16 安否確認行います
南門は西都を出てゆく人が列をなしていた。主に近隣から商品を持ち込んで街道市で商っていた人たちだ。竜車に人が曳く荷車。徒歩の者もいる。恐らく港や北門も同じ状況だろう。戦争、災害、テロ、大捕り物、何事かが起こった時には都の門が閉じられる。出入りが出来なくなれば家や家族と切り離されてしまう。そうなる前に都を離れる判断をした人たちだ。「今」世、安全はタダじゃない。保険もないから怪我で働けなくなればそれだけで死活問題。自分の生命を守るのは自分の判断だけ。ネットもスマホもないから、人牛が倒されたことも正確には伝わっていない。口々に語りながら行く。実際に何の問題もなく商いが出来るようになるまで彼らは戻ってこないだろう。暫く街道市は寂しい事になる。
一方、状況が落ち着くまでと都門の外で待つ人もいる。これは西都住民かな。被害が出た地域に住んでいるのだろうが、戻っても大丈夫か判断できるまでは門外に居る気だろう。門の外で三々五々と集まっている人の間を縫って黒髪兄弟の野営地へ向かう。
城門をでてゲリオスを先導して向かった難民の野営地へは、彼らが西都と往復している所為で道が出来ている。騎竜の居ない竜車や天幕代わりに布を渡した居住スペース、踏み固められた広場。結構長く居るからか囲いさえあれば村で通用しそうな様になって来た。半分だけ石で囲った炉火の周りに集まる小さな黒髪の集団の中、蒼天に鮮やかな赤い髪。……居るじゃねーかよ。近付くにつれ見えてきた。アタシやディオの母ちゃんの心配をよそにディオの奴、チクワ作ってやがりました。無事だったからいいけど、街道市の惨状見たら腰抜かすぞ、お前。それに帰ったらどこで油売ってたんだって絶対叱られるからな。その上で、だ。
アタシは何を見せられているんだろうね?
炉火に翳されて並ぶ串の前で子供らがあげる声が届く。いい色に仕上がったチクワを串から外して木箱に収めてゆく。まだ熱いのだろう。パッと手を離した一つが地面に落ちた。売り物には少々拙いそれをササッとディオが拾い上げてパクリ。へへへという笑い声まで聞こえそう。横に居た黒髪妹が満面の笑みでディオが咥えるチクワの反対側に齧りついた。ここのチクワって串が細いから出来も細いのだ。で、ポッキーゲームならぬチクワゲーム?両側から食い進めたらチューしちゃうやつね。いやーん、近い近い。もうドッキドキ、じゃねえんだよ……。心配して来たアタシにしてみれば脱力しかない。で、ディオの奴は野営地に入って来たアタシとバッチリ目があっちゃったりするんだな。
「‼」
何でお前そこで「しまった!」みたいな顔するの?構わんよ、アタシは。
「ムㇰッ、クロノ!」
目を白黒させる。ちゃんと食わねえと喉に詰まるぞ。
「こっ、これは違うんだ!」
いや、何も違わねーから。チクワ喰ってただけだから。ディオが動揺している間に残りのチクワは黒髪妹「えへへー」に喰われてしまう。
「ちっ、違うぞ!クロノッ!」
そこはいつもの強気なら「何見てんだよ、バーカ」とか言うべきだと思うぞ。
「怪我してないか様子見に来ただけだよ。母ちゃんが探してたぞ」
「違うからな?なっ?」
君さ、何故疚しいと感じる?黒髪兄に向く。
「アタシも人牛見たよ。あれは無いわ。疑って悪かった」
「う」
なんかまたBGM「ク…クロノ?」かかっているね。騒ぎが起きた時ディオたちはいつもと同じように街道市に居たのだと言うけれど、とにかく無事でよござんした(完)。
「クロノォォオ!」
ゲリオスを待たせて状況を確認し合う。主にディオが大騒ぎしているのが聞こえたのか、竜車の影から出てきたのは一つに括った金の髪に幾つもの腕輪の大柄、アイギースだ。
「クロノ!」
