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人間は妖精の存在など知る筈もなく

 頼まれた通り、トカミエルは黙々と冠を作った。純白の花と緑の葉が織り成す色彩の美しさは、オルヴィスの赤毛に映えるだろう。

 オルヴィスがトカミエルに好意を抱いているのは公然の秘密だった。押しの強いオルヴィスと、満更でもないトカミエルは、常に共に行動していたので傍から見れば恋仲だ。

 ゆえに、他の少女らは数歩下がってトカミエルと接する。オルヴィスに目を付けられたら、寿命が縮むことを知っている。自分だけでなく、両親も巻き込むかもしれない。彼女は権力者であり独占欲の塊で、敵にまわすと面倒だと少女らは肝に銘じている。


「どうぞ、オルヴィス姫」

「まぁっ、嬉しいですわ! トカミエル王子、ありがとうっ」


 冠を頭上に乗せてもらい、オルヴィスは上機嫌でスカートの裾を摘むと軽く会釈をした。

 既に劇は始まった、皆は重たい腰を上げ参加する。

 仲睦まじく暮らす王子と姫の間に割って入る、敵役の子供ら。


「やぁやぁ! 近頃評判の美しい姫だなっ、貰っていくぞー、あーはっはっはっは!」

「きゃー! 助けて、トカミエル王子っ」


 棒読みの台詞を吐く数人の子供に担がれ、オルヴィスが遠くへ連れて行かれる。それを、トカミエルと家来役の子供が追いかけた。

 ありきたりなごっこ遊びだが、アニスは瞳を輝かせ眺めていた。表情豊かに、その陳腐な劇を見続ける。何もかもが新鮮で胸が高鳴る。人間とは、なんと面白い事を考えるのだろう。興奮し、身体を小刻みに揺らす。

 誰も知らない密かな観客が、木の上にいた。

 やがて、空が暗くなり始める。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、子供たちは名残惜しそうに森から出て行った。


「明日はオレとトリアの誕生日会だから、みんな出席してくれよ」

「もちろん! この間買って貰った一番可愛いお洋服を着て行くわ」


 言いながらオルヴィスはその頭上の冠を投げ捨て、トカミエルの腕に抱きついた。

 夕陽が沈み、直に辺りは闇夜に包まれるだろう。ようやく静まった花畑に、人間が摘み散らかした花や、花で作られた物が転がっている。

 物悲しく、ぽつんと取り残された冠。それは一時的に心を満たす“玩具”であって、終わってしまえば興味がない代物となる。

 ゴミだ。

 愛しいトカミエルに作らせた冠ですら、オルヴィスは躊躇なく放り投げた。ありがたく保管したところで、枯れて醜くなるものなど不要である。一時愉しむ事が出来れば、それで良い。

