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Prelude de Azur


 ──夜が、明けた。


 だが、この街は眠らない。夜になれば電気の力で明かりが灯り、街ゆく人達は煌々とした明るい場所で、各々の仕事をこなす。


 此処はニホン国。の、とある県の東市、高層ビルが立ち並び、自動車が走る。街ゆく人々はスマホを片手に、今日のエンタメ、ニュース、さらには動画配信等を検索しながら過ごす日々。

 

 文化と文明が栄えた世界である。


 ──その男は、自室でパソコンの前に座り、ネット情報と、手に持った資料を何度も見比べていた。


 黒いボサボサの髪に無精ひげ。黒縁の眼鏡を掛け、Tシャツにハーフパンツ姿だ。


 男の名はコウサク=ウエダ。世界の超常現象を調査、解明する組織の一員である。


「んー……。10年前の『時空振動』からこのニュースがひっきりなしだな」


 コウサクはテーブルに置かれたマグカップから、モーニングコーヒーを一口。


 彼の眼鏡に移るディスプレイの文字。


『突然の行方不明続出!神隠しか!?』


「んー……。あの日、突然空が爆ぜたのがきっかけだな……。何か、関連が有るのか……?」


 マウスを頻繁に動かしながら、彼は様々なページをブラウジングする。


 部屋中に無機質なクリック音が響いていると、部屋のドアの向こうから声が聞こえた。


「パパ!朝ごはん出来たわよ!」


 その言葉にコウサクはドアに向かい声を上げる。


「ああ。ありがと、ヤヨイちゃん。今行くよ」


 彼はパソコンをスリープ状態にして席を立つ。ドアを開け、リビングに向かうと幼稚園の制服を身に着けた愛しい我が子達がはしゃぎ回っている。


 深い紺色に白いラインのセーラー服、胸元の小さなスカーフはまるで、蝶が舞っている様で愛らしい。


「コウジ!痛い!なんで僕が怪人役なんだよっ!」


「うるせぇコウイチ!今は僕が『仮面タイガー』なんだよっ!」


 コウサクの息子、双子のコウイチとコウジが、特撮ヒーローごっこをして騒ぎたてていた。


 二人共コウサクと瓜二つだが、コウイチの目元は自らによく似た優しい目尻。コウジは口元、特に悪戯な表情をした時は妻、ヤヨイそのものだ。


「ほらほら。早く朝ごはん食べないと、お迎えの『コアラ2号』が来ちゃうぞー」


 コウサクは二人を両脇に抱え、回した手でお互いの脇腹を掻く。


「パパ!やめれー!」

「ぎゃあああ!」


 ヤヨイはキッチンで笑い転げている。彼女の触れれば指が迷いそうな、柔らかな身体のラインが愛おしく揺れた。


「ママのぷるぷるお肉キタ━━━━━━━━!!」


 コウジは流行りの言葉で叫ぶが、間もなく『母の鉄槌』により「ごおぉぉ」と、頭を抱えてしゃがみ込む。


「さあ、早くご飯を食べよう!」 


 助け舟を出したのは父だった。


 四人の食事はそれはもう賑やかななものだ。双子の男子がアニメの感想を言い合ったり、やれ、アイツの方が『タコさんウインナー』の足が多いやら……。


 そんな時間は園児バスのエキゾーストと、ドアホンの音で終焉を迎えた。


「イッちゃん、コウちゃん!コアラ2号来たよ!早く帽子かぶって!」


 ヤヨイは二人を玄関先まで送り出し、先生に挨拶をした後、バスは走り去って行った。

 

 

 慌ただしい朝の時間は終わり、コウサクとヤヨイは再度テーブルに掛けた。まだ、朝食が残っている。冷めてはいるが、こんがりと焼けたトーストとハムエッグ。

 

 ヤヨイは冷めたコーヒーを電子レンジに運び、そのタッチパネルを数回指先で叩く。ピッピッピと電子音が響いた後、起動した電磁波音を背景に彼女は口を開く。


「ねぇ、パパ。今日お休みだったよね?」


「うん、そうだよ。何か用事あるのかい?」


 と、コウサクが言い出した途端、彼のポケットの中のスマホが着信音を鳴らした。


 画面を見ると、発信者には『マツモト主任』の文字。彼は受信アイコンをタップし、端末を耳に充てる。


「おはようございます、主任。ウエダです。はい……、はい……?、えぇ!?」


 暫く発信者からの言葉を聞いた後、希望に満ちた顔をしながら、コウサクは狂気にも似た表情で応えた。


「分かりました、すぐに行きます。ほかのスタッフには?ええ、主任から連絡を……?はい、ありがとうございます!」


 その応答にヤヨイの顔は曇った。


 コーヒーカップを置きながら、彼女はコウサクを睨みつける。


 だが、通話を終わった後、彼はまるで太陽の様な笑顔で愛しい妻に伝えた。


「時空振動の謎、解けそうだよヤヨイちゃん!しかもオマケ付きなんだ!」


 さらに続ける。


「『神隠し』の被害者を呼び戻せるかも知れない!そして、隠された世界も有るみたいだ!」


 コウサクの興奮は最高潮だ、しかも、文言を解き詰めると、『この世界』と、『神隠し』の世界は並行しているらしい。


 さらには、『相互移動』の可能性も見えているらしいのだ。


 たが、ヤヨイにとっては蚊帳の外の話。


「パパ、仕事熱心なのは良いけどね。身体を壊しちゃ意味ないから……。それでも、今から行くの?」


「被害者は日に日に増えているんだよ?止められる手立ての可能性が有るのなら、僕は全力を尽くしたい」


 彼はそう言うと、カジュアルな衣服に着替え、ジャケットを羽織り家を発つ。


 ヤヨイは一人、小さな溜め息をついた。

 

