3 自己紹介をしよう
本気で子どもの言い争いした訳じゃねえぞい。ホントに、ホントだよ(笑)。有用だと思われていても貴族相手に平民があれだけやりたい放題やったら、呆れて捨て置いてくれないかなと思ってはいた。まあ、これくらいまでは許されるなのラインが引けて良かったんじゃね?と思う事にしておくよ。で、アタシの職掌は侍女兼学友な。その実、任務はこの西都は市政官殿の孫アステアスの意識改革をはかるというもの。ペナルティと難易度の高さには頭痛がするね。教え導くってさ、「前」世でアルバイトは色々やったから子供相手の仕事もしたけれど、そもそもアタシ教育者って柄じゃないのよ……。人間出来てない。ってか、その前にアタシの年齢6才を問題にしろ。
では、その「平民の学舎になんか行かない」と拒否し続けていたアステアスが街歩きを楽しんでいるのはどういう事?って首を傾げているだろう。あれから市政官殿ご一家との会食に、エーギルと共にお呼ばれもしたが(ちゃんとした格好を用意して貰ったぞい)、そこでもまだアタシに敵意むき出しだったもんね。じゃあ、何故って?そこはアタシが頑張った成果なのです!一度くらい足を運べばそれで終わり、を一度で終わらせない工夫を初日にした。大層な物じゃない。実践!コビとくにゃ!
「あ!あれ美味しいんですよ!アステアス様ぁ」
徒歩での通学路、パッと走って行って買い、「ね?」与える。
「見て見て!あれ鳥人の楽士です!新しい曲なんじゃないかな!」
男子が好きそうな武具店を覗いたり、絶対景品が当たらない的当てで遊んだ。金も使いましたよ!後で請求するために細かく記してある。つまり、学舎が楽しいではなく、貴族街から出るのが楽しいを経験させた。これだけで終わると鼻持ちならない貴族意識持ったまんまの遊び人になっちゃいそう。それはそれで賭場娼館にハメればいい、チャリンチャリー……とかは思ってないよ、多分。ではなく、問題はそうじゃなかった。「平民の学舎なんか」はある意味正しかったのだ。
学舎二日目。教員であるラオコー師が布にかかれた基本文字表を壁に掛ける。学舎の教室に使われているのは祈祷・集会をするそのままの部屋。普段は壁際に寄せられている長机を椅子の間に入れただけのものだ。子供らが凡そ揃ったところで壇に立った。アタシが。
「今日は皆さんに話があります」
紺の長衣の裾を払って踏み台に上がるとざわついていた子供らは口を開けたまま動きを止めた。アタシでは教卓代わりの説教台越しに肩から上だけが出ることになるので踏み台も用意した。ふふ。つまり昨日のうちに準備根回しは完了しているのだ。
今日の子供たちは一〇人。家の仕事があればそちらが優先されるので定数ではない。平民は一〇才にもなると見習いを始めるから、二人を除いて皆その前くらいの年齢だ。流石異世界で髪色も目の色もとりどり。ほぼ男子なのは仕方がないのか。アステアスと同年代の二人は仕事上の必要によって読み書きを習いに来ているのだろう。このうち一人は級友唯一の女子だ。フード付き長衣のラオコー師は脇に控えて微笑むだけで何も言わない。ラオコー師はこの神の館の神官でもあるから仏という形容はないが、そう言いたくなる好々爺だ。アンタがそんなだから…は、今は横に置いておく。そう。話はついているのだ。アステアスにも平民の間で「取りまとめ」をする間、待っていてくれるよう頼んである。手間かかってるんだぜ。予定では昨日も麦芽糖の試作をする筈だったのに。アタシの金策タイム返しやがれ。クソっ。
