嫉妬と焦燥
月が少しずつ色を薄くし、空の中に消えていく。
「トリアって……アニスのことが好きだよね」
竪琴を弾いて楽しんでいるアニスに隠れ、兎と穴熊が密談していた。
それは森中の噂であり、悩みの種。悪い人間ではなさそうだが、トリアがアニスを連れて行ってしまう気がして恐ろしい。
「多分、稀に見るイイニンゲンなんだろうけど……」
アニスを無理に捜すわけでもなく、森を荒らすことも、動物を狩る事もしない。供の馬は彼を慕い、善い人間であると認めざるを得ないことは重々承知している。
「いっそのこと、トリアが悪い人間だったらよかったのに」
「ねー。そうしたら、追い返せたのにね。美味しい木の実は貰えないけど」
二匹は落胆し嘆いた。
人間に焦がれるアニスは、トリアが声をかけたらついていってしまうだろう。止めたとしても、彼女はやんわりと断りそうだ。
「そもそも、妖精ってなんだろう。今までは、同じ動物だと思っていたよ」
人間に容姿が似ているアニスを、元人間ではないかと勘ぐるものさえ出てきた。そうなれば、群れに戻るのは自然の摂理。
しかし、果たしてそれがアニスの幸せなのか分からない。
月を仰いだ動物たちは、か細い消え入りそうな声で哭く。それは、悲痛な叫びに似ていた。
部屋を出ると、尖った瞳と目が合った。
「トリア、お前さ。最近、何処にいるわけ?」
今日もアニスのもとへ行こうとしていたトリアは、自室から出たところでトカミエルに呼び止められた。頭をガシガシとかきながら出て来た双子の兄に、怪訝な顔を向ける。何気ない質問をしてきただけで他意はないのだろうが、顔を背け階段を下りる。
答えたくない質問に、心が波打つ。
「別に。関係ないだろ」
「大いにある。お前がいないとミーアが煩い。何処にいるー、何処にいるーって。毎日問いただされるオレの身にもなれよ。一回抱いてやれば? 上手くいけば、今後付きまとわれずに済むかも」
トカミエルは心底嫌そうに身振り手振りで説明しつつも、後半は棘を含んだ声で嘲笑した。
ミーア、と聞いてトリアもあからさまに不機嫌になると唇を噛む。
「断る。あの女は嫌いだ」
ミーアという女は、街に立ち寄った旅芸人の一味だ。トリアを一目見るなり気に入り、執拗に付け回っている。容姿は整っているが、性格が陰湿。トリアが他の少女と世間話をしていただけで、後日その少女が怪我をする、もしくは発熱する。最初は偶然だと思っていたが、彼女は呪術師であると誰かが噂をしていた。
火のない所に煙は立たぬ。その為、近頃は報復を恐れ媚を売る娘たちも出て来た。
トカミエルには、オルヴィス。
トリアには、ミーア。
頑固な汚れのように執念深い女二人の起源を損ねないように、この街の娘らは緊張している。どちらも厄介な女である。
深い溜息を大げさに吐き、トカミエルは壁にもたれ掛かる。
「で。街中でトリアが買い物をしている姿が目撃されてるんだけど? 何してんの?」
双子だが、親しいわけではない。今までは互いに勝手気ままに過ごしていた、それで問題はなかった。干渉するのが面倒で今まで避けて来たが、何処か秘密裏に行動しているようなトリアが引っかかっていた。誰かにそそのかされ貢いでいる、不義をはたらいているなど、目撃情報は尾ひれがついて広がっている。
嫌悪する仲とはいえ、流石に身内にたてられた不穏な噂は不愉快。その為、トカミエルは本当の事が知りたかった。
「……好きな子が、出来た」
双子の弟が、軽く俯いて微笑みながらそう言ったのを聞いた瞬間、大きく目を見開いてトカミエルは硬直する。
「え?」
息が詰まったような、間抜けな声を漏らす。
