1 始まりはさよなら
前段、職業行脚がひと段落したところで投稿したところ沢山のかたに読んでいただけて、嬉しくなってしまいました。よっしゃ、この先のクロノを書こうと思い立ち、またしばらく向き合う予定です。ほぼできていた物を投稿するのと違ってペースはかなり落ちますが、また読んでいただけるようがんばります。
有難うございます。
神様なんて居ない。
人間を憐れみ、救うような神は。ってかさ、勝手に名前使って延々と殺し合いしているのを止めない時点で、そいつは人間のための神様じゃねえわ。不憫な死に方をした子がチート貰って無双する異世界物は星の数ほどあるけれど、戦乱地域や貧困地域の理不尽が凄惨で非人道的なのは言うまでもない。どちらが上かって比べるのもおかしな話だが、そっちは救ってやらねえの?ってね。なんてことを「前」から考えてはいた。「前」ね。そう。アタシにはちょっとしたきっかけで思い出した前世の記憶がある。アタシの今の名はクロノ。まあ、そこから色々あって早一年弱。異世界転生とかってステキな響きとは無関係に(ここ重要)、転生特典はねえし(はい赤線)、貧民街生まれで、借金のカタの娼館住まいの上に年頃どころかまだ6才。「前」世の記憶はあっても温かな家族の思い出、何それオイシイの?的に前世も今世も家族はクソときたら、神様なんて居る訳ねーと思うわな。
ところが、だ。居るらしいんだわ。その神様とやら。やっぱりアタシには関係ないんだけどね。
この世には火や水、治癒等々、常ならざる能、神の加護を持つ者がいるのだ。神様が与えてくれた能力。流石異世界、ファンタジーで魔法的なそれは所謂スキルって奴だな。アタシも見た事あるけれど、治水や街の造成、病の治療、勿論他地域との抗争においても神の加護は社会の在り方に大きく関わっている。そんなモノをくれのだから、神様もどこかに居るんだろってね。
とは言え、神の加護は全ての人が持つのではなく、一部貴族に多くみられる能力だ。極稀に平民でも能力が発現して貴族に取り込まれたりもするらしい。発現率からみるに遺伝か環境に関係しているのだろう。加護があるから貴族なのか貴族だから加護を得たのか。どちらにしても神様はその他大勢の事なんか知ったこっちゃねぇのが丸わかりの社会構造なんだけどな。
アタシは「前」世の記憶がある所為でしばしばこの加護持ちだと誤解される。それ誤解な。加護もスキルも無いんだよ!な・い・の!高等教育を受けたアラサーの記憶が6才の子供らしくないのは自分でも認める。だがそいつは加護じゃねえんだよ。ってかさ、苦労しっぱなしだった「前」世のろくでもない家族の記憶なんか思い出したくもないんじゃ!クソがぁ!正直に言う。
アタシも神の加護欲しかった!
異世界転生果たしてるんだよ?おかしくね?大の字になって駄々こねたら貰えるっていうのなら迷わずやる。三〇才でもやる。いや、六〇でもやるね。後発スキル来いや!んが、待ち構えていても、来ねえし。神様には愛されていないのよ。「前」も「今」も。
商港西都の名物は各所に架かる木造石造の橋と街を南北に貫く街道沿いに屋台が立ち並ぶ街道市。港から近隣地域から日々運び込まれる品々に行き交う人々。その喧騒は田舎から出てきた者が目を回すほどで周辺都市の中でも屈指。公称十万の人口は伊達じゃない。実のところその街道市で売買される品々はあくまで余剰財。価値の高い物、質の良い物は実店舗に卸される。西都は北の大路に布や細工物の工房が集まっているし、宮城へ続く中の大路では主に食材が扱われ、袖のある長衣を纏った上級市民が品々を手に取っている。
「こんなもんかねぇ?」