「昨日一日、こちらの学舎を体験させていただきましたが、かなり問題があると言わざるを得ません」
アタシは表情を崩さないまま皆に告げる。初日の昨日でさえ貴族が同席するという緊張もほんのひと時。身分差が理解できていない子供とはいえ、それはヒドかった。くすくすこそこそのお喋り。言い付けられた書き取りなんか誰もやっちゃいない。書き取りには石板ではなく砂を敷いた木箱を使うが、隣の席の砂箱に手を突っ込んでいる奴もいた。貴族が居てあれなら普段は推して知るべし。前世の歴史資料集で見た、あれ。渡辺崋山『一掃百態』寺子屋の図、あれだ、あれ。真面目に勉強してるのは三人くらいで、あとは落書きしたり酷いのになると取っ組み合いを始めている奴。こんな事態は聞いていない。「前」世日本人だったアタシには許し難い事態ですよ!クソガキどもめ!アタシはアステアスにまつわる任務に当たって段階的な目標を立てていたのだ。
1 平民と交流を図る
・級友を通して市井の暮らしを知る
・身分制度とは何か考える機会を得る
2 能力値は身分ではなく個人差である事を知る
・神の加護の有無に関わらず平民の潜在能力の高さを知る
・身分差による教育格差が人材の損失につながる事に気付く
3 平民の働きがなければ貴族の暮らしは成り立たない事を知る
・実際には社会がより多くの平民・奴隷によって動いており、貴族こそが平民無くして存在しえない事を知る
ところが、だ。目標も計画も何もない。学舎は、ここ学校じゃねえだろ!だったのだ。この状態はアステアスの意識を変えるどころか
平民は言葉を喋る家畜
確信を深めてしまっている。ってか、市政官殿はコレ分かってて学舎に孫を送り込もうとしてたのかよ!アタシの任務すでに失敗?いやいやいや。ここで終わらせる訳にはいかない。よって
シメる。
「あなた方が真摯に学習に取り組まないのは日常生活にかかわりが少ないと思っているからですね?」
まだ何が始まるか分かっていない一人一人を目で制する。この場で一番年少の6才女が。
この学舎に通う子供らは上街の住民になる。うんと裕福ならば親が読み書きできて使用人もいるから自宅で教わることが出来る。上街でも夫婦揃って働く様な、そして授業料である束脩を払える程度には余裕のある層の子供たちという事になる。ふふ。事前調査は怠りません。大規模な工事を請け負う大工の息子が3人。鮮魚の大店、二つ隣の村からくる陶物の窯元に織物の卸し、石工の親方、夫々の息子が主要メンバーだ。こいつらは小3くらいのギャングだな。年長二人は綺麗な顔の隻腕の少年に、女子は織物職人見習いだ。この学舎にわりと商人職人の息子が多いのはイルムスの館だからかね。
年長二人が最前列で真面目にやっていたのは必要があって学びに来ているからだ。イケ顔は事故で右肘から下を失ったらしいが、読み書きが出来れば仕事にありつける可能性があるし、女子は生涯織工で過ごす辛さを知りスキルアップを図っている。恐らく二人は束脩も自分自身で払っているだろう。一方のクソガキどもは徴税や契約で読み書きできないと苦労するのを知った親に学舎へ行くよう言われた者たちだ。
勿論彼等にも言い分はあるだろう。「名前書けりゃいいじゃん」「買い物くらいできるし」ディオもそう言っていた。ここの学習内容にも一言では済まない物があるにはあるのだ。基本二九文字を覚えたら、教師である神官が神の書を読み上げ、ピックアップした単語を書いて見せる。砂箱に何度か綴って覚える。計算も数字を覚えたら足し算引き算を少しという程度なのだ。それだけ。
つまんねぇー!!