好きな異性が出来て当然だろう、驚いたのはそこではない。産まれた時から一緒にいた弟が初めて浮かべた、見ているこちらまで心が温かくなるような笑顔に衝撃を受けた。感情をあまり表に出してこなかったトリアなだけに、トカミエルは動揺を隠し切れず狼狽える。
しかし、薄々気づいていた。
心の奥底で、自分が叫んでいる。
弟がこの表情を浮かべる相手を知っている、と。
胸が荒々しく跳ね上がり、呼吸が乱れる。
「新緑の髪に、深緑の瞳。とても可愛らしい子で」
甘い声を聞き、胸を鷲掴みにされた気がしたトカミエルはよろけて壁に手をついた。
「あの子の傍にいたい、護りたい。彼女がいると分かるだけで、心が安らぐ」
目の前に想い人がいるように宙を優しく抱きしめるトリアの穏やかな笑みは、心底惚れていることが見て取れた。背筋が凍った、笑い飛ばそうと思った。
『何一人で盛り上がってんの? 空想家だったんだ、意外と』
そう言って、からかってやろうとした。
けれど、声が出ない。一言一言を愛でるように言うものだから、横やりを入れられなかった。
余程の感情を抱いている、それは分かる。分かった瞬間に、トカミエルは激しい嫉妬と怒りに苛まれた。心の奥底から溶岩のように沸き上がる、重くねちっこい醜い感情。
それが嫉妬だと、トカミエルは気づけなかった。
見ず知らずの娘をトリアが想っていたところで、自分が嫉妬するわけがない。けれども、トカミエルは確実にその少女を知っていた。知っているからこそ、瞋恚の瞳でトリアを睨みつける。自分の中にいる自分が、警醒している。
「……緑の髪に瞳? そんな子、街にいたっけ?」
確かめるように口にした、素朴な疑問。この街にそんな娘は存在しない。
「さぁ、どうだろう」
掠れた声を出したトカミエルの疑問に答えるわけもなく、トリアは薄く笑って家を出た。
愛馬クレシダに乗って出かける様子を窓から見下ろしていたトカミエルは、唇を噛み締め激昂に耐える。名状しがたい不快感が心を抑えつけ、足元をふらつかせながら自室に戻ると寝台に倒れ込んだ。
「どうして。……行かせたく、ない」
無性に腹が立つのは、弟が幸せそうだからか。
いや違う、そうではない。
「気持ちが、悪い……」
自分の中で何が起きているのか解らない、ただ、憤慨している自分が腹の内から殴打している。トリアを行かせるなと、悲痛な叫びが聞こえてくる。
「ウ、ゥエッ」
込み上げてきた胃液が鼻にまわり、口元を押さえ咳き込んだ。
「緑の、髪。そして、瞳」
おぼろげに、そんな少女が浮かび上がる。自分の中に巣食っていた何かが爆発し、暴れている。深呼吸を何度か繰り返し、ようやく正常な脈に戻ったことを実感したトカミエルは気分転換に街へと出かけることにした。
多少眩暈はしていたが、気の知れた仲間と騒げば忘れて楽になれるだろうとぼんやりと思った。安酒を煽ってもいいし、密かに悦楽にふけるのもいい、気を紛らわすことが出来ればそれでいい。
立ち上がり、まだ芳しい状態ではないような気はしたものの、家から出たくて部屋を出る。
玄関の扉を開こうとした瞬間、帰宅した父親と鉢合わせる。
「あぁ、ちょうどよかった。トカミエル、トリアは何処だ?」
「さっき出ていったよ」
脇をすり抜けようとしたが、首根っこを掴まれ小さな悲鳴を上げる。
「そうか。トカミエルだけで構わないから付き合いなさい」
嫌な予感がして、眉間に皺を寄せ反抗的な態度を示した。
苦笑した父は、機嫌の悪い息子を宥めるように努めて優しく伝える。
「そんな顔をするな、美味い物が食べられるぞ。先日、名立たる富豪が越してきただろう? そこの若旦那さんが、食事会を開いている」
