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厨二病  作者: KMY
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Chuni-byo Patients usually do write their novels' title and subtitle in English.

「他の予算に対する配慮が足りません。したがって僕は、この案には反対します」

 黒板の真ん中に立って、そこを取り囲むように半円形に配置された椅子に座っている人々の顔を伺い、長身で目元が炯々(けいけい)とした少年は大きな声でそう言った。学ランが窓の陽の光に当たって、薄い灰色になっている。

 ゆっくりと、座った人ごみのような椅子を掻き分け、最後端にある空席に腰を下ろした。陽射しに、先週ようやく開けるようになったばかりの窓から入ってくる涼しい風が、忘れられなかった。

 さっき、あたしの横を通った?

 ドクン、としながら、その少女は手をぎゅっと握りしめていた。顔は前を向いているが、視線は懸命に下を見ている。司会の話なんて、耳に入らない。ひたすら、自分の呼吸と心臓の音しか聞こえてこなかった。


 長瀬ながせ君、あたしのこと、どう思っているんだろう‥‥。


「おい、聞こえてるぞ」

 制服のポケットから突如として声がした。

「うぎゃあああああわああああああああぎゃあああああああああああああああああああ」

 立ち上がる。右足で左足を踏む。前に倒れそうになる。重心を後ろに回そうとしたら今度は後ろに倒れそうになる。手をしたばた動かす。

 どすん。

「痛ったぁ‥‥」

 尻もちをついて頭をさする少女に、ポケットからの声は続ける。

「お前、最近長瀬と何かあるたびに屋上に来てるよな」

「わ、悪い?」

 少女は、顔を真っ赤にして青空を見上げる。さっきとは打って変わって、弱々しい声で少女は吐いた。

「長瀬君ってクールだし‥‥自分のことははっきり言えるタイプだしさ」

 ポケットを手で塞ぐ。中にいる小さい何かが、暴れ回りだした。

「私、背が低くっていつも本ばっかり読んでいるし、暗いって思われてるのかなぁ‥‥」

「息!息!息ができない!」

 叫び声に気づいて、少女、是永長読これながはよは、ポケットからばっと手を離す。

「ご、ごめん」

 びょこっと、小さな顔が――顔というよりも、クマをデフォルメしたようなくりんとした目に黄色い滑らかな毛、丸い耳を頭の上に2つつけている――姿を現した。溺れて助けてもらったように、何回も何回もぶはーっと大きく呼吸をしている。

「‥‥ねえ、ケロちゃん」

「二度とその名で呼ぶんじゃないと何回も言ってきたぞ!」

 その黄色い妖精のやじが、是永の耳をつんざく。

「下手したらさくらの二次創作だと疑われるだろ!疑われたらどうすんだよ!どう責任取るんだよ!笑い事じゃねえんだぞ、あ?俺にはヴィリニュスという名前があるんだぞ!」

 是永は、目を細めて黄色い小動物を睨む。

「人が真剣に悩んでいるのに、その態度は何なのよ‥‥。第一、ヨーロッパの都市を名前に付けるなんて、典型的な厨二病じゃない。しかもヴィって何、普通にビってできないの?‥‥はぁ」

 そう放って、再び真上の空を眺める。

「誰に言ってんだよ‥‥」

 ヴィリニュスはしらしらしい顔つきで是永の顎を睨み、不満を隠さない。

 雲が少しずつ、流れていく。

「土管が爆発したな。ドカーン、なんちゃって」

 再びヴィリニュスが言ったが、是永の顔はびくりとも動かない。ヴィリニュスは「そっか‥‥」とつぶやいて、うつむく。

「あたし‥‥ヴィリニュスと出会わなければよかった」

「俺もこんな仕事はしたくないさ」

 ヴィリニュスは、ちらりと上を見る。是永が、歯を食いしばってヴィリニュスを見つめていた。頬は涙で赤く腫れ上がっている。


 昼は暑くなったが、夜はそうでもない。まだ寒いが、これでも先月と比べて緩和された向きはある。

 茶色のローブを身にまとい、右手にはピンク色の大きいダクトを握っている。首のすぐ下にあるローブの結び目の上に、左手を当てている。

 強い風に煽られてふわっと浮き上がったローブに、視界が邪魔される。少しいらっとはしたが毎晩のこと、もう慣れている。

「屋根の上でこんな格好をしているあたり、厨二病だよね」

「だから誰に言ってんだよ」

 ヴィリニュスと一通りやり取りを済ませた後、風とともに収まったローブに隠れていた部分に、是永はダクトの先を向ける。屋根の端につけている足元の真下、家の壁から塀まで3メートルしかない小さな庭を、是永は見下ろしていた。

