[15] 昼下がりのキス
「んっ、今は、だめよ」
「ユカ、俺は…」
「ユリウス」
「もっと、もっと俺の名前を呼んで」
「やめなさ、んんっ」
昼下がりの執務室、眩しい日差しを遮る薄いカーテンの影で私たちは抱き合っていた。
というか、抱きつかれていた。
ユリウスの手が私の腰を抱き、空いた手は顎を支え、その執拗な接吻から逃がしてくれない。
唇の下で彼の綺麗にそろった白い歯が私の唇を噛み、そしてそこを今度は舌が甘くこする。
痺れるような痛みと甘いうねりが私をいたぶる。
抵抗しようと書類を持った手を振り上げると、すかさず頭の上で押さえられ私の身体の前面が無防備に晒された。
ユリウスの鍛えられたしなやかな身体が、私に押し付けられる。
ようやく唇が開放され、新鮮な空気を吸い込みながら胸の熱を吐息で漏らす。
と、離れたはずの唇は下にずれただけで、あごから喉へと這い降りていく。
「あっ、ん、そこまでよ、いいかげんに…」
「そこまでにしとけよ」
私の言いかけた台詞に被せて、ユリウスの背中から低い声が投げかけられた。
見ると、書類の束を抱えたカイルが部屋の入り口に立っていた。
ユリウスはあわてて私を解放する。
「ユカは悪くないぞ、悪いのは…」
「一目瞭然だ。ユリウスに決まってるだろ」
「そこまで言い切ることないじゃないか」
「職務中にユカ様が自らそんなことするわけがない。それよりさっきの束は全部終わったんだろうな」
「う……まだ」
「馬鹿か。残りを片付けてくるからそれまでには終わらせとけよ。ユカ様、私のほうを手伝ってもらえるか」
「はい、もちろん」
私はカイルについて部屋を出た。
そして廊下の突き当たりにある部屋に入った。
ここで朝からカイルは、今ユリウスがとりかかってる案件の資料を探してまとめる作業をしていた。
一通りのマナーを習得した私は、先日からカイルの助手として人手の足りないユリウスの執務室で働いていた。
もちろん、回数は減ったもののマナーやダンスのレッスン、王国史の授業などは続いている。
でも、ここで働くことで私らしさを思い出したような、そんな気がして毎朝起きるのが楽しみになった。
ところが、問題はユリウスだった。
普段は熱心に仕事をしてるのだが、時々ぼうっと私をみていてはカイルに叱られ、彼がいない時をみはからっては甘えてくる。
さっきも、窓からの日差しが強くなったからと日除けのカーテンを引きに立ったところで、座って書類に向かっていたはずのユリウスが背後に立ち、私を抱きすくめてきた。
驚き注意しようと声を出す前に唇を塞がれてしまい、あの通り。
カイルに見られるなんて、恥ずかしいったら。
書庫は二人きりで、無言が辛い。
ここは素直に謝っておこう。
「さっきは恥ずかしい所を見せてごめんなさい」
「あなたが謝ることはない。さっきも言ったがユリウスが強引に迫ったんだろ?」
「ええまあ。でも、もっとしっかり拒否しないとでした。反省しています」
「あの状態で拒否は難しいだろうに」
「…いつから見てた?」
さらりと言われた言葉に、思わずどきりとした私は聞かずにおれなかった。
「そうだな、声をかける少し前だからそんなには」
しっかり見てるじゃない。
本気で拒否をしていなかったのもばれてると知り、途端に頬が熱くなる。
「次はひっぱたくとかしても止めるわよ」
今度はカイルが驚いた。
形の良い唇が笑いを堪えている。
「やはり面白い方だな。王子を叩くなんて」
「仕事中にあんなふうにふざけると、おしおきよ」
「おしおきですか」
「あら、されたい?」
私は軽口を叩きクスクス笑いながら、リストの5項目目の書類を見つけた。
さて次はと横を向いた所にカイルの顔があった。
あまりに間近だったのでドキリとした瞬間に、彼の顔が重なった。
驚いて、さっきは手放さなかった書類を取り落としてしまう。
押しのけようとすると両手をつかまれ、身体が書棚に押し付けられた。
ユリウスとは違う、薄くひやりとしたカイルの唇が私の唇をきつくはさみ吸い上げる。
ねじきられるような痛みはすぐに甘い快感に変わり、喉の奥が甘いうめきをあげた。
まださっきのユリウスのキスの余韻が残っているので、すぐに身体が燃え上がってしまう。
それを気づかれないように必死で堪えるが、舌先が巧みに私の歯列をこじあけて強引にすべりこんできた。
ユリウスよりもいくぶん上背のある体が私の身体を擦り、頭の芯がしびれ力が抜けかけた足の間に彼の膝が入る。
必死で腕を振り払おうとするが、今度は両手首を片手で抑えられてしまった。
舌が口の中をまさぐり、静かな部屋に私のかすかなあえぎと濡れた音が響く。
そしてカイルの手が私の身体を這い回りその指先が動くたびに私は身体をわななかせた。
「ひっぱたきませんでしたね」
ようやく開放された私に、彼は皮肉めいた笑を浮かべて言った。
私は唇をぬぐい、弾んだ息を抑える。
「どういうつもりよ、このむっつり」
「むっつりってなんですか。ちゃんとユリウスに抵抗できるか確認をしただけですよ」
「お仕置きされたいのかと思ったわ」
「でもしてもらえなかった」
「馬鹿。冗談が過ぎるわよ」
「すまない」
「確かに、抵抗が無理なのは分かった。いいわ、そのぶんお尻を叩いてもっと働かせるから」
「尻を叩くって…立ち直り、早いな」
「まだ動揺してるわよ。ていうか、ユリウスと親友で年も近いって聞いてたけど、なにその無駄に経験値高いですよってかんじのキス」
「そりゃあ初恋の君とのキスまでしか経験のない初心なユリウスに比べたら、それなりにはあるさ」
「それってまさか、ユリウスって…すごく奥手?」
「知らなかったのか…なんなら今から私に乗り換えるか?」
ニヤリと笑いながら床から拾った書類を渡してくれたそれで、カイルの頭をぺしりと叩いた。
いつもはあまり表情の動かないクールなカイルだが、今の彼は色んな表情を見せる。
これが本来の彼なのかな
「怒ったか?」
「もちろんよ。親友の好きな相手に普通する?私が原因で友情が壊れるのはごめんだからね。口止めはしないけど、なんでも告白するのが相手のためとかいう馬鹿なことはしないことね。やったことは責任持って背負いなさい」
私は苦笑しながら私の顔色を伺うカイルを見た。こういう表情は、反省した時のユリウスに似てる。
「まさかカイルがね、困ったやんちゃな弟がもう一人増えたようね。でもこの手の冗談は次やったら本気でお仕置きだから」
私たちは何事もなかったかのように再び作業に戻り没頭した。
しばらくして部屋に戻ると、開いたカーテンから入る陽気を背中に浴びるユリウスが、平和な顔で居眠りをしていた。
私たち二人からのお仕置きされたのは言うまでもない。




