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無碍なる塔の前世持ち    アンチ光属性 底辺からの異世界職業行脚 或いは人牛の件  作者: いちめ
アンチ光属性 格差社会で教育計画 或いはラミア―の件

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4 経糸 アステアス

 別に、絆された訳じゃない。

下民の女児の名はクロノ。6才と言うが体は小さめで華奢な手足が目立つ。真っ直ぐな水色の髪と濃紺の眼差しは印象的だが、年齢相応の可愛らしさというだけで特別に美しい事もない。神の加護もないし、どこかの貴族と縁続きでもない。それが

「お前に侍女兼学友を付けようと思う」

祖父の言葉に耳を疑った。

 呼び出されて向かったのは同じ邸内でも内向きではなく、公務を扱う区画である。この西都の市政官の執務室には祖父アゲリオスにその補佐をしている父のヘクトルと叔父のリビュート、眼付きの悪い黒髪の貴族と、あの子どもが居た。袖のない胴着一枚で祖父らが座る長椅子の側に畏まっている。この場に相応しい者ではないのが一目瞭然だった。

「何ですか!この子供は!下民ではないですか!」

その後の顛末は今思い出しても不愉快だ。あの下民の女児は話は聞かず、言葉を遮り、あろうことか言葉尻をあげつらってこの私を陥れたのだ。この西都の市政官後継者、貴族で年長の男である私を。しかるにその非礼を祖父や父が咎めることはなかったのだ。

 事情が明かされたのは下民の女児が黒髪の貴族と共に去った後だ。

「あの平民の女児には能がある」

年齢不相応の口の回り様にあの立ち回り。不快だがそこは認めざるを得ない。

「本人は否定しておりましたが、神の加護ですか?」

祖父、父、叔父が顔を見合わせる。リビュート叔父が首を横に振った。詳細は明かさぬらしい。貴族にありながら街道衛士などを生業にしている変わり者の叔父だ。

「我らも当初は医神の加護があるのだと考えていたのだが、違うらしい」

 過日、この西都に疫病が広がるのではという危機が危うく阻止される事態があった。あのクロノは平民の女児に在りながら、そこでの働きによって才を見出されたのだと言う。

(リビュート叔父の関係か)

どれほど役に立ったのかは首を傾げざるを得ないが、神の加護を持つ者を市井から拾い上げたとなれば家門の内での発言力は増す。そうして連れて来られた6才で平民の女児なのだろうが、

(ハズレだった訳か)

神の加護は無かった。だが、祖父の発言に驚かされた。

「が、異能ではある」

異能?常ならざるとは何だろう。それも祖父や父が認める程とは。祖父は続けた。

「ただ、その能がどのような物か、どう使うべきかを決あぐねている」

どういう事だろう。そのように曖昧な事では判断しようがない。

「……能と言っても漠然とし過ぎていて」

「医の分野にはそこそこ秀でているようだ」

「医ですか……」

 神の加護でも治癒師や薬師を多く輩出するのはティタの一族だ。西都の施療院をまとめ、宮城や王族の医療を担う事から発言力がある。一方我が家はパラスの加護を持ち、叡智でもってこの西都を守護する。火や風のように華々しい戦力にはならぬが、戦においては戦略を担う。医は無関係とは言わぬが、火や風の武力、水や大地の統治に向く神の加護であるならば使いようもあったのに。

「クロノ本人もそれを見せたがらぬ、と言うよりは説明が難しいようだった」

貴族の前でひけらかしを避けたのかもしれないが、医に限らぬにしても何に長じているのかやはり判然としない。祖父が顎を一撫でする。

「他家に譲るには惜しいが、あの年齢でもある。儂やヘクトルに付けるには目立ってしょうがない。が、内向きの仕事をさせていてもその能が露になるとは思えぬ」

眉を顰めた。祖父や父が直接に従えたいと思うほどあの下民の女児は関心を持たれているのか。

(それ程の者なのか?あの無礼な女児が?)

