[19] 幼なじみ
私たちはゆっくり商店街のような通りを抜け馬車が行き交う大通りに出て、そこから2ブロックほど先の角を曲がった所にある、年季の入ったアパートに入った。
周囲には木工から金物まで様々な工房が並び、この一角はそういった職人達が住んでいるようだ。
「おや、ウィルーおかえり。それが東から来たっていう遠縁のお嬢さんかい?」
「ああ。エリルが留守の間、ベッドを貸す約束をしたんだってさ」
「そうかそうか。私は大家のミーシャだよ。よろしくね」
「ユウです。はじめまして、お世話になります」
「この子達の母親は私の親友でね、ここじゃ二人の母親代わりさ。なにもないとこだけどゆっくりしていきな」
「はい、ありがとうございます」
私はウィルーの後ろをついて階段をのぼった。
4階につくと、ドアが二つ並び、彼は奥の扉をあけた。
「さあどうぞ、お嬢さん」
その部屋は、質素で物も少ないが、清潔で可愛い部屋だった。
手作りだろう、端切でパッチワークのように作ったカーテンがかかり、テーブルにはカップにピンクの花が一輪生けてある。
小さいキッチンダイニングに、部屋が2つ。
その片方に通されると、入り口には先に届けてもらったトランクが置いてあり、干してふかふかになったマットの上に洗い立てだろう石けんの香りが残るシーツのかかったベッド、手作りらしい棚には、女の子らしい小物があふれていた。
「エリルから伝言だ。粗末な部屋だが好きに使ってくれってさ」
「粗末だなんてとんでもない、とっても可愛くて素敵な部屋だわ。エリルってあの時の妹さん?」
「ああ」
「一つ聞きたいんだけどいい?」
「なんだ?」
「大事な妹さんなんでしょ、どうして彼女を身代わりに連れてきたの?それにこの部屋もそう。私は命を狙われる可能性だってあるのよ。家族の住むこのアパートに私が出入りして、もしものことがあったらって思わないの?私は迷惑のかからない一時的に借りた部屋でよかったのに」
「僕たちに出来るだけのことをする、それが臣下ってもんだろ」
私は彼の言葉に首をかしげた。
「僕やエリルはユリウスのためならなんでもする。役に立ちたいと思っても、カイルと違って平民の僕たちには出来ることは少ないからな。こんなことでも役立てるならいくらでもやるさ。それにこの界隈は僕の庭だ。変な奴らがうろつけばすぐに分かる」
ん?今、王子ではなくてユリウスを名前で呼んだ?
「ユリウスやカイルと仲がいいの?名前で呼んでるけど」
「おいおい、聞いてないのかよ。カイルは僕の弟だよ」
「え?ええええええ?だって、カイルは貴族で…」
カイルはユリウスの乳母がお母さんで、彼女はメラニー伯爵夫人の妹でマクドフ伯爵家に嫁いだ人だったと聞いたような。
ウィルーは、カイルと背格好が近いけど、鍛えられたがっちりした身体をしていた。
それに緩くくせのある黒髪に印象的な琥珀色の瞳。
洗練されたカイルと違い、ウィルーは荒々しい、野性味を持っていた。
そして、普段とりすましてる時は近づきがたい雰囲気のカイルと違い、人の心にするりと馴染む愛嬌がある。
「僕たちの母さんは伯爵家の別荘の使用人でさ。僕は伯爵様が結婚前に手をつけて生ませた庶子さ。エリルは父親が違うけどな。母さんが死んで僕を伯爵家へ引き取る話もあったけどエリルがいるから断ってさ。葬式にかけつけてくれたミーシャおばさんが後見になってくれたんだ」
「じゃあそれでユリウスとも面識があるのね」
「ははは、面識って他人行儀なもんじゃないさ。昔、ユリウスはいつもカイルにくっついてて、夏の間はマクドフ家の別荘に来ていたから、よく四人で遊んだもんさ。いじめて泣かしたから、その時のことをまだ根に持ってるみたいだけど」
「あの二人、そんな昔からくっついてたの?」
「ああ。やんちゃなユリウスがカイルを振り回してるように見えて、カイルの後をユリウスがひっついてまわってたな」
私は幼い頃のユリウス達を容易に想像でき、おなかを抱えて笑った。
ユリウスに、カイル以外にも信用できる友人がいるとは思わなかった。
いつも二人だけでいるから心配だったのよね。
よかった。
私は黒髪の兄妹の存在を嬉しく好ましく思った。
目の前の黒髪の青年を見ながら、私は図書室の薄暗がりでも印象的な黒髪の少女のことを思い出す。
あれ、黒髪の少女?
目尻ににじんだ涙をぬぐいながらふと、浮かんだことを口にする。
「エリルって綺麗な黒髪だったわよね。とっても可愛いらしいし、ユリウスの好みだと思うんだけど」
ウィルーは、私の言葉がすぐに理解できず首をかしげていたが、やがて思い当たったらしくいじわるそうな笑みを浮かべた。
「ああ、最初はあいつ、エリルを追い回してたよ。『俺のことを好きになるなら将来の王妃にしてやってもいいぞ』とか言って。むかついてぶちのめしたら、『乱暴な兄貴を持つエリルなんて嫌いだ!』って泣いて逃げていってさ。それからエリルはユリウスを男としては鼻もひっかけなくなったんだ。焼け木杭の心配もないから安心するといい」
あれ、なんかすごくデジャヴな科白じゃない?
私が初めてユリウスとまともに会話した時の顛末を話すと、ウィルーもさっきの私に負けじと大笑いした。
「あいつ、王になって大丈夫か。未だにちびの時と反応が変わらないって」
「やっぱり?」
それから私は、彼らが色々なことを経て、将来はユリウスを支えると幼い日に誓いあった思い出話を聞いていた。
つい話に夢中になり、いつの間にかすっかり部屋も薄暗くなっていた。
「おっと、もうこんな時間か。腹減ってないか?今日はミーシャおばさんがうまいもん作るから夜になったら顔出すようにって言われてるんだ」
それから少しして、私たちは1階のミーシャさんの部屋を訪れ、熱烈な歓迎を受けた。
もちろん、日本人としてこれ外せない。
手にした、念のため用意していた東地方産のワインを手渡す。
「お招きありがとうございます。これ、つまらないものですが…」




