一話
「……位置について」
5限目の授業中、教室の空気が張り詰める。 教壇では数学の老教師が眠そうな声で喋っているが、最上 瞬の耳には入っていない。
彼の視線は、黒板の上の時計に釘付けだった。 15時29分55秒。
「(二階堂、ルートは?)」 瞬が目配せを送る。
隣の席の二階堂が、教科書の端に書いたメモを指差す。 『南階段、2年生の集団下校と遭遇する確率80%。北階段、家庭科室からの火災報知器誤作動の可能性アリ。……窓だ』
「(窓だと!? ここは3階だぞ!?)」
「(安心しろ。下の植え込みはツツジだ。クッションになる)」 「(ツツジへの配慮はどうした!?)」
15時29分58秒。 教室の後ろの席で、早乙女 凛が靴紐を結び直した。「ッ」と短く息を吐く。彼女は本気だ。
15時29分59秒。 数学教師が「えー、では今日の授業はここまで」と言いかけた、その瞬間。
キーンコーンカーンコーン!
「「「ありがとうございましたぁぁぁぁッ!!!」」」
バタンッ!!(机を蹴る音) ダダダダダッ!!
瞬、二階堂、凛の三人は、教師が「起立」と言う前に教室を飛び出した。
「最上! 廊下は走るな!」 廊下の向こうから学年主任が怒鳴る。
「走ってません! 競歩です!」 瞬は腰を奇妙にくねらせながら、時速20kmの競歩で廊下を爆走する。
「二階堂! 前方に女子グループ!」 「計算通りだ……凛、頼む!」
「了解!」 早乙女 凛が壁を蹴り、女子グループの頭上を三角飛びで飛び越える。 「え、キャア!? 何今の!?」 「ごめんあそばせ! 今日のローソンは増量キャンペーンなのよ!」
三人は階段の手前で急ブレーキをかけた。 そこに待ち構えていたのは、演劇部の勧誘部隊だ。 「ねえ君たち! 即興劇やってみない!?」
最大のタイムロス、部活勧誘だ!
「くそっ、捕まったら長くなるぞ!」 「任せろ最上。僕が犠牲になる」 二階堂がメガネを光らせて前に出た。
「君たち、演劇とは何だ?」 「えっ?」 「人生という舞台で、僕たちは常に演者だ……そう、今この瞬間もね(イケボ)」 「す、素敵……!」 演劇部員たちが二階堂に群がる。
「行けッ! 最上、早乙女! 僕の屍(単位)を越えていけ!」 「二階堂ォォォ!! お前の勇姿、忘れない!(明日会うけど)」
瞬と凛は涙(嘘泣き)を拭いながら、一階へと駆け降りた。 残すは最大の難関、**校門**のみ。
そこには、竹刀を持った鬼神・鬼瓦先生が仁王立ちしていた。 「貴様らァ……廊下は走るなと言ったはずだァ……」
その威圧感に、一般生徒たちは足がすくんでいる。 だが、瞬はニヤリと笑った。
「早乙女、作戦『B』だ」 「了解。……見せてあげるわ、私の『本気(セールへの執念)』を」
凛がポケットから何かを取り出し、空高く投げ上げた。 それは、購買限定・激レア焼きそばパン(の袋だけ)。
「むっ!? 限定パンだと!?」 鬼瓦が一瞬、空を見上げる。
「今だぁぁぁぁ!!」
その一瞬の隙を突き、瞬は地面スレスレの低空スライディングで、凛は鬼瓦の股の下を側転でくぐり抜けた。
「ぬぉっ!? ……貴様らァァ!! 待ちやがれぇぇ!!」
校門を通過。 アスファルトの道へ出た瞬間、瞬は拳を突き上げた。
「タイム……2分58秒!! 新記録だ!!」 「ふぅ……これで揚げたてのからあげクンに間に合うわ」
夕陽に向かって走る二人の背中は、まるで全国大会優勝者のようだった。 ただ家に帰るだけなのに。




