[10] 返事がない、ただの屍のようだ。
それに気が付いたのは、伯爵夫人に挨拶をした時だった。
「お二人が並ぶとなんてお似合いな。まるで真珠姫と闇王子のようですわね」
「私の中でユカは森の女王なんですが、確かに闇色より光が良いのかもしれない」
伯爵夫人はおやっという表情を浮かべたけど『私から見るとあなた達はアルヴィンの子ども達ですよ』と言い上品に微笑んだ。
何それ、アンデルセン童話の異世界版みたいなもの?
さすがに童話とかまでの文化面はフォロー出来ていない。
頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになりながらも、そのまま伯爵夫人の側で談笑していた。
それを見て、王子と話題の王妃候補に挨拶しようと人が集まって来る。
伯爵夫人が彼らを順に紹介し、私たちは挨拶を交わしていく。
私はユリウスと仲が良いことを見せるために彼の腕に手を伸ばした時、ふと彼の顔を見上げた。
「ユリウス、何かあったの?」
伯爵夫人の後ろで小声で問うが、彼は私の言葉を無視した。
見れば、口元に笑顔を浮かべているが目が笑っていない。
この目には覚えがある。
最初のころ、やたら私に吠えていた時の目だ。
気にかけながらも、私にとっては初舞台。
ユリウスと同じように笑顔を貼り付け、挨拶に談笑をそつなくこなす。
仕事で鍛えたお陰で、一度会った人の顔を名前を覚えるのはお手の物。
一通り会場を回り終えると、誰に声をかけられても名前で呼びかけられるようになった。
「よかったら一息つかれては?飲み物を持っていかせますわ」
伯爵夫人の計らいで、会場の隣室に用意された控え室で二人きりになった。
だけど待ってもユリウスは私に声をかけてこない。
「おつかれさま」
返事がない。
「夜会っていつもこんなかんじなの?」
返事がない。
「私、何かしたかしら?」
返事がない。
凍り付いたような顔で私を無視している。
斜め向いに座る彼の顔をのぞきこんでもう一度チャレンジする。
「何をむくれてるの?」
…返事がない、ただの屍のようだ。
私はため息をつくと立ち上がった。
「ちょっと風に当たってくるわ」
私は会場へ続く扉をそっと開き、ユリウスの護衛に近くにいるからここを守っていてと告げると、すぐ脇にあるバルコニーへと出た。
メラニー伯爵邸は館の周りを森のような木立が取り囲み、ひんやりとした風がやさしく私の身体をなでていく。
あれはあきらかに私に怒ってるよな。
だけど、今回の怒りどころが分からない。
しばらく考えていると、ふいに一つの考えが浮かんだ。
「ああ、もしかして!」
私が声をあげたその時、2人の男がバルコニーにやってきた。
「噂の異世界から来たという神の姫ではありませんか、夜風に当たりすぎるのはあまりよろしくないですよ」
「ばか、こんな美しい夜だからこそ、ここでそれを愛でてらっしゃるんだ」
確か、最初に声をかけてきたのはサント侯爵の長男リックと紹介されたのは覚えてる。
ユリウスより2つほど年上なんだとか。
茶髪でたれ目、そこそこ整ってる容姿で女性に対して自信があるのだろうが、言動が軽い。
リックは、連れの男を友人のグレン伯爵の息子ハリーだと紹介した。
類は友を呼ぶというが、こちらはリックより容姿は劣るがやっぱり軽い。
上等な盛装を着こなし育ちの良さ感じさせるが、父親達のような気品が感じられない青年達に、私は煩わしさは見せず微笑みながら軽く膝を曲げて挨拶をした。
「こんなに人の多い所は久しぶりで、少し涼んでましたの」
「僕達もですよ。よかったら一緒に庭など散歩しませんか?もっと静かな所な所があるんです」
「あらそうですの。月明かりでもこんなに素敵な雰囲気のお庭ですから昼間はもっと素敵でしょうね」
私はここから誘い出そうとしている彼らを、やんわりと話しをそらすことであしらおうとした。
「もちろんです。だけど、夜には夜の良さってのがありますよ。さあ、参りましょう」
「いえいえ、私はここを離れるわけにはいかなくて」
「少しなら大丈夫ですよ。王子もお休みになっている様子ですし、少しならいいでしょう」
「初めてみた時から、その黒髪に触れてみたかったのですよ。その黒い瞳をもっとゆっくり見つめさせてくれませんか」
君たちそのへんにしておいてちょうだいな。
バルコニーから庭へ続く階段があり、男達は無理矢理私の腕をとり、笑顔でそちらのほうに誘いこもうとする。
大事な先生のパーティーを台無しにしたくない。
だから今ここで大声をあげて、騒ぎにしたくないのよね。
誰か助けてくれないものかと室内のほうを見るが、考えたもので男2人が私と窓の間に立ち、私の姿が見えないようにしている。
「無理強いが過ぎると、後でお困りになりになるのはそちらですよ」
「乙女でないあなたなら、僕達の相手なんてお手の物でしょう。もったいぶらないでくださいよ」