「そこでお前だ。前々から平民の学舎を経験するよう言ってあったろう。それにクロノを従えて行け。読み書きは出来るらしいが、クロノも学舎へは行った事がないそうだ」

「私の講義に控えさせるのではなく?」

屋敷には教師を雇い入れてもいる。これまでも平民の学舎などに見どころは無いと断り続けてきた。

「あの分なら学ぶのは勝手に学ぶのであろうな。が、同じ年頃の者に比して如何様に違うのかを把握したい」

確かにそれは座っていて見えるものではない。漸く理解した。私が父や祖父より適当であることも。

「その振舞いに注意を払い、特異な言動を報告いたせ」

クロノの使いようを検めるのが私に与えられた課題になる。ふん。ではこの私があの小癪な女児が如何ほどの者か見極めてやろうではないか。


 次にクロノと顔をあわせたのは暫く経った家族の食事の席である。家族の食事に客が招かれることはままある。優秀な神の加護持ちや遠方の大商人、祖父の古い顔馴染みだと言う「塔」からの客人が同席した事もある。が、平民の女児。それはない。祖父や父は平民と同じ卓を囲むこともしばしばあると聞いているけれども、家令のベルティナスですら通常家族の食事に同席はしないのだ。

(並みならぬとはそれ程に?)

 当主である祖父母が正面に、一方の側に父母に私、妹のヘカテーの順で席が用意されていた。もう一方にエリトゥラ商会の会頭エーギル、叔父リビュート、そしてあのクロノが並ぶ。エーギルは父らと又従兄弟にあたるのだそうだが、

(はて?)

席次がおかしかった。本来ならば家族である叔父に、縁戚であるエーギル、使用人は給仕になる筈。が、クロノは私の正面に座る。飾り気は無いが質の良い紺の長衣。梳られた水色の髪は艶やかに流れる。貴族の女児と言っても通りそうな格好。挨拶もそれなりのものだった。

「クロノと申します。過日の褒章として同席させていただきます事、身に余る光栄でございます」

クロノは不釣り合いな場にある事を説明し場の不満に謝罪する。先日のあれは何だったのだ?という弁えた挨拶。そして

(こんな……女児だったろうか?)

 先日引き合わされた時よりも目が二割増し大きく見えるのは気のせいだろうか。長い睫毛をぱちくりとさせればさらにそれが際立つ。クロノの姉か妹だと言われた方が納得のいく別人感に困惑する。

(?)

食事の所作も問題は無い。6才ならば上出来だろう。何かを問われれば礼儀正しく簡潔に応え、愛想よくニコニコと相槌を打つ。そんなクロノを眺めるうちに

(……先日のアレは私も気が立っていたせいかもしれないな)

と思えてきた。女は宝であり財であるから、どの貴族家でも外へは出さない。私もこれまで家族と使用人以外の女と関わることは無かった。だから、可愛いか可愛くないかと言えば……可愛い。二歳年下の妹、ヘカテーなどは生意気に取り澄ましているから尚更である。

「ね?アステアス様」

こてりと首を傾げる様に思った。

(……うむ。正しくその能を判断するには先入観はいかんな)

私だけではない。ヘカテーも「もう少し市井の話を聞かせて貰えるかしら?」クロノを気に入って食後にも付き合わせていたようだ。こういう者ならば従えて歩くのも悪くない。い、いや、絆されてなど居らぬぞ。この者がどれほど並々ならぬのかを判断するのだ。


 そうして向かった平民の学舎。クロノは紺の長衣に水色の髪を結んだ使用人らしい姿である。護衛はいつものレレクスがつく。クロノには初めて会った時に「平民の学舎になど行かぬ!」宣言をした手前、仕方なくという体は崩さない。が、装う必要もない程に平民の学舎は程度の低い物だった。私にとっては「やはり」だが、クロノは衝撃を受けたようだ。「あのような場所にはもう行かぬ」と私が言いだすのではないかと思っているのだろう。私をちらちらと伺う。クロノはクロノで祖父と父から「アステアスが学舎へ行くのに付き従え」と命令を受けている筈だから。実際にそう言いたいのは山々だが、どうしたものだろう。たった一日ではクロノがどのように普通ではないのかを報告することは出来ない。と、

