7 情報提供(有料)いたします
話し込んでしまった所為で今日はかき入れ時を逃してしまった。失った分を取り返せるよう「出前注文承りまっす!」声を出しているのだが、これがなかなか。「今日はもう食っちまったよ」なんてお断りもあり、ディオの奴あれからアタシと目をあわせもしないから「赤髪青髪ケンカでもしたかー」顔なじみが揶揄ってくる。街道市は昼時の熱気が薄れて人がまったりと流れてゆく。完全に出遅れました。まあ、そんな日もあるかと思いなおす。よくよく考えなくてもクソみたいな現状は最初から、いや「前」世から変わっていないのである。改めてショックを受ける事もない。アタシに出来ることと言えば、これ以上資産を減らされないように対策を練る事。問題はコイツだな。アタシの最大の弱点であり、今まさにその仏頂面で営業妨害してやがるディオ。アタシらの商売、可愛さがウリよ?
「……クロノ」
漸く顔を上げたディオはまだ口をへの字にしたままだ。怒ってるんだぞってところかな。まあ5才には少々難しい話だったとは思う。お前とは相容れないと言うのなら仕方がない。ディオがぶすりと言った。
「……水上都市って何だよ!」
………………………?
「お前、魚人と水上都市に行くのかよ!俺と結婚するんじゃなかったのかよ!」
え?そこ?ってか、何時結婚の約束したことになったんだ?交際もしてないのに?何故お前は束縛亭主みたいになってるんだ?えええ?立ち止まるどころか拳を握りしめた仁王立ちになってしまったディオが人の流れを遮っている。
「……いや、ソコじゃなくてですね……まずは邪魔になってるから脇に寄ろうよ」
ディオの腕を捕って横道に入る。
「ソコじゃなきゃ何なんだよっ!」
幾らも行かぬ内にディオはアタシの手を振り払った。プイッとアタシに背を向ける。えええ?ナニコレ、痴話喧嘩?いや「前」世込みで初めてだわ。これってどうすりゃいいの?一本入っただけで人通りはほとんどないから迷惑はかけないだろうけど。狼狽えているアタシって不倫がバレた女みたいになってない?5才よ?そんなこんなで動揺して周りに目がいかなくなっていたのは確かだ。
「!」
後ろから抱えあげられて「え?」瞬きする間に「え?」裏路地に引き込まれた。全く何が起こったか分からない。声をあげる間もなかった。
「金出せ」
壁に押し付けられて漸くそこが裏路地だと気付いたくらいだ。アタシが動くまでもなく首から下げた小袋を引き出されてしまう。首が絞まる。と、これもまた突然右側からの衝撃で壁に頭を打ち付けた。
「痛っ!!」
頭を押さえて座り込んだ自分に気付いてがばと顔を上げる。アタシを押さえ込んでいた相手は――――
「おまっ、えがっ、クロっ、ノをっ」
ディオにボコボコにされていた。息継ぎするたびに拳が入っているけれど、もう伸びてね?相手はアタシ達よりも大きいがまだ子供だ。黒髪の、貧民でもここまでじゃないと言うくらい薄汚れたそいつは、がりがりに痩せていた。身長差で負けているディオに吹っ飛ばされる位。多分、アタシが壁に押し付けられている時に受けた衝撃はディオが突っ込んできたそれだったのだ。漸く状況は解したが、うーん……ちょっとやりすぎ。ディオの奴、八つ当たりだよね、それ。「ディオー」まだブチ切れたままのディオに声を掛けようとすると、
「お兄ちゃんを離せー」
今度は路地奥の物陰から黒髪の女の子が飛び出してきた。これもまた小さいわ痩せてるわ。西都に浮浪児もいるけれど二人共見かけた事は無いと思う。女児はうわーんとか大泣きしてるし、お兄ちゃんとやらは鼻血出して動かねえし、ディオは「だって!こいつがっ!」威嚇してるし、被害者アタシじゃなかったのかい?あー、もうカオス。何とかその場を収めたのはアタシだ。これ、間違ってるよね。もう一回言うよ?被害者アタシよ?
