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無碍なる塔の前世持ち    アンチ光属性 底辺からの異世界職業行脚 或いは人牛の件  作者: いちめ


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2/20

2 買出しお届け伺います

 水平線の彼方まで見渡す限り陸がない。西都は陸の西の端にあるとクロノは思っていたようだ。海の背側には山が連なる。一帯の山々から集められた水が一筋の川になって海に流れ込む。流れる水に削られてできたような広がりがこの西都だ。山の先がどうなっているのかクロノは知らなかったが、山岳地域が分ける南北は西都を貫く大街道が繋いでいる。街道は海からもほど近い。水深のある湾は大型船もつける規模。堅牢な石の港に大小の船が数え切れぬ程に並ぶ。海沿いの倉庫群はそのまま西都の繁栄を示していた。この港と街道から運び込まれるあらゆるものが西都の暮らしを支えている。

 竜車が四台でもすれ違えるような街道に沿って大店や旅籠、そして数え切れないほどの出店に屋台。街道は十万を超える人口の台所でもあるのだ。周辺の村々から船で荷車で日々運び込まれてくる麦、酒、魚、野菜、パン、肉、布に薪等々店に卸されない物が路上で直接売買されてゆく。食べ物の屋台も多い。羊肉を炙る香ばしい匂い。甘酒売りの声に振り返る者が居る。南国から伝わった芋に甘辛いタレがかかった物が人気で人垣ができていた。この街に流れ込むのは物資だけではない。人もだ。髪も肌もとりどり。極東の島から来た矮人の商人がさらに北への拠点とし、鳥人の楽士が翼を模した装束で流れつく。

アタシはここで身を立てる。

……なるべく早くそうする予定だったんだけどね。

 

「…どうすっかね……」

 アタシはしゃがみこんで行き交う人を眺めている。ポータヌ川に掛かる中央橋の辺りが特ににぎやかなのだが、今日はそんな気分じゃない。アタシが座り込んでいるのはややも人出が少ない南橋は親柱の根っこ。中央に場所をとれなかった出店や屋台が点在する所だ。アタシ達のすぐ脇に一つ。やや離れて仲間同士か二つ三つの並び。離れてまた一つ。ため息も一つ。

 便壺洗いの仕事を失った。

 アタシたちが荒稼ぎしているのに上街の子供らが気付いたのだ。自分の家の分は手伝って当たり前だが、他所の家の分をやれば小遣いが貰えるのだと。上街住まいだからと言って裕福な者ばかりではないしね。街区溝にある階段状の雁木の箇所は限られている。下街の奴らは出て行けと場所と顧客を押さえられてしまえばアタシらに出来ることはなかった。この年齢の体格差は大きい。抵抗するディオを止めたのはアタシだ。

 悪い事は重なるもので、邪魔が入るまでに稼いだ小金も失った。

大事な物も益体の付かない物も雑多な私物入れの箱に入れていたそれは、気が付いたら無かった。それも全額。誰が持って行ったのかって?そんなの家族に決まっている。返して欲しいと言わなかった訳じゃない。

「うちは貧しいの」

「家族で協力し合うのは当り前よ」

「弟がお腹を空かせて可哀そうだと思わないの?」

優しい声でアタシを諭す母さんの台詞は耳に正しい。「前」の記憶がないクロノならここで諦めていた。それどころか自ら稼ぎを渡さなかった己を責めていただろう。「前」のアタシなら怒って喚いて地団太を踏んだかもしれない。怒ればそれは我儘な子供を叱りつける理由になる。どちらも結果は同じ。親に渡った金が戻って来ることはない。

「そんなに気落ちするなよ」

アタシを元気づけようとするディオがかえってウザい。

「ブスになるぞ」

うるせえわ。笑ってりゃ可愛いのにとか読み解いてやらねえ。同じ長屋に住んでいるディオはアタシの事情を知っているに違いない。ディオ自身は稼いだ金の半ばを家に入れているだろう。残りは買い食い用のお小遣いというところ。あー、多分そこから露見したな。アタシがお金を持っているって。呟きが漏れる。

