3 出前注文承ります
魚人、アイギースはアタシたちが買って来た屋台メシを喜んでくれた。
「この肉のヤツ美味いな。そうだ、仲間の所にも届けてやってくれよ」
オイル旨タレのピタを大層気に入って、もう一件お駄賃付きのお使いを依頼してくれたのだ。勿論、へい!喜んで!だ。聞けばアイギースら魚人の商人は街道沿いのいい場所を確保できずにあちこちに散っているのだそう。
「え?アイギースさんから?こりゃあ、有難い」
勿論、次のお使いも喜んでもらえましたとも。刮目してのウマーとか擬音が入りそう。アタシの懐もウマウマである。仲間だというその魚人はフードを目深にかぶったマント姿で、予め言われていなければ判別がつかない所だった。なるほどこれまで魚人に気付かなかった筈だ。亜人であることを目立たぬようにしている者が結構いるのかもしれないな。なんでも、今この西都には魚人の国使の一団が来ており、商人達はそれに同行してきたのだそう。ほへー。雲の上の事は分からんね。
二番目の魚人が扱っていたのは干魚で、アイギースの差し入れを喜んだ彼からもお使いを言いつかった。魚人繋がりが有難い。干魚屋は商品が結構残っていたから暇だったのかもしれないけどね。値段は…幾つかの店の記憶をあたる。干魚自体は若干安め。はて?まあ西都では生魚から調理する方が一般的だからかね。
三人目の魚人が扱っているのは海藻。街道から少し入った上街、貴族街へ続く中央大路に店を出していた。場所は悪くないのにこれも正直あんまり売れていない。乾燥昆布に塩漬け若布。天草っぽいのもある。海苔だろ、これ!海苔!「前」で馴染みのある食材にアタシのテンションは上がったけれども
「売れないの?」
「売れないねぇ」
苦笑い。西都でも海藻入りのチーズとかがあるし、食べない訳じゃないのだけどメジャーな食材ではないからね。「これは何?」並ぶ小壺も謎い。「ガルム。調味料だよ」お、魚醤かあ。これもかなり安いんだけど。魚人だから物が悪いという事はなさそうで、ならばその亜人であることを隠すマント姿が拙いのではと思わなくもない。ここは寧ろ魚人であることをウリにして産地直送ってやった方が売れると思うよ、アタシは。そんな形で始まった新事業。前回の便壺洗いは邪魔されて廃業したが、今度は知恵を絞りましたとも。ええ。
「ご注文繰り返しまーす。串焼き羊肉2つ。イカのフリッタ。胡麻パン、以上で?はい、大銅貨3枚承りましたー!」
便壺洗いの次に始めた仕事は出前です。「前」にもあったアレである。自転車やバイクならそのまんま。いや、前世知識がなかったら出前やお使いなんて仕事になると思わないもんね。食べ物屋なら自分の所のものを食うだろって思っていたけど、そうじゃない店も野菜とか魚とかそのまま食えない物もある。始めてみて思ったけれど、自分の店を離れられない人って結構いたんだな。
仕事は破れカゴに縄をかけ、首から下げて支えるスタンド売り子スタイルだ。ディオが。カゴは車輪を外して補修したもの。これなら複数の注文も受けられるので効率アップよ。カゴで以前何を運んでいたかは内緒だぞ。一応水洗いしておいたからな。
「あ!クロノ、あそこでパン売ってる!」
「ダメだ。そこの胡麻とクルミのパンは銅貨6枚だ。東の風車の店まで行くぞ。あそこは4枚で買える」
銅貨二枚の差はでかい。そう、これ。「前」世の記憶ではない。クロノは屋台メシにとても詳しかったのだ。クロノは母さんの買物をよく見ていた。そして商品の値段をよく覚えていた。値札があるような店もあるのだが、逆に読めぬからこそ覚えていたのかもしれない。5才の幼女がそんなものを覚えているなんて誰も気付きはしなかったし、クロノ自身はそれを特別な事だと感じてはいなかった。その知識と経験が今アタシを助けている。
事業として成り立つように細かい所も詰めたぞ。まず店の指定は受けない。並びが長くなるものも避けている。注文を忘れないように木札に炭の欠片でメモ。アタシはこっちの字を読み書きできないので、メモは日本語だ。こっちの人に読めない異世界文字書いてるとかメッチャ怪しいから早く読み書き覚えたいんだけどね。値段交渉はディオには任せずアタシがやる。客のオーダーとこの街道市で売っている屋台メシの値段をすり合わせ、銅貨数枚の利益が出るように商品をチョイスしたら買出しだ。利益率第一という訳ではなく、味も大事。長く続けたいならお互いに満足する必要があるっス。出店や屋台が準備を始める朝一で今日の配置は頭に入れてある。効率よく買い物を済ませるぞい。昼飯の買出しがメインだから、回転数を上げて、後は時間との勝負。カゴが空けば「赤髪、青髪、ちょこっとお使い、出前注文承りまっす!」こちらを意識しやすいように声をかけてきた。毎日やると覚えてくれる人も出てくるし、話題にもなる。チャリンチャリーン。あの魚人との出会いに感謝を。
