果物ゲル化でおやつを作る
私は本当にこの国の第2王子ニコラス殿下の侍女になったらしい。
「良いんですか?私はこの国の知識とか何もないですよ?」とエリックさんに聞く。
「かえってそれが良いのかもしれません。殿下は1年前にかかったある呪いのせいで、食事も満足にとれず、病気がちになり、今ではこんな姿になってしまったのです。こんなにお食事をされるのは本当に久しぶりなんですよ」とエリックさんが悲痛な面持ちで言う。
呪い?魔法とかある世界なのかな?
確かに殿下は顔色も悪く、腕も折れそうに細い。
まあこの国の食事は呪いがかかってなくても食べられないと思う感じの不味さだが。
「では食事を中心にお世話させて頂きます。とりあえずこの国のパンをなんとかしましょう」
「よし、そこのお前、リナの手伝いをしろ」と殿下は赤毛のシェフに命令する。お名前はトムさんと言うらしい。
「じゃあなリナ、俺は部屋に行く。ランチはもうこれでいいから、3時ごろにおやつとお茶を頼む」と言って殿下はエリックさんとキッチンから出ていった。
「。。。。じゃあトムさん、よろしくお願い致します」
「はい、こちらこそ“旅人”様」
「リナって呼んでくださいね?その名前にちょっと慣れないので。早速ですが、りんごってありますか?あとガラスの入れ物」
「は!はい!持って来ます」
私はトムさんに瓶の煮沸消毒を頼んで、その間にりんごを切っていった。皮と芯を瓶に入れてお水と砂糖を入れ密閉する。これは暗くて少し暖かいところに置いておく。
これでうまくいけば天然酵母ができる。
じゃあ残りのりんごは、鍋で煮詰めますか。
「りんごを調理するんですか?そのままでしか食べた事がないです」
「ええ、りんごはペクチンが豊富なのでジャムにしやすいんです。砂糖とレモンをお願いしてもいいですか?」
鍋の中のりんごに砂糖を入れると水が出て来て、煮詰めるとドロドロになって来た。そこでレモン汁を入れてさらにゲル化を促進させる。
「いい匂いですね、りんごがこんなになるなんて」とトムさんも周りのシェフも興味深々だ。
「味見しますか?パンがあれば持って来ていただけますか?」
パンを切って焼いて、ジャムをつけてみんなに食べさせる。
「なんだこれは、パンがカリッとしているところにこの甘いものが凄く合う」
「酵母ができればパンがもっとふわっとするのでもっと美味しいのですが、酵母ができるだけでも数日かかりますし。あ、あれは何を作っているのですか?」
「パンですよ。小麦粉に水とあの粉を入れて作るんです。ふくらし粉と言うんですが、前回いらした“旅人”がもたらしたと言われてます。川の近くにある岩壁から取れる石を砕いた物なんですよ」
トロナ鉱石かな?と言う事はこれは天然の重曹だ!
「初めは石をパンに入れるなんてとびっくりされたみたいですよ。でもパンが柔らかくなったのでみんな使い始めたそうです。“旅人”様は色んな知識をもたらしてくれるんです」とトムさんは私をキラキラした目で見ている。
「こ。。これは私の知識ではなく、誰かが発見したもので。。」
「でもそれを伝えるために、リナ様はここに来てくださったんですよね?」
そ。。。そうなのかな?
「どうせならアップルパイを作りたいので、バターを作りましょう。牛乳はありますか?」
「ええあるんですけど、やや時間が経ってるので、上に黄色いものができているかと。今、混ぜてきますね」
「あーーーーダメですその部分がいるのでそっと持って来てください」
私が牛乳の上に浮かぶ脂肪分が豊富なクリーム層をそっと取り、煮沸した瓶に入れる。
「ではこれを分離するまでふります」
「え?振る??」
トムさんは半信半疑ながらも全力で振ってくれた。
そのうち水分と脂肪分が分離してバターができた。私はこの無塩バターを小麦粉と混ぜてパイ生地を作る。
「その残った液体はバターミルクと言ってパンに入れるともっとふかふかになりますよ」
私はその間にまたりんごを煮詰めて、今度はアップルパイ用にりんごを少し残す様にした。作ってもらったバターでパイ生地を作り、型に詰めて中に煮詰めたりんごをいれてオーブンで焼く。焦がさない様にずっと見ていたが、薪のオーブンの火加減は難しい。
アップルパイが焼けた時はちょうど3時ごろだったので、ニコラス殿下の侍女のブレンダさんと一緒に殿下の部屋へ行く。
「ニコラス殿下、おやつの時間ですよー」
殿下は私たちを見ると駆け寄って来た。
良い匂いがすると、パイの乗ったカートの周りをぐるぐるして可愛い。
「皆さんで食べましょう」と私が切り分ける。
「甘酸っぱくて美味しい!この周りの部分も美味しい。さっきのバターの味がする」
