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一話「最初の罪、無垢であるなら心神喪失、無罪である。」

一話「最初の罪、無垢であるなら心神喪失、無罪である。」




平穏とは何だろうか、奪わず生きることなのか、それとも、命を奪われないことなのか。こんなことをただ森の藪の中、木漏れ日を浴びながら一人考えていた。



しかし、そんなどこか浮ついた脳内とは裏腹に、自分の目と本能は別の物を捉えている。今日の獲物のウサギだった。



ウサギの食事のマナーに合わせ、静かに弓を構え、矢をつがえる。


弦の様に張り詰めた感覚に、耳に張り付く静寂。鳥の声もいつもよりどこか遠くに長く聞こえた。


ウサギは夢中で草を食んでいた。



それを、この矢で射抜き殺す。


そう考えたとき腕の力が震えとなって矢を落とした。


落ちた矢に目を向けたのは、たぶんウサギより俺の方が早かった。


とはいえ、獲物は文字通り脱兎の如く逃げて行った。



今日も獲物を逃がしてしまった。父にはきっと叱られないが、俺はもう十二になるのだ。そろそろ一つぐらい獲物を挙げてみたい。



俺は深呼吸して嫌な気持ちを払おうとしてみるが、肩は落ちたままだ。


そんな俺を知ってか知らずかウサギのいた位置に何か光るものがあった。


「きれいな石だ」


青臭い香りのする柔らかな芝をかき分けると、それが緑から浮くような青で顔をのぞかせる。



ふと、幼馴染のマリアの顔が浮かぶ。


喜ぶかな、そう思って、ポケットにしまった。




森を抜けると村に出た。


いつもの見慣れた風景にふっと胸をなでおろす。


すこし遠くに並ぶ素朴な家々、そこに一つそびえる鐘の櫓。


それらの周りを囲むように広がる田んぼ。

俺の生まれた村だ。




吹いた風が気持ちよく、湿った服と肌の間を抜ける。


近くの木陰にあった切り株に腰を下ろす。服で汗をぬぐったあと、さっき拾った青い石を取り出す。


明るいところで見るとなお綺麗で透き通る青に吸い込まれそうになる。


もしかしたら行商人に持っていけば売れる代物なのかもしれない。


しかし、この石をどうするかはすでに決まっていた。紐をつけて首飾りにするのだ。



ポーチから柄に金やすりのついたナイフを取り出す、そうして逆手に持って削っていく。


細工をし終え紐を括ると、それなりの見た目にはなってくれた。


立って伸びをしてから。紐を手にかけ眺めてみる。


これを彼女に渡したら、なんて言おう。どんな顔をしてくれるだろうか。

俺の鼓動が少し高鳴り、口角が自然に吊り上がるのを感じる。




ごーんごーーん




今日も村に鐘の音が響いた、昼の時間だ。


しかし、いつもはこの時間にはマリアが弁当を持ってきてくれていた。


なにかあったのかな。少し周りを探してみるか



しばらく歩き、一つ丘を越えたとこ遠くに幼馴染のマリアが見えた。


いつもと違って、なかなか迎えに来なかった理由に合点がいく


「ん~?」



彼女を数人の男子が囲って話しかけていたのだ。


大方口説いていると見た、マリアはかわいいのだ。


すこし立ち止まってどうすべきか考えたが。遠目にマリアのおさげを回す仕草を見て邪魔することにした。



「ちょ、おーい!お前ら」


初対面を加味してできる限りフレンドリーに手を振ってみる




「ん?なんだよ」


三人の中で大きいほうの男が俺に振り返る。


「その娘、嫌がってるぞ。」


「あ?さっきからなんだよ。俺らはこの娘口説いてんの。邪魔すんな」



こちらをにらみながら手であしらわれた。さも俺が顎で使える存在であるような態度に感情がせりあがってくる。



しかし、それはこの場には必要ないため、深呼吸で抑える。


「まぁ待てよ、俺は別に邪魔しようってわけじゃない。」


笑顔を崩さず、相手にすり寄ることにした。



