[23] まるでラブホのよう
ホテルヴィラディオは、地方貴族や成金の豪商が好んで使う、格式はないが豪華な「見栄っぱり用」の宿。
貴族の館に務めているかのような揃いの衣装を着た使用人達の応対はいまいち。
一部屋ごと趣向を凝らした派手めな装飾を施してあるけれど、隅々まで掃除が行き届いているわけではない。
宿の中のレストランは、値段のわりに内容は悪い。
「あー、このまま寝てしまいたい」
ショールも手袋も外し、外出用のヒールの靴からも解放された私は、天涯付きの無駄に豪華なベッドに飛び込んだ。
手足を伸ばしてじたばた動かし、緊張で凝った体をほぐす。
「おい、まだこの後もあるんだからな。ほら、ドレスが皺になるよ」
「そうだよね。先が長いんだよね。でもまだ時間があるしちょっと休みたい。せっかく大きなお風呂がついてるんだから入りたいな」
私は飛び起きると、裸足のままぺたぺたとベッドルームに併設されてる浴室をのぞきにいった。
大理石の湯船に湯が張られ、いつでも入れるよう用意されている。
「ああ、もう我慢できないや。ぱぱっと入っちゃうね」
「さすがやっぱり次期王妃だな。こんな部屋でそこまで自由にくつろげるなんて」
「そう?お城はこんな下品な雰囲気じゃないわよ」
風呂場に扉はないけど入り口は部屋側に金ぴかのついたてが置かれているので、風呂に浸かりながらウィルーと会話する。
彼は上着を脱いでシャツのボタンも緩め、ベッドの脇にあるソファーでくつろいでいた。
「いや、そういう意味じゃない。高級だから僕みたいな下々には気後れしてしまうんだ」
「高級ホテルっていうより、まるで気合い入れたラブホってかんじなのよね」
「ラブホ?」
「んー、異世界にあった、カップル用のホテルといえばいいのかな」
「…連れ込み宿か?」
「身も蓋もない言い方ね。そいう所はムードを盛り上げるような趣向を凝らしたサービスを提供するの。豪華な部屋でお姫様気分を、とかね」
「変わってるな。こちらの連れ込みや宿はヤルだけだから質素なもんだよ」
「確かに変わってると思う。無駄に凝ってもだからってすること変わらないのにね。寝殿造りのベッドとか、部屋の中に玉石敷き詰められていたり、未来風だからってライト光らせ過ぎだったり、ピラミッド風はわけわかんなかったもの」
「言っていることがよく分からないけど、まるで行った事があるような口ぶりだね」
「あるけど?」
物がぶつかる鈍い音がし、それからウィルーが話しかけてこなくなった。
さすがにメイクは落とせなかったものの、湯に浸かりさっぱりした私は、素肌に用意されていたローブを羽織って風呂を出た。
「おまたせ。ウィルーも入る? どうしたの、怖い顔しちゃって」
後頭部に手を当てたウィルーが、ベッドではなくソファーで怖い顔をして座っている。
私はその横に座って、濡れた髪をぬぐった。
「知ってるのか?」
「なにが?」
「だから、お前が男と連れ込み宿に行った事あるとか、そういうことをユリウスは知ってるのか」
「そこまでの話はしたことないけど、処女じゃないことは知ってるわよ。王や大臣や城の人ほとんど」
「おい、なんだそれ。ユリウスだけじゃなくどうしてそんなに多くの人達が知ってるんだよ」
「どこまで話していいか分からないけど、二人の大事な友人だからいいわよね。私が運命の花嫁としてこの世界へ召還されたってことは自動的にユリウスの花嫁、つまり次期王妃王妃になるってことなの。そのことに困る人もいっぱいいるのよ。ほら、エリルを貸してもらったのも、困る人対策なのは知ってるよね」
まだ数ヶ月前のことなのに、昔話をしているような、妙になつかしい気分になる。
ウィルーが頷くのを確認し話を続けた。
「それで困った人達が昔行われていた王妃審問を開いて、どこの馬の骨かもわからない女に難癖つけて引きずり降ろそうと思ったみたい。その王妃審問に処女診断があったのよ。」
皆の前で処女じゃない宣言をしたくだりを説明すると、ウィルーは目を白黒させた末、大きなため息をついた。
「てっきり、乙女だから無防備なんだと思ってた」
「は?」
「僕を全く意識してなかっただろ?うちに来てから油断しすぎ。今だってそんな格好でうろつくし。それにユリウスの花嫁になるんだからもちろん乙女だろうと思って」
「大丈夫、ウィルーだったら処女でも意識するわよ」
「大丈夫って、じゃあ期待してもいいのかな?」
「なんの期待よ。私は城下へは残念ながら仕事で来ているのです。ユリウスがいるしね。」
「あいつのこと、好きなのか」
「嫌いじゃなくなって最近少し見直したってかんじかな。多分ユリウスも同じくらいだと思うわ」
「二人とも結婚するんだろ?」
「そのために努力中なのよ」
「王子もその相手も大変だな。僕はそういう面倒なのはごめんだ」
「私だって平民ですからね。普通に恋愛して結婚したいわよ」
ウィルーほど話が弾む相手は、元の世界でもなかなかいなかった。
息も合わせやすいし、意思もよく伝わる。
ユリウスの事が無ければここで誘いに乗り楽しんだかもしれない。
そもそも、それが無ければ彼と出会うこともなかったけどね。
それに私は彼が何もしないことが分かっていた。
「あとね、私達が二人っきりだったから。あなたが私に手を出す可能性があればユリウスやカイルが絶対二人にさせないわ」
「あはははは、さすが鋭い。カイルが君のことを認めたのも分かるな。僕もユウのこと気に入ったよ。ユリウスの幸運が羨ましい」
楽しげに笑いながら、ウィルーは私の手にしたタオルを奪うと、後ろの濡れ髪をぬぐってくれた。
「さ、そろそろ支度しといたほうがいいぜ。いよいよ本番だ」
私はガウン姿のままで髪をゆるく結い上げ、化粧を直す。
ベッドの上で積み上げたクッションにもたれて座り仇っぽくしなを作って見せた。
「やっぱりどうみても乙女には見えないな」
「ほっといて」
そんなやりとりをしていると、ドアが叩かれ、ホテルの使用人が用件を告げた。
「お客様をお連れしました」




