8 情報提供(出張)いたします
昨日約束した通り、アイギースとは南橋で待ち合わせしている。
「だからさ、やっぱり努力に関わりのない不公平感がダメなんじゃない?」
「そ、そうか?」
アタシの意見にリビュートが濃緑の眉根を寄せる。アイギースと約束してるのになぜリビュートと一緒に歩いているのかって?ふふ。これは後程効いてくる。話題は先日アタシも関わった市の揉め事に付いて。街道市の朝の揉め事は毎日のお約束で、昨日などはケガ人が出る程だったらしい。都門が開いた途端の場所取りダッシュや、まだ暗い明け方の順番待ちの列でも揉め事が絶えないのだそう。以前には門から竜車を急ぎ走らせた所為で横転、荷のエール樽がぶちまけられる惨事になった事もあるのだとか。そこを管轄するのが市担当の衛士の仕事とは言えリビュートの苦労は察せられる。
「公平感があって揉め事にならんようにするにはどうすれば……」
ぼやく。が、揉めるのも分からなくはない。持ち込む商品の良し悪しや値段は当然だが、出店場所で売上が大きく変わるからだ。でもアタシも思ってましたよ。いい大人が毎日同じことで揉めるのはどうなのって。
「籤引きにすればいいじゃん」
籤ならば後先関係ない。
「前日夕方までに翌日分の場所を決める。門の外で早朝から並ぶ必要もない。五の鐘までに来なかったらキャンセル。誰が使ってもいい、とかね」
リビュートが腕を組んで考え始める。どのように籤を引かせるのかとか、そもそも出店場所をどう指定するのかとか、だよね。
「出店場所が多すぎるって言うのなら、ゾーニングするのも手だよね」
「ぞー…?」
「業種で区切るんだよ。篭の店だけとか布の店だけとかで固める。街道でも北大路に折れる辺りなら細工物屋、中の大路に接する所なら食材とかね」
北大路には職人街があって出店ではなく常設店も指物や仕立てととりどりだ。幾つかの店で品物を比べて、やっぱりあっちにするかなんて何往復もすることになる。
「アタシが出前の仕事するとき食べ物屋さんがあっちこっちにあって大変なんだ」
だからこそ出前が成立すると言うのもあるけれど。
「勿論、買い物してる途中に飲み食いしたくもなるから、一定数他業種も混ぜたりとか。自分の家の前だからここが良いって人もいるだろうから、そこは融通を利かせてね」
気が付くとリビュートは立ち止まってしまっていて、アタシだけが先行していた。慌てて戻る。一緒じゃなきゃ意味ないのよ。リビュートがまじまじとアタシを眺めた。うふん。
「まあ、そこで問題になってくる、と言うか当然予想されるのは出店権利の売買だよね。これにちゃんと対策して初めて公平性が保たれる」
「前」でもあった。チケット購入後の転売。こちらでありそうなのが身分による忖度や賄賂。本当に出店したい人なのかどうかの身元確認や一人一回の籤かどうか。次々とポイントを指摘しておく。
「……クロノ、お前……」
はい、南橋到着。これはアタシの稼ぎを預ける人を増やすマイ貯金箱計画の一環なのだ。ちょっといいトコを見せて興味を持ってもらう。アイギースの時は切羽詰まっていたのがあるから、賭けに近かった。リビュートには小まめにアタシのお願いをきくと益があるってところを見せておこう。マイ貯金箱に関してはアタシの親が引き出せない相手というのが重要で、その点衛士というのは好都合なのだ。さらにはもう一つ。本日の予定に関する保険でもある。朝一で木札を預かるためにリビュートと顔をあわせた時に可愛らしく言ってみた成果だ。
「アタシ、今日は市で仲良くなったオッチャンと都門の外に行くんだよー」
リビュートはぎょっとした顔でアタシを眺める。
「……その…オッチャンはお父さんかお母さんの知り合いか?」
「違うよー。西都の人じゃないって。よくお使い頼んでくれるの」
魚人だからね。無邪気に笑って見せます。
「………怪しい奴じゃないのか?」
明らかに連れ去り等を警戒している。んー?と小首をかしげて「分からなーい」をアピール。その不安そうな顔、イイネ。