「あ!あれ美味しんですよ!アステアス様ぁ!」

 街道市に差し掛かった帰り道、パッと駆け出したクロノが買ってきたのは、オリーブオイルで揚げた魚のフライ。「ね?」なるほど揚げたてとは美味い物でソースが絶妙だ。どうやらクロノは私の機嫌を取っているらしい。小さな頭で色々考えているのだなと微笑ましくも可笑しい。そうだ。これはクロノがどう普通ではないのか観察するのに丁度よい。乗ってやるか、と思った。思ったのだが。

 街道市を紹介して回るクロノに付き合ううちに、私は何とも言えない違和感を感じ始めたのだ。何故クロノは指をさす時に片足をあげるのだろう?それも女がガニ股で?「よし!」いや、良くない。あのポーズをとることに何か意味があるのだろうか?護衛のレレクスに尋ねる。

「……平民の女は皆ああいう事をするのか?」

「いいえ」

下街を知るレレクスが言うのだから、やはりクロノが変わっているのだろう。そのままで普通に可愛らしいのに何故?いやいや普通ではない所を見出すのが私の役割だった。普通ではないが、いや、普通である方が…混乱してくる。

「見て!見て!あれ、鳥人の楽士ですですよ。新曲なんじゃないかな」

両の人差し指を立てて

「はい!はい!はい!はい!ソーレ!ソーレ!ソーレ!ソーレ!」

不可解な拍子をとって踊り始める。やはり股を開いて腰を落としたスタイルだ。……何故、開く?

「平民の女は……」

「いいえ」

普通ではない。普通ではないが、そうじゃない。祖父や父が関心を持つのはそういった点ではない筈だ。兎も角も、クロノに関してはまだ報告するには観察が足りない。

「明日も学舎へ行くぞ。付いてまいれ」


 待つまでもなかった。クロノは学舎の在り方についても何か考えて来たらしい。

「平民にとっても教育が重要であり、成果をあげる事が出来ることをお見せします」

黙って見守るよう請われた翌日、そこでクロノはやってくれたのだ。同じ平民の子供らを従えるために「買い物競争」を持ち出した。

 クロノがまともな服を

「何故、脱ぐ!」

脱ぎ捨てると

ぷりん

その音は私の中で確かにした。世界はこうであると言う信念が崩壊した音だ。尻?おしり⁈めくれた胴着の下がダイレクトに尻⁇女児は女だよな?恥らいは?いや、下は?下は穿いておらぬのか?何故?え?今までずっとそうだったのか?パニックで声が裏返る。

「へ、平民の!」

「いいえ!」

レレクスまでが悲鳴のような返答を寄こす。いやいやいや、クロノは普通ではない。あれが普通であっていい筈がない。だが、そうじゃないんだ!

 そしてその勝負、終わってみれば何とも既視感のある光景があった。

「遅いんじゃなーい?」

自分よりも年上の男を煽る。さらに、

「何が狡い?お前がそれで良いって言ったんだぞ。男が言葉を違えるたぁ随分みっともねえ真似するじゃねえか」

恫喝を込めた視線に耳に覚えのある台詞。魔物が変化するほどの変わりよう。ここ暫く目にしていた「アステアス様ぁ!」あれは何だったのだ?そして尻。加工された石材が幾つもの面を持つように、どれが本物のクロノか分からない。あれは平民だからなのか?それとも女は皆魔物のように変化するものなのか?

「へ、平民の女は……」

「………いいえ」

レレクスの願う様な呟きを聞きながら、

何をどう報告すればいいのだろう?

私は途方に暮れた。


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