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無碍なる塔の前世持ち    アンチ光属性 底辺からの異世界職業行脚 或いは人牛の件  作者: いちめ
アンチ光属性 格差社会で教育計画 或いはラミア―の件

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6 友達?をつくろう

 その屋敷に住まわせてもらうようになってから、エーギルと同じ食卓に着かせてもらう事がままある。使用人と主の関係どころかアタシは借金の質草なのだから、これは本来おかしい。給仕はこの屋敷におけるアタシにとっての上司兼マナー講師のフィマ婆になる。場所は歓楽街の一部だし、そこまでデカい屋敷でもなく、使用人はフィマ婆一人。だけどさ……アクアパッツァは美味しいんだけど、主と同じメニューはちょっと。時短を好むエーギルの命令だから従うが、この微妙な空気は何とかして欲しい。だから隠し子だとか言われてるの分かってるのかね?で、その場合、食卓は報告の席になる。アステアスの教育計画の進捗状況ほか諸々ね。

「その様子なら大丈夫だが、あれはあの家が特殊なだけだからな?」

勘違いするなよとエーギルはにべもない。しねえよ。西都の身分制度はまだ緩いが、時代を下るにつれてさらに明確になってゆくのは「前」世で学んだ通りだろう。実際、身分制度についてはアステアスの方が一般的な貴族の感性を持っている。今後の彼の生きやすさを思えば、余計な事はしない方が良い気はするのだ。やるけどね。アタシのためだから。話題を変えた。

「今日、街道市でレーナを見たよ」

「ああ、予言の奴か?」

 把握はしていたらしい。商売道具だからと言うのではなく、エーギルはこの街の動きに注意を払っている。街中での布教活動が目につく紫の巫女を知らぬはずがない。スープを口に運ぶ。

「あの巫女がまた妙な予言をしたらしいな。宮城に呼ばれてから傾倒する奴が増えてるんだ」

「予言?西都に洪水は無いでしょ?」

それは初耳。あの紫髪の巫女はプラタイアの洪水被害を予言したと言われている。宮城に召喚ってのも突飛だが、この西都には津波はあっても洪水は難しい。地域的に大雨が少ない気候の上、神の加護でもって力業で水源を確保しているのだ。そうアステアスのところで教わった。エーギルが渋い顔をする。

「洪水じゃない。あの巫女な、


「西都の王はその不義の子によって葬られる」


って予言をしたのさ」

何だ、それ?不敬だろってのは言わずもがな。それが人の口に上り宮城にまで呼ばれたのだと。が、その結果は処断ではなかったらしい。どう思う?エーギルの眼が問う。この男はしばしばアタシにそう言った問いかけする。年齢不相応の受け答えが面白いのと、一般的とはいいがたい自身とは異なる相手がどのように感じるかを確かめているのだろう。でもって、そいつはしばしば進退を決めるような重要案件だったりする。アタシを試金石に使うのはやめて欲しいんだがね。返事はせずに口を動かす。白パン美味し。

「その予言とやらを真に受けた奴らが新しく法を整備するって息巻いてやがる」

「法?」

流石に眉を顰めた。たかが予言に大事過ぎる。そして予言の内容が内容だけに。

「姦淫法。面倒ごとになりそうだ」

 姦淫法。即ち姦淫を取り締まる。では何をもって姦淫とするのかと言えば、おそらく婚外交渉になるだろう。この国では不倫も婚外子も珍しくはない。そもそも結婚を誓う神が人妻に懸想するような神話をもっていたりする国だ。勿論、NTRは男女共に沽券にかかわるので大っぴらに出来ないが、「前」世のキリスト教的貞操観はない。離婚も連れ子再婚も普通にある。ってかさ、結婚って神様がペアリングする訳じゃない。人間が相手を選ぶのだから間違いもある訳で、合わない相手と死ぬまで離婚できませんと言うのは悲惨だ。やり直しチャレンジできた方が人生損しなくて済むと思うんだよね。いや、脱線。問題はそこじゃない。

「娼婦はどうなる?」

結婚相手、正妻以外との交渉を全て禁ずるのは難しい。不倫に限らずとも婚外交渉はあるのだ。それを商売にする娼婦はどうすればいい?って話よ。商品になっていない6才児のアタシに良くしてくれた娼館の人達はどうなるのだろう。それを商売の一部にしているエリトゥラ商会はどうなるのか。

