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無碍なる塔の前世持ち    アンチ光属性 底辺からの異世界職業行脚 或いは人牛の件  作者: いちめ


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22/22

22 経糸 ラケイシス

「両親が居るの。幼い頃良くしてくれた人達も」

 我が師の御業はそれは美しいものだった。翼をもった犬に蛇。尾が蛇の獅子。首から上が人であるケンタウロスは新たな種族を成したように、その御業は生命を創り出した。彼女が塔へ辿り着くまでは、それは忌避されるものだったのだと言う。その故郷へ師は帰った。大事なものを質に取られているからだ。嘗て使えぬと忌避し、放追した神の加護に彼らは臆面もなく要請した。

 師が置かれた状況を知ったのは辺境の地を訪れてからだった。約束した三月に一度の近況の手紙は良い事のみが書かれていたのだ。師が故郷の領主に命ぜられていたのは

「人のように賢い牛或いは牛のように強い人を作れ」

だった。そうして彼女自身は戻らなかった。

 軟禁が解けたのは昨夜。西都の市中に疫病の恐れがあり、その為の措置だと聞かされていた。辺境帰りの者がそれを持ち込んだと。辺境帰りというのなら確かに私もその一人だ。が、予想よりも随分と早い解放で驚いた。

「失礼があった事を深くお詫び致します」

 想定外に早かったのは、権力を発動して一切を終わらせてしまったのだろう。宮城からも市街に火の手が上がっているのが見えた。あれは辺境領主の館だ。患者のいる場所を全て焼くのなら幾つもの火の手が上がる筈なのに、それは一つだった。或いは全てを集めて真も偽も一緒に火にかけたのか。塔から来た私だけは薪にすることも出来ずに困ったろうなと可笑しい。黒煙は棚引かず、ただ立ち上り、市中に燃え広がらぬところを見ると四方に風の使い手が居るのが窺えた。きっと彼らは神に愛された者としての暮らしを送っているのだろう。私や我が師プロメテー様とは異なる生を。

 全てを灰にする愚かさには呆れるばかり。塔が他国と距離を保ち続けるのも当然だ。私が解放されたという事は疑わしいものをすべて排除し終えたのだろう。宮城内の反応は塔の加護持ちを引き留めようとしていたこれまでとは打って変わったよう。構いはしない。ここを再び訪れる事は無いのだから。今日、西都を出る。

 西都の北門を出て街道沿いに進むと騎竜なら二週間でその街に出る。嘗ては山間の小さな村に過ぎなかったそこは塔への玄関口として今や城壁を構える。目指すのはその街だ。修復が終わっていない中央大路を街道に出て北門へ竜首を巡らす。ぱらぱらと残る屋台はまだ市が立つには早い時間だから、今朝出したものではないのかもしれない。

 北門の門衛が視認できる北橋に差し掛かったところで声が掛かった。

「オッチャン」

流れる水色の髪に意志の籠った瞳。胴着一枚の袖なしの姿で。

「クロノ、見送りに来てくれたのかい?」

 宮城の宴ではラケイシス様なんて呼んでいたが、またオッチャン呼びに戻ったらしい。その幼女は片膝を立てて欄干に腰を掛けていた。はしたないにも程がある。下民なのだろうが親は何をと思いかけて、娼館の子であったことを思い出す。宮城の宴には高級娼婦の侍女として来ていたのだ。その傍らには練習用の木剣を振っては風きり音を立てている赤髪の少年。この子も辺境の民の野営地に居た。私の騎竜が歩を進めると少年は木剣を振る角度を変える。気付いた。少年は行儀の悪いクロノの胴着の中が見えぬように視線を遮っているつもりなのだ。その微笑ましさに表情を崩しかけて止まった。何やら雰囲気が違った。

「帰るって聞いたからさ。残業代請求に来たわ」

 今にもケタケタと笑い声をあげそうな調子で、クロノは太々しく下から騎竜を見上げる。

「残業代?」

さて?強盗でも働くつもりか。何故そう思ったのかと言えば、クロノが発している空気の所為。顔だけは笑った幼女が口を開く。

「オッチャンがどういう理由で辺境領主をヤっちまったのか知らねえし、関係ねえけど、お蔭で随分働いたんだよ。アタシ」

 面食らう。

(「辺境領主をヤッた」……?)

