最悪なはじまり 後編
会議は一時間を過ぎても終わらなかった。
アイデアの方向性ではなく、“前提条件”ばかりが議論される。
遥は資料を捲る手を止めず、頭の中では既に次の展開を計算していた。
(本音ではクリエイティブ案を早く見たいはず。だけど、信用が先……か)
その視線はふと対面の三嶋に触れた。
腕を組み、言葉を選ぶように沈黙している。
「……で、提案は以上です。ご質問等あれば」
遥がまとめると、ようやく三嶋が口を開いた。
「一つだけ。あなた、その案、本当に“売れる”と思ってる?」
挑発ではなく純粋な確認。
だが音が鋭い。
遥は一拍置き、顔を上げた。
「思っています。理由も説明できます」
その目を見返すと、意外にも三嶋は笑った。
「なら聞こう」
遥は淡々と根拠を並べ、競合比較と市場データまで重ねた。
途中で別部署の担当者が感嘆の息を漏らしたほどだ。
説明を終えると、三嶋は少しだけ椅子にもたれた。
「……なるほど。数字も消費者も見てる」
「見てます。感覚だけで戦えるほど甘くないので」
遥の即答に、三嶋は苦笑した。
「いいね。そういうのは嫌いじゃない」
それが褒め言葉なのかどうか、遥にはわからなかった。
ただ、会議はそこでやっと方向性が決まった。
会議室を出た瞬間、同僚の結城が小声で囁いた。
「はるか先輩……今日めちゃくちゃバチバチでしたね」
「普通よ。向こうの本気を測っただけ」
「いや普通じゃないですから……。先輩のそういうとこ好きですけど」
遥は気にせず歩き続ける。
しかし内心では——
(……少しだけ、楽しかった)
一枚カードを切って、相手の反応を見る。
仕事の駆け引きは嫌いじゃない。
午後、デスクに戻るとメール通知が光っていた。
送り主:三嶋玲央
「本日の提案、検討に値します。
次回、数字の裏付けとターゲット導線をもう少し深く議論したい。
——案件に妥協しないという前提は、変わらない」
結城が画面を覗いて目を丸くした。
「なんかツンデレみたいなメールですね!?」
「ツンデレじゃない。あれはただの圧」
遥は淡々と返しつつ、キーボードを打ち始めた。
「承知しました。
ただし、議論に値するかどうかはこちらも判断します。
次回までに資料更新します」
送信。
結城はぽかんとしたまま。
「……そういうとこがモテないんですよ先輩」
「余計なお世話」
しかし結城の言葉は少し刺さった。
遥は自覚している——
恋は不得意、仕事は得意。
どちらも器用にはこなせない。
会議室の奥の窓から、三嶋が遥の方を見ていたことに、遥はまだ気づいていない。
(やっぱり——面白い)
男は小さく呟き、視線を書類に戻した。