「おいッ!買い出し屋!帰って来ねえじゃねえか!」
はい来ましたよ。こういうのが出るって予測はしていたのです。新しい仕事を始めるにしても、すぐに二番煎じが出ることは前回学んだ。ライバルは同じ貧民街の子供や浮浪児になる。と、なると、市を警邏する衛士に捕まるよりもその日の食い扶持に目がくらむ奴が出てしまうのだ。要するに銅貨だけ受け取って逃げっちゃった奴がいるのね。バカだね。そんな事をしたら当分市場に足踏み入れられない。
「それ、アタシ達じゃないでしょ。赤髪、青髪のペアだって。ダメだよ、オッチャン。アヤシイのに引っ掛かっちゃ~」
騒ぎに周囲が振り返る。男が喚く。
「お前らの仲間だろうが!」
勿論、対策しましたとも。
新事業を思いついたあの日の午後、
「ディオ、奢るって言ったよね」
「お、おう」
「風呂奢れ」
まず風呂に入りました。
西都で公衆浴場は一般的だ。庶民は上街と下街の境辺りにあるものを利用する。食うに困るような貧民を除けば、庶民も結構な頻度で身体を洗うのだ。何でも開都以来の習慣だそうで、アタシ以外にも転生してきた日本人がいたんじゃないの?って感じ。実はここの所、アタシは金を稼ぐために母さんとは別行動をしているので公衆浴場に来てはいなかった。ディオに関してはそもそもそんな習慣がない。要するにアタシ達はかなり小汚かったのだ。
「な、何で一緒に入るんだよ!」
そもそも認識の差でディオは自分が薄汚れていると思っていない。一緒でなければ絶対に洗わないからだよ。
「兄妹に見えるから大丈夫。アタシが洗ってあげるよ、おにぃちゃん♡」
「お兄ちゃん!……おにぃちゃん………洗うって…」
自分の世界に入ってしまったディオの手を引いて一緒に入ったのは男湯である。アタシらの年齢位の幼児は親に連れられてが多いからどちらにも入れる。アタシは女湯でも構わなかったのだが、これはディオが断固として拒否した。番台で銅貨を払って脱衣所に抜ける。ここに着ている物を置いておくのだが、アタシは胴着一枚だからスポポーンと脱げばオッケーよ。ちなみにノーパン。
「え?いや…ま、待て、お前!ちょ!」
稼いだ小銭は首から下げた小袋に入れてあるから大丈夫だ。
「風呂入るんだから脱ぐのが当たり前でしょ。おにぃちゃん」
5才にはヌードもマッパも全裸もすっぽんぽんもどうでもいい。赤くなったり青くなったりしているディオから引っぺがした胴着と腰布も小脇に抱える。置き引きが頻発するからじゃないぞ。
「男湯って広いんだなー」
ここではサウナと水風呂、垢すりとオイルマッサージがメイン。広い湯舟はぬるま湯位で身体洗ったり湯に浸かってる男達が沢山だ。ベンチがあって飲み物なんかも出る。社交場みたいなものだよな。一切隠し事なしって感じ。まあ、あー、ふぅん……色々なのね。
「あちこち見てるんじゃない!あっ、そっち向くなっ!」
いや、他の入浴客を目に入れないのは無理だから。前世大人だった記憶があるし、慣れてはいないが見るのは初めてって訳じゃないからね。
「アタシ別に気にしないけど?」
「気にしろよ!」
アタシの事見ないようにして見るって器用な真似をしているディオの方が気になるわ。入浴客のオッサンから声が掛かる。
「おう、兄ちゃん、妹洗ってやるのか?偉いぞ」
「違うよー。アタシが洗ってあげるんだよー」
男共ほっこり。スゲーぜ幼女パワー。
「い、妹、だから……いもぅ…」
ごにゃごにゃ言っていたディオが哲学者の顔になった横で
「ちゃんと頭も洗えよー」
「…………」
アタシが洗うのは持ち込んだ衣類二人分。はい。目的は洗濯でもあったのです。持参したのは灰水の上澄み液だ。そいつを洗濯物にぶっかけて、足踏み。これアルカリだから皮脂が落ちるのよ。まあ、汚れが出るわ出るわ。足踏みはこちらでの一般的な洗濯風景だが、公衆浴場での洗濯は「前」世と同じくマナー違反だ。こっそり素早く終わらせるぞい。着てる物も身体も綺麗になった所で対策完了!え?コレの何所が対策かって?まあ、見てなって。
