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第一小節〜守り人たちの島〜


 夜明け前。小さな掘っ立て小屋に、一人の少年が穏やかな寝顔で、寝息を立てていた。


 その小さな島の浜辺から聞こえてくるのは、心地良い波音。それに混ざるのは、朝の合図の様な、海鳥達の賑やかな鳴き声。


 少年は微睡んだ意識から一気に意識を取り戻した。


「やっべぇ!!寝すぎたぁ!!」


 彼は壁に掛けてあった麻の上着を羽織ると、自ら編み上げたサンダルを履き、砂浜を全力で走る。


 黒く、刈り上げられた短髪に、同色の眉と瞳。年齢は15歳前後だろうか?しかし、彼の日焼けした身体つきは、『海』という魔物に鍛え上げられた屈強な物。


 もしかすると、もう少し若いのかも知れないが、幼さを全く感じない顔付きだ。


「うおぉ!今日は絶対に『漕ぎ手』は勘弁だ!」


 息巻き走る彼の膂力は既に『成熟』しているかのように力強く、砂浜を蹴り上げている。


 小さな船着き場の小屋の裏を抜け、目に入ってくるのは、晴れ渡った朝の空と、穏やかに広がる白い砂浜。それに、全てを包み込む広大な母なる蒼い海。


 だが、彼の視線の先は一艘の小さな木造船……、いや、木造のボートだ。しかも明らかに手漕ぎボートだった。

  

 周りの船は操縦席が有り、魔導エンジンを積んでいる造り、どれも簡素な木造では有るが、この小さな島の漁業と経済、それに島民達の胃袋を満たす為のものである。


 彼は羨ましそうにそれらの船を見た後、目的のボートへと視線を戻す。


 船上には、癖のある白髪の男性が腕を組んで仁王立ちしていた。


 彼の髪は年齢から来るものなのだが、その顔付きは勇ましく、眉もほぼ白なのだが、少しだけ黒が混ざる力強いもの。


 その顔付きは少年とは真逆の、眉窩びかが張り出し、野性味を感じさせる骨太な顔立ちをしており、肌は太陽の寵愛を何十年と受け、皮膚自体が『元々その色だった』と、言わんばかりの黒褐色だ。


 肩抜きのブラウンの汚れたシャツと、同色のハーフパンツから覗く肉体は、海での生活を極めたかの様な屈強な物。脹脛ふくらはぎには大型の肉食魚に噛みつかれた様な跡や、その腕や頬にも無数に切り傷の跡が、『勲章』の様に残っている。


 ──男の名はジルウス=ハルバート。


「ぐわあぁぁ!やっぱりか!」


 少年はその人物を見つけるやいなや、肩をガクリと落とし、声を上げた。


 すると、船上のジルウスから芯の太い声が発せられる。


「コジュン!!おせーぞ!!今日の漕ぎ手決定な!!ザマァ見やがれ!」


 彼は白い歯を剥き出し、にこやかに笑う。


「クッソ!!父ちゃん早えぇよ!!てか、島の爺さん達、朝早すぎるんだよ!」

 

 コジュンは悔しそうに言い返すが……。


「島のジジイ連中は『気合と根性』で生きてんだよ!コジュン、テメェにも叩き込んでやるからな!?」



 二人は親子の様だ。それにしては父親の年齢が高すぎる、そして、コジュンの顔にはジルウスの面影が一つもない。


 だが、コジュンは悪態を付きながらボートに乗り込むと、オールを力強く漕ぐ。


「オラァ!!全速力で行くぜぇ!!」


「行け行け!コジュン!『気合と根性』があれば、魔導エンジンなんざクソの役にも立たねぇって事、証明してやれ!」


──とは、言われたものの。ジルウスとコジュンの乗るボートは、彼等が出航した後から発たれるエンジン付きの漁船達に、無慈悲に追い越される。


「総ちょ……、ジルさん!お先にー!」

「ジルさん!おはようござ……、おはよう!お?今日も漕ぎ手はコジ坊か!」


 等々、皆、口を揃えてジルウスに声を掛けて追い抜いていく。そして、誰もが笑顔だ。だが、時折妙に言葉を濁している。


 それもコジュンにとっては『いつもの事』だ、気が付いたら皆、そういう話し方が普通だ、と思っていた。


「ふんがががぁーー!」


 コジュンは周りの船達に遅れを取られまいと、必死にオールを漕いではいるが、砂浜の簡素な港から威厳と威圧を備えた船が、先程の漁船達とは比べ物にならない程のスピードで彼等のボートに追いついた。