 胸の内で反芻する。この幼女は私がその咎人だと言うのである。幼子の戯れにも困ったものだ、そういう表情を作ろうとして目があった。クロノの目だけは笑っていない。剣呑。この幼女は怒っているのだ。激怒していると言ってもいい。

「……辺境領主は病でお亡くなりになったと聞いたが」

何気なく続けたが無駄だった。

「あれなー、オッチャンが行李で持ち込んだ寄生虫だろ。肝臓悪くすると腹水溜まりがちなんだよね」

何故この幼女は生物、医学的な話を難なくこなすのだろう。この辺りの国々にそのような教育を与えることが出来る筈もない。まして貴族ですらない娼館の娘に。

(もしや加護持ち……)

「だけどな、進行が早すぎるんだわ」

黙った。

「モイラ、時の加護でクイック&スロウ。時の流れを堰き止める事も早く流すこともできるんだってな?」

露見している。

神に愛されでもしなければ、こんな幼女が居る訳がない。その加護で事実に気付き、私を糾弾しようとしているのだ。

「中間宿主の陸貝、スロウで生体活動落として運んできたろ?」

その通りだ。師の墓を訪った挨拶に行き、生きたまま辺境領主邸に持ち込んだ。幾らかを振舞った後、食材として増やすことを勧めて井戸、池、菜園に放った。最早、彼女はそれを既定の事実として言葉を吐く。こんな未開の地であるのにも関わらず物証があるのだと思った。

「早いとこ結果出してオウチに帰りたかったとか?」

 クロノの言は問いかけですらない。その小さな背に火炎を背負うようにして言葉の端々に煽りが混ざる。

「それってオッチャンの意志?それとも塔の意志?そこんとこ確認したかったんだよね」

何の加護だ?如何なる愛を神から得たのか?

「あれだけ繁殖させちゃったら使用人も被害を被るって考えなかったのかな?使用人にもクイックかかってたよね。神の加護使って」

彼女の燃える眼差しが言う。

「知っているぞ」

お前の咎を。

「使用人の家族や恋人、友人はどうすれば良いのかな?賢い塔の御方なら知ってるんじゃない?アタシに教えてよ」

黙って耳を傾けていたが、未開の地の下々と我が師とを同列に扱われ流石に言った。

「使用人とプロメテー様は違う」

 それが怒りに火をつけた。

「クソだな。お前」

「クロノ、こいつやっちゃっていいだろ?」

ついにオッチャンがお前になった。

「神の庭は、塔はそんな所じゃないって思いたかったがね」

 クロノは欄干から飛び降りる。

「加護を持っているのか?」

「あったら苦労してねえよ!」

クロノは最大の侮蔑を込めて吐き捨てた。神への侮蔑。神の加護を私的な理由で用いた者への侮蔑。

 困惑したことで我に返る。いつの間にか彼女のペースに飲まれていたようだ。何も知らぬ振りで別れを告げる事も出来たのに、だ。それはきっと、この幼女の眼差しの所為。遠からずこの娘は塔へ来る。確信した。

「私は西都にもう用事はないが、君が塔へ来るのを待って居るよ」

クロノはそれを鼻で笑う。赤髪の肩を抱くと背を向けた。後ろ手で手を振る。

「請求書の宛名は神様にしておくわ」

その意味は「報いを」だ。



 ラケイシスの帰国はヘクトルから知らされた通りだった。アタシが見送りに出たのは細やかな意趣返し。彼の所業を糾弾する事も出来たのに西都の主はそれをしなかったのだ。それが国力の差なのだろう。が、この件で骨を折ったヘクトルもラケイシスの出立時間を教えてくれたくらいだから思う所があったに違いない。この混乱を齎した者など塔の加護持ちであっても不要。二度と国境を跨がせない。それを宣言するためにアタシに待ち伏せさせたのだ。アタシもこの国に義理は無いが、自分だけが特別だと思っていやがるカンチガイ野郎には言ってやりたい。このまま上手く行くと思うなよ。

 そんなこんなでこの件にはケリが着いた。嫌味を言うくらいしか能のない自分にはうんざりだ。少しぐらい長い人生経験では何も出来やしない。加護は無くとも力を身に付けたいと思う。神様には愛されていないから。