「アタシも加護とかあったらな……」

 貴族にはあるという神の加護。加護があればそれで稼ぐこともできただろうに。誰も持っていないと言うのなら諦めもつくけれど、この世に存在するのにアタシには無いって言うのがね……。後発でスキルとかでて無双する奴に憧れる。いや、解ってますよ。八頭身美人だったらなとか金持ちだったらなとかと同じだって。でもさ……。

 ぼうやりと橋を行き交う人を眺める。大街道に掛かるアーチ橋の上に出店はない。橋の上の商いは禁じられているからだ。時折、その橋の途中でふいに立ち止まる人が在る。立ち止まって両の指先を揃えて欄干に触れる。少しの間、頭を垂れて顔を上げるとまた人の流れへ戻ってゆく。立ち止まるのは女が多い。欄干のあの部分には二重の円のシンボルが刻まれているのだ。二重円は豊穣と繁殖の神エンブロの紋。エンブロは牧畜の神で、ひいては安産を願う。欄干の神の紋に加護を願っていたのは妊婦やその家族だ。

 この街にはいたるところにその神を表す紋、神の標と呼ばれる彫刻がある。橋に家の壁、街道の敷石、港の護岸壁。場所に規則性はないがあちこちで見かける。都市デザインの一環とかいうオシャレな奴ではなく、石材の段階、石切り場で何かやってるんだろうな、多分。で、これに触れると加護を得られる!とか言われちゃってるのだ。アタシには無い加護とやらが。

(あれなー…)

加護を得られる、そういう事にはなっているが、

 そんな事はない。

 何でそう言えるのかって?クロノの母さんが奉ずるのは縁と機会の神イルムス。商人が多く加護を願う神である。母さんは市中に点在するイルムスの紋に加護を願うのを日課にしていて、弟を抱き良く出歩く。当然クロノもそれに付き従って一緒に加護を願って来た。で、だ。アタシがイルムスの加護を得ているのかと言えばそんな事はない。ないんですよ!周回して来たアタシに加護は無い。縁と機会と商売に加護がないからこそ失業してるんじゃん!ついでに言うなら母さんにもその加護は無い。あるなら貧民街に住んでない訳で、信仰が足りないから等というのはカルトの理屈な。

 それは兎も角、普通に考えればわかる。ここはファンタジー世界なのだ。話に聞く炎や水、治癒、加護の種類によれば効果が目に見えるのだ。ならば物理で判断がつく加護を求めている奴は必ずそれをやっている筈。寧ろやっていない方がおかしいの。結論、触れて祈るのでは加護は得られない。まあ、その辺はみんな承知の上で神の紋に祈ってる訳で、パワースポット巡り位の感覚だと思っていい。「前」で言う所の賓頭盧様やとげぬき地蔵とかね。けどさ。ため息は漏れちゃう訳よ。

「神の標な……アタシも加護欲しいよ……」

 くさくさした気分で欄干で立ち止まる人の微笑みに呟く。アタシの目線を追ってディオが振り返る。

「え!エンブロ!」

その背がわなわなと震える。ま、待て。何考えてる。

「……お、俺もっと稼ぐから!」

いやいやいや、アタシら5才よ?君が稼ぐのとアタシの人生は何の関係ないからね?大体アタシじゃなくて励ます側のお前が元気になってどうするよ。

「ほら、美味そうなもんがあったら買ってやってもいいんだぜ?さっきの魚を揚げた奴がいいんじゃないか?糖蜜のかかった芋の方がいい?……いや、貯めておいた方がいいのか…?」