「そんな奴らと一緒にしないでよね」
ここでアタシたちが身綺麗にしているのが生きてくる。この階級社会、身形の差がそのままそのまま所属するグループの差なのだ。薄汚れた肌に洗っていない衣類の彼等とは生活・立場が違うと言う訳。
「アタシ達のは、安心の引換札もあるからね」
お使いの依頼主に渡す二枚で一組の割札を見せる。何の割札だったかは内緒だぞ。お使い詐欺に引っかかった男がまだ諦めきれないでごねていると、衛士までが寄って来た。「どうした?」「このオッチャン、お使いのお金をだまし取られたんだって」馴染みになった衛士の青年がああーと溜息をもらす。そもそもの話、出前で利益を出すのは難しい。アタシ達が儲けを出せるのは市の配置と商品の値段が頭に入っていればこそなのだ。安ければいいという訳でも無く、量や質が劣れば金を出した方も納得がいかない。計算が出来なくてお使い詐欺に切り替えた奴、こんなんじゃ稼げないと諦めた奴がすでにいる。
「次からはアタシ達に頼んでねっ!」
幼女パワー営業スマイルで無罪放免ナリ。つまーり、一人勝ち。おほほほほ。
実はさ、本当の問題はそんな事じゃなかったんだ。アタシが自分で稼いだ金をいかにして取り上げられないで済むか、のほうが問題だった。そう。問題はアタシの親。前世で言う銀行も、自由に出し入れできるギルドカードなんてファンタジー道具もない。これをどうするか。どんなに上手く稼いだって持っていかれてしまえば、最初からないのと同じ。
前世でアタシは間違いを犯した。
家族は信用できない。
家族でさえ信用できないのだから、他人なんか信用できるはずがない、
そう思っていた。アタシは誰にも手を伸ばさずに全部を抱えて独りで死んだ。
「今」度は間違わない。
誰もが伸ばした手を握り返してくれるわけじゃないだろう。逆に利用しようとする者が大手を振っている世界で。それでも誰か。誰か―――
「どうして毎日同じ服を着ているの?」
同じ団地に住んでいた幼馴染に聞かれたことがある。彼女は意地悪や蔑みではなく本当に不思議でそれを尋ねた。長袖のブラウスに釣りスカート。物は良いのだと言うそれがアタシの毎日の格好だった。ポケットには葉っぱや砂が良く入っていたそれ。朝起きて枕もとの畳んだそれを着る。夜パジャマに着替える時に脱ぐか、風呂に入る時に脱ぐかしたそれをまた畳む。朝起きて着る。夜脱ぐ畳む。繰り返し。汗をかこうが砂遊びをして汚れようがそのルーティンは変わらない。泥水に浸るとか吐瀉物がかかるとか、よほど酷くなれば洗濯。その日、幼馴染の問いでアタシは初めて洗濯せずに同じものを着続けているのが一般的ではない事を知った。アタシは嘘をついた。
「同じ服を持っているんだよ」
全く同じ服を持っていて洗って替えているのだと。
ウチでは洗濯は二日に一回だった。洗濯は「節約しなくっちゃ」もったいないから溜めてからするのだそう。風呂は二日に一回。洗濯が終わって干すのは午後になってから。一日で乾かない事も多かった。アタシは下着のパンツを三枚持っていたが、洗濯のタイミングとずれると替えのパンツがなかった。一枚はまだ乾いておらず、一枚は洗濯籠の中で、最後の一枚はその時に穿いているものだった。
「うちは貧乏なんだから仕方がないでしょう」
子供はすぐに大きくなるからと母はアタシの物を買うのを嫌がった。父も母も弟もそれで困る事は無かった。
「だって男の子のパンツは五枚一組で売っているのだもの。パンツがないのはアンタが女だからよ」
それはアタシの所為だった。アタシは脱いだパンツをもう一度穿くしかなかった。穿き続けているパンツはよくおしっこの染みが出来ていた。母からは「女の子のくせに汚い」と言われていた。
汚い事、貧しい事、夫婦仲が悪い事。我が家の有様はみっともなく、恥ずかしい事だとアタシは教わっていた。だからそれが露れぬ様にいつも取り繕った。アタシは嘘つきだった。幼い友人でも気付いた事を、その場凌ぎの拙い嘘を、周囲の大人が気付かぬはずがなかったろうに。どちらにしてもアタシの毎日は何も変わらなかった。
「恥ずかしい事だから人に言ってはいけないよ」
その台詞は子供を対象にする性犯罪者が、露れずに犯罪行為を続けるために言う台詞と同じだと大人になってから知った。