「登録制度を設けるらしい。私娼を取り締まるのも楽になるとさ」

「は?」

 それは娼婦であることを公にするという事だ。奴隷に入れ墨を入れるようなものだろう。奴隷抹消の印を加えても生涯入れ墨を消せぬように、娼婦であった事実を隠すことが難しくなる。元奴隷元娼婦がそうではない人々からどう扱われるか、想像せずとも分かる。「元」であっても住むにも食い物一つ買うのにも蔑まれるのだろう。姦淫法は例外を設けて、その例外にしわ寄せを押し付ける形だ。さらにはもう一つ嫌な感じがした。

「処罰の対象は?」

「女のみ」

クソだな。不義は女だけの責任ではない。寧ろ男の方がその気になるものだろう。それが通るならば交際中の婚前交渉も強姦も女が処罰を受けることになる。随分馬鹿にした話だという事は6才児にでも分かるほど。しかも、そのクソ法の契機がいかがわしい予言ときた日には。

「…その予言とやら、一言一句間違いなのかい?前や続きは?」

「ない」


「西都の王はその不義の子によって葬られる」


 ふっと意識を失って唐突に予言を成したのだと言う。声色さえ変わったのだとか。目撃者は多数いてそれが宮城にまで伝わった。呼び出されたものの本人は予言の内容を覚えていなかったらしい。憑依タイプの予言者か、パフォーマーか。ってか、バッカじゃないの?大体、そんな予言を気にするあたり、国の上の御方にそうなる心当たりがあるって事じゃねえかよ。お前の浮気のツケを民に払わせんのかよ。神託に従ったオイディプスがどうなったか知らねえのか。あ、あれは「前」世か。いずれにせよ飯がマズくなる話だ。

「そもそもなんでそんなもんに振り回されているんだよ。不義の子って正妻の子ではないってだけだろよ。妾だか不倫だけじゃねえぞ。連れ子や養子だって血は繋がってねえ。ついでに言や、葬ったって盛大な葬式あげて祀り上げるのかもしれねえだろが。大体時期も指定なしだ。西都の王って何時のだよ。5代先かもしれねえ。いい大人がそんなもんに振り回されるなって、6才児に言わせるなよ」

エーギルはくくっと喉を鳴らして笑った。とは言え平民に出来ることなどない。

(そう言えば、レーナは金貯めて家族が迎えにくるって希望を捨てきれていない娘だったな……)

 娼婦であることを公の記録に残せば元の暮らしに戻ることは出来ないだけじゃない。娼婦の葬式なんかあげる奴はいないから、死ぬまで娼婦のレーナで、死んでも娼婦のレーナのままだ。色々不安になってレーナが神詣でしたくなるのも無理はない。他の娼婦も紫の女に傾倒してるのが居るらしい。ってか、元々その紫の巫女の所為じゃねえか。話題性があるのは分かるが、そんなにイイこと言ってるのかね?と、まあ、くだらない予言についてはそこまでで。締めは大抵、お小言、注意事項タイムになる。

「俺は暫く西都を離れることになる」

 洪水被害からプラタイアの再建が軌道に乗りつつあるらしい。エーギルはそこへ行ってくると言う。エーギルとエリトゥラ商会の事だから、単に復興支援ではなく金に絡む話だろう。

「最近、物騒だから暗くなったら一人で出歩くな。どうしてもの時は必ず誰かつけろ」

なんでもつい最近も人死にがあったらしい。この界隈で珍しい話ではないのだが、全く犯人のあたりがつかないのだそう。エーギルやエリトゥラ商会にとってこれは無い。しかも殺されちまったのは粗暴で知られる大男だったというから、犯人は相当な奴だ。

「笛の音につられたりするなよ」

笛の音とはここの所、夜半物悲しげな笛の音が潮風に乗って届くのを言っている。花街の想い人に届くよう、誰かが吹いているのだと話題になっている奴だ。そんなロマンチックな話ならいいけれど、女神の花籠亭の守銭奴遣手ババアなら「笛じゃなくて金の音鳴らせ」とか言いそうね。