愕然とするほど面白くない。これでやる気を出せという方が難しい。アタシは学舎へ行かず魚人のアイギースに読み書きを教わったが、金払わなくて正解。興味関心を持ってこその身に付く学びでしょう?あ、アタシちょっと教育者っぽくね?うふ。
「それは間違いです。勉強は人生・生活に必要だからするのです」
ん?クソガキども不満気だな。「だってなあ…」漏れてるぞ。
「と、いう訳で、この学舎では新しい教育に取り組むことになりました。読み書き計算のレベルをあげ、貴族であるアステアス様が同席されるに足る学舎を目指していただきます」
「は?」
突然の通達に声が上がった。勿論、聞かない。ラオコー師にも市政官殿にも話は付けてあるのだ。
「今後、皆さんの保護者、お父さんお母さんにも夫々了承を頂く為に順次訪問させていただきます」
悲鳴のような「えー⁈」「訪問って?」「ウチに来るの?」が口々に始まる。紺髪が勢いよく立ち上がった。
「待てよ!何勝手に決めてるんだよ!」
大工の棟梁の跡取りな。大工の息子三人組のその1。この学舎でのリーダー格ってところだな。茶髪に茶眼の大工その2か3がその袖を引く。「お貴族様が居るからさ…」遠慮しろって?うんうん。ちゃんと親から言い付けられているね。が、大工1は気にしない。アタシを指さして糾弾する。
「お貴族様の使用人だって、こいつはただの平民のガキじゃねえかよ!」
そう。アタシは平民で6才で女。事実を言えば学舎に通えない貧民の下街生まれ。この場で一番ヒエラルキーは低い。
「こいつは一度もお貴族様の命令だなんて言ってねえ。こいつが勝手に決めたんだ!」
アタシの主であるアステアスがこの騒ぎを放置していることを指摘して鋭い紺の眼で睨みつける。なかなか目端が利くじゃない?その通り。
「俺たちは奴隷じゃないぞ!言う事聞かせられると思うなよ!」
喚くと子供らはざわめいた。いやー、アステアスから見たら全員、奴隷と同じよ?が、紺髪大工1の発言を否定はしない。
「だがここが学びの場として不適当なのは事実だ」
実のところ市政官殿の許可という身分を持ち出せば強制はできるのだ。が、納得のいかないところに学びは薄い。そして上からの命令では真の目的であるアステアスの意識改革のためにならない。だから
「じゃ、アタシとアンタが勝負して勝った方の言う事聞くってのはどうだい?」
身分ではなく実力で。子供らが目を見張る。「前」から思っていたんだけれど、男子って勝ち負けに拘るんだよなー。どちらが上かを決めたがる。大抵ははしっこい奴、身体がデカい奴、声がデカい奴が勝つ。で、多分この紺髪がここのトップだ。こいつに勝てば自動的にアタシが大将になる。
「アタシが勝ったら教育レベルは上げさせて貰うし、親御さんの所を訪問させてもらう」
どう?と紺髪に対峙する。幼いながらに筋肉質でもう少し成長すれば精悍な感じになるのだろう。微妙な華奢さがショタ垂涎。おーおー、敵意むき出しじゃん。完全格下のアタシの挑戦をこいつが受けない筈がない。
「こっちが勝ったら、今まで通りやらせてもらうからな!ズルはするなよ」
網にかかった。
こっちは中身が元アラサー。人生経験が違うのよ。交渉としては甘い甘い。アタシが二つ条件を出しいるのに気付いていない。
「そうだね。ズルは、無しだ。喧嘩じゃ男で年上で体の大きなアンタが勝つだろ?」
じゃあ何で勝負するのだと注目が集まった所で言った。
「買い物競争。アステアス様の昼食を街道市で買ってくる競争だ。速く、安く、望みの品を揃えた方が勝ち。勝敗を決める審判はアステアス様と護衛のレレクスだ。予算は大銅貨3枚ずつ」
採点項目は3点。審判二人の計6点を取り合う。
「ズルいぞ!お前は審判の好きなものを知っているじゃないか!」
紺髪大工1が声をあげると大工2と3が「そうだそうだ」と続く。ふふ。温まってきたじゃない?