「南橋で待ち合わせてるけど、一緒に来る?」
つかみはオッケーでしたわ。
衛士と共に歩いてきたアタシにアイギースは目を丸くした。アイギースも全面的に信用している訳ではないんですよ。お代は請求するけど。アイギースが軽く礼を返そうとして二人同時に固まった。
「…連れ去りって訳ではなさそうだね」
「…嫌ですよ。人聞きの悪い」
何だ?知り合いか?アイギースは商人でリビュートは街道市の衛士だから顔見知りでもおかしくはないけれど。リビュートが訊ねた。
「この人数で?」
「ディオとは喧嘩中だから」
これ以上は増えようがない。
「この子が難民の兄妹をお使い業に誘うそうなのですよ。だが、門の外に子供一人では行かせられない」
リビュートはアタシとアイギースを交互に見て
「そうなのか?」
アタシに聞く。
「そうだよ」
実際はアイギースの情報収集の一環だが、名目はそういう事になっている。それでもリビュートはアタシ達を見て躊躇っている。先程の脅しが効き過ぎたらしいな。
「……何かあった場合が…」
「無事に都門の内に連れて戻りますよ」
ほほほ。その一言と目撃証言が欲しかったのだ、アタシは。別れ際に耳打ちされる。「何かあったら言うんだぞ。後で話を聞くからな」
別れてからアイギースがぽつり。
「信用ねえな」
「当たり前じゃん」
万が一の連れ去りに対して保険を掛けない訳がないだろう。右手を差し出す。
「…容赦ねえし」
出張料がかかるんだわ。
「昨日はありがとうございました」
今日はこちらが嬉しくなるような笑顔。黒髪兄妹を連れて帰った桃色髪はヘスティアと名乗った。難民達の代表者の娘だった。アタシ達が来ることは分かっていたからだろう。洗濯までは出来なかったのだろうが南方風の帯をしているし、顔や手の汚れは落とされていた。髪もきちんと髪布の内に納められている。ちらっとアイギースを見る。お?さては昨日は気付かなかった彼女の容姿にようやく気付いたな。
(はーん)
遅えよ。男って見た目に弱いよな。人種が障害にならないのは結構だが、アタシの信頼は何%か失われたぞ。ヘスティアの方は引き続き感謝モード。彼女の昨日の振る舞いを思い出すに悪い娘ではないのだろう。こんな状況にもめげない健気さ、纏う陽の空気、その容姿と相まって、如何にもアタシの苦手な光属性だと思う。ふーん…、いや、偏見は良くないね。
椅子は無い。父である難民の代表者に会って欲しいと先導された先は、布を渡した木の下だった。都門からはかなり離れ、西都を囲う城壁が山に飲み込まれるほどの場所の野営地。良い環境にない事は一目で分かる。騎竜の居ない竜車が三台。布で囲ったあれは便所だろう。やはり斜めに布を張っただけの木の根元に人が横になっている。その辺りの石を積んだ竈。水場は無いがどうしているのか。野生動物が寄っては来ないのか。木の根に寄り掛かる形で初老の男が身体を起こしていた。枯れ枝のような手足。日焼けではない土色の顔。一目で分かる。死相だ。この人はもう長くない。
「子供らがご迷惑をかけたそうで」
立ち上がろうとするのをアイギースと二人止めようとすると
「いや、近寄られてはなりません」
制止された。シャツの上からでもカエルのように腹が膨れ上がっているのが分かった。アタシはそれを「前」でも見た事がある。酒飲みだった前世の父は肝臓を悪くして腹に水が溜まっていた。それが同じものならば「今」の世では手の施しようがないだろう。
「伝染るやもしれません」
ヘスティアも間に入って立礼はやめてもらったが、肝臓の病気なら輸血でもしなきゃ感染はしないんだけどね。
「あの子達に仕事を与えてくださると聞きました」
今日の来訪はアタシの仕事の手伝いを頼むことが名目になっている。アタシとしてはアタシの親に付け込まれやすいディオ以外の人手を増やしたいところ。黒髪兄妹は放って置くとまた短絡的犯罪に手を染めかねない。また狙われるのはごめんだし、西都内の浮浪児や下街のほかの子と違い、住まいと親を押さえておけば制御できると踏んだ。アイギースにとっては国境周辺の様子を正確に知ることが出来る。そんな訳で道々打ち合わせはしてきた。
