浸透圧で殿下の心を柔らかくする
「夕ご飯ってニコラス殿下のですか?殿下は日が暮れると寝てしまうので、夕ご飯は召し上がらないと思いますよ」
「そうなんですか?アップルパイで明日の朝まで大丈夫なんでしょうか?」
「あんなに食べた殿下は久しぶりなので、多分朝まで持つでしょう」
「では明日の朝ご飯にもっと栄養のあるものを食べてもらいましょう」
私は冷蔵室に鶏むね肉があるのを見つけた。
ブレンダさんはそれを見て、
「殿下はこれはパサパサだから好きじゃないと食べないんですよ」
この国の肉は元々パサパサだけど、鶏むね肉ならどうなるのかとちょっとぞっとした。
「大丈夫ですよ、ブライン液を使って柔らかくしますから」
私は水に塩と砂糖を入れて混ぜて、ツボに入れそこに鶏むね肉を漬けた。
これで一晩置いておけば明日の朝に調理できる。
「この冷蔵室ってどう言う仕組みになっているんですかね?」
「地下に作られているので元々涼しいのと、冬の間に王宮の湖を使って氷を作り、一緒に貯蔵するですよ」
確かに奥の方に藁に包まれた氷が見える。
「これも“旅人”様からの知識だと聞いています。他にも塩の作り方も伝えたそうです」
それまで塩すらなかったのか。。大変だったろうな前回の転生者。
私とブレンダさんは明日の朝ごはんのレシピを話し合って、キッチンに戻ると大量のバターができていた。
シェフの皆さんで頑張ったみたいだ。
バターミルクもたくさんできていたので、バターミルクビスケットを作ったら、皆さんに好評だった。気がついたら一緒にエリックさんも食べてた。
「殿下と一緒にいなくていいんですか?」
「さっきのことで怒っているみたいで、部屋から追い出されました」
「あらあら、冗談もほどほどにしないと給料とか減らされるんじゃないですか?」
エリックさんは笑いながら、
「半分冗談で半分本気ですけどね。殿下に幸せになって欲しいんですよ」とビスケットを齧りながら言う。
今日の夕ご飯にとシェフの皆さんが作ってくれたスープという名のほぼお湯に近いチキンスープを飲んだ。チキンは。。口の中の水分を持っていかれるようだった。スープなのに。
次の日の朝、私はブライン液につけておいた鶏むね肉を茹でてみた。少しハムのようになり、しっとり柔らかい。
冷ましている間に卵と油でマヨネーズも作った。
マヨネーズができたならアレも作るか。
昨日作っていたパンはバターミルクのおかげか、ふかふかが増している。
パンを切って、片面にバター、片面にマヨネーズを塗って、鶏むね肉とレタスを挟んだ。
ヨーグルトはこの国にも存在したので、ヨーグルトに昨日のりんごジャムを入れて、あとはオレンジを絞ってオレンジジュースを作った。
私はちょっと考えて、4人分の食事をカートに乗せた。みんなで食べた方が美味しいものね。
私の周りでソワソワするトムさんとシェフの皆様には
「残りの食材は好きに食べてくださいね」と言ったら、みんな大喜びだった。
ニコラス殿下の部屋のドアをノックすると、ドアがバンと開いた。
「リナ!遅いぞ」
昨日の夜食べてないからお腹が減ったのかしら?
