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無碍なる塔の前世持ち    アンチ光属性 底辺からの異世界職業行脚 或いは人牛の件  作者: いちめ


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18/21

18 逃走経路確保します

 シンデレラじゃなくても夜は明ける。あのままラケイシスの膝で寝オチして起きたら自分の寝床だった。5才の身体は体力切れと同時にスイッチが切れるのです。衣装は皺になるからか脱がされて、再び胴着1枚。おねしょを警戒された訳じゃねえぞ!違うからな!宮城に行った夢でも見たのかって感じ。なぜなら朝は便壺洗いからなのよ。質草の身のまま、自分を買い戻す算段も脱線ばかりで遅々として進まずで何も変わらん。毎日は続いて行くのです。等と考えていたアタシはまだ甘かった。堕ちる底は果てしないのだ。

 昼前には昨夜の報告でエーギルに呼ばれていたりもする。フリュ姉が昨夜の内に報告しているのだろうが、アタシは寝てたから。フリュ姉以上の報告なんかできる気はしないけれど、一応な。

「リビュートが居た」

「お前が行くって伝えたからな」

 保険はかけておいてくれたらしい。エーギルが知りたがっているのは主に宴の出席者の様子。アタシも件の辺境領主の顔を拝んでやろうと思っていたが「体調不良だとか……」「……呪いが」欠席だったらしいし、顔拝んでやろうpart2の高貴なクソガキもその親も居なかった。その所為もあって皆口が軽くなっていたのだろう。宴席のあちこちででひそひそとやっているのはやはり人牛に関してばかりだったな。フリュ姉に対しての「エリトゥラの……」という声もそれに含まれる。

「その噂がな……」

普段は悪評など気に留めない風のエーギルが渋い顔をした。

 人牛の騒動を境に西都で出ている体調不良者について、憶測が深刻になっていると言う。昨夜の宴にも欠席の辺境領主の体調不良がそれに拍車をかけているらしい。

「疫病なのではないか」

 その恐れは分かる。疫病によって滅ぶ都市もあるのだ。「前」世でもペストは欧州の人口を三分の一にしたし、アステカは天然痘で滅んだ。神の加護がある「今」世、加護が及ばないという事、それ自体が恐ろしさを煽っている。それが次の段階へ登った。

「人牛の呪いって話だがな……」

 辺境領主邸から出ている体調不良者に複数、腹部が異常に膨張している者がでてきたのだ。帰還兵の患者にも一部。これは施療院から漏れた話で、事実だとエーギルは言った。アタシが会った難民の患者も腹が膨れていた。ヘスティア父のカエルのような腹部を思い出す。

「呪いで魔物を孕むのだってな。腹食い破って人牛が出てくるって言われてるぞ」

素で返した。

「腹に水が溜まるのは内臓疾患だろ。男に産む内臓器官は無い。腹の中から養分とられたら激痛で死ぬぞ」

 食い破るまで命が持たない。ファンタジー世界でも有得んわ。当たり前の事を言うと、エーギルが肩眉をあげる。逆にそんな事も分からなくなるほど皆怯えているのだ。あの人牛の悍ましい記憶が鮮明なだけに、何故あのような生き物がいるのかに理由を付けたい心理もある。重要なのはそこじゃない。腹水が内臓疾患による症状だとして、何故同じ症状が出る?夫々が同時に別の理由で内臓疾患を患ったとは考えにくい。

(共通項は……)

 市中の不安は膨れ上がり、ちょっとしたことがトラブルに発展していると言う。そして不安のあまりか、噂は次の段階に入った。

「それで黒髪の奴らが難癖付けられている。呪いで無いのなら辺境の疫病だ。帰還兵や辺境領民が疫病を持ち込んだんじゃないかってな」

不安を鎮めるためには原因を特定して、それを避けるなり排除すれば良い、そういう考え方だ。特定のための特定だからその真偽は関係ない。噂が噂を呼ぶ。

(…………)