材料をそろえたところで声に出た。その店は街道からも近く、中の大路から一本入った場所にある。扱うのは主に海産物。こじんまりとはしているが、ここのところ西都でも目新しい食材が話題になっている店だ。水上都市ヴァティカが宮城から国交の証として許された店の一つ。もう一つのヴァティカ直営店は真珠や螺鈿細工、貝釦の宝飾品を扱う店で貴族街にある。
「場所を貸してるんだから、何作ってるのか教えてくれてもいいんじゃないのか?」
そう言うのは魚人のアイギース。魚人は海の暮らしに適応した亜人だ。店番をしながら騎竜兵のような大柄を捻ってしばしばアタシを振り返る。気やすい喋りだがこれでヴァティカでは貴族というから驚きである。
「アタシの儲けが減るじゃねぇかよ」
この店の主力商品、チクワとはんぺんは「前」世の知識でアタシが作らせた。そこにもいろいろ経緯があって、アタシはその利益を受け取ることは無い。クソッ、ちゃんと契約しておくんだったぜ。それは兎も角、現在アタシはここで竈を借りて作業しているのだ。新たな金策のために。
おかしいだろ?そう。おかしい。何故アタシは6才の身にして金策に勤しんでいるのか。親無し子ではない。親が居るからこそのこの有様なのだ。クソ。大体さ、異世界転生と来たら、最初は苦労してもチートなスキルや前世知識でイイ感じになって来るもんじゃないの?アタシ?絶賛「前」世同様、クソ家族にやられっぱ。親の借金のカタに娼館に身柄を押さえられてる所。うっかり死んじゃった奴が路地裏に転がっている貧民街では異世界ほのぼのデイズには程遠い。臭いし。まだ奴隷じゃない、まだ身体売ってないのが努力の成果って首を傾げたくもなる。「親から稼いだ金を没収されなくなったの!スゴイ!アタシ!」で幸福感じる程に期待値低くねんだわ。王子様が助けてくれたりとかしない訳。やっぱ6才なのがマズいのか?いや、妙齢でもアタシじゃな……。
まあ、そこまで求めなくても希望はあります。アタシの最大の希望は上下水道。捻ると出る水に臭くないトイレ。え?期待値低い?そんな事ねえぞ。インフラ大事よ?人類はその歴史の大半をこの臭いと共に過ごしてきた。西都は街区溝があるだけましなんだってば。が、話に聞くにこの世には「前」世快適社会に近い、「塔」と呼ばれる超文明都市があるらしい。と、なれば、あるよ。絶対ある、上下水道。じゃ、そこを目指すしかないでしょ。アタシ、ヤる!ええ、やりますとも!
竈の前に陣取るディオの顔は煤まみれだ。火勢を熾す火吹きを当てる口元だけがもとのまま。竈火に曝された膝から脛は赤くなっていた。
飯を炊いている。
コメはアタシが「前」世で毎日食っていたものよりも細長い。研ぐのと水加減は「前」と同じにしてみたが、竈に落とし込むタイプの耳付き鍋と通常調理には使用しない蓋、時間は感覚頼りだから上手く炊けるか分からない。
「なんで俺がこんなことしなくっちゃなんねーんだよ!」
いや、頼んでねえし。この店で作業するとは言ったが、そもそもディオは誘ってない。アタシが何とか準備を整えたところで現れたディオが「火も熾せねえのかよ!」「薪が足りねえじゃないか!」とはじまって押し退けられてしまったのだ。相変わらずのディオだけど、何故「火を熾してあげるよ!」「薪を運んできてあげようか?」「熱いから下がって」「君が煤で汚れちゃうから代るよ」言えないかな?そこそこ長くツレをやっているディオは女の子と仲良くしたいくせに悪態しかつけない残念な小学生男子なのだ。とは言え労働を代わってもらっているのは確かなので感謝は口にしておいた方が良いだろう。
「さっすがディオ!手際が良いね!」
「ったりめーだ!」
火には照らされてない筈の項に朱が指す。
