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無碍なる塔の前世持ち    アンチ光属性 底辺からの異世界職業行脚 或いは人牛の件  作者: いちめ


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5/20

5 市場調査受付けます

 ふっふっふ。稼ぎの預け先が何とかなりましたぞ。更に、だ。お使い稼業に加えて新規の収入源も得たのですよ。「前」世のバイトに比べれば泣きたくなるほど少ないが、5才にしては悪くない。

「おはようー」

 街道市はすでに店の並びが出来ている。ええと、今日は隣村から来てるピタの店がここと、海鮮焼の店。店の並びを頭に入れながら

「今日はチーズのオイチャン居ないね!」

「飼ってるヤギが子供産みそうだって言ってたぞ」

あちこちに声をかける。市の出店は場所が決まっていない。早い者勝ちだから、市内のものが有利。南北にある都の門が朝門番によって開かれるのを待って外からの荷は並ぶ。良い場所を確保しようと思えば暗いうちから待たねばならないのだ。その街道市の半分も行かないうちに、居た居た。探し人発見。

「おはようございますー!リビュートさん」

「クロノか、ちょっと待て」

リビュートは街道市担当の衛士だ。


 リビュートとはお使い稼業をする中で知り合った。緑の髪に濃緑の瞳、皮の胸当てで腰に短めの剣の軽装備だ。まだ青年と言ってもいいのだろうが、アタシから言わせれば父さんと同年代のオジサンになる。衛士は市中警邏で逮捕権もあるから、警察官のようなものだと思っていい。朝は出店場所で揉め、夜は酒を飲んで気を大きくした奴らの相手をする厄介な職業だ。見たことはないが捕り物もあるらしいから腕も立つのだろう。西都の南北の大門担当や市中警邏、港湾警邏、リビュートは街道市警邏ね。アタシ達とはお代持ち逃げの仲間と見なされ、揉め事になる度に顔をあわせる内に言葉を交わすようになった。

「またお前らか」

「アタシらは真面目にお使いしてるだけなんだけど」

 物腰の穏やかな男だ。最初は疑ってかかっていたリビュートもアタシが暗算が出来る上に市の出店の並びを記憶している事を知ってからは納得した。

「覚えてるのか!」

「スゲーだろ」

こちらは将来がかかってますからね。何でディオが胸を張るのかは分からんけど。

「いいよな。私は日報書くのにも苦労してるのに」

ぼやく。衛士は任務中の報告義務があるが、何処で、周りにどのような人がいてとなるとなかなか難しいものらしい。どうせ毎日覚えるのである。

「アタシが毎日店の並びを書き留めてあげようか?」

 字はアイギースに習っている所。皆が買い物を頼む昼時までの間だが、アイギースは約束を果たしてくれている。最初は基本29文字から。数字、単語を増やしてきた。あれっ?って思った?ふふふ。実のところここで読み書きできるようになれば学舎に行く必要はないのだ。万が一、預けた金が失われた場合でも読み書きできるようになっていれば諦めもつく。金は将来のための軍資金だからまだまだ貯めるんだけどね。

「いいのか?」

「そちらで木札とペンとインクを用意してくれて幾ら?」

右手を差し出す。

「か、金をとるのか」

当たり前じゃん。うふふん。結果大銅貨1枚で落ち着いた。同僚に軽く一杯奢る程度の額だ。アタシにはでかいよ。朝、店が並び始めたら木札とペンを預かる。夕方それらを返却。夜報告書をかくときに参考にして、それが終わったら削り落として翌日また使う。最近ではリビュートが非番の日にも同僚の衛士が同じくそれを欲しがったから毎日大銅貨1枚は確定だ。