「君みたいな素晴らしい人間は威圧的に取り巻きを引き連れなくたって彼女を口説ける」

「なんだ、お前」



「ほら、俺が邪魔してるんじゃなくて君のわきに侍らしてる、さえないひょろがり共が原因じゃないのかい?違うか?」



俺はゴマでも擦るかのような仕草で男の目を睨む。




目を先にそらしたのは男だった。


コンプレックスの塊のような男だ、取り巻きに乗せられ勢い任せ、とかそんなところだろう。



男はフンっと鼻を鳴らし、取り巻き二人を見る


男はさっき俺をあしらう時の仕草を取り巻きたちにもやって見せた。



「じゃあお前もどっかいけ」

そしてもう一度こちらに向けてきた。今度は本当に顎だった



興味を失ったように男はマリアに向き直ったので、周りを確認。



よし、目撃者はいないな。

後ろからチョークスリーパーで絞め落とす。



一瞬、腕に手をかけてきたが、しっかり気絶まで持って行けたようだ。



こういう力で人を従える輩は、この後いくら言葉で喚き散らしたって信用はしてもらえない。


うやむやにできる自信が俺にはあった。






「すごい、シンってばチビなのに」


だんまりを決め込んでいたマリアの第一声はそれだった


俺はそれに背中を通る冷たい感覚が抜かれ。頬の筋肉がこわばっていたことに気づいた。


「うっせ」


向き直ってマリアを見ると手にはいつも通り弁当が優しく握られていた。


「怒ってる?」


マリアはいつも通りなのに俺は思えばそんなことを口走っていた。



「いや、やりすぎよ。」

「え、恋路を邪魔しないほうがよかった?」

「結局邪魔どころか排除してるじゃない」



冗談めかした言い方に、毒が抜かれていくようだ。



「まぁいいや!ごはん一緒に食べよ?」



俺はそれに頷き、笑って見せた。

少し丘を登って、気絶する男を木陰に寝かす。



俺とマリアはそこから少し離れた倒木で昼食をとることにした。


切り替えの早いもので、マリアにはもう不機嫌さは全くなかった。


「今日は片づけぐらいさせてもらうからな」


それに甘えてこっちも軽口をたたく


「ざんねーん、もう洗い物も、マナ補充も全部終わってまーす」


「っくっそ、俺の成果はきれいな石だけだってのに!」


あるはずの無い匙を投げる振りをして、マリアが雑談中に広げていた弁当からサンドイッチを手で取る。


「シンはいいのよ、うちの力仕事は全部やってくれてるんだもの」


「でもうちの父ちゃんは料理作れないぜ?二日おきに冷蔵庫にお惣菜用意してもらうの申し訳ねぇよ」


マリアの家と我が家は家も近く、マリアのお父さんは出稼ぎに行っている関係で、俺が力仕事を担当していた。


俺の母は5年前に他界しており、料理のできない父と俺に代わってマリアが冷蔵庫に何日か用意してくれていた。



これを対等だとは思えない、だって料理ができないのは俺が悪いから。




「私が好きでやってるんだからいいの」


こう言って、慰めてくれるが。まだ納得は言っていない。




「そういえばさっき言ってたきれいな石って?」


言い返そうとしたところ、話題を無理やり変えられてしまった。




でもそれで今日の目的を思いだす。



「ああ、そうだマリアに渡したいものがあるんだ」


食べてたサンドイッチを置いて、忘れかけていた今日の唯一の戦利品をポケットから取り出す。


「わぁ、きれい!」


「親に見つかって質に出されないようにな」


マリアのほうに石を突き出す。


「え、くれるの?」


「これで、さっきの許してくれ」


「べつに、怒ることでもないわよ」



マリアのくすくす、という笑いにじわじわと顔が熱くなりりほんの少し後悔が湧いてきたところ。


俺の手を、温かく包んでマリアは石を受け取った。

「ありがとう」


手は俺の顔以上に熱く熱を残していた。



マリアはその石を、少し見つめて首に着けた。