「知らなかったよ~、こんなに薪が要るなんて~」
「ふんっ!俺は毎日母ちゃんの手伝いしてっからな!」
こいつな……、口調とは裏腹にもじもじしちゃったりする訳よ。
「すご~い!ディオのお蔭でちゃんとコメ炊けそうだねっ」
「ったくよー。コメとか西都じゃ普通食わねえのにこんなもん始めやがってよぅ」
ぼやくスタイルだがコレ、お前のためにやっているんだぞアピールな。
「センスあるよ~。初めてなのにスゴイ!」
「……まぁ?やってやってもいいけどさ。ほかにもお前よりできる事あるし」
あー「俺を頼みにしろ」ってことで、次の手伝いも申し出てるんだね。
「そうなんだ!スゴイね!ディオ」
照れすぎてそっぽを向くところまで。……チョロい。チョロすぎる。男を褒めるさしすせそ。軽く実践するだけでこの為体。あまりに容易くて眉間を揉む。もとアラサーのおねいさんは君の将来が非常に心配だよ。兎も角も飯は存外うまく炊きあがった。ふむと一口。若干もちもち感や甘みが薄い気がするが品種によるものだろう。パエリアとかに合う感じだ。
コメは「前」世の食が懐かしくなったから、だけじゃないぞ。こいつは新たな金策なのだ。そう。アタシは自分を買い戻すための金を貯めなくてはならないのだ。「前」世知識で大人並みの交渉をした結果、アタシは売られるまでの猶予を得た。金策を講じるための時間もね。借金の総額には届かないが、そこそこ利益は上げているんだぜ?いや脱線。
で、コメで金策、「前」世知識で新しいレシピよ。ふふふ。定番じゃないですか。アタシが用意したのはコメと麦芽。こさえようとしているのは麦芽糖でーす。水飴な。土産にもらった南部せんべいについていたの食べた時、「へえ…麦芽糖?何で出来てるの?」レシピサイトを眺めた事があったのです!イヤな記憶ばかりじゃなくて役に立つ記憶もあるじゃん!エライ!アタシ!
麦芽糖は「前」世飽食の時代では優しい甘さ程度の甘味だった。「今」世にも蜂蜜や砂糖はあるが超高級品。その甘味が良くある材料で作れるのなら一財産築ける!かも。人生一発逆転っスよ!わはははは。
ところがさー、ちょろっと眺めただけのサイトなんだわ。用意するのはおかゆ(米)と水と麦芽(発芽大麦)だけだったのは覚えている。発芽大麦はここでもビールが作られているので手に入った。街道市の酒造りで有名な村の屋台に話を付けたのだ。コメも西都では主食ではないが南や東の地域から入ってきている。問題はその先。調理工程までは覚えてない訳よ。分量も分からない。「前」世覚えている位に記憶力は悪くないが、瞬間完全記憶ってほどではない。ぬうん……。
何度か試行するつもりで炊けた飯を小分けにする。ついでに塩を少し分けて貰って6才の手にちょうどの小さいおにぎりを三つ握った。一つ目はディオに進呈する。
「手伝ってくれてありがと。「はじめて」はディオね」
どの「はじめて」だと思ったのか、息を吸えなくなったディオの顔が髪と同じ赤になる。はいはい、呼吸しないと死んじゃうからねー。しっかり目に握らないと塊にならないのが気になるが味は上々。
「へえ。塩だけでも結構食えるな。だが、これだけで売れるのか?」
おにぎりを齧りながらアイギースが疑問を口にする。
「いや、これはまだ製作途中。ディオ、食べないの?」
まず息しようか。とりあえず材料は揃ったが、ここからどうするかねえ。小分けにした分でお粥を作るだろ?そこに水と麦芽を投入でいいのかな?一度に入れちゃっていいのかな?思案していると指に残った飯粒を口に運びながら目を逸らせたディオが口を開いた。
「……さぁ…、母ちゃんがさ…」
ん?ディオの母ちゃん?どうかしたのか?