辺境領を含む東南地域は黒髪が多い。南門外の難民らもヘスティアと白髪の人以外は黒髪だった。

「会頭も?」

「馬鹿言え。この辺りで俺の経歴知らねえ奴はいない。だが、黒髪の奴らは人別札持ち歩いてるらしいぞ。意味はないがな」

人別札には出生地が記されているからだろう。黒髪を理由に暴行を受けたりがでていると言う。集団不安もそのレベルになると拙い。エーギルが言った。

「そろそろ宮城が動くんじゃないかとみてる」

「戒厳令とかですか?」

 市民の不安が暴動の形をとる前に外出を禁ずるか。そうなればエリトゥラ商会としても娼館に限らず本来の海運業にも差し障る。「北に二つ南に四つ船が出ている」さらには疾病地域からの船だと分かると入港拒否や上陸拒否がある。エーギルが動向を窺っているのはこのため。エーギルが唸った。

「病気が治療できるようになるか、伝染する病気じゃねえのがはっきりするまでこのままか……」

「あれ伝染しないでしょう」

エーギルはあたしの顔を見ながら発言を待つ。人牛が原因ならば間近で見るだけでは感染しない。アタシもエーギルもエリトゥラの船乗りにも症状は出ていない。

「少なくとも同じ船で移動したぐらいじゃ感染しない」

エーギルも同じ結論を出しているが、アタシの考えを喋らせたがっている。そこで1か月以上、病人と一緒に竜車で移動している難民にも新たな感染者が出ていない事を教えた。同じ空間で起き伏しする程度では感染しないとみていい。

「伝染らないんだな?」

「おそらく」

アタシが思っている奴ならば。

 噂は半分当っているだろう。元々の感染源は辺境領の開拓地だ。何年も前から患者が居る。難民と帰還兵は辺境に居たのだからそこで患ったのだろう。逆に不思議なのは辺境領主邸の使用人だ。人牛に接触すらしていない者もいたはずだ。ヒトからヒトへの感染がほぼないのに、彼らは何処で感染した?そして何故急激に発症しているのか。難民に重い症状が出ているのは長患いの結果だ。帰還兵も辺境入りからそれなりに時間が経っている。だが、人牛騒動以前の感染が無い筈の西都の使用人が帰還兵よりも症状が重い。理由が分からない。

「これ以上妙な事にならなきゃいいんだがな」

そういう予想は悪い方に当たる。


 そこへ慌ただしく飛び込んできたのは若い衆の一人だ。

「宮城から兵士と使者が幾つかの方角に!」

「行先は?」

「辺境領主邸と施療院、南門、港側にも」

エーギルに言った。

「港以外は体調を崩している者が居る所だ。南門の外に辺境からの難民が居る」

「……港はウチだな。隔離か」

 戒厳令ではなく隔離。不安を高じさせている市民の側ではなく、原因と目される方を押さえ込みに来たのだ。当世、疫病の対策としては隔離しかない。都市の門を閉じて病気の出入りを止める。一方で感染者を一か所に集め、健康な者と引き離し、病がそれ以上広がらぬようにする。つまり患者と辺境と行き来した者とを全て隔離する方針なのだ。真も偽も一緒に。今世人の命は軽い。

 エーギルは机の引き出しを開けて取り出したそれをアタシに向って放った。はっしと宙でキャッチ。握った掌を開かなくても分かる。空中で煌めいたその形状は硬貨だ。多分金。

「フリューネを連れてここを出ろ。急げ」

 疫学的には拙いが、隔離拘束などされたら何をされるか分からない。ここは「前」とは違う。隔離から逃げようとしたら、殺して止めろがアリなのだ。隔離中も兵士がお行儀良くしてるかどうかなんて上官の匙加減一つ。平民下民は此の世から隔離しちまってもいい。その予定なら娼婦に何をしようとも、抵抗したの一言で良い。アタシはそのまま駆け出して、エリトゥラ商会の建物から隣の酒場に駆け込んだ。

「フリュ姉!」

「何?騒々しいね」

 まだほかの姐さん方は起きてはいないだろう。フリュ姉の今日の衣装は重ね染めした深い碧の長衣。普通の長衣と違うのは前と後のみごろが完全に分かれていて、それを金糸の混ざる組紐で編み上げて繋いであると言う所。布が足りない訳じゃないのに交差する組紐からは白い肌が漏れる。

