[12] 不機嫌の理由
ハリーの背後に、会場の光を受けて髪をきらめかせるユリウスが現れた。
私は差し出された彼の手をとると、胸に抱かれた。
「こ、これは王子、申し訳ありません。酔って少し興が乗ったようで」
笑ってごまかそうとするが、王子の後ろの窓辺には多くの人が集まり固唾を飲んで見守っている。
事態を誰かに知らされたのか、席を外していた夫人と伯爵が、部屋の奥からあわててかけつけてくるのが見えた。
「ユリウス、剣をしまって。今夜は騒ぎを大きくしたくないの」
「だが、こいつは」
「お願い、ひとまず引いて。ハリー、もうなかったことにはできないわ。ユリウスも、この始末は夜会が終わってからに、ね」
ユリウスが渋々剣を腰のさやに収めた所で、メラニー伯爵夫婦がかけつけてきた。
「王子、いかがなさいました!なにか粗相が」
「この男がユカに無礼を働いた。処分については後日申し渡す。今夜はもう俺の視界に入れるな」
その後、不始末を詫びる夫妻に私は気に病まないよう頼んだ。
そして夫人の心遣いで予定が繰り上げられ、メインのダンスが始まった。
まずはゲストの中で一番身分の高いユリウスが私の手をひいてフロアの中心に行くと、楽団が演奏を始めた。
私は男爵夫人に仕込まれた通り、ユリウスをまっすぐ見て膝を折って礼をすると、差し出された彼の右手をとり、もう一方の手を腰へとまわす。
そして目でお互いにタイミングをとり、ステップを踏み始める。
私たちの踊りが始まると周囲からため息が漏れた。
煌めく金髪を翻し完璧なステップでリードするユリウスに、私もドレスを翻し特訓で身体に染み込んだステップで応える。
赤いダンスシューズを履いた私が延々と止まることなく踊り続ける夢を見た程、地獄のようなダンスレッスンだったのよね。
ナチュラルターンからスピンターンへと続く流れる動きに、ドレスの裾が花がほころぶように広がり、会場の女性がため息をついた。
一曲終わり優雅に周囲に一礼すると、大きな拍手と歓声があがった。
そして今度はゲストも加わり同じ曲が再び演奏され人々が踊り始めた。
私達も再び踊り始める。
周囲に踊る人の垣根が出来、注目も薄まったお陰で私にも余裕が出た。
シャッセで目が合ったのをきっかけに話しかける。
「さっきは、助けてくれてありがとう」
「いや、俺もユカから離れてしまってすまない」
「ううん、あれは私が一人になったから自業自得よ。うまくあしらえなくてごめんなさい」
「何故ユカが謝る、あいつはたちが悪くて有名なんだ。伯爵夫人の招待客なら心配ないはずだったんだが、まさかあれが潜り込んでいるとはな。できるだけ騒ぎにしないように穏便に済ませようとしてくれたのだろう」
ダンスが始まる直前に、リックの告白を聞いた夫人が自分の目が行き届かなかったせいでと私とユリウスに再度謝罪に来た。
招待客リストに入っていなかったが、リックが噂の次期王妃をひと目みてみたいという悪友の頼みをきいて、こっそり手引きをしたのだそう。
「うん、せっかく夫人が今日の為に色々準備してくださったんだもの。それに紹介していただいたサント侯爵との関係をこじらせたくなかったし。だから力不足だった自分が悔しくて」
「ユカは……やさしいのだな」
つぶやくような言葉にユリウスを見上げると、寂しそうな瞳で微笑んでいた。
「ねえ、今日はどうして不機嫌だったの?私のせいよね」
先ほど控え室で投げかけた質問を改めてすると、ユリウスは苦い顔をした。
私はさっきの騒ぎの前に考えていたことを口にした。
「もしかして、私が贈ってもらったドレスに手を入れたことを怒ってる?先に断わるべきだったけど失念していて。せっかく贈ってもらったけど私には着こなせなくて、せめて私に合うよう直してもらったの。ごめんなさい」
途端にユリウスの表情が動いた。
私はほぞを噛んだ。
なんであれ、せっかく彼が選んで贈ってくれたものに手を入れてしまった。
そのことが頭から飛んでいたなんてどれだけ余裕がなかったのか。
私はさすがに笑顔を浮かべきれなくなるほど自分が情けなく落ち込んだ。
ところが、ユリウスは怪訝そうに口を開いた。
「俺がそのドレスを選んだ?」
「ええ、これ、本当はもっとふんわりふわふわで、ボリュームがあるパフスリーブがついていて。私にはその、少女すぎるというか……」
苦笑いをする私の前で、ユリウスの顔が強ばった。
「それは、俺が贈ったのとは違うぞ」
「はい?」