 今、揉めているのはそのまま店に出来る青物の荷車とピタの屋台だ。ピタ屋が屋台を組み立てる前に水を汲みに行ったために、青物屋が荷車を駐め、商いを始めてしまった次第。あー、ここって貴族街に続く中の大路からも見えるベストポジだもんね。今更他所へ移ろうにも空いている場所は不人気な場所ばかり。リビュートと同僚が間に入っても納まりが付きそうになかった。この人ね、衛士にしては押しが弱いのよ。イイトコの坊ちゃんなのではと思う。衛士なんだから武力と権力使えるのにね。リビュートの後ろに回って袖を引いた。

「アタシがこの場を納める提案しようか?」

そんなことが出来るのかという顔をしたリビュートにニコリと掌を差し出す。迷いながらもリビュートが顎を引いたのを見て声をあげた。

「ピタ屋のオッチャン!今日はこの青物屋の野菜でピタのソース作って売ればいいんだよ!青物屋はピタ屋の後ろに荷車停めてこのピタのソースの材料用の野菜をセットで売る!」

オッチャン達ポカンでございます。

「喧嘩しちゃダメなんだよっ!父さんが言ってたもん!」

可愛らしくプリプリ怒って見せるとリビュートが笑い出した。「どうする?それでいいかい?」夫々どこかの父であろう二人もそれで今日の売り上げが取れるか双方思案顔になる。

「ソースのレシピを教えてあげる。アタシはお使い屋だから宣伝してあげるよ」

青物屋は「ソースの材料って、そこまで売れるかね……」まだ迷っている。

「今から別の場所探すのとどっちがいい?」

 中の大路は三軒目、乳製品を扱う店で試作用のチーズをリビュートに買わせる。「私が出すのか?」あんたが出さないで誰が出すんだ。買ったのは作ってもすぐに悪くなってしまうので知る人ぞ知るクリームチーズだ。アタシもここでしか見た事がない。西都では酸味のあるヨーグルトのソースがあるが、今日はこちらをチョイス。青物屋にニンニクと生姜、ネギ、セリを刻ませ、混ぜる。ピタ屋の塩とオリーブオイルで味を調えた。たっぷり目なら野菜だけでも十分。コクが段違い。ほらとピタ屋に差し出す。

「美味しいでしょ」

「…美味いな」

ピタ屋が呟くと青物屋は葉物野菜に巻いてパクリ。

「ん!」

アタシはゆで卵混ぜるのも好きなんだけどね。野菜のセット販売では割に合わないという事で、結局、青物屋がソースを作ってピタ屋が買い上げる形で落ち着いた。

「今日はこれで良いな。揉めずに皆で稼げ」

リビュートが裁定を下して、一件落着。人垣からは拍手喝采。頷いて警邏に戻ろうとした衛士二人に、立ち塞がって右手を差し出す。

「ん」

勿論お代は頂きますがな。


 そこから市の並びを木札に書き入れたらアイギースの元へ。

「おはよう!」

「おおう」

この魚人にアタシは気に入られたらしい。5才の幼女が交渉してきた事、そこを評価したようで、当座アタシの貯金も安心だ。預け金はちゃんと割証文にしてもらったぞ。割証文は一枚の板や紙を半分にして、左右に同じ内容を記したものだ。金の貸借なら左右に同じ金額を入れる。片方だけの改竄が出来ない仕組み。追加するときも左右を併せて双方に記す。アタシの場合は親に持ってゆかれないように両方預けちゃってるんだけどね。アタシの年齢不相応さをアイギースは神の加護だと思っているらしい。違います。アタシにあるのは「前」世の記憶。三十路も近ければその位はね。いや、アタシはちゃんと否定はしたからね。誤解してるのはあちらの勝手。この人の何が良いって、例の誤解している所為でアタシの事を子供扱いしないトコ。あとはこのアイギースが何時までこの西都に居てくれるかだね。この魚人がいなくなったら、次の金の預け先を探さねばならない。