「笛の音ってガキじゃあるめえし」

6才だけどな。



 同じクソでも世の中よりガキの方が何とかなる分ましだとは言える。今日は学舎の帰りに魚屋に寄る事になった。ここの所、魚屋の息子タッソが学舎に顔を出さない。「あの子はちゃんとやる方だったから心配なのよ」織姉が優しい。でも、ちゃんととは相対的な話だからな?付いてきたのは「俺らの所だけってのは納得いかねえからな」大工三人組と年長二人。隻腕のゼフィロスは求職中だからいつもついてくるのな。ぞろぞろと連れ立って向かった魚屋は中の大路にある大店で、客の入りも悪くない。貴族や上街の邸宅に得意先があると聞いていた。

「わわわ!」

 アタシ達の姿を認めてタッソが声をあげる。主にアステアスな。子供とは言え貴族だしね。少し話して、タッソが学舎に来れない理由がわかった。

洪水被害のあったプラタイアの下流、河口から港にまで漂着物が溢れているのだと言う。港への船の出入りは阻害され、未だ平時の六割がたなのだとか。つまり、あの近辺での漁業に影響が出ている。あちらで漁が減った分なのか、西都ではここの所豊漁が続いていた。

「豊漁ならば魚は売れるだろう?」

はアステアス。そうでもない。水揚げが多過ぎれば値が崩れる。

「常設店は通りに面した間口に対して税がかかるのです。商品における値の設定は原価や輸送費、人件費、税と店側の儲けで算出します」

原価は落ちても人件費や税は落とせない。つまり大店ほど値引きが出来ないのだ。余剰財を売る街道市でも今は鮮魚の屋台が多い。物が同じなら消費者は安い方を選ぶ。

「こいつを売らなきゃならねえんだけど、毎日残っちまってさ」

売り物である篭に乗った鮮魚は陽が傾きかけているのにまだまだあった。恐らく売れないし、売っても儲けは少ない。

「常設店の税制度について、話を聞いてみてはいかがでしょうか?」

アステアスを焚きつけておく。彼が庶民の苦労を実感してくれれば言う事ないがね。大工三人組も同情気味「世知辛えよな……」だが何ともな。子供に出来る事なんかないのだ。織姉が魚を買って帰ろうか迷っている。確かにこれでは冷やかしに来ただけだが、街道市より明らかに高いから迷うわな。その背を眺めるアタシをマルコスが小突いた。

「ほら見ろ、算術なんかできても魚売れなきゃどうしようもねえだろうがよ!」

はあ?また蒸し返す気か。一々ムカつくクソガキだぜ。

 そこへ声が掛かった。

「クロノちゃーん!」

振り返る。見知った姿に、ああ今日は花の日だったかと思い至る。手を振りながら駆け寄ってくるのは黒髪妹。その後ろには兄の姿も。兄妹は半年ほど前に知り合った辺境からの難民で、今は西都の隣村に住んでいる。週に二度、隣村のチクワとはんぺんの工場から商品を運んでくるのだ。搬入先はアタシが麦芽糖を作っていたあの店で、タッソの魚屋とは目と鼻の先だもんね。

「久しぶりっ!」

 飛び込んできてアタシに抱きつくその髪は黒髪ではない。一時期西都で黒髪が迫害されていた事もあって、兄妹はワインの搾りかすを塗って陽に当たり髪を脱色しているのだ。だから黒髪兄妹じゃなくて茶髪兄妹な。名前?ちゃんと覚えてるよ。アイテールとメイレな。アタシもそこまでいい加減じゃない。え?何で目逸らすの?失礼だな、おい。

「変わりないかい?」

「うん!クロノちゃんも長衣着てる!」

ちゃん、ってな…。そういう柄じゃないんだけど。いつもながらに困惑するぜ。

「仕事でね」

そう言うメイレも長衣だ。チクワはんぺん事業はそこそこ収益を上げているし、魚人のアイギースも嫁にイイトコ見せたいのかもね。と、視線に気づいて振り返る。おやあ?さっきアタシを小突いた顔はどうしたよ?分からなくもないけどね。メイレはそれなりに苦労していても天然物の光属性。さらに新しい髪色でパワーアップしているのだ。あ、そう。そうなのね。むふーん。

「タッソ、そこからそこまで全部売れば学舎に来れるんだろ?」

「そうだけどさ……」

「全部足して幾らだ?」

皿篭に乗った魚は様々。街道市では見かけないキアマダイのような一尾で一篭の高級魚から5、6尾で一篭のイワシのような大衆魚まで。中の大路の大店らしくちゃんと値札が付いている。読める相手が客なのだ。西都のデザイン数字だけどな。