早速貢ごうとするんじゃない!そこで悩むな。そもそも女は選べ。



 その時だった。

「ボウズ、景気が良いな」

すぐ脇に出ていた出店の天幕がもたげられていた。

「ついでに俺の分も買ってきてくれないか?」

アタシたちのやり取りが聞こえていたらしい。声に目を遣ってアタシは呆気にとられた。

 切れ長の目に一つに括った金髪を背に垂らした男だった。城勤めの騎竜兵並みにデカい。「前」でいうなら水泳選手を思わせる筋肉を仕立ての良い五分袖のシャツが包む。太い腕にはいくつもの腕輪。かなりの洒落者だ。最も目を引くのは水の抵抗を減らす小さな耳とその厚く硬そうな肌。思わず立ち上がる。

「魚人……」

出店の男は魚人だった。

 魚人は海の亜人だ。亜人は人間が様々な環境で世代を重ねた結果の姿とされている。北方には狼のように毛皮に包まれた犬人。森林には狩り暮らしをしている森人。魚人もその一種。幾つもの海を渡るという魚人は西都でもそう見かけない。驚きと同時に少しだけ胸が苦しくなった。

「どうした。亜人が珍しいか?」

「…触っても良い?」

 男は声をあげて笑い腕を差し出した。触れる。硬い肌だった。亀を思わせるそれは関節の辺りで皮膚が余り、皺になっている。触れて感じた体温は確かで、確実に存在した。目の前に。アタシに加護は無い。だけど

ここは「前」じゃない。

そうだよ。「前」とは違う世界なんだって。そう思うとぐっと来た。実はさ、一個も上手く行かないし。また「前」と同じで無理かもって思いかけていた。だけどさ、世界は広くてまだ知らない事や見たことないものが沢山あって、今こんなところでうじうじやってても、いつかアタシだって何とかなるかもしれないって。ちょっとココロ動かされた。


「知らない奴と喋っちゃ駄目だろ!」

 怖じていたのか漸くディオが声をとがらせる。この西都にも人攫いはいる。労働力として、稀に愛玩用としての連れ去りがあるのだ。誘拐アンド人身売買ね。用心に越したことはないけれど。犯罪奴隷や借金奴隷も存在するから、敢えての子供の連れ去りはそこまで多くはない。

「おうおう。イッチョ前に護衛付きかあ」

 魚人が笑う。魚人の年齢なんて分からないけれど三〇はいってないかな。アタシ達くらいの子供が居ても可笑しくはない。

「魚人だもん。大丈夫だよ、ね?」

 魚人は海での暮らしに適応した亜人だ。つまりアタシたちを連れて行っても労働力になりえず、そもそも暮らしていけないだろう。他所に売るのはアリだが、亜人である魚人が西都で犯罪を犯した場合、その罰は市民に対すものよりも苛烈になる。そこまで警戒しなくてもいいのではないか。

「で、お使い?」

 常ならば席を外したい時、隣合った店に店番を頼む。が、隣とはややも距離があった。さらにその店主が魚人。西都では亜人は珍しくはないが、軽くみられるのも常だ。商品や売り上げを掠め取られることも考えられる。更には店が畳むのに時間のかかる布小屋タイプ。店を離れるのは避けたいだろう。

 だからと言って氏素性の分からぬ子供に使いを頼むなんて、アタシらじゃなかったらお金を持ち逃げされても可笑しくはない。魚人は街の暮らしに疎いのかね。奥を覗き込んで魚人の商品が珊瑚やべっ甲である事を見て取った。

(ほうほう)

いや、おそらくこいつは懐に余裕のある口だな。

「予算は?」

「大銅貨2枚。この街の美味いものを教えてくれ。釣りは駄賃だ」

「ピタはどう?羊肉と香味野菜のヤツが美味いよ。チーズとほうれん草のパイもお勧め」

「じゃ、その両方」

頭の中で計算する。ピタは中央の赤旗の店が肉多めでタレが絶品。パイならコジィの屋台はチーズが違う。では、値段はどうだ?両方買ってもぎりぎり釣りは出る位。ぬう。それならば安さが売りのマルタの屋台ならどう?チーズも悪くないし……。

「足りるか?」

ハッとした。

これ、イケるんじゃない?



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