「……腹減って」
黒髪兄は兎に角言葉が足らないタイプだった。妹の方はアタシよりもやや年齢が下。こちらは年相応で話にならない。よってこれはアタシが二人から聞き取って要約した内容になる。アタシも色々あるけれど、これが結構な話だった。
兄妹は難民だった。しばらく前に西都に辿り着いたそうで、アタシも噂に聞いた奴だな。共に西都へ流れてきた者の中に幾人か病に伏している者があり、疫病を疑われて門の内に入れて貰えないのだと言う。家族に患者がいれば自分だけ西都の内に入る訳にもいかず、難民たちは場外で野営しているのだ。医療も十分ではないこの社会、疫病対策と言ってもいい加減なものだから完全隔離ではない。健康に問題のない大人は西都の内で日雇いの仕事をしているらしい。が、こいつらの年齢では伝手があっても難しいだろう。手持ちの食料も尽き、街道市を彷徨してみたが物乞いにも縄張りがある。彷徨う内にアタシ達に目をつけたらしい。齢はそう変わらぬのに駄賃を貰っている。奪ってやろう、と。アタシ5才だし、弱そうだもんね。で、ディオに返り討ちにされたって訳。
「難民ってさー、住んでたところって何があったのさ?」
この国の東南端、辺境領の開拓地の話である。魔物が出た。これが開拓地に入り込んでは人を喰らう。辺境領の川向は隣国。国境砦の兵、辺境領主の領兵にも被害が出た。辺境を治める領主が国に申し出てこの西都からも兵が送られた。それでも状況は改善しなかったのだと言う。
(あー、これかー)
アイギースが国情を窺ってるやつだわ。隣国からは何故兵が集まっているのか分かるまい。辺境領がヤバいのは納得は出来たが、さて。
「何でそんな奴らの話聞いてやってるんだよ!バッカじゃねえの?衛士に突き出せよ!」
聞き出すのに時間がかかり過ぎてディオが痺れを切らせた。
「引き渡したら二度と西都の門は潜れないよ」
またここで黒髪妹がおわーとか泣き始める。少し話を聞いて思い立った。こいつは現状の色々の解決の糸口になるかもしれない。
黒髪兄妹は衛士ではなくアイギースに引き渡した。アタシも人間が出来ている訳じゃないよ。汝の敵は愛さない。
「こいつら腹減ってるんだってさ。何か食わしてやったら故郷の話をしたくなるかもよ?」
金にはするけどね。情報は有料なのだ。ディオはもうその時点でプリプリ怒って帰ってしまった。「もう知らないっ!」とか心の声が聞こえそう。ああ、喧嘩も途中のままでしたね。それも現状好都合かも。アイギースから金を預かり「まいど」出前を済ませると、黒髪兄妹に何故難民が西都に来たかの話をもう少し詳しく話させる。
「で、その雷牛が討伐できなくて村を捨てたのか?もともと魔物が多い地域だろう?」
辺境領は南の穀倉地域で魔物の数もそれなりに多い。魔物と言っても野生動物の感覚だな。それも織り込み済みでの開拓だった筈だとアイギースは言う。
「普通のブロンタウロスじゃなかったんだよ」
雷牛、ブロンタウロスは雷を操る魔物だが元々草食。水場を争って人を襲う事はあるが、距離を採れば避けることのできる魔物だ。それが人を喰らう。喰らうために人を襲うようになったと言うのだ。ん?草食じゃなかったのか?首を傾げざるを得ない。草食と肉食雑食の生き物では歯や顎の形状も消化器官も違う筈だ。
「頭と手足が牛で胴体が人間とか、頭だけ人間の雷牛もでた」
は?耳を疑う。イメージされたそれは化け物でしかない。この世界にはそんな生き物がいるのだろうか。
「えー?そんなの本当にいるの?見たのかよ?」
聞きたくもなる。黒髪兄はそっけなく言った。
「見た。頭が人間の女で髪が長い。親父が喰われた」
黙らざるを得なかった。「喰う時に髪が邪魔になってた」淡々とした調子が悍ましさを煽る。
「……それはもう違う魔物なんじゃないか?」
アタシもそう思う。辺境に雷牛に似た魔物がいて手に負えない、そういう事なのだろう。アイギースが言った。
「国境周辺の兵の増員だけじゃなくてミノス側に魔物が移動してるって話があるんだよ。魔物の移動も含めてこっちの意図じゃないかって噂が」
魔物に異変が起こっているのは事実だろうが、難民兄妹によれば国境のこちら側にも結構な被害が出ている。そもそもその真偽はどうなのか?情報は足りない。アイギースがアタシに視線を寄こす。いや、何も分かりませんて。アタシ5才よ?神の加護を授かっている訳じゃないのだ。期待しないで欲しい。異世界勇者ならここで「アタシが魔物を倒す!」とか言っちゃうのかもしれないけれど、いや、フツーに無理なんで。
アタシ達が顔を見合わせていると
「あ!」
街道を行く人の中から声が上がった。
「あなた達!こんなところで!」
髪布は付けているが何とも草臥れた女が駆け寄ってきた。青い目に桃色髪のまだ若い女だ。元々は兎も角着ている者は襤褸。頬には煤汚れ。が、その造作はかなり。
(おっとォ!)
帯もない汚れた長衣なのにメリハリが判る。つまーりヤバいくらいのナイスバディだって、これ。ちらっとアイギースを見るが反応は無し。世の男共は見た目に左右される割にアフターが想像できないんだよね。ヒロインカラーのその女は黒髪兄弟の関係者らしい。黒髪兄の肩を掴むと
「人攫いに連れて行かれれば奴隷になってしまうのよ!」
泣きそうな顔で声を荒げた。黒髪兄妹は目を丸くして漸く食べるその手を止める。「いや、おたくのお子さんに攫われました」とは言わないでおいてやるよ。桃色髪の女は黒髪妹を抱きしめる。その心配具合を見るに二人を探し回っていたのだろう。美人の上に心優しいとか流石ヒロインカラーだな。女は二人が存分に喰わせて貰っていたのをみて
「このお詫びは改めて」
アイギースに頭を下げてるからアタシが口を挟んだ。大体詫び入れてもらうのはアタシに、だからね?
「おねーさん、お詫びとか言うのなら、アタシ達をほかの難民の人達に会わせてよ」
親にチクるとかじゃないよ。
「事業拡大。アタシ、仕事する人募集中」
黒髪兄妹はぽかん。おい、アイギース。違うからな。財布用意しとけよ。