「銀貨3」

答えを出したのは大工3だ。

「それを篭の数で割って幾らだ?」

「大銅貨1」

これも大工3。割り算は掛け算をマスターした奴に教え始めている。タッソに言った。

「この篭売ってくれ」

陳列台の影で補修を待っていた破れ篭を一つ取り上げ、篭材のアシを引き抜いた。二本一組にしてそれぞれの端っこに印をつける。ほら、イッチョやったろかい。

 メイレと軽く打ち合わせてから、竜車も人も行き交う中の大路の喧噪に負けぬ声をあげた。

「さあさあ!ちょっとお立会い!」

「運が良ければ高級魚!どうせ買うなら運試し!」

急に歌って踊り出したアタシ達にアステアスとレレクス呆然。メイレと二人の振り付けは買い出し屋をやっていた時のものだ。「前」世は某少女集団アイドルのやつな。小学一年生くらいの女児二人がそんなのをやったら可愛くない筈がない。しかもメイレは顔もいい。

「大銅貨一枚ぽっきりで高級魚!かもかもー」

はーい。カモカモー。目を丸くして客も通行人も足を止める。ゼフィロスが笑って、懐から葦笛を取り出すと軽快に吹き鳴らした。「ご主人喜ぶ!」「自分にご褒美!」「想い人にこれで料理を作ってくれって言ってみて!」キュートにターンして、

「イイ事あるかも、はい、ずっきゅん!」

流れ弾に当たってるのは大工三人組な。はい。宝くじでございます。魚が高くて売れないのなら、付加価値を付けてやればいい。他所で買うよりお得な何か。それは同じ値段で高級魚が手に入る可能性だ。一等は高級魚で本来そんな値段で買える物ではない。二等のイカはほぼ等価。作った籤の数だけ買手を集めるのは、先に一等が出てしまうと後はつまらないから。で、対になる方をタッソに引かせた。

「一等はこの印!」

「私のだわ!」

本当に一等の高級魚を引き渡すと通りはどっとどよめいた。「私もやるわ!」「もう一回だ!」「俺にもやらせてくれ!」ハズレでも魚は手に入るから手ぶらではない。射幸心と祭の雰囲気にのまれた奴が籤を買って、籤引きは3回で終了した。高級魚を含めて魚が無くなってしまったのだ。

「あははっ!楽しいーっ」

メイレもご機嫌。算術必要ない?そんな事ないでしょ。タッソに籤代の算出方法を簡単に説明してやる。

「まず掛け算覚えろ。割り算はそこからだ」

「俺、学舎に行くよ!」

タッソに店主である父母が頷く。メイレが手放しでほめる。そうそう。この子そういう子なのよ。

「皆、算術出来るんだ!スゴイね!」

だってさ、マルコス。あーあー、そのだらしない顔。手を振って別れを告げるメイレに応えながら、マルコスの横に立つ。ふふふ。

「アタシは一緒に風呂に行くような仲なんだけど、メイレって可愛いよね?やっぱり競争率は高くってさ。早めにいかねえとムリだろなぁ…」

呟いて見せる。

「何処に住んでるの、とか」

「!」

チョっ

「何が好き、とか」

「う!」

チョっ、チョっ

「お祭りの日に何処にいる、とか」

「ふぐぅっ!」

チョローン。

「知りたい、かい?」

ふふ。と、まあ馬にはニンジンがいい訳だが、アステアスには何がいいんだろうね?



 このまま全て上手く行くなんて幻想は抱いていないが、調子には乗っていたかもしれないな、と思う。アステアスの教育計画は然程進展はないけれども、他はそこそこ思惑通りに動いていたから。端的に言えば、そろそろ天秤が戻る頃ではあったのだ。その日、帰り道に中央橋を選んだのはその「戻し」の始まりだったのかもしれない。

 行きは違う橋を通ったのに、帰りに中央橋を選んだのは「ヘカテーと母上にテレサのリンゴを買って帰ろう」アステアスが言い出したからだ。アステアスに買い食いを教えたのはアタシだから文句は言えない。じっくりと煮たリンゴと干しブドウをパイ生地で重ね焼きにしたテレサのリンゴは中央橋の脇に屋台が出る。テレサのリンゴは買えたが、ここまで来て中央橋を渡らぬ理由は無かった。西都は橋の街の名を代表する石造りのアーチ橋。精緻な石積みの技は二〇〇年の波浪に耐えた。その橋の中ほどに人だかり。橋の上での商売は禁じられているが、集会に関して規定はない。噂のあの集団がいるのは予想してはいたのだ。穏やかな声が、通りの反対のアタシ達まで潮風に乗って届く。