「大体さー他国との関係強化とか腹の探り合いとかって短期で結果出そうってのが甘くない?」

駐在大使や魚人が持ち込む品のアンテナショップ或いは情報共有できる提携店の概念を提案して唆しておいた。アタシ的にはアイギースが西都に残ってくれるのが望ましい。

「中長期的展望……」

「あ、流石国使に随行する商人ですね。そんなこと考えてらしたんですね!」

勿論、アタシが発言したことは漏らすなよと釘を刺しておく。そういうのは上の人とお話しください。

「………」

 でもさ、何でもそんなに上手くいく筈ないんだわ、アタシの場合。



 すげえ嫌そうな顔をしながら

「は?そんなにお前が頼むなら、手伝ってやってもいいけどさ」

と言いながら、毎日律儀に現れるディオと並んで歩くいつもの街道市。風呂に一緒に入った仲なのに、人ごみに距離が近づきすぎると何度でもビクつくディオには苦笑いしかない。そんな癒し要素でも乗り越えられない現実があたしには待っていたりするんだよね。遠からず鉢合わせするとは思っていたけれど、やっぱりそれは避けられなかった。

「まあ!クロノ!」

 掛かった声は弟を抱いた母さんだった。ディオが足を止める。

「あー、クロノの母ちゃん」

 母さんは輝かんばかりの笑顔を浮かべる。髪布をつけ、袖のある服を纏った母さんは上街の裕福な者のようだ。本当に裕福ならば自らの子は乳母に抱かせるから、そうではないと知れる。貧民は若い頃に髪布を付けていても、子が生まれれば抱き布にしてしまう者が多い。「前」世で見た、赤ちゃん用のスリングみたいなものだ。抱き布では手が塞がって働けないとなれば布を割いて負ぶい紐に仕立て直す。母さんはアタシの時も弟の今もそれをしなかった。

「やっぱり!」

 光り輝く慈愛に満ちた笑み。母さんは何時だってその朗らかさで周囲を照らす。アタシが苦手な光属性。これが真性だから始末に悪い。

 しばらく前に母さんに聞かれた。「壺洗いの仕事はどうしたの?」アタシが金を持ち帰らぬからだ。「上街の子達に追い出されちゃったから」とそのままに言ってある。「そんなに働きたいのなら、お母さんの知り合いを紹介しましょうか?」子供が仕事に就く時は大抵が親の伝手で、アタシのように5才で自ら仕事を見つけてくることはまずない。だが、アタシはそれを断った。そこで働いてアタシに何が残ると言うのだろう。うんざりを通り越して虚無。そして今日もまた。

「クロノったら、家族のために働いてくれているのね!」

 この人は欠片ほどの疑いもなく、アタシが稼ぎの全てを差し出すために働いていると思っているのだ。それでもアタシは「前」の記憶があるから、ギリギリのところで5才の振りが出来た。

「違うよ!お使いのお手伝いをしているんだよ」

その母さんは太陽の笑みを浮かべる。

「ねえ、クロノ。お駄賃で買い食いしているのだったら、弟にも分けてくれないかしら?」

穏やかな声に胃が震えた。それを認めたくないクロノの身体が震えていた。

「この子はお腹を空かせているのに、今、手持ちがないの」

今、ではない筈だ。昨夜も父に金を渡してくれるよう言い募っていたではないか。そして母さんは当たり前のようにアタシが差し出すのを待っている。

(それってさ……)

敢えて飛び切り明るい声で言った。雑踏の中でも響き渡るよう。どうか5才の幼女に見えますように。

「ダメだよ!これはお客さんのお金なの!ちゃぁんとお使いしなくっちゃ次に頼んでもらえないもんっ」

「偉いぞー」

思惑通りアタシの声だけを聴いた通りすがりが頭を撫でて行きすぎる。えへへ―と得意気にアタシは笑って見せた。

「じゃ、お使いがあるから!」

ディオの手を取った。何かに捕まっていないとアタシはまた流されて行ってしまいそうで、同じ5才の男の子の手に縋ったのだ。ディオがアタシと母さんの顔を交互に見て躊躇う。