「お待たせしました。みんなで食べましょう?ご飯はみんなで食べたほうが美味しく感じるんですよ」
「リナも一緒に食べるのか?」
「そうですよ、今日はチキンのサンドイッチとヨーグルトですよ」
「え??チキン。俺は好きじゃない」
「美味しくしましたから大丈夫ですよ。ヨーグルトとオレンジジュースはサンドイッチを食べてからですよ。胃が空っぽの時には酸がきついですからね」
殿下はサンドイッチを見つめているがまだ食べない。
「では私は先に頂きますね」と食べてみせる。うん、ちゃんと柔らかくて美味しい。
「「水無しでチキンが食えるのか」」と殿下とエリックさんが叫んだ。
反対に水無しで食べられないチキンってなんだ。
「昨日から塩と砂糖で作るブライン液につけましたからね。浸透圧と言って、塩がチキンから水分を抜き、その隙間に砂糖が入るんです。砂糖は水を抱え込むのでお肉がしっとりするんですよ」
殿下はお腹が空いていたのか、サンドイッチにかぶりついた。
「うまい!チキンも柔らかいが、この白いソースはなんだ?」
「マヨネーズです。チキンと合いますよね。マヨネーズと卵でこっちも作りました」と私はたまごサンドを出した。
「ゆで卵とマヨネーズを和えた物です」
「ゆで卵か。。。」
なんだろう、こっちも神妙な面持ちだな。これも喉に詰まるパターンかしら。
こちらはエリックさんが先に食べて、うっとりしてる。
「これはもうこの美味しさを表現する言葉が見つかりません」
エリックさんはお皿に垂れたマヨネーズも舐め取りそうな勢いだ。マヨラーなのかもしれない。
ブレンダさんはヨーグルトを食べながら、いちごジャムで食べたいと呟いている。
いちごジャム。。作ってあげようかな。
「俺もいちご好きなんだ」と殿下がぼそっと言った。
私はその日のおやつにいちごジャムのサンドイッチを出した。殿下とブレンダさんは大喜びだった。
それから2週間、私は王宮の食事改革に精を出した。
それにはニコラス殿下とエリックさんだけではなく、シェフの方々も大盛り上がりだった。
ニコラス殿下もはじめは少しずつしか食べられなかったが、段々食べられる様になり、顔色も良くなり、少し体重も戻って来た様だ。
「リナーー、今日のご飯はなあに?」
そして殿下は私にだいぶ懐いてくれて、甘えてくる様になった。すぐに抱きついてくるし、今も私を呼びに来て手を握って、部屋に早く行こうと引っ張ってくる。
それを見るエリックさんの目は厳しい。
「殿下、未婚の女性にみだりに抱き付いてはいけません」
「リナはいいんだよ。リナだって嫌じゃないよな?」
私は殿下の頭を撫でながら、
「こんな美男子に抱きついてもらえて光栄です」というと、エリックさんはため息をついて、殿下は嬉しそうな顔をしている。
今日は出来た酵母で作ったふかふかのパンを作り、今日のお昼はハンバーガーとフライドポテトとオレンジジュースだ。
特にフライドポテトは大ヒットしたっぽい。私の分もあげようとするとエリックさんと殿下で取り合いになっている。
凄い勢いで食べ終わったニコラス殿下は
真剣な顔をして私に尋ねた。
「リナ、今夜は夕食を作ってくれないか?」
エリックさんとブレンダさんがびっくりした顔をしている。
「今日は起きてられそうですか?少し軽いものがいいですか?」
「いや。。食べるのは俺じゃなくて。。。。兄上の。。。ウイリアムと父上だ」
「え?お兄様とお父様って王太子殿下と国王陛下ですか!!!私の料理ではダメでは?」
「いや、大丈夫だ。父上も兄上もリナの料理を食べてみたいと言っていた。できるなら、前に作ってくれたようなチキンの料理をお願いしたい」
「殿下。。。よろしいのですか?」とエリックさんが聞いた。
「ああ、エリック。俺は決めたんだ」
どうやら、私の料理を2人がが気に入ってくれる事がかなり重要らしい。
「ニコラス殿下、私頑張りますね。国王陛下と王太子殿下に気に入って貰えそうな料理を作りますからね!」
私はキッチンに戻ると、また冷蔵室に行った。
目の前に鶏が一羽丸々ある。
ここのオーブンは私には使いこなせないし、トムさんに任せると水分は全てなくなる。
丸ごとの鳥をブライン液につけても、焼きすぎては意味がない。
何かチキンを包み、蒸し焼きのようにする。アルミホイルとかはないしな。
あ。。。あれにしよう。
私はトムさんにある物を頼んだ。
トムさんが準備してくれている間、私はニコラス殿下のおやつを作った。
今日は発酵が進みすぎた生地があったので、トマトソースを作り、生地を伸ばして上に塗る。そしてチーズをその上に乗せて焼く。
この国にチーズがあってよかった。私じゃ牛の胃袋から酵素を摂ってとか出来ないし。
チーズピザかなり好評で、殿下もよく食べてくれた。
ソースがほっぺについていて、可愛すぎる。
私の夕ご飯をいつかニコラス殿下にも食べてもらいたいな。
本当は鶏ハムを作らせてたかったのですが、ラップのない世界でどうやって作るのかわからず断念しました。
ちなみにこちらでよく食べるターキーは白身がパサパサしがちで、私は苦手です。私の焼き方がダメなのかもしれませんが、5-6時間焼くのでどうしてもパサつきがあり、口の水分を持ってかれます。