 早期に隔離が解除されたおかげか、エリトゥラ商会の人達は若い衆の何人かがボコられただけで、フリュ姉を含めて娼女達は無事だった。大金貨もそのままの形で返すことが出来たしね。戻ったアタシの頭をエーギルが撫でたのを見て隠し子疑惑が再燃していた。

 でもさ、いやーヘクトルの対応は早くてびっくりだったよ。ってか、辺境領主邸の敷地全部焼くとか大事になりすぎ。権力が偏ってるから出来ることもあるんだな。そこまで求めちゃいなかったが、当のアタシが寝入っちまったのだから仕方ない。体力も付けます。はい。

 季節は少し肌寒くなっていて、穏やかな気候で知られる西都でも今年は雪が見られるのではなんて言われている。リビュートとヘクトルの間で話し合いがあってアタシの処遇が決まった。年が明けたらお坊ちゃま付きの侍女になって一緒に教育を受けるらしい。アタシの希望は最大限に取り入れられていてアタシの権利は未だにエーギルが持っている。因みに借金は減っていない。世の中、ザマぁで一挙解決したりはしない。手の届く間は血の縁は切れてくれないのだ。つまり親は相変わらずという事。人を変えるだなんておこがましいわな。そんな訳でアタシは未だ富める者の通りに居る。

 アイギースは駐在員としてこのまま西都に残るのだそう。ヴァティカは西都の南に位置する漁村に工場を建ててはんぺんとチクワの製造拠点にした。商品開発費を取っておくのだったと今更ながら後悔している。難民の患者はあれから二人死んで、そのうち一人は黒髪兄妹の母親だった。ヘスティアに届いた知らせによれば、開拓地は領主代行の裁量に委ねられ農奴の所有権もそちらに移ったらしい。人牛は数は減ったが未だに出るのだと言う。領主代行がこの先どう言う決断をするのかはアタシには知りようがない。

 アイギースが娼館のツケを払うのが少々遅れた所為で、女神の花籠亭のババアとはまたバッチバチにやりあった。でもまあ、そんなことが出来るのも西都に平穏が戻ったお蔭だとは言える。

 アイギースは近く故郷へ一時帰国するらしい。結婚の許しを得るためだ。アイギースはヘスティアを手に入れたのだ。久しぶりに顔を出した街道市の昼下がり、チクワとはんぺんの屋台の裏でディオからそれを知らされた。

「だーから、アイギースなんて止めておけって言っただろうがよ!あんなオッサン、バッカじゃねえの!」

お前、そんな事言ったか?でも、まあアタシがバカなのは事実だな。と、言いますか

「ディオ、気付いてたの?」

「気付かない訳ねぇだろ、バーカ」

アタシがアイギースに恋慕に近い感情を抱いていたのを。ディオは不機嫌を顕に街区溝に架かった南橋を睨みつける。その台詞、含むところを読み解くならば、ずっとお前を見てたのに気付かない訳ないだろう、か。苦笑い。ああ、うん。こいつは何時だって居てくれた。

「ディオ、お前ってそんなにイイ男だったっけ?」

びくりと振り返ったその顔は髪に負けぬ程の赤。

「当ったり前だ!バーカバーカ!」

唾を飛ばしての悪態はいつものスタイルだ。

 一人で紡いだ「前」世ではアタシは毛羽立って解れて千切れた。「今」は数多経糸が並ぶ間をアタシは進む。織の進みは遅くって、右に行ったり左に行ったり。時には過去にとらわれて、斜が掛かっては表情を付ける。進まぬように見えていても、僅かずつは織は進む。それはいつの日か塔に届くかもしれない。今回の件で少しばかり色褪せた塔に。光沢のある表だけの人生ではないけれど、もしも「次」もあるのなら、思い返して誇れる綺羅であればいい。



                                 ( 了 )

長い物を読んでいただいてありがとうございました。

主人公のクロノは私には思い入れのあるキャラでしたが、あまり一般ウケはしないだろうな……(下品だし)と思っていたので読んでいただけたのが感激です。まだしばらくクロノは西都に居て塔に辿り着くまでも色々ある予定。神の加護とは何か、クロノとは本当に無関係なのか、とか。ディオの目も覚めてないし。が、続きを書くべきか迷っているところなので感想や評価を頂けると嬉しいです。参考にします。

ありがとうございました。

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