいいですよ。これは他の人には秘密ですよ。私はあなたの見た絵の話がしたいのです。もちろんこれから話すことも秘密にしていただかないといけませんが」


私は、初めて自分から異世界から来た人間だという告白をし、妙な開放感に包まれた。


「あの絵のことを知っているのか?ああ、約束するから是非教えてくれ」


「じゃあ、飲みながらどうですか?ウィルーには退屈な話かもしれないけどね」


「いや、僕だってユカの世界の話を聞きたい」


「よし、じゃあ今日は飲んで語るわよ!」


ウィルーが用意したのは、酒場で特別にテイクアウトしてもらった料理。

どれも美味しくて、買って来た酒も安いけどそれなりに美味しく、私達は異世界話を肴に夜更けまで飲み語った。

そして翌朝ケロリとしていた私は、青い顔の二人から化け物と心外なことを言われてしまった。

番外編に閑話『ある画家の独白 [25.5]』あります。

番外編に閑話『秘めごと [25.5]』あります。

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