 子供たちの声が遠のいていくのを、アニスは静かに見送っていた。気配が遠退くと、木から身を乗り出し何度も瞬きして首を捻る。


「タンジョウビカイ、って……何? 知ってる?」

「さぁ? っていうか、アニス、危ないよっ! ぎゃーっ」


 栗鼠が必死にアニスを引っ張ったが、支えは意味を成さず。

 枝があると思った場所にそれはなく、宙を掴んだアニスの身体はバランスを崩し、豊かな木の葉の間からひょっこりと顔を出した。

 ガサガサガサ。


「え?」


 葉音に気づいたリュンは、木を見上げアニスの姿を捉えた。

 木から逆さまに顔を出している少女と視線が交差する。葉に混ざる見事な新緑の髪、大きな緑の瞳、不思議そうに首を傾げてこちらを見ている美少女。

 まるで、御伽話の姫か天女。

 リュンは顔を赤らめ、惚けてアニスを見つめた。仲間が去っていくのも構わず、目が離せなくて凝視する。


「何してるんだ、リュン」

「ヒャー! び、びっくりした!」


 肩を叩かれ鋭い悲鳴を上げ、身体を飛び上がらせた。リュンは頭を振り、自分の頬を抓る。痛いので夢ではない。

 現実だと認識すると、リュンは声をかけてきたトリアの腕を引っ張ってアニスがいた木を興奮気味に指した。


「ちょ、トリア、見て見て、あそこ! あの木だよっ! すっごく可愛い女の子が……あれ?」

「女の子?」


 何度か噛みながら早口でそう告げ、強い力で引っ張るリュンに苦笑いをしながらトリアは一応その木を見た。

 しかし、アニスの姿はそこにない。栗鼠たちが血相を変え、全力で引っ張り上げたのだ。

 風で葉が揺れている。


「あそこにいたんだってばっ。すっごい可愛い子がっ! 街の子じゃないよっ」

「一先ず落ち着け、深呼吸をしろ。……オレたちが知らない女の子が? 木に?」

「そうっ! あんな可愛い子、見たことがないよ! びっくりだよっ! っていうか、もう想像を絶する可愛い子なんだよっ! 夢でも見てたのかな、いや、でもあれは」

「こんな場所に?」

「信じてくれないわけ? 本当にいたんだ、逆さまに顔を出してた」


 トリアは訝り、周囲を見渡す。街の子供らは把握しているので、本当に見たならば一体何処から来た娘だろうと警戒した。


「魔女か、もしくは……人を森へ誘い込むという伝承の妖精だったりしてな。さぁ、帰るぞリュン。皆はもう帰った」

「むー……。ぜーったい見たんだってばっ」

挿絵(By みてみん)

「リュンが嘘をつかないことは知っている」

「トリアもきっと気に入ると思うよ。多分好み、いや、絶対好き。すっごく可愛いんだ。楚々とした可憐な雰囲気で、オルヴィスやミーアとは違うから」


 激しい興奮が心臓を凝結させる。異常なリュンの状態に、トリアは軽く肩を竦めた。異性を『可愛い』と語ることがなかった色恋事に疎い幼馴染を、一気に男の顔にした娘。

 興味が湧くと同時に、用心すべきだと思った。

 馬鹿らしいとは思ったが、魔物の類ではと眉を顰める。自分たちが知らない人間の娘が、このような山中にいるわけがない。


「父に報告すべきか……」


 軽く頭を振り自嘲気味に鼻で笑う。そんな生物、いるわけがないと肩を竦めた。

 リュンの背を押し急がせるが、二人共気になって足を幾度も止めると振り返る。そこにいたであろう美少女を探して。


「ぎゃー、見られたー! 最悪だ!」


 栗鼠たちが木の上で右往左往している間、アニスはそっと木の葉から様子を伺っていた。リュンという黒髪の幼そうな男の子、そしてその隣のトリアがこちらを見ている。


「トリアはトカミエルの双子の弟だよ」

「そんな豆知識、どうでもいいよ! っていうか、ぎゃー、見られたーっ! 怒られる、どうしようっ」


 栗鼠はアニスの言葉に耳を貸さず、土壇場に追い詰められたように走り回った。

 アニスは二人が完全に去った事を確認し、まだ慌てふためいている栗鼠たちをその場に残して木からふわりと飛び降りる。そして、一目散に人間が遊んでいた場所へ駆け寄った。


「あった」


 オルヴィスが頭上に掲げていた、トカミエルが作った花冠。捨てられ地面に転がっているそれを跪いて丁寧に手に取ると、頭上に乗せる。白詰草の柔らかな感覚が手に心地良く、どことなく甘い香りもする。


「どうぞ、お姫様の冠だよ」


 なんとなく聞こえたトカミエルの台詞を真似した。


「すごい、なんて素敵なものでしょう。こんなの初めて!」


 アニスは破顔すると、追いかけてきた栗鼠たちに振り返り丁寧にお辞儀をした。


「似合う?」

「似合う? じゃないよーっ、何やってんのーっ! どーして大人しく出来ないのさっ」

「大丈夫。リュンに見られたけど、別に何も起こらなかったでしょう? 心配しすぎなんだよ」

 

 冠を乗せ、はしゃいでその場で軽やかにクルクルと回る。


「そうだ、泉で姿を映そう」


 呟き、虹色の羽根を動かして泉へと向かった。


「待って! 待ってよ、アニス!」


 白詰草の花冠を頭上に乗せ、奔放に空気と共に流れた。全身が朱に染まるほどに、幸福を感じる。

 辿り着いた先の泉で、水面に姿を映したアニスは満足して頷いた。


「お姫様の冠を手に入れたのです」


 頭上に咲き誇る花冠は、トカミエルが作ったもの。

 それは、オルヴィスが棄てた忘却の花冠。

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