アイギースが駆け寄ってくる。こっちも野営地に居たのか。良かった。何だか随分久しぶりに感じる。目の前に来るなりアイギースがアタシの左手をとった。心配してくれたんだ。へへ。勿論、奴隷の焼き印などはない。アイギースが大きな身体を縮めてアタシの目を覗き込む。
「客取らされてないだろうな?」
「アタシのテーソーは問題ないよ」
冗談めかしてやったのに、抱きしめられた。ああ、もう。
「探しに行ったんだ」
「知ってる」
そのごつごつざらざらした肌の体温が胸に来る。自然と口角が上がって自分が微笑んでいるのがわかった。
「お前が貯めた金を渡しておこうか?必要があるなら融通するぞ」
おいおい。呆れてアイギースを見る。そのつもりでウチの娼館にアタシを探しに来たんじゃないだろうね。ちょっと嬉しいけれど、それは無い。アタシが質草になっているから、母さんも父さんも手を出せないのだ。
「割証文だけ貰っていくよ」
少なくとも今はこの証文を持ち出されはしない境遇になった。
「クロノちゃん!無事だったのね!」
ヘスティアも出てくる。蒸し物はあっちで作ってるんだな。それにしても「クロノ、ちゃん」ですかい。引っ掛かりを覚えるのはアタシが光属性を苦手なせいで、ヘスティアは何も悪くない。難民のうち何人かが西都の内から戻ってないらしいが、北門の方だと言うから無事だろう。顔見知りの内で被害にあった者は居ないのが不幸中の幸いだった。元々幸いなのかは別にして。アタシ達が話し込んでいた所に野営地に旅装の男が入って来た。
「そちらは大人か……」
ゲリオスに驚いて声をあげる。フード付きのマントにデカい背負い袋。その上両手に柳行李二つ。とんでもない大荷物だ。ってか、あんた誰?
人牛騒動で都門を出て、火か水を借りに来たのかと思ったら違ったよ。男はヘスティアや黒髪兄妹、この野営地の人達とは知り合いだったらしい。誰だよ?はアタシの方だったな。男は塔の出身者だった。
「スッゲー!オッチャン加護持ちなの?」
「……せめてお兄さんと…」
男の名はラケイシス。茶の髪に茶の瞳。何処にでもいそうなフツーの男なのに加護持ちなのだ。何とも今日は神の加護に縁がある。貴族ならもっと身近なのかもしれないが、袖なしのアタシには驚きだ。ヘスティアがその父に彼の到着を知らせに立つ。「手を貸そう」アイギースも後を追う。加護持ちなら貴族か都市政府の官僚なのだろうが、男に偉ぶる風は無い。残された子供で訪問者を囲んだ。HP残1のディオは放置な。
「塔ってすごい所なんでしょう?何で野営地に来たの?」
もてなしも期待できないこんな所に。そのラケイシスは辺境領からの戻りだと言う。師匠からの連絡が絶え、辺境を訪れていたのだそう。そう言えば居たな、塔の加護持ち。辺境で人牛に喰われちゃった人ね。西都へは人牛を運ぶ船に同乗して戻ってきたのだ。ほへー。覚えてはいないが、今朝アタシが港で見ていた中にこの人もいたんだな。が、ラケイシスが下船し半日程街を散策していた所に人牛の騒動が起こった。宿泊予定の宿は倒壊。市中も混乱する中、余所者が彷徨するのも危険と判断した。辺境の者からは手紙を託されてもいる。幸い門外に野営している事は辺境で聞き及んでいたので、面識のある辺境の難民の元へ身を寄せようと思い立ったらしい。
ヘスティアはまだ戻らない。父を起こし面会が出来る状態にするのに手間取っているのだろう。
「アタシ、さっき水の加護をみた!でっかい水の蛇が人牛を倒したんだ。オッチャンは何の加護?」
ってか、加護持ちなら難民のこの状況何とかしてやれよ。5才児装って聞いてやった。
「私の加護はモイラ、時ですね」
三つの円を曲線が繋ぐシンボルのそれだ。不躾なアタシにも男は優しい。いや、公の場ではちゃんと出来ますよ?「前」ではアラサーだからね。ホントに、ホントだよ?