 視界の外で映っていたテレビのニュースが『神隠し』の特番で盛り上がっている。


 すると、彼女は荒んだ心を慰めるため、手元のリモコンでお気に入りのサブスクリプションを開く。


 『推し俳優』のドラマを食い入るように見始めたのであった。




 ──その、夕方の事。


 太陽が翳り始め、橙の光に染まった公園。

 六人程の子供達が遊び回っていた。その中に、制服姿のままのコウイチとコウジも混ざっている。


 どうやらかくれんぼの真っ最中の様だ。


「もういいかーい?」「もういーよー!」と、愛らしい声が響く。


 その傍ら、彼等に目を届くベンチでは、数人の女性達、所謂『ママ友』達が日常の話題にひっきりなしだ。


 彼女の内の一人が、腕時計にチラリと目を運ぶ。


「あ、そろそろご飯の準備しなきゃ」


「あら?もうそんな時間!?家もそろそろ帰らないと……」


 公園の側の道路を貨物車が通り抜ける。その銀色の車体が、西からの日差しを乱反射させ、公園に刹那の間だけ光を満たした。


 一人の子供が「あいたっ」と、耳を押さえるが、「虫かな?」と、気にせず笑顔で走っている。


 その後、女性達は「また明日ね」等々言い合い、我が子を呼び寄せる。


 そのなかの一人、ヤヨイも「イッちゃーん!コウちゃーん!帰るよー!」と、声を掛けるが、駆け寄ってきたのはコウイチ一人だけ。


「あれ?イッちゃん?コウちゃんは?」


「ママ、コウジ全然見つからないんだ。かくれんぼ終わりーって言っても出てこないんだよ」


 コウイチは不思議そうな顔付きで首を傾げている。


「コウちゃんー!出ておいで!お家帰るよ!」


 ヤヨイは声を上げるが、返事がない……。


「コウイチ君達のママ!ボクさっきコウジ君がゾウさん滑り台にかくれたのみたよ!」


 一人の男の子が教えてくれた。


「ありがとう!」


(あ……、あの子遊び過ぎて『電池切れ』で寝ちゃったかな?)


 ヤヨイとコウイチは、コンクリートでできた公園のメイン遊具である大型滑り台の下部、トンネル遊具に顔を覗かせる。


──しかし、愛しい我が子の姿は無い。


 その時、ヤヨイはすぐにコウサクへ連絡を取ろうと、スマホを鞄から取り出し、ロックを解除しようとすると、ピックアップニュースのテロップが画面上部に流れた。


『本日も、行方不明者が数名確認……』


 ヤヨイの顔から血の気が引いた。


「ま……さか……?」


 額は脂汗で滲み、呼吸は浅くなる。「ママ?」と彼女の左手を握るコウイチの小さな手が、とても暖かかった。




 ────



 コウジは意識を失い、暗闇の空間を漂っていた。

 

 そこは全てが『虚無』であり、もしかすると、『闇』さえも存在しないのかも知れない。


「う……、あ……?」


 コウジが軽く声を上げたその瞬間、その声の波動はこの無限とも取れる空間に拡がった。


 すると空間には雲一つ無い夜空の星々の如く、無数の扉達が現れ、それぞれが光を浴び、静かに佇んでいるではないか。


 扉の一つからは、煤や汚れが目立つ、ぼろぼろの焦げ茶色のローブを羽織った人物がこの空間へ足を踏み入れた。


 彼の背後の扉からは、燃え盛る炎の熱気や人々の泣き叫ぶ声、それに鼓膜が破れてしまうかのような爆発音が聴こえた。

 

 しかし、彼が扉を重い音を響かせるながら閉めるとその喧騒は全て消え去る。


 男は、深く被ったフード奥の手入れのされていない銀色の前髪の隙間から見える、感情を削ぎ落とした黒い瞳で、この空間を漂う男児を見る。


 彼は歩みだした、この足場の無い空間を、足音一つ立てずに。

 

 そして二人はすれ違うが、その男は男児を目で追いその口を開く。


「やぁ、来たんだね。そして、また後程……」


 男児は、遠く離れた引き戸に漂っていくと、その引き戸は優しく開き、彼を吸い込んでしまった。


 潮風と潮騒が聞こえたのは一瞬だった。空間はまたもや無の音に支配された。


 ふと男は思い立ち、ローブから小さなリュートを取り出すと、その弦に優しく触れる。


 和音を一つ、さらに一つと音を弾ませた。


「皆様方。また、お会いしましたね。はたまた、初めてお目にかかります。私はロイン、『時空の旅人』」


 ロインはさらに旋律を進める。


 爪弾く音が弾む、和音を奏でる。まるで『時間』の概念が無い世界に、不可逆の『時間』を与えているかの様だ。


 すると彼は演奏の手を止め、リュートを空間に『立て掛ける』ように置くと、懐から束になった楽譜を取り出した。


 その楽譜の表紙には『Ⅱ』と明記してあり、彼はそのページをめくる。乾いた羊皮紙が擦れる音が空間に拡がる。


「それでは奏でましょう、私の『試練』の……。その、続きを……」


 ロインは楽譜をしまい込むと、傍のリュートを手に取り音を紡ぐと、優しく歌い出した。


「覇者よ 覇者 海の覇者よ


 そなたの願いは 愛ゆえに。


 魔王よ 魔王 魔石の王よ


 そなたの望みは 愛ゆえか?


 二つの想いの行く末は 愛する者へ届くのか」


 ロインは歌い終わると、また別の扉の前まで歩みを進める。錆びた鉄の蝶番を持つ金属製の重々しい扉だ。


 「それではまたお会いしましょう。この……『過去の……未来』で」


 彼は重いドアノブを回し、夜明け前の砂浜へと足を進めた。



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