「昨日知り合った子達と一緒にお使いのお仕事をしてもいいんだけど、ちゃんと相手の事を知らなきゃ駄目だってアイギースのオッチャンが言うんだ」
受け答えはアイギースに任せる。
「そういう理由で少々話を聞かせて頂こうかと」
辺境の地で実際には何があったのか。そしてその真偽を。
度々洪水をおこし年月に流れを変えてきた中規模の川向うは隣国。砦一つだけが、この国の境であることを示している、そんな土地だ。辺境だから魔物は出る。未開の大森林からは距離をとった海側だけが人間が住まう場所で、魔物を避けながら暮らしてきた。これを広げる。それだけの予定だった。元々は湿地帯だが堤と水路を設ければ、東の果てから伝わったイネという作物を育てる事が出るのだと言う。堤や水路の建設、耕作地の区画から開拓が始まった。そこは主に牛型の魔物の生息域だったが、領兵を入れて魔物を狩り減らした。なるほどイネは育った。馴染みのない作物としては上々。じきに税も払えるようになるだろう。
風向きが変わったのは季節外れの風邪をひく者が出て来てからだ。熱、下痢、嘔吐それに伴う体力の低下。寝付いたまま起き上がれぬものが出て分かった。ただの風邪ではない。長く患ううちに一様に下腹部だけが大きく膨らんでゆく。奇病と言うよりなかった。森に近いという事で蚊が齎すという熱病を疑ったが、それにはない腹の膨れが異様だった。治療も解熱、利尿作用のある薬を飲んでも一時的な効果しか得られない。原因不明の病気。
その因を求めて調べもした。可笑しな物を食べたのではないか。身体に影響がある場に立ち入ったのか触ったか。が、食物も住処も仕事や作業していた場も、男も女も成人も一〇代の子供らも共通項を見つけることは出来なかった。
毒の土地ではないのか。
「呪い」
その声が出始めたのは開拓地の近隣地域からだった。近隣には古くからその湿地帯には立ち入ってはならないと言い伝えがあったのだ。その時になって近隣からは開拓と移住を希望する者が農奴以外ほとんどない事に気付いた。
「神に見放された地なのだそうです」
奇病で人手が減った事で魔物に襲われたり、また討伐や移住者を募ったりと幾年か過ぎた。だが奇病は無くなる事は無かった。一度患うとそれが癒えることはない。長患いの末に死ぬ。
「働き手が減る中、辺境領に所縁のある塔の御方のご助力もあったのですが」
それも実らず。
初めて耳にする単語にアイギースの服を引っ張る。
「塔って何?」
「加護に関する事だな。また後で教えてやるから…」
これでは本当に5才みたいだな。アタシの常識そのレベルか。
そうするうちに
「魔物が」
魔物が出ることは覚悟していた。村の男達だけではなく領兵もいる。ところが、
「その雷牛が人を喰うようになったのです」
しかもただの雷牛ではなかった。
「その魔物は一部人の姿をしていたのです」
黒髪兄妹が言っていた奴だ。頭部だけ。或いは胴が人で二足で歩く。あまりの悍ましさに気がふれる者まで出た。
「人牛、と呼んでおりました」
これが好んで人を襲う。一部が人だからか、まるで人のように知恵が回った。砦の兵は増やされ、領兵の巡回も始まった。西都からの派兵もあり、幾度か狩る事も出来たが、被害は無くならなかった。
何度も開拓中止の嘆願をしたのだと言う。しかし領主もその縁者だと言う領主代行も土地を捨てることを許さなかった。開拓地には開拓を請け負う契約をしたヘスティアの父のような請負農夫と領主や領主代行が有する農奴がいる。請負人の中には逃げる者が出始めた。農奴は逃げることが出来ない。土地を捨てれば処罰の対象になる。壊れた堤は溢れる事もあり、ろくに作業も出来ぬままの農地は荒れ、そして、その困窮の中でも奇病にかかる者が増えていた。