「アタシの分のお昼は二人で食べていいからね!」

アタシが母さんに付いて行かなくなってから、用意されたことのないそれ。アタシが腹を空かせているかどうかなど意識にも上らなかったのだろう。アタシは母さんから、現実から「今」度も逃げた。



 夕飯時ももう過ぎて、外灯が少しばかり明かりをくれるアパートの入り口で母と弟とアタシは叔母の帰りを待っていた。父の三番目の姉である叔母は独身で、このアパートに住んでいるのだ。弟が疲れて愚図り始めた頃、叔母が仕事から帰って来た。アタシたちの姿を見るとびくりと足を止める。が、外で騒ぎを起こす気にはなれなかったのだろう。部屋には上げてくれた。一人暮らしの部屋を物珍しげに眺めるアタシとぶすくれている弟を横に、母は上がりこんですぐに頭を下げた。

「お金を貸してください」

 口を真一文字に引き結んでいる叔母を前に母は喋り続けた。父がお金を使ってしまう事。子供たちにお金がかかる事。頼れる先はなく、食べる物を買う事も出来ない。いつも朗らかな母とは違う追い詰められた声。アタシは箪笥の上に飾られた人形を眺めていた。素敵なドレスを着ているフランス人形だ。

「この前、これが最後だと言った筈よ。その時の分もまだ返してもらっていないのよ?」

返すお金も無くて、どうしようもなくて、子供は小さくて、働くことも許してもらえないし延々と言葉を吐き母は俯く。姉と弟ではないですか。家族が困っているんです。どうかどうか。

「お金を貸してください。お願いします」

母の膝の上で揉みしだかれた手にほたりと涙が落ちる。

「お金を…」

弟がお腹が空いたと言い始めた。話の邪魔にならぬよう弟の気を惹こうとアタシは「ほらお人形があるよ」立ち上がって箪笥に近づいた。

「触らないで」

「止めなさいっ」

叔母は静かに、母は涙に濡れた目でアタシを咎めた。怒りがあった。

「本当にこれで最後だから、もう帰って頂戴」

叔母は財布から五千円札を抜き出すと卓に叩きつけるようにして寄こした。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

深々と下げられた頭は卓の高さを通り越して膝に付きそうだった。握り合わされた手にぼたぼたと涙が落ちる。


「今」思う。


 中々帰って来ない叔母を待つ間「仕事は五時まででしょうに」母は苛立ちを募らせていたが、世の中五時までの仕事ばかりではない。叔母は残業して疲れて帰ってきたに違いない。疲れていても翌日は仕事がある。食事をして風呂に入らねばならない。テレビを眺める時間はあるかしら。帰ってみればアパート前に約束もしていない義妹と甥姪が待ち構えていて、不愉快なやり取りは疲れた体をさらに鞭打つ。あの当時、独身の女が稼ぐ額なんて大きなものではなかったろう。「たった五千円」アパートを出た後で呟いた母の言葉が忘れられない。時間外に営業しているATMもない頃だった。連絡もなしに行ったのに母は叔母の財布に金が入っていて当然だと思っていたのだ。「子供がいる訳じゃないのだから、困っていないだろうに」と母はまた涙を零したが、その五千円を叔母がどんな思いで稼いできたのだろうかと思う。

 あの時、アタシと弟は素晴らしく良い働きをしたのだ。状況を理解できずお腹が空いたと訴える幼子。泣いて頭を下げる女。傍目から見ればどちらが被害者でどちらが加害者か。叔母は恐ろしかったろう。親戚だから住まいも職場もバレている。借金を断れば職場に電話を掛けてくるかもしれない。あの「お金を貸してください」を職場でやられるかもしれないと。覚えているのは一日働いてきた叔母よりも母の髪の方が整えられていた事。間違いないのは、あの日バスを乗り継いで行った三人分の交通費を母は支払っていることだ。



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