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女王様とお呼びっ!  作者: 庭野はな
召喚編
2/88

[2] 運命の花嫁

部屋を出る前に振り向くと、ドアから差し込む光で私が横たわっていた場所の周囲には、白墨のようなもので緻密な図形や文字が描かれているのが浮かび上がった。


「異世界召喚、か」


言葉にすれば現実味が増すかと思ったけど、まだ夢の途中にいるような感覚のままだ。

私は素直におじいちゃんに腕を引かれていった。



地下の、本当に地下深くにあった部屋から階段をひたすら登り地上に出た。

最近は忙しくてあまり時間はとれないけど、ジョギングが好きで体力には自身があるつもりだった。

でも、一日忙しく働いた後のこの騒動で疲労困憊。

息を切らせ、重い重い一歩で最後の一段を登りきると、そこは白亜の神殿だった。

眩しいまでの太陽の光に、鮮やかな庭園の緑に、見知らぬ花々。

ヨーロッパにある神殿の遺跡をそのまま新しくしたような、真っ白の石造りのそれはとても綺麗で息を飲んだ。

セットじゃないのを確かめるべく、試しに壁や柱に手を触れると、確かに本物の石だ。

日差しに温まってほんのりと温かい。


神官らしい、おじいちゃんと同じ衣装の男性や女性が私達一行を見ると膝を折り頭を下げる。

王子と同じように白人種ばかりで、ここが日本とはとうてい思えない。

たかが一般人をドッキリにはめるのにここまで大掛かりにするなんて方がファンタジーな気がしてきた。


私は、応接室らしい部屋に通されると、机の周りに並ぶ椅子のひとつに腰を下ろし、若い神官が運んで来た熱いお茶で喉を潤し、ほっと一息ついた。

ハーブを干したお茶のようで、色も味も薄いけれど、心落ち着く香りがする。


想像通り、おじいちゃんは神官でしかも神官長、つまり私が今いるこの神殿で一番偉い人だった。

ちなみに王子風も見た目通り王子様だった。

幸いにも、城に報告しに戻らないといけないと、この部屋に入ってすぐに去っていった。

もちろん、その際に私への挨拶は「フン」と鼻を慣らしただけ。

王子様だからあんな態度なのか、私の何かが彼を刺激するのか分からないけど、失礼な奴なことは間違いない。

心に余裕のない今は、彼がここに居ないことがありがたかった。


「運命の花嫁?」


「左様でございます。嫡子である王子は19歳になると立太子の儀が執り行われます。そしてこの神殿で神より託宣を受けるのです」


豊穣の色に抱かれしこうべをあげよ。

二の月にタウムの儀をもち

その手に覇者の剣を授こう。

八の月にナムイの儀をもち

その胸に運命の花嫁を授こう。

黒き双眸は国を潤さん。

手をとり、祝福の道を歩まん。


澱みなく歌うように声を張り上げるおじいちゃん。

タウムとナムイという言葉は翻訳不可能なのか固有名詞なのか理解できず改めて尋ねると、この神殿に伝わる聖書に書いてある儀式の名前だそうだ。


「半年前、王子はタウムの儀式を行い剣を手にされました。そして本日ナムイの儀、すなわち花嫁の召喚を行ったのです」


「召還はよくあることなんですか?その、私みたいな人間は他にも?」


私以外にもここに連れてこられてる人がいれば、帰る手段もあるかもと期待したのだが、

おじいちゃんは横に首を振った。


「託宣で告げられた時にその儀式を行うと、託宣にあった物を神から授かることが出来ます。いつもは剣や短剣、盾などの武具や冠、首飾りなどの装身具、その他の未知な道具など、神具と呼ばれるものです。記録上それが人だったことはなく、前例のない託宣でした。花嫁とは何かの暗喩だと思っておりましたら、まさか本当に姫様が授けられるとは。心底驚きました」