「……クロノと付き合うなって言うんだ…」
腹立たしさとアタシへの遠慮。ディオの奴、そんな事があったのに今日もここへ来ていたのか。ちょっと胸にくる。
彼女が言う事は分からなくもない。今アタシが住まうのは歓楽街、富める者の通りにある娼館だ。娼女としてではなく使用人部屋の一室ではあるが、親の借金のカタにそこへ置いて行かれた以上、アタシは近い将来そこで働く娼女になる。アタシは自分で自分を買い上げるつもりで金策に勤しんでいるが、6才の金策など高が知れていて、一般的にはそうなる未来しかない立場だ。そこにアタシの責任は無いし、親がクソなのはディオの母ちゃんも目撃している。が、いいや、だからこそ親がさらにアタシの背に借金を負わせるが目に見える。カネ払ってヤリ捨てるのなら兎も角、娼女相手に変に友情や恋愛感情を抱けばディオ自身が身を持ち崩す。言った。
「そいつはディオの母ちゃんが正しいね」
まともな親なら子の幸せを願わぬ筈がない。ディオの顔色が変わった。
「どうしてお前がそういう事言うんだよ!」
アタシは困って笑った。ディオはアタシが傷つくと思ったから遠慮がちに切り出したんだものね。今さら傷つくには人生経験があり過ぎた。そんなの初めてって訳じゃないし…いや、そいつはちょっとだけウソだな。ただ何事もない顔は出来る。
「俺と付き合いたくないって言うのかよ!」
いや。アタシに手を貸してくれて、一緒に居てくれて、助けたいと思ってくれて、傷つくんじゃないかって考えてくれたディオがアタシにとってどれほど貴重か。
「俺のこと嫌だって言うのかよ」
いいや。家族よりも家族なディオ。恋愛感情ではないけれど、如何にも小学生男子な君が大好きだ。つい揶揄いたくなるくらい。だから、
「子供が足を踏み入れちゃいけない場所に住んでいるのも、このままなら奴隷になるのも事実だよ。ディオには何のメリットもない」
ディオはアタシに関わって蹴り飛ばされたことがある。今のアタシの境遇は害悪すらあるのだ。ディオは拳を握りしめたまま言葉にならないものを吐き出そうとして、
「……」
それを止めると、身を翻して飛び出していった。
「いいのか?」
アイギースが問う。ため息を一つ。仕方のない事は世の中には無数にある。「前」も「今」も。
「あの子とは遊ばないようにしなさい」
母からそう言われたのは同じ団地に住む父子家庭の子だった。同じ年頃の子だから公園で顔をあわせる。友達の家に上がった際に行儀がなっていない。友達の母親に甘える、大人に媚びる姿勢が子供らしくないと母は言うのだ。
その実、アタシが周囲からはそう言われる子供であったことに母は全く気付いていなかった。深夜に警察に通報される程の夫婦喧嘩を繰り返す家庭。親は宗教活動に明け暮れ執拗な勧誘を繰り返し、放置された子供は洗濯もせずに毎日同じ服を着て遊び友達の家に入り浸る。母が嫌うその子よりも、アタシの方がそう言われるだけの事はあったと思う。あの頃のアタシにはそういう常識を教えてくれる人は居なかった。失敗から学ぶしかなかった。
「今日は家族でお出かけするから一緒に遊べないんだ」
ある時、公園に行こうと誘いに行った友達に言われた。アタシはどこかへ遊びに連れて行ってもらうようなことは無かった。外食すら年に一度か二度。
「一緒に行けたらいいのに!」
友達は言った。そうなったらどれだけ楽しいだろう。だけど「アタシも行ってみたい」とは言えなかった。そう言うのは母の嫌う図々しく媚びた発言だからだ。
「じゃあ、パパとママに一緒に連れて行きたいってお願いしてみたら?」
その子はアタシに唆されるほどに幼かった。
意地汚く浅ましい。子供らしさではなく幼稚。それがアタシ。
連れて行ってもらった郊外の公園には初めて見る草滑りの遊び場があった。レンタルした橇で何度か滑った後でアタシは友達の親の目に気付いた。友達には妹が居たけれども、アタシが居る事で姉妹で仲良く遊ぶことが出来ないのを残念に思っていたのだ。そこからは必死だった。アタシは姉妹の橇を坂の上まで引き上げてやり、背を押してやって二人を楽しませることに専念した。姉妹は揃って笑い声をあげ友達家族は満足した。アタシが橇で滑っていないのを気付いた人はいなかった。親が我が子のために用意した家族の団欒はアタシのものではなかったのだ。アタシは愚かだった。
その子の親には友人姉妹とお揃いで洋服を買って貰ったこともある。女児向けのサマードレスは「背中が出ているじゃない!」デザインが気に入らなかった母に着せてもらえる事はなく、どこかへ行ってしまったが、アタシは憐れまれていたのだと思う。憐れんではいても物事には序列がある。我が子が真っ直ぐ健やかに育つことを願わない親はそうそういない。意地汚く、子供らしくない嫌らしさに影響されては困るのだ。
「あの子と遊んではいけないよ」
この世に救う神は無いけれど、罰を与える神はある。与えるも与えないのもその時々の神のまにまに。