「だから、買い物の品は今、決めてもらう。店の指定はなしだ。品物だけ。アステアス様におススメをお教えしろ」
「わっ」という歓声と同時に急に注目が集まったアステアスが目を白黒させる。これが美味しいです。いや、これが。口々に始まる。身分差と年齢差がある所為か、昨日は言葉を交わすことも無かったのだ。子供らに囲まれ、アステアスも「それはどのような物か?」乗り気になって来た。
「ふむ。ではキッシュと串焼き肉と果物だ。果物は何でもいい」
大騒ぎの末に内容が決まるのを見て確認。ここ重要。
「勝負はそれでいいな?」
「いいぜ。へっへっへ。俺は足が速いんだぜ~」
そうなのだろう。
「買い物には計算も必要だからな」
も、ね。
勝負です。スタートの合図と同時に歓声に押されて学舎を飛び出してゆく大工1を尻目にアタシは左右の髪をほどく。素直な水色の髪は払うだけで纏る。駆けださないアタシにアステアスが声をかける。
「クロノ?何故行かぬ?負けるぞ」
で、長衣は裾を持って一気に脱ぐ。
「な!何故脱ぐ!」
悲鳴のような声をあげるアステアスは放置。ちょろっと尻が見えちゃうのは「!!!!!!」ご愛敬。ノーパンだからね。イケ顔がゲラゲラ笑い始めて織女が片顔を手で覆った。
「あああ!」
赤面していた大工3が胴着一枚になったアタシを指さして
「青髪!」
目を見張った。あら、アタシちょっと有名人?まあ、行ってきます。
負ける筈がない。
「遅いんじゃなーい?」
駆け込んできた大工1を煽る所までがお約束。今日は木の日。キッシュを売っている店舗の一つにサービスで果物を付ける店があるのだ。で、イチジクを一つ。ついでに串焼き屋は顔馴染みで「オッチャン!特急!」「お!久しぶりじゃねえか、青髪」優先的に売ってもらえる。何を隠そうアタシはしばらく前まで街道市で買い出し屋をやっていた。ついでに街道市の店舗の並びを書き記すアルバイトは今もやっている。今朝の並びも把握済み。そう。この勝負は如何に足が速いかでも計算能力があるかでもない。最短ルートの設定が出来るかどうかなのだ。いちいち店を探し回る奴に負ける筈がないのだ。
「マルコス!こいつ買い出し屋だ!赤髪青髪の青髪だ!」
「ずっ、ズルいぞ!」
わはははは。平民どころか胴着一枚の袖なしでしたー。並んだ品を見ても瞭然。メニューは同じでも物が違う。
「これカムラの屋台のキッシュと串焼きはアベルのだろ?オレンジは銅貨2枚ってところか?そうならおつり間違えているぞ。計算が大事なの判ったろ?」
串焼き屋のアベルはこっちが気を付けないと釣銭を間違う。あの親父わざとやってる気がしなくもないけれど。当然勝負は五一でアタシに軍配が上がった。一はレレクスがアベルの串焼きに一票入れたのだ。辛めの味が大人向けなのね。
「ズルいぞ!もう一度勝負しろ!」
大工1が地団太を踏む。この男尊女卑社会を是認するのなら「男らしさ」にも責任取ってもらうぜ。
「何が狡い?お前がそれで良いって言ったんだぞ。男が言葉を違えるたぁ随分みっともねぇ真似するじゃねえか」
エリトゥラ仕込の恫喝に紺髪大工1は言葉を飲み込む。
「ほっほ。これはクロノの勝ちですね」
ラオコー師がしめた。意外だったのは唯一の女子、織姫が大層喜んだこと。
「ちっちゃいのにスゴイよ、アンタ~」
ぎゅっとしてよしよしして貰った。わーい。
で、こちらの学舎、教育改革いたします。あまり勝った気がしないのは余計な手間は増えてるし、アタシに儲けもないから。目的のためではあるのだが、迂遠、うえん…うえーん(泣)。