「どう?」



見て、俺は息をのんだ。まるで魔法にかけられたように。



それはとても綺麗で形容し難い、でも到底こんな村には相応しくないことはわかった。




その鮮やかさが、天気のせいか、手にまだ残る熱のせいか正直わからなかった。


しかし、これを売らなかったことを後悔はできそうにはなかった



でも、一つ気になるところがあった。



「あ、ごめんそれ凸凹で首に掛けたら痛くない??やっぱ返して削ってからまた渡すから」

「いやでーす」

「あ、ちょ、待てよ。せめてやすり貸すから!」







日は完全に落ちていた。


俺は家の庭で竹から矢を作っていた。


脇にはランプと蚊取り魔道具を置いていたが、蚊取りは近くいると熱いので少し離している。


そのせいで時たま蚊が腕を刺してきて、熱さを取るか、痒さを取るか酷い板挟みの中の作業だった。


本来家でやりたかったが、熱いだけではなく室内では蚊取りが使えない。


というか、使おうとして父に怒られて今に至るのだ。




蚊取りは薪を燃やしているから家で使うと毒で死ぬ、とは父の談だ。


少し肝が冷えたが、あまり実感がわかない。


でもそれに殺されると考えればやはりとても怖いものだ。




「調子どうだ?」


父が家から顔をのぞかせ聞いてくる。





「うーん、うまくできない」


俺は素直に今直面している矢の加工について弱音を吐いてみた。


それを聞いて父はどうやら縁側に出てきて座ったようだ。腰から音がしたのを俺は聞き逃さなかった。


早いところうまくやって安心させたい。そんな思いとは裏腹に加工はうまくいかなければ、父はアドバイスをしに来たわけではないようだった。




「お前、最近マリアとうまくやれてるか?」

「コイバナかよ」

「重要だ」

「まぁまぁ」



こんなやり取りをして、父との間に無言が流れる。


父が来る前よりも虫の音が大きく聞こえた。




俺は父の深呼吸を聞いて、手を止める。


空を仰ぎ見たが月は完全に隠れていた。




父はゆっくり言葉を紡ぎだした


「お前は昔から感が鋭かった。でも狩人の感とは実のところ経験だ。なのにお前は十二で見習いを卒業した。そして人一倍実感があるから大事な選択ほど道を見失う。」


「うん」


「シン、お前はどこかで自分の(シン)を持つべきだ、お前の善意に(sin)はない。そして信じるものに迷うな。」


「うん、マリアのことは後悔しないようにする。」



「案外、お前は彼女のためなら動けるのかもしれないな。でもな、気絶はやりすぎだバカ、お前に教えたことに他者への活用は含まれていない。」



「うん、やっぱ今度謝ってくる、、、」




パチリ

いい終えるちょうど、ランプが消えた。


「ってマナ切れか。シン、俺が取ってくる待ってろ。」




父が立ち上がり家の中に入っていく。


暗闇で一人、父の言葉をかみしめていた。




思えばマリアを口説く男を気絶させるのに迷いはなかった。でも冷静になればなるほどやりすぎだ。

でもマリアはそんな俺を咎めなかった。




俺はマリアに頼りっぱなしだ、だからもっと彼女の力になりたい。


情けないなんて思われたくない。




どうすればいいのだろうか。



そんなことを考えながらマリアの家のほうを見やると。


なぜか家の明かりが見えなかった。




「あれ?父さん、マリアの家ランプついてない」


父はちょうどマナ結晶を持って歩いてきていた。

「ああ、マナ切れかね。そのランプに補充した後持って行ってやりなさい。」



「うん」



俺は父からマナ結晶を受け取って、暗くなった庭からランプを探す。



「蚊取り倒すなよ」

父はそういって家に戻っていった。


俺は手探りでランプを見つけ、それを持って縁側に座る。



ランプの横を開き、慣れた手つきでマナ結晶をナイフの柄にあるやすりで削って入れる。