弾んだ声の父だったが、トカミエルは唇を尖らせ本音を吐露した。
「うっわー、窮屈そう!」
「我慢しなさい、折角の誘いだ。さ、行くぞ」
「えーっ」
悲痛な嘆きなど気にせず、父親はトカミエルを引きずって家を出た。
選択権など、最初からなかったのだ。代々武器屋を営む父は、昔から強引だった。暴れるだけ体力の無駄と察し、抵抗する気が失せ大人しく歩く。
「畜生、トリアの奴上手いこと逃げやがって」
「そう言うな。美味い酒があるぞ」
「堅苦しいのが嫌なんだよ。不味い酒でいいから、友達と呑みたい」
「顔見知りも何人か来ているさ」
「けど、へりくだった挨拶をするんだろ?」
「それは父さんの役目だ、安心なさい」
「うーん、……それなら」
街に製鉄業を営む富豪が来ることは、かなり前から噂になっていた。最初は嫌悪していたが、『正当な金を払うから街の人間を雇用し屋敷を建てて欲しい』と依頼がきてからというもの、一部の者は手の平を返した。トカミエルはどうにも虫が好かなくて近寄らなかったが、いざ見てみると想像以上に巨大な館が完成している。
広大な土地に時間をかけて建てられた屋敷は、門を潜り抜け手入れされた庭を通らないと辿り着けない。忍び寄るように姿を見せた館に、息を飲む。
「でっけぇ……」
「羽振りがよい御方だよ。うちの武器も幾つか発注してくれた」
「街の人間に媚びてるだけじゃん」
「そう言うな、上客だと思いなさい」
この街は、一から汗水たらし造り上げたもの。結束を高めてきた街の人々にとってその均衡を壊しそうな者の参入は、正直疎ましい。
しかし、その辺りは富豪も心得ているようで、顔見せを兼ねた懇親会を開き皆の機嫌を損ねぬように配慮しているようだった。
「トカミエル! こっちだ!」
庭に入ると、すぐに友人たちから声をかけられた。トカミエルは安堵の溜息を漏らし、所狭しと並んでいる華やかな食事を一瞥する。父と離れ彼らと合流し、飲み食いを堪能する。
「うめぇっ!」
来るまで不満を漏らしていたトカミエルだが、料理を食べ始めると苛立ちが消えていく。ほろ酔いで楽し気に笑った。
……あぁ、腹が空いていたから無性にイラついていたんだ。
トカミエルは、逆らわない寄り添ってくる品の良いワインを煽りながら納得した。
先程のトリアとのやり取りが、今にして思えば不思議だ。何故心を焦がし、身を切り裂くような思いを抱かねばならなかったのか。弟が誰を好きになろうと知ったことではない。
「後で森へ行こう」
友人たちと上機嫌で会話をし、食事を堪能する。こんな馳走は滅多にお目にかかれない。見たこともない食材と、華やかな盛り付けに心は躍る。食べ慣れている食材なのに、調理次第で味にこうも気品が出るのかと感嘆するものも多々あった。
給仕がワイングラスを運んできたので、はしゃぎながら子供たちは手にした。嫌な顔一つ見せず対応する給仕に、尊敬の眼差しを送る。
「金持ちは違うよなー」
「イイ人が越してきてよかったな。 金持ちってさ、嫌味な奴が多いじゃん?」
子供たちの心は、すでに掌握されたらしい。
現金なもんだと肩を竦めたトカミエルは、不意に奇妙な視線を感じワイングラスを口につけたまま瞳を動かした。値踏みされているような気味の悪い感触を肌で感じ、気づかぬふりをして注意深く相手を探す。
武器屋の息子である為、幼い頃から武術を嗜んできた。自身の力量には自信がある。ゆっくりと庭を歩きながら、ワイングラスを何杯か空にし時折チーズを摘まむ。
すると、一際異彩を放つ紳士がこちらを見ていることに気づいた。
「アイツ……」
トカミエルは舌打ちし立ち止まり、睨み付けるように露台にいる男を見上げる。