「……もう無理だと」
その中でヘスティアの父もその病を患った。ヘスティアの父は処罰を覚悟で西都に住する領主へ直接願い出ることにしたのだと言う。奇病を患う患者の一部も。最早この病は治らない。直接領主に願い出る事で自分たちが罰せられるから、残った家族を、まだ彼の地で耐えている人々を他所へ移らせてほしいと。西都へ赴いたのは四世帯十四人。内患者が五名。一人は道中死んだ。主に西都に縁があり、そのまま職を得ることが期待できる者と最早彼の地では死を待つばかりの者。唯一の家族が患者である黒髪兄妹は後者だった。
西都では領主の館へ使いは出した。が、一度使者と食料を幾らか寄こしただけで「開拓地へ戻れ」と伝えられた。病者には戻るだけの財も体力もなかった。そうして今も疫病ではないかと門の外へ留め置かれたまま、直接請うこともできず死を待っている。
「どうか伝手のない者たちを、子供らを頼みます」
起きていられなくなったヘスティアの父の前を辞して溜息。ヘスティアが「何もありませんが」アタシ達を竈へ誘う。その父には聞こえぬように背を向けたままヘスティアは言った。
「父の考えとは別で、私達が西都へ赴いたのは、ここに治癒の加護ある御方がいるからなのですよ。治癒師は解毒が出来ると言うから」
「治癒師は高かろう?」
金さえ積めば治る病もある。ただし、高い。貴族ではないのだ。神の加護による治癒を利用するのは余程の場合とアタシも知っている。
「ええ。父の財では足りずに姉が身を売りました。治癒師、薬師の御方にここまで足を運んで貰いましたが」
光属性の娘はその時だけ寂しげに笑った。
「それでも治らなかったのです」
ヘスティアには姉が居たらしい。今はその代価の残りで食いつないでいる。娘達は父さえ助かればと思い、父は娘やほかの者たちのためにその死を使おうとした。どちらも上手く行かなかった。財も家族も失われた。アタシには縁のない家族愛って奴だが、どうにも救いのねえ話。この世はクソ。料金分の役割は果たしたが、何とも言えない気分だけが残った。
白湯を頂いていると様子を窺っていた黒髪兄妹が寄ってきた。
「昨日の子だー」
どんな場でも良いものを見つけることが出来る才能で黒髪妹は嬉しそうだ。この子の光はまだ失われていない。兄は…手遅れ気味。生まれた時は全ての人が光属性で、歳を重ねるとすり減っていくのかもしれない。性善説なんてアタシらしくもねえけどな。脇ではヘスティアが「こんなにたくさんの支援を頂きまして…今日は病人にも子供たちにも食べさせてあげることが出来る」泣き笑いの顔をアイギースに向けている。アイギースが背負ってきた木箱の中身は食料品だったらしい。ここへの手土産としてはベストチョイス。んん?なあに、その雰囲気。じゃ、アタシも子供らしくここは邪魔しておくか。
「あー、そういや、さっき話に出てた塔って何?」
「塔にはね、神様の加護がある人が居るんだよー」
人よりも知っていることがあるのが嬉しい黒髪妹が答える。神の加護ね……本来の意味でもそんなものとは無縁そう。アイギースが教えてくれた。
「塔ってのはな」
どれ程前の話かは分からない。神の加護を授かったが、その力のあまりの大きさを憂いて大森林に隠棲しようとした者があったと言う。彼は一つの塔を建て、そこに住まった。やがて彼の縁者、彼を慕う加護を持つ者がその地へ渡るようになる。そこでは加護の利用や研鑽、その記録が積み重ねられ、年月と共に塔は村から街へ、都市へと変じてゆく。塔の存在が知れるようになると、その時々の為政者は神の加護を我が利にせんと塔を目指した。塔は原初の志のままにそれに屈する事は一度もなかった。その名、アトランティア。
「超国家機関って事?スゲー!ってかその名前、メッチャそそる!」
加護による知識や技術に支えられ、塔は他所の地域では考えられないような発展を遂げているのだそうだ。
「二新月の夜も明るくて」
電気照明?
