[22] 変態マダムと呼ばないで
「これが孤児院……」
「多分、国で一番マトモなとこだと思うぜ。王立だし、城下は寄付も多いからな。だけど地方の孤児院は金がないから地獄だって言ってた」
「誰が?」
「僕の友人。元孤児でさ。餓死寸前で逃げ出したって言ってたよ」
ましな方と言われても、それは私の胸を締め付ける光景だった。
玄関ホールに入ると、ちょうど掃除の時間だったらしく、幼い子ども達が手に自分よりも背の高いモップや使い古した雑巾を手にしていた。
そろいの制服は色あせて汚れ、繕い跡のないものなどない。
皆痩せていて小柄、うつろな目で着飾った私を見ている。
「マダム、どうぞこちらへ。施設長がお待ちしております」
「ええ」
私が案内の職員についていこうと身を翻した時、5歳くらいの少年が私のドレスの裾をひっぱった。
「おばちゃん、だれかのまま?ぼくたちをようしにしにきたの?」
私が戸惑った時、その子の頬が鳴った。
「お客様の服に汚い手で触るんじゃないよ!まったく。大変申し訳ございません。しつけが足りずお恥ずかしい限りです」
一瞬、頭に血が上り真っ白になったけれど、ウィルーにそっと腕をつかまれ我にかえった。
私は倒れた少年の側にかがみこむと立たせてやり、頬を手でなでてやる。
「大丈夫?」
声をかけた途端、殴られたショックから立ち直った少年は、怯えた顔で私の手から抜け出し、そのまま逃げていってしまった。
私の態度に怪訝そうな職員に、ウィルーがあわててフォローを入れてくれた。
「マダムはああして少年に触れるのがお好きなのです」
職員が納得したように頷いた。
ええええ!
そこに納得する?
そんなに私を変態マダムにしたいのか、ウィルーよ。
私は無言で立ち上がると、ドレスの裾を直し案内を促した。
「マダム、この度は多大なご寄付を頂けるとのこと、ありがとうございます」
柔和な笑顔を浮かべる中年の女性施設長は、立派な応接室で私と相対していた。
「いえ、子ども達の可哀想な身の上や職員の皆様のご尽力に比べれば、このくらいのこと造作もありませんわ。ただ、私もひとつお願いがあるんですの」
「なんでしょう」
「3人ばかり連れて帰りたいのですわ」
「…養子をご希望でしたら、所定の手続きをしてください。規則でマダムの身元など審査させて頂くことになりますが」
「ほほほ、私は今日連れて帰りたいのです」
「それはどういう意味でしょう」
施設長の顔つきが変わった。
「いえ、ただせっかくここまで足を運んだんですもの。先ほど可愛らしい子ども達をみかけましたわ。ぜひ連れて返って私の側に置きたいと…」
「おかえりください」
「無礼な」
「マダムのご寄付のお話はありがたいですがそちらも結構です。養子縁組は、子供達の幸せの為に受け入れ先の審査をします。養子縁組は慎重に進める必要があるのですよ。失礼ですが買物の商品のように扱うべきことではありませんよ」
「寄付の額が足りませんの?それとも別でお渡ししたほうがいいのかしら」
「ここは人買い市場ではありません。どうぞお引き取りを。キット!お客様のお帰りです。お送りしてさしあげて」
鬼のような形相で叱られてしまった。
あの院長先生の言葉はまっとうだったし、目は真剣だった。
どうやら黒い噂はただの噂だったみたいね。
前を先導する職員の背中を見ながら、さっさと逃げ帰りたい気持ちを抑え、念のため小芝居を続けておく。
「どうやら施設長様のご機嫌をそこねてしまったようね。残念だわ。やっぱり改めてどこかで探さないといけないみたい。せっかくここには田舎に比べて垢抜けた可愛い子が多いから楽しみにしていたのに」
「奥様、ご安心ください。私がきっとお眼鏡にかなう子供をご用意しましょう」
突然の私の振りにもそつなく返すウィルー。
やるわね。
「お金はいくらかけてもかまわないわ。健康で見目のよい子、そう、来た時に会った子みたいに人懐っこい子もいいわね」
「かしこまりました。早急に手配致します」
私の前を歩く、例の子供をひっぱたいたキットという職員が、周囲に人気がない場所にさしかかるとふいに立ち止まり私たちに話しかけてきた。
「恐れいります、マダム。マダムが子どもをご入用とか。もし私が手をお貸しすることが出来ると言えばどうしますか?」
「どうやって出来るというの?」
「それはお聞きにならないほうがよろしいかと。ご希望の子をお教えくださればよいだけです」
「そう、代金はあなたに?それとも上の人に?」
「金と子どもの交換の時に、その場に伺った者に引き換えでお渡しください」
私はウィルーに目配せした。
「マダム、せっかく用意したあれはいかがいたしましょう」
「ああ、そうね。馬車に3人分の子ども服を用意してあるの。それを着せてあげて。中に支度金も入れてあるから、今美味しいものを食べさせて磨き上げておいてちょうだいね。明日受け取るわ。残りはあなたが手間賃でとっておいて」
「マダムのお心遣いは子ども達も感謝することでしょう」
「では最初にあなたがぶった子。あと2人はお人形のように麗しい子がいいわね、どの子にしようかしら」
私はせいぜい高飛車に言い放つと、一生懸命「マダム好み」そうな子を探し、ユリウスと同じ金髪の兄弟を選んだ。
「立派な悪女っぷりでしたよ、マダム」
「うふふ、ありがとう」
「そこ、喜ぶところかな」
「施設長の対応を見る限り養子縁組のシステムはちゃんと動いてるようね。問題は、それ以前にあったってことね」
「ああ。養子縁組に出す前に、逃げだしたとか、病気で隔離したとかいって子どもを連れ出して、数をごまかしてるんだろう。さすがに一人じゃ無理だろうから内部で最低複数。今日みたいなことはそうないだろうから、人身売買の組織が咬んでるのかもな」
「心細い子ども達を喰い物にするって、こんな言葉口にしたくもないけど、本当に胸くそが悪いわ」
「ああ、本当にね。」
私はウィルーに自分の家族のことを話していないけど、お互い親を早くに無くし、大人に振り回された経験がある者同士の実感と共感が籠っていた。
陽が西の山々に近づく中、私たちは今日最後の仕上げをすべく、決戦の場へと向かった。
「養子縁組」からタイトルを変更しました。