「そうなんですよ、またバターを作って生地に入れたんですよ。バターはシェフの皆さんにもっと作って貰ってますからね、夕ご飯のパンと一緒に出せますよ」
「リナさん、この中身はりんごですか?」エリックさんもモグモグ食べている。
「そうですよ、りんごを砂糖と煮てレモン汁を入れるとこうなるんです。他のフルーツでもできますよ。今回はアップルパイなのでりんごを残してますが、もっと煮詰めるとこんな風にパンに塗りやすくなるんです」と私は別に作ったりんごジャムを見せた。
「そうなんですか?私でもできるかしら?うちの娘はイチゴが好きなんですが、時期が終わると食べられないから」
「いちごでもできますが、固まりづらいので砂糖とレモン汁を少し多めがいいです。ジャムはきちんと消毒した容器に入れて蓋を閉めれば、長く保存できますから、多めに作るといいですよ」
ブレンダさんにレシピを教えると、家に帰って作るのが楽しみだと大喜びだ。
殿下はなんで果物が溶けるんだ?とりんごジャムを見て呟いている。
「それはですね、果物の中にあるペクチンと言う物資が温める事で水分と一緒に溶け出すんです。そこに砂糖やレモン汁(酸)を入れるとペクチン同士がくっついて、ドロっとするんです。リンゴや柑橘類はペクチンが多いので作りやすいんですよ」
「リナの話は学者たちより面白いな」
「おやつってご褒美があるからですかね?教科書で読むより、実際にお料理と言う現象で見ると覚えやすいですし、私は子供達にそうやって勉強を教えていたんです」
「そうか、俺にも色々な物を作って教えて欲しい、呪いのせいで色々諦めていたんだ。でもリナのご飯を食べると力が出るんだ。体力がある程度戻れば、呪いを解く旅にも出られる」
こんな小さい子が呪いを解く為に頑張っているなんて、私も出来る限りのことをしないと。
私はつい殿下を抱きしめてしまった。
ちょうど身長的にに私の胸のあたりに顔が来て、苦しかったのかバタバタしてる。
「おい離せ!!」
殿下の顔は真っ赤だ。苦しかったのかな?
「すみません、不敬でした?」
「いや。。良い、でも俺にも心の準備があるので突然するな」
「リナ様、殿下はあまり女性と触れ合う事がないので免疫がないんですよ」とエリックさんが私にウインクをした。
「余計な事を言うな、エリック」
「いやー胃袋を掴まれるって言う言葉の意味がわかりました。リナ様は婚約者はいらっしゃいますか?」
確かにあの料理じゃ胃袋は掴めないな。。
「私の国ではこれぐらいの料理は誰でもできますよ、私は男性にモテた事ないので婚約者もいません」
「そうなんですか?こんなに可愛らしいのに。リナ様、女性に年齢を聞くのは失礼ですが、おいくつですか?」
「私ですか?22です」
「は?お前成人してるのか?だからあんなに。。。」殿下がびっくりしてる。
「ええ、数年前に。今は18歳で成年ですし」
「リナさん、この国では成人は16歳です」
「え?流石に私は16歳以下には見えないでしょう」
エリック様はにっこりしながら
「いえいえ、リナ様は可愛らしいので歳よりお若く見えますよ。リナさんの事を知ったら、みなさんすぐに求婚してくるでしょうから、その前に」
「おいエリックいい加減にしろ!」
「おやおや、殿下はまだ小さいですからね。大人の会話には入れませんよ。
エリックさんは殿下ほどではないが、中性的な美しさがあり、こんな質問ばかりされたらドキドキしてしまう。
なんだか2人が微妙な雰囲気になって来たな。。とりあえず逃げよう。
「では殿下、私たちはこれで失礼します。また夕ご飯の時に」とブレンダさんとそそくさと部屋を出る。
「なんなんですかアレは?」と私がブレンダさんに聞くと。
「エリック様は殿下を揶揄ってやる気にさせるのが好きなんですよ。殿下は呪いにかかってから、人生を諦めてしまった所があって、食事も取りたくないとあんなに痩せてしまってたんですよ。だからエリック様は殿下が何かに興味を持って食事を取ってくれるのが嬉しいんだと思います」
なるほど、殿下を揶揄ってやる気にさせたかったのか。
「エリック様は腹黒い所もありますが、献身的で素晴らしい方ですよ。あんなに嬉しそうな顔を見たのは久しぶりです。呪いにかかってから皆んな辛い思いをしているので」
そうよね、お使えする殿下が呪いで苦しんでいるんだものね。
「さてと夕ご飯はどうしましょうかね」
このパンの事を書いた時に数年前に作った北米の原住民のパンを思い出しました。バノックと言って小麦粉とオートミールを混ぜたものを焼いたり揚げたりします。出来立てははまあまあなんですが、冷めると石のようでした。イーストって大事。