「遠くの人と話す技とか」
ケイタイか?
「騎竜が居なくても走る竜車とか」
車か電車?
マジか!そこまであるなら絶対ある!アタシが欲しいもの、それは上下水道!捻れば出る水に臭くないトイレ!この際、簡易水洗でもいい!いや、マジでトキメいた!
「スゲー!君ら、どうせ住んでた所を出るのならアトランティアを目指した方が良いじゃん。アタシもそこに行く!」
と言うと笑われた。
塔はその発展の過程で住民を加護を持つ者に限らなくなったが、原則的に閉じた街。生産も経済もその内で完結していて、行き来はできないそうだ。鎖国だな。原則とはアトランティアは加護のある者を今も受け入れており、各地で生まれた加護持ちや高い地位を持つ者などは留学が許されていると言うのだ。ん?そう言えば、ヘスティアの父の話に塔の人が辺境に助力っていうのがあったよね。塔、アトランティアの人は病気を治したり魔物を倒したりは出来なかったのか。聞いてみた。ヘスティアが目を落とす。
「辺境領に所縁ある御方でしたが、人牛に襲われて……」
「……加護って万能じゃねえんだな」
「ええ」
加護は加護に過ぎず、人の身は神の身にあらねば。
アイギースと二人の帰路は足が重かった。彼らが嘘をつく必要もないので、国境の事情は概ね分かった。アイギースの任務は完了だな。開戦準備など事実無根、寧ろそれどころではない状況だから国際情勢の懸念もいずれはれるだろう。だけどさ、はれないものもある。アタシも結構クソな人生送ってるけど、難民の人達も救いのねえ事になっていた。上下は無いだろうが、どちらも誰にもどうしようのない事ばかり。
「クロノ、本当にあの兄妹を雇うのか」
「まあね。でも一時的な小遣い稼ぎならいいけど、あれは大人の仕事じゃないよ」
この先、患者である母親を抱えて黒髪兄妹が食べてゆくには難しかろう。西都の住民権を得るためには一年の勤務実績と保証人である西都住民が必要になる。未成年でお使い業のアタシでは両方無理だ。アイギースは考え込んでいる。何とかしてやりたいの?しかもその様子だとヘスティアや黒髪兄妹だけじゃなく四世帯分、下手したら辺境開拓地の事まで考えてない?無理じゃね?ってかアイギース、甘すぎる。現地の情報収集はもう問題ないだろうに。アンタは水上都市に帰る身なんだぜ?
「アイギース、世の中の全てを救う事なんかできないよ」
アタシ達は神様でも伝説の勇者でもない。貴族やそこの領主でもないのだ。自分一人の事ですらどうにもできなくて毎日を喘いで暮らす。
「金も時間も人にも限りがある」
世の中は混沌として、貧困と格差と理不尽に満ちているのだ。それが道理。だが、アイギースは言った。
「だからさ、機会だけは全ての人に在って欲しいと思うんだ」
アタシは口を閉じた。相手がアイギースで無かったら、スレたアタシは何青臭い事をと思ったに違いない。が、そういうアイギースでなければ、アタシにも関わろうとはしなかった筈だ。アイギースだって他国の情勢を探るような立場だから綺麗事ばかりではないだろう。でもさ、この人の本質は真っ当で正しい善い人間なのだと思った。ため息。確かにさ、アタシだってものにできるかどうかは別にしても、機会さえあればって思ってきたもんね。そりゃあ、もう「前」からずっと。今、ヘスティアをはじめあの子達がそう願っている。聞こえるかどうかの声でアイギースが呟いた。
「彼らにメーティスの助けを」
メーティスは知恵の女神。この場合、神のお告げを指す。どうか窮余の策であっても、と。何処かに居ると言う神様は助けてくれたりしないのをアタシは「前」世から知っている。ただ、アタシは神様じゃなくてアイギースに手を貸してもらった。だからアンタが望むなら。
「口だけなら出せるけどな?」
非才なる身というよりは、5才なる身に出来る事なら。