「――生み給う神の神、原初の神は―」

フード付きの外套から紫の巻き毛が垂れる。貴族といっても可笑しくない整った容姿。熟れた唇が言葉を紡ぐ。

「――原初の神は産む神与える神。人の子にも等しく与え給う―」

話題の巫女を見てやろうとの野次馬から声が上がる。

「原初の神さんは俺たちに何をくれるのかい?」

神の加護は何?火や水や治癒の加護より良いものなのか。前列に傅く者達が眉根を寄せて振り返る。が、紫の巫女はそれに応えた。

「緑の地と永遠の安寧を約束されているのです」

が、更にまぜっかえす奴が居る。

「そいつぁ、俺ら袖なしにでもか?」

「あなたも私も貴族も平民も奴隷も全て」

身分制を否定するとも言えるその言に、人々はすっと息をのんだ。不敬を衛士に咎められるのではないかとあたりを窺う者もいる。アステアスを振り返った。紫の女に見惚れているかと思いきや、その言は彼の琴線には触れなかったらしい。

 その中央橋を渡り終える前に、アタシ達に声が追い縋った。

「クロノ!クロノでしょう?」

振り返りたくは無かった。あの人垣の中にまた馴染みのある髪布があるのを見てはいたから。アステアスが足を止めてしまったのを感じて、仕方なく振り返る。

「やっぱり!」

花が綻ぶような笑みはアタシの母さんだ。

「クロノ、そんな長衣を着て、立派になって嬉しいわ!」

涙ぐみさえするその姿に誰が何を疑うだろうか。

「…母さん、仕事中だから」

「クロノのご母堂か?」

アステアスがアタシに尋ねる。残念ながら否定はできない。

「今は……こちらのお宅に?」

買われたのか?とは聞かない。アステアスがアタシに返事を促す。おいおい。相手すんじゃないよ!いつもみたいに平民が邪魔するなって顔でいいのに。

「いいえ。エリトゥラからの派遣で学舎へ通うアステアス様に従う仕事をしてる。では――」

アタシはアステアスの家から給料をもらっているのではない。そう言った。だから、新しい勤め先に金を借りに来てくれるなとの牽制だ。エリトゥラ商会とエーギルは親に追い借りを許さないという契約をアタシと結んでくれた。逆にアタシのクソ親はそういう事を平気でする。

「学舎!クロノは学舎に行きたがっていたものね」

女のアタシを行かせる気は無かったけれどもな。母さんは話を終わらせようとしたアタシではなくアステアスを向いた。

「クロノはちゃんとやっておりますでしょうか?」

おいおいおいおい。貴族の足を止めさせただけではなく、断りもなく正式な紹介もなく言葉をかけるって頭湧いてるのか!いや、湧いているのか。が、レレクスが困惑の表情を浮かべるのに、アステアスは違った。慣れって奴は恐ろしい。これまで平民の学舎で過ごしてきた成果がでてしまった。悪い方に。

「この年齢にしてはちゃんとやっているぞ。特に算術はすぐにも徴税士になれる程だ」

おいい。貴族は応えちゃダメだろよ。そこに誰も居ない天を仰ぐ。しかも何余計な事言ってくれてるんだ。恐らくアステアスはアタシが親の借金のカタに質草になったのを知らない。自分がそうするのが嫌で、アタシを娼館であるエリトゥラに差し出したのを。

「お役に立てているようで何よりです。頑張るのよ、クロノ」

同じ街に住んでいるのだから、いつかは露見すると思ってはいた。が、こんなにすぐにアタシが貴族家に仕えていることが親にばれるとは。しかも6才にしてはそこそこの評価だと知られた。ズシリと胃が重くなる。その言葉だけを聞くのなら子を思う母にしか見えないのだろう。漸く畏まりながら去るその姿に思う。あと少し、あとほんの少し陽が暮れるのが早ければ。

「クロノ、親孝行はせねばならぬぞ」

アステアスは正しい。正しいからこそ分かりはしない。陽は暮れて表情も、最早誰とも分からなくなっていた。神様なんか居ないのだ。


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