 高々と掲げられた島旗は、深い紺地に白い糸で描かれた、猛々しい鯱の刺繍だ。


 その船は木造では有るが、側面には金属製の装甲が施されており、全長は20メートルも有りそうな、島では最大の船だ。所々に防衛用の小型魔導砲が合計六門。



 島の小さな学校で習ったのだが、10年程前までは『魔王』と呼ばれる存在が世界を支配していたらしい。島の爺さん達は口を揃えて「あの頃は海も怖かったぞー!」「漁なんて出れたもんじゃ無かったわ!」等と言ってはいるが……。


 今では空も、海も平和そのものである。


 そんな中、コジュンがいつも思う事だ、『なんで漁村の貿易船がこんなに武装してんだ?』と。

 

 そしてその船体を見る度、『弓で良いんじゃねぇ?』ぐらいの感覚に辿り着く。


 しかし、この船は島唯一の貿易船、アーゲル号。所有者は島長のカイツェルバーグ=アーゲンラシュムⅣ世。


 アーゲル号はコジュン達のボートに横並びになると、甲板には島長の姿があった。


 細身の洗練されたシルエット、頭髪は既に白髪にはなっているが、高級な整髪料で整えられた髪型は長髪のオールバック。髪を首元で束ね、恐らく家紋であろうエンブレムが入った鼈甲の髪留め。


 顔付きは顎が小さいのか、逆三角形の造形をしており、切れ長のブラウンの瞳を持つ。その瞳の奥には、冷静さと慈悲深さが垣間見える。


 整った純白のカッターシャツに、濃いブラウンのベスト、足元はベストと同色の糊の効いたスラックス。黒い光沢が眩しい革靴を履いていた。


 島の人間とは『身分が違う』、一見するだけで感じる『高貴さ』を持つ人物だ。


「ジル!少し大陸まで商談に行ってきます!君の漁の安全を!」


「おう、カイツ!色々わりぃな!頼んだぜ!」


 二人は互いに右拳を突き出し、その後笑顔を零した。


 すると、カイツェルバーグの背後から、一人の少年が姿を現した。


「ジルウスおじさん!コジュン兄ちゃん!漁頑張ってね!」


 声を上げた少年の姿恰好は、まるでミニチュア版のカイツェルバーグだ。服装、顔立ち、所作まで瓜二つ。少し違うのは、目の形が丸みを帯びた柔らかなもの。


 彼の名はヨシュア=アーゲンラシュム。愛らしい12歳の少年だ。


「おー!ヨシュ坊!おっ父の頭でっかちな生活が嫌なら、いつでも俺んとこ来いよ!『気合と根性』を叩き込んでやる!」


「ヨシュア!父ちゃんの言う事なんか真に受けんなよ!ただの雑用させられるだけだかんな!」


 そこでカイツェルバーグは高らかに笑う。そして、「ヨシュア、それはいい案かも知れないぞ?彼は『人』を育てるのには長けて居るんだよ。何日かお邪魔してみるのも悪くないな」


 その言葉にヨシュアは少し不貞腐れた様子だ。眼下の手漕ぎボートに乗る、見すぼらしい親子。


 思わず口にする。


「ですが父様、何故この様なボートを使われている方にそこまで愛着を抱かれて居るのですか?」


 その言葉を聞いた瞬間、カイツェルバーグの表情は鬼の形相になった。


「ヨシュア!今すぐ先程の言葉を訂正しなさい!彼は我らが……」


 カイツェルバーグはふと、理性を取り戻す。荒げた口調を正し、即座に続ける。


「いや……、ヨシュア。商談の場において、先方の風体など『向こうからの罠』でもある事もある。そこを見違えてはならない」

 

 と、言うカイツェルバーグの言葉を聞いたものの、ジルウスは「おいカイツ!細ぇこと言ってんじゃねぇよ!」と、豪快に白い歯を剥き出し、自らの右拳を握り締め、左の胸を強く叩いた。

 

 その刹那、カイツェルバーグは背筋に鋼鉄の芯が突き抜けた様に直立し、その右拳で自らの左胸を叩きつける。


 ──事ある毎にジルウスがこのポーズを取ると、カイツェルバーグや、島の爺さんやオジさん連中は同じ態度を取っていた。


 『なんだこの茶番は?』と、コジュンは常日頃から思う。父親と島長は幼馴染同士とは聞かされてはいるが、ただの貧乏人漁師にそこまでする意味が分からない。


 さては、年功序列的な計らいなのか?そこはまだ子供のコジュンには理解が出来なかったのだ。


「島長ー!ヨシュア!気を付けてな!」


 コジュンのその言葉をきっかけに、アーゲル号は速度を上げ、遠く離れて行った。



 ──今日のポイントはすぐそこだ、コジュンはオールに力を込め、船は軽快に進んでいった。



 波打つ水面が、朝焼けの太陽を無数に乱反射させ、船は茜色のライトが縦横無尽に走るステージへと変わる。


 ──さぁ、漁の時間だ。


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