「お頭がフリュ姉を連れて行けって」

掌を開いて見せただけでフリュ姉には分かったらしい。アタシの掌の中にあったのは大金貨だった。

 朱い髪布から流れ落ちる同じ色の朱。肩から手首まで、身体の両サイドに露になった白いラインは神々しいまで目に痛い。女神は微笑む。

「アタシはそんなに安くないのよ。アタシはアタシが居たい所に居る」

安くって、大金貨ですよ?姐さんカッケー、ではなく時間はない。フリュ姉は自分の髪布をとるとアタシに抛った。これを持って行けと言うのか。

「アンタは行きな。これは命令よ」

はくはくと口を開け閉めしたが、言葉が出なかった。フリュ姉が絶世の笑みを浮かべる。駄目だ。これは本気だ。生唾を飲む。アタシも覚悟を決めた。ここで見栄を切らなければ女が廃る。一礼。

「経費はこの件を終わらせて清算させていただきます」

終わらせろ。可及的速やかに。だが、どうやって?考えろ、アタシ。



 真紅の髪布を入れた水桶を片手に裏口から出る。既に兵士が通りを闊歩している。走るな。自分に言い聞かせる。呼び止められた。

「待て!何処のガキだ?」

黙って隣の建物を指す。てくてくと歩いて角を曲がり腰布も取って桶に入れた。まずは街道市だ。この時間なら居る。

 空は青く風は穏やかなのに街道市には不穏な空気が漂っていた。兵士等の隊列が市を横切った筈。先日の人牛騒ぎを思い出した者も多かったろう。「また何かあるのでは?」早めの店じまいを始める者、買い物を中止して帰路を急ぐ者と普段とは違う喧騒があった。アイギースの屋台を探して人ごみをすり抜ける。いつもの場所に彼らは居た。

「あ、クロノ!」

「クロノちゃん」

黒髪兄妹にヘスティア。良かった。皆いる。ディオが飛び込んできたアタシを抱きとめる。

「これからヤバい事が起きそうなんだよ。黒目黒髪は目印になる」

門外の野営地は駄目だ。隔離中に何をされるか分からない。そして黒髪は隔離されていなくても怖い。

「まさか昨日クロノの父ちゃんが怪我して帰ったのも?」

「怪我?」

「俺、それをお前に伝えなきゃって。黒髪じゃねえのにって言ってた」

 父さんは濃紺の髪に紺の瞳だ。暗ければ黒色と区別がつかない。ディオはここの所売り上げが落ちているとも言った。黒髪を理由にお使いを断られるのだ。あの謳い文句が使えずに今日は撤収して来たところ。ディオが目を離した間には「殴られた」黒髪兄が言う。アタシが宮城なんかで媚び売ってる間にもう色々始まっているんじゃねえか。

「アイギースは?」

隣村に建てると言う工場と移住の準備に入っているらしい。黒髪兄妹が「戻らなきゃ」「母さん」呟く。二人に言った。

「そっちはアイギースに任せろ」

ディオに頼む。

「こいつらは富める者の通りの常設屋台に連れてってくれ。姿絵の屋台だ。そこのジジイに預けろ。紺髪だって言い張れ」

常設屋台で寝起きするようになったムサ爺は鳥目だ。天幕の内では幕の色と灯の加減で色味が変わる。兄妹は陽が落ちてから回収だ。

「ムサ爺にはフリュ姉の姿絵一枚くれてやるし、好きなポーズで女神様の絵を描かせてやるからって」

アタシの腰巻にしていた布を二つ折りにして黒髪妹の髪を隠す。アタシ自身はフリュ姉の髪布を折って頭に。お守り代わりだ。

「兵士が居たらこれでも被れ」

兄には水桶。妹を背負って手が塞がっているので桶を被った体だ。ヘスティアは桃色髪に青い目だから移動に問題は無いだろう。

「屋台を畳んだらアイギースの宿に行ってそこに留まるんだ」

ゆっくりとヘスティアが頷く。アイギースの部屋を知らないと言われなかったことに複雑な気分を味わうが、そうじゃない。それは後だ。

「クロノ、お前は?」

「施療院に様子を見に行く」

辺境領主邸はアタシでは立ち入れない貴族街だが施療院は上街だ。ディオとは二人を送った後合流する約束。散会。今できることを。


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