[18] 城下へ
「あなたが例の異世界から来たっていう姫君だね」
目の前で図書室の奥の書棚が動き、フードを深く被った男が現れた。
「それは主のみぞ知るですわ」
「僕たち子羊にもぜひお導きを」
前もって決めておいた暗号を口にした男に警戒を解いた私は、私を庇うように立つ侍女のアイーダさんと護衛のイーライに大丈夫だと合図した。
「あなたが案内人兼護衛さん?」
「ああ、僕はウィルー。どうぞお見知りおきを、姫君」
「お世話になります。挨拶はあらためて後ほど」
「そうだね。そうそう、おい、でてこいよ」
「こちらが?」
ウィルーの背中に隠れるように現れたのは、黒髪の娘だった。
「ああ、これがあなたの身代わり。僕の大事な妹だからくれぐれもよろしく頼むよ」
「しばらく窮屈な思いをさせえてしまうけれど、よろしくお願いします」
「いえ、姫君のお役に立てるなんて光栄ですわ」
理知的なエメラルドグリーンの瞳を輝かせ、私よりいくぶん小柄な少女は礼をとろうとするが、私は今は必要ないからと押しとどめ、アイーダさんに引き合わせた。
「お話は伺っていますわ。ウィルー様、私が責任もってお預かりさせて頂きます」
アイーダさんは、先ほどまで私が着ていたドレスを彼女に渡す。
「では僕たちは行こうか」
「はい」
「ユカ様、くれぐれもお気をつけて」
「大丈夫よ。それじゃあ留守の間をよろしくね」
心配そうに見送るアイーダさんとイーライに笑顔で手を振り、私は暗い通路を進んでいった。
「わあ!思った以上ににぎやかね」
「町を歩くのは初めてなのか?」
私は頷きながらも、往来に立ち並ぶ商店や道を埋め尽くすような人々に釘付けになっていた。
このにぎわいは何に例えればいいだろう。
市場?人が多い時間の商店街?
この王都でも平民達の最も賑わう場所なだけあって老人から子どもまで沢山の人が行き交っていた。
「この世界にきてからすぐに馬車で運ばれて城に缶詰にされてたから。あ、何なの?あの人だかり」
「あれはクポーンの実演販売だろう」
「クポーン?」
「薄く焼いた粉生地に、チーズや肉を巻いてソースを垂らしたのを巻いたものだ。それを注文すると作ってくれる」
「なるほど、甘くないクレープとお好み焼きの間のようなものかな」
「食べてみるか」
私がぶつぶつと呟いているのを興味深そうに見ていた彼は、クポーンを1つ買ってくれた。
初めてこの世界の売買するところを見たけど、注文し、値段分の金額を渡すだけ。多ければお釣りもくれますよ。
…元の世界と変わらないじゃない。
ウィルーの買ってくれたそれは、具こそ作り置きだけど、塩気の効いた鳥の肉にフルーツのジャムを使った甘いソースと卵入りの生地が合って美味しい。
何より、出来立てのあつあつの生地を頬張った時の幸福感といったら、この世界に来て一番美味しいと思った瞬間かもしれない。
やっぱり温かいものは温かく、は大切よね。
「いい食いっぷりだな。平民の食べものが姫の口に合ってよかった」
「私は根っからの平民ですよ。というか、ちゃんと溶け込めてるかしら」
私は自分の姿と行き交う人を見比べた。
「ああ、どうみても東のリーンズワースあたりから出てきた田舎者に見える」
お針子さん、さすがだわ!グッジョブ!
私はぐっと小さく拳を握りしめた。
『黒髪が多い東地方の田舎から出てきたおのぼりさんなドレス』というリクエストにきっちり応えてくれたことが証明された。
わざわざ仕立てた後、何度か洗濯して使用感を出したほどの懲りよう。
先に届けておいてもらった他の衣装にも期待が持てる。
「そういえば、私のことはユウと呼んでね。改めて一週間お世話になります」
「ユウね。カイルに言われた通りに部屋も用意したけど、本当にこんなところで、しかも侍女がいなくて大丈夫なのか。俺は家事なんてできないぜ」
「そこは任せてくださいな。これでも平民育ちですからね」
「そりゃ楽しみだ」