「時って、時間を戻すの?ここの病気の人達、病気になる前に戻せる?」
「それは出来ません」
時間は一方向にしか進まないから。在った事は無かったことにはできない。ちぇーとか言ってないからな?まあ、そういうもんだわ。
「じゃあ、アタシが今すぐ大人になったりできる?」
「それは試したことはありませんね。女性は少しでも若くなりたいようですから」
そっちはできるのかよ!が、十八ぐらいのナイスバディになるならいいが、一気に関節炎の老婆になったら困るな。しかも不可逆。失敗したら目も当てられない。
「オッチャンのお師匠様はどんな加護?」
「プロメテー様は創造の加護をお持ちでした」
創造?はて?
「赤ちゃんが生まれるんだよー」
黒髪妹が嬉しそうに言う。なるほど開拓地に派遣されるだけある。牧畜、畜産には最高の加護じゃないか。
「もう、あの御業に触れることが出来ないのが残念でなりません。その御業に相応しいお人柄でした……」
言葉に詰まる。ラケイシスには大事な人だったのだろう。加護があろうがなかろうが、人の世にも成せる事にも限りがある。
面会できる状態になったのだろう、ヘスティアが戻って来た。
「オッチャンも怪我無くて良かったね。荷物もあるし大変だったでしょ」
この男も西都に来ていきなりあの騒動とはついてない。西都民として言っておくが、普段はあんな危険なことないからね。ラケイシスは行李はその場に置いて行ってもいいかとヘスティアに尋ねている。うえ?行李の中からガサガサ音がしてない?
「何それ?」
顔を近づけようとしたところ
「触らないで!」
ラケイシスの鋭い声に身を引いた。驚かせてごめんとでも言うようにアタシの頭を撫でて教えてくれた。
「陸貝ですよ。師匠の研究資料として持ち帰るつもりです」
ああ、大事なものだったのね。が、黒髪兄妹からうげえと声が上がる。なんで?
「陸貝嫌い?食えるぞ」
陸貝は「前」でいうカタツムリだ。エスカルゴね。メジャーではないが西都でも食べる。黒髪妹が驚愕の声をあげる。
「え?触っちゃダメなんだよ!呪われるよ」
黒髪兄もうげえという顔のまま頷く。ぬう。そういえば「前」でも沖縄出身の友人は絶対にカタツムリに触ろうとしなかった。掌にのせて見せたらキレられた事がある。
「ええ。触らない方が良い」
ラケイシスも頷いて、置いて行こうとしていた行李を取り上げた。あー、アタシが悪戯しないようにだな。しねえよ。見た目5才児だからそう思われても仕方ないけどな。ラケイシスは今日はもう市中には戻らずに、こちらに身を寄せるそうだ。彼等は辺境の状況や難民たちのこれからについて話し合うのだろう。人牛は倒されたからしばらくすれば西都も落ち着くと教えたら喜んでいた。「今」世、情報は人伝にしか入らないから貴重なのよ。
さて、アタシもディオたちの安否は確認できたし帰らねばならない。もう陽が暮れる。ゲリオスに待たせた礼を言って、アイギースに声をかけた。
「人牛の騒動で西都が被った被害はでかい。誰があれを持ち込ませたのか知らないけれど、辺境領主は後ろ指を指される事になる。そこの領民が疫病を疑われたまま西都に居る」
どういう事になるのか想像に易い。
「今はそこの難民なんかとはさっさと手を切りたい筈。あるいは宮城に助けを求めるのもアリだ。買い叩け」
人牛が西都で被害を出した今なら、辺境の苦労も伝わりやすいだろう。アイギースの事だから与えるのは機会だけ等と言っても情に弱い。アタシを買い戻そうとしたくらいだしな。ならばこの状況を利用しない手はない。面会中だろう竜車に顎をしゃくる。
「あの塔のオッチャンに辺境領主への口添えを頼め。師匠の件で挨拶に行くだろ」
アタシらと気安く話していたが、貴族の扱いを受ける人なのだろう。アイギースは迷いながら言った。
「……辺境領主に面会を取り付けよう。ヘスティアを連れていく」
臥せっている親の代理は分かるが、アイギースよう……。
「このままヘスティア連れて行く気か?」
アイギースが分からないと言う顔をする。おいい。ヘスティアはアタシみたいな幼女ではない。妙齢の美人だ。契約解除を申し出るのに変な条件、主に性的な奴を付けられたら困るじゃないか。世の中いい人ばっかりじゃないのよ?横に立つつもりならツレの事を考えてやろうよ。
「準備は手伝ってやってもいいけどさ……」
男としての評価は下がったわ。