 植木もない土だけの庭の端っこにある赤い屋根の小さな犬小屋。その前に立っている、クワを持った長髪の少女。2階の窓から漏れる光が、ほのかにそれを照らしている。

「気配がするな」と、ヴィリニュス。

「最近、クロウカードって言わなくなったね。自分もなりきっていたくせに」と、是永がぼそり。

「もう許してくれよ」

 ヴィリニュスが返したその矢先、庭の少女がゆっくりと両手でクワを振り上げる。

「今だ!」

 ヴィリニュスの合図とともに、是永はダクトを振り上げ、叫んだ。

吸収アブソーピション!」

 ダクトの先に出たピンク色の玉がゴオッと大きくなり、突如速く回り出した。玉に向かってくる風がどんどん強く大きくなっているのを、是永は感じていた。

 下にいる少女の頭がだんだん白っぽくなっているのが見えた。いや、白になっているのではなく白いものが浮き上がってきている。

「オギャアアアアアアア」

 不気味な叫び声をあげて、白い半透明なもやに近いものは、だんだんとその形が少女の体から引き離されていく。

「吸うな、息を止めろ!」と、ヴィリニュス。

「分かってる!」是永は、半ば面倒くさそうに、叫ぶようにそう応じた。

「ギャアアアアアアアア」

 白いものはやがて、少女の頭から乖離した。その瞬間、少女が膝をついてうつ伏せに倒れたのが分かった。掴むものを失い、もやは一気にピンク色の玉に引きこまれた。

 玉がバシンと弾け、辺りはまた暗くなった。

「はぁ‥‥」

 どすんと三角屋根のてっぺんに尻をついてため息混じりに声を出した是永は、また上の真っ黒な空を眺める。月はあるものの、すごく細い。三日月は、何日前だっけ。

 ぼんやりとした表情の是永に、ローブの結び目にぶら下がったヴィリニュスが声をかける。

「さっさと次の場所、行こうぜ‥‥おい?長読?‥‥まだ忘れられないのか」

「うん」

 是永は、こくんと頷いた。ヴィリニュスは、はあっと下に大きな息を吐いた。

「あのな‥‥俺達の使命は何だったかな?生き物を殺したり傷つけた後に生まれる独特の負のエネルギーを集めようとする集団がいてな、悪鬼を取り憑かせてまでそれを産み出そうとするから、それを阻止するはずだったんだろ?現にさっき一匹の悪鬼を仕留めたんだろ?」

「まだ思春期じゃない小学生のうちにやってくるなんて、悪質だよね妖精として」

 目からぼろりとあふれた是永の涙は、彼女の顔が真上を向いているため首のすぐ下にいるヴィリニュスには見えない。

「そういうずる賢さって、もっと他のことに生かせないのかなぁ。せめて中学生になったら任務解除とか」

 黄色い小動物は、何か言おうとして口をつくんだ。是永の頬から滴り落ちた涙が、ぼんと頭にぶつかって落ちた。軽いけど重い涙。

「いくら、その一味が人間のふりをして身近にいるかもしれないからって‥‥さ」

 彼女は、腫れ上がった顔で、笑っていた。明日か明後日には見えなくなるであろう月に、最大限の笑顔を贈った。

「一生恋愛禁止なんて‥‥さすがにきついよね」


 犬小屋のある庭の塀の外に、電柱にもたれかかっている人影があった。

 さっき、不意に聞こえてきたあの声で、まさかと思った。

 でも、やはり間違いない――あの少女は、紛れもなく。

 憎悪は、失望を生むのか――。腕を組んだ。

 薄緑のバーガーに身を包んで、その少年――長瀬学は、ふと上を見上げた。電柱の真っ白な光が眩しい。

 その向こうにある空。何で黒いんだろう。何でどす黒いんだろう。星なんて見えない。

「よりによって‥‥あの子が”悪鬼狩り”とは」

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