横を閉じてスイッチを押すと変わらずランプは光を放ち始めた。


俺はこのままマリアの家に行くことにした。



家を出ると、先ほど夜風に当たって作業をしていたというのに、それとは異なる風が吹いているような気がした。



暖かい風に、今が冬なら、マナ切れでヒーターも止まってもっと感謝されるのだろうか。という考えがよぎりそうになる。



家を出てしばらくすると、ランプの光に寄せられて、蛾が体に仕切りにぶつかってきて眉間にしわが寄る


道はいつもと同じはずであるが、俺の明かりだけでは頼りなく感じた。



家に着くと、話し声が聞こえてくる。虫の声が嫌に静かに感じて、少し躊躇した。


しかし、ここにずっと立つのもおかしいので勇気を振り絞って戸を叩く。



「ごめんください!明かりがないようですが大丈夫ですか?」


「あ!シン君じゃないかい、なんでかランプが消えちゃってね」


そうするとマリアのお母さんが戸を引き迎えてくれた。



背を伝う風が家に吹き込む、中をわきからのぞくと小さなろうそくを頼りにマナ結晶を交換している跡があった。


家の中の明かりは頼りなく、俺の手に持つランプは互いの顔に影を作っていた。



「また夏なのに締め切ってるんですか?」


「まぁ、虫がどうも入ってくるのが嫌なもんでねぇ。それで、何か用かい?」


「マナ切れかと思って結晶持ってきたんですけど、」


「それがマナはあるはずなのよ、、」


そんなことを告げられ、どうしていいかわからなくなっているところ、家の中からマリアが出てきた。

「暗くなってきたからランプをつけようと思ったらつかなくて、」



ランプが壊れたのだろうか。それもいきなり全部?


「ランプだけじゃないんだよ、冷蔵庫も他の魔道具も全部動かなくなっちゃってね。」



訳がわからない、それに背筋に冷たいものが滴る。


そんな時、俺の手元からパチリと音がした。




同時にマリアのお母さんの顔がみえなくなって、虫の声が急にうるさくなった。



急いで手元を見ると、俺のランプも消えていて。てどうなっているのかすらわからないほど真っ暗だ。



背筋の悪寒がさらに増し、虫の声がどんどん大きくなってくる。


それを止めたのはマリアのお母さんだった



「ありゃりゃ、こまったねぇ」


そんなほんわかした声に、はっとする。呼吸すら荒くなっていた。




次の瞬間には思い出したかのようにマリアの家含むランプたちが一斉に明るくなる。



「なんか、つきましたね」

「うーん、何だったんだろうねぇ」

「とりあえずマナ切れじゃないっぽいからシン君は帰っていいよ、わざわざ悪かったねぇ」

「いえ、別に、大丈夫です」



帰り際、中のマリアと目が合った。


「またあした!」


微笑んで手を振ってくれたが、俺はちょっとマリアのお母さんが気になって、軽く手を振り返すだけにとどめた。



暗い帰り道、悪寒はぶり返していた。


何だったのだろう、あれは。


少し駆け足で帰ることにした。




でも家に帰れば、それは落胆になった。力になれると思ったのに結局おどおどしただけだったことを思い出したのだ。


その日はマリアにプレゼントをしたけど、結局な自分は何もしていないような気がして、少しベッドで悲しくなった。



次の日、俺が朝の弓の訓練を終え、リンゴをかじりながら弓矢を片付けようと家に戻る途中。見知った顔が人を集めていた。マリアの母、カルミアだ。






それは、大きな声でただ繰り返す


マリアは魔女だ、と





かつて別の村で本を読んでもらった。

人の最初の罪は知恵を得たことだと。

でも無垢な存在に、赤ん坊や動物に罪など問えるだろうか

読んでくれてありがとうございます。よかったら応援お願いします。

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