製鉄業に身を置く屋敷の主だろう。黒に見える深緑色した短髪の、怜悧そうなその男と一瞬だけ瞳が交差した。無機質な細く鋭い瞳に、鼻筋が通った端正な顔立ち。馬が合わぬ相手だと直感する。
彼は興味なさそうに踵を返し、すぐに奥へと消えた。先程の絡みつくような視線は何だったのか。
「なんだ、アイツ……」
消えたはずの苛立ちが甦る。
「どうした、トカミエル。おっかない顔をして」
千鳥足の友人が近寄ってきて、からかうように顔を覗き込まれる。
「いや……。変な男に値踏みされたようで気分が悪い」
「男に? トカミエル、顏がイイからなー。男色家に好かれたんじゃ? 気を付けろよ」
「やめてくれ、気色悪い」
冗談でも寒気がする。しかし、あれはそういった眼つきではない。しいて言うなれば、試されているような瞳だった。
まるで、死闘前に相手を見定めるような。
言い知れぬ不安が足元から這い寄って、窒息しそうになる。頭を横に振り、呪縛から逃れようとした。水の入ったグラスを強引に給仕から奪い取り、喉を潤す。
「クソッ、苛々するっ」
喉を潤したはずなのに、全く満たされない。不愉快なヘドロが張り付いているようで、焼けるように熱いそれは咳き込んでもとれなかった。
右手の親指の爪を噛み、早々に敷地を出る。この場にいたくない、あの男と同じ空気を吸いたくないと思った。
去っていくトカミエルを見て慌てた友人たちが、料理を精一杯口に詰め込んで後を追う。
トカミエルの父も騒々しさに気づき、息子が激昂している姿に眉を顰めた。
「彼が自慢のご子息か」
「ベトニー様!」
館の主人ベトニーが、いつの間にやら隣に立っていた。去っていくトカミエルを前髪をかき上げ見つめ、問う。
「はっ、左様でございます。ろくに挨拶も出来ぬ、不出来な息子で申し訳ありません。双子の弟がおりますが、本日は不在で……」
深々と頭を下げ、息子の失態を詫びた。
ベトニーは「お構いなく」と淡々と告げる。先程、憎悪の混じった瞳で睨んできたトカミエルに、興味はない。懇親会という名目だが、街の者と慣れあう気はない。
人を探しているので、情報を得るため利用しただけ。
不快感も見せず冷静にその場を見渡しているベトニーに、父は安堵の溜息を吐く。今後も贔屓にしてもらいたい相手だ、機嫌を損ねてはならない。
「……一つ、御子息に確認して頂きたいことがある」
「ほぅ、なんでしょう?」
父親は目を白黒させ、覇気の抜けた声を出す。
「緑の髪と瞳の娘を知らないか、と訊いて頂きたい。知っているならば、教えて欲しい」
「娘、ですか?」
感情が掴めないベトニーに、父親はいよいよ首を傾げた。突拍子もないことを言われたが、なるべく顔には出さず冷静を装って問う。
「貴殿の御子息は、若者たちの中心になっていると耳にした。顔が利くのだろう?」
「それは確かに。最初からこの街におりましたので、恐らく把握していると思います」
「では、頼む。“緑の髪と瞳の娘”を知っているか。……返答を頂きたい」
「承知しました。今夜訊いておきますので、明日報告致します」
「助かる。明日は館に滞在しているのでいつでも構わない」
ベトニーは表情も声色も平坦で、何を考えているのか分からない。父親は口籠りながらも訊ねた。
「あの……差し出がましいとは思いますが、何故その娘をお探しで?」
問いを投げてから口を滑らせた、と後悔した。窺うように盗み見た表情は、美し過ぎて寒気がする。
それ以上ベトニーが言葉を発することはなく、早々に館へと戻ってしまった。詮索は不要と言う事だろう。
「若き富豪も、結局女の尻を追う男か」
父親は軽く悪態づいた。