「つかぬことを伺いますが、もしここが異世界なら、もちろん私は元の世界に帰れます、よね?」


「申し訳ありませぬ。神から授かりしものを神に返すことは、お命を天に返すことになり……」


「死んだら帰れるかもってこと?」


おじいちゃんは痛ましい顔をしてこくんと頷いた。

無理無理。

死んだ後どうなるか分からないまま死んでみるなんて出来ない。

私はギャンブラーじゃない。

むしろ石橋を叩いて叩きまくるタイプだ。

そして私の中に「死」の選択肢はない。

例え泥をすすって乾きを癒すことになっても「生きる」という信念がある。

それは人を貶めたり命を奪ってもということじゃなく、逃げと諦めの選択肢にしないということね。

でも、はいそうですかって諦められない。


「儀式って、物を取り寄せる、授かるものしかないのですか?反対に神様に捧げ……あ……」


答えてもらう前に自分で悟ってしまった。

さっきおじいちゃんが口にした「命を返す」とは、別の言い方をすると神への供物、生け贄だ。

私のいた世界でもあったじゃないか、人柱、人身御供……

おじいちゃんも暗い顔で黙ってしまった。


ドッキリであれば、いずれはネタばらしで落着すること。

だけどこれが本当に不思議現象なら、私は生きている限り元の世界へは帰れない。

私はしばらく頭を抱えて黙っていたが、やがて顔をあげ、おじいちゃんの顔を正面から見据えた。



「わかりました。じゃあ私はこの国でどうしたらいいんですか?運命の花嫁ってことは、さっきの王子の嫁にならないといけないの?」


おじいちゃんは明るい顔で頷いた。

分かり易いのが嫌だと思うことも珍しい。

出来れば、もっと遠回しにソフトにオブラートに包んで説明してほしかった。


「王は、託宣で示された儀をなしおえた暁に王子に王位を譲るのが習わしです。恐らく運命の花嫁と結ばれる時をもって、あなたが王妃となられた時が王子が即位される時です」


「あの、彼はそれを承知してるの?なんか嫌そうだったけど」


おじいちゃんが、目をそらした。

ちょっと、今のは大事なとこでしょうが。


「私が断ったらどうなるの?」


「託宣は神のご意志、ご本人達がどんなに厭うても、抗ってもたどる運命でしょう。あなたは神より授けられた神具、いえ神の姫。どうぞ、王子に時間を頂けませんか」


運命ね。

私はこのまま帰れないのか。な

頭を職場のことや、一人暮らしのマンションのことがよぎる。

10年前に両親を事故でなくし、以来支え合ってきた兄と弟のことを思い出す。

妹・姉べったりだった彼らがどれほど心配するか。

神様、彼らが悲しまないようにそのへんうまくやってくれるかな。


こっちの世界の神様はどうか分からないけど、私が元いた世界の神様はそこまで親切だとは思えない。

それでも何かに願わずにおれなくて、元の世界の知る限りのあらゆる「神様」と、すでに他界している両親に祈った。


普段であればまずすることのない「神頼み」をするくらい、私は頭も心もパニックになっていた。

お茶を飲んだ後のほのかな苦み、私の手をとるおじいちゃんの湿り気のあるぬくもり、神殿の中を漂う香の香り、テーブルに使われている石材の固くひんやりとした感触。

どれもが、これが現実だと主張する。

なら、本当にここが外国でもなく過去でも未来でもなく異世界だとしたら、そんな所に一人でいる自分が哀れで、寂しくて、元の世界が恋しいという思いが突然湧き出し、涙腺を刺激した。

駄目だ、今はそんな時じゃない。

まだ帰られないと諦めるなんて早過ぎる。

例え今は不可能だと言われようと,きっと何か手だてはあるはず。

私が生きてればなんとかなるわ。

気丈なほうに考えを誘導しながらも、無表情を装ってたつもりがとうとう、こらえていた涙が決壊し嗚咽まで漏れてしまった。

あわてて顔を隠し必死で止めようとする。


「ちょっと、ちょっとだけ時間をください。すぐに元に戻りますから」


「いえ、ご無理はなさらないでください。よかったらしばらく席を外しましょう」


「大丈夫、大丈夫です。やだ、人前で泣くなんて久しぶりで恥ずかしいわ。心配かけてごめんなさい」


家族でもない人の前でこんな醜態を見せることに恥じ入りながら、私は傍らに置いていたバッグからハンカチをとりだすと苦笑しながら涙を拭った。

ジム帰りだったのが幸いだった。

シャワーを浴びて後は電車に乗るだけだからと、化粧も基礎化粧だけにしておいたので遠慮なくごしごしと拭く。


右も左も分からない異界で、結婚が嫌だからと断ったせいで用済みとなり、今すぐ放り出されては困る。

剣って言葉があったし、格好からして中世あたりの剣呑な世界かもしれない。

既に王子様には無礼な態度をとってしまったけど、下手な言動ですぐに首を跳ねられる可能性だってありそう。

そんなことまっぴら御免。

ドッキリという淡い期待は捨てきれないけど、現状を把握するためにも、元の世界に戻るためにも、とにかく今は情報が少しでも欲しい。


「いきなり知らない世界に来て花嫁といわれても心の準備もできませんし、時間をもらえませんか? それに結婚するにしても、王子様だって納得しなきゃ出来ないことでしょうし。」


「おお、姫様、ご理解いただけたようですね、ありがとうございます。もちろん、国としても花嫁召喚は半信半疑だったことなのですぐにというわけにはいかんでしょう。王子は…少々恥ずかしがりやでいらっしゃるだけです。私は少しでも姫様にこの世界で心安らかに過ごして頂けるよう、命尽きるまでお助けしていく所存です」


いきなり人を呼びつけた神様の片棒をかついでる人と思うと憎らしくなるけど、でもこのおじいちゃんは信じていい気がする。

それに今は一人でも味方がほしい。

私は素直に、よろしくお願いしますと頭を下げた。


おじいちゃんは一通り状況説明を終えてほっとしたのか、部屋の外をのぞき、栗色のふわふわ巻き毛の少女を呼び入れた。

白色の膝上丈の簡素なワンピースを着て、皮のサンダルを履いている。


「姫様、これは私の養い子でナナという名です。この神殿でお過ごし頂く間のお世話をさせていただきます」


「姫様、よろしくお願いします」


「あの、その姫様って慣れないから。私の名前は平岡由香。ユカって呼んでください」


「かしこまりました、ユカ様」


ナナは私をまぶしそうに見ておじぎをした。


「でも、どうして私を姫様って呼ぶの?私は一般人、えっと平民ですけど」


「ユカ様は神が選ばれた特別な方、異世界の姫君ですもの」


「はあ」


「ユカ様、不安も多くおありでしょうが、ともかくあなた様を傷つけるものは誰であれ神の怒りを買うでしょう。王や王子とて等しく、そう皆に伝えましょう。さすれば少しはご安心頂けますかな」


私の不安を察してくれたらしい、少しでも安心させようというおじいちゃんの気配りに素直に感謝し頭を下げた。

改稿しました(7/15)


番外編に閑話『王子の憂鬱 [2.5]』あります。

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