「あれだけの美丈夫であるならば、女など選り取り見取りだろうに」
太陽が山に沈み始め、子供らは家に戻っていった。大人らの愉しみはこれからだと、蠱惑的な衣装を身にまとった女たちが舞を始める。
「洗練された女に飽き、辺境の素朴な娘を欲するのかねぇ」
見事な脚線美を惜しげもなく曝し舞い踊る女を見つめながら、父親は顎を擦りそう呟いた。
アニスが川で小鹿たちと遊んでいると、人間の声が聞こえてきた。そろそろ日が暮れるので来るとは思わず、慌てて近くの木に身を潜める。
「この声は……!」
耳に届く待ちわびた声に、笑みが零れた。聞き間違える筈がない、トカミエルだ。
今日は普段より少ない人数で遊びに来たようで、その中にトリアの姿はない。アニスは、人間たちの顔と名前を記憶している。
「本当に綺麗だわ、トカミエルの指輪!」
トカミエルの腕に自身の腕を絡ませ歩いているオルヴィスが、うっとりと指を撫でながら呟く。
「ありがとう、オレも気に入ってる」
親密な仲に見える二人に、一人の少年がオルヴィスの背を押した。
「きゃぁっ!」
小さく叫びよろめきながら、オルヴィスはトカミエルにしがみつく。
「トカミエルももうすぐ十七だろ? 妻を娶ってもいいんじゃないのー?」
囃し立てる友人たちに、「もーっ!」と手を振り上げ怒る素振りをするオルヴィスだが、表情はまんざらでもない。もっと言ってとばかりに、頬が緩んでいる。
その様子に、トカミエルは愛想笑いを浮かべた。寄り添ったまま離れないオルヴィスに悪い気はしないが、抱き返すことはない。
別に嫌いなわけではないが、好きでもない。身体の相性はそこそこで、都合のよい相手だとは思っている。気は合うかもしれないが、恋人となるとどうも違う。
自分を好いているのも分かるし、双方の親が縁組を進めていることも知った。彼女の家柄を考えれば悪い話ではなく、理想的だ。
普通の男なら喜ぶだろう。
しかし、どうしても彼女を受け入れられない。特に、この森へ足を運んだ時から引っかかっている。
皆が口笛を吹き続ける中、トカミエルはぼんやりと空を見上げた。
……違う、この子じゃない。オレの恋人は、もっと他に。
『じゃあ、誰だ?』
自身に問いかけてみるが、返事はない。
緩慢とした様子のトカミエルを見上げ、オルヴィスは唇を噛み締めた。乗り気ではないらしい態度に、悲しさと悔しさが込み上げる。
仲は良いはずだ。街娘の中で一番可愛い自信もある、意図的に常に身体を触れ合わせてもいる。親公認だというのに、何故恋人になれないのか。
別の娘が気になっているのかと思ったが、そんなはずはないという結論に達した。全てにおいて、自分以上に魅惑的な女などいない。
全力で気持ちをぶつけて来たオルヴィスは、最近どうにもならない嫉妬と焦りを抱いている。はっきりと振られてはいないが、一向に距離の縮まらない現実に不安を募らせた。振られた時の事を考えると、あまりにも惨めだ。
友人たちは「二人は相思相愛」と思っているので、余計に気まずい。オルヴィスとて最初はそうだった、トカミエルも自分を好きだと思っていた。
しかし、違う。近くにいればいるほど、肌で感じる温度差。満更でもないように演じているだけで、相手がオルヴィスでなくとも構わないように思える。
屈辱だ、勝ち組で進んで来たのに、ここへ来ての敗北など許されない。振られた途端、周囲の皆は馬鹿にして掌を返し、陰口を叩くだろう。女たちは嘲笑しながら慰めてくれるかもしれない。
「どうしてっ……! 一体私の何が」
川で水遊びをしながら、友人ははしゃいでいた。
しかし、二人が言葉を交わすことはなかった。
オルヴィスの嚙みしめた唇から、微かな